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お誘い

 

 雨音を音楽代わりに、俺はソファーに横になる。俺の手には最近買った『フロン・フロンの後悔しない余生の過ごし方』とタイトルのついた本があった。



 「ふーん……ガーデニングねぇ……俺の低ステータスでも出来るかねぇ…」



 本には人生の表舞台から降り、全てを後世に委ねて隠居生活をしていると言われる元帝国軍総隊長の著者によるあらゆる趣味や、料理、人との関わり方などが書かれている。



 俺自身先人の知恵や言葉には耳を傾けるタチなので、この本はとても勉強になるし、影響を受けそうだった。



 「なあリリィ、ガーデニングってどう思う?」



 俺は部屋で丁度洗濯物を干して、風の魔法で乾かしている彼女の小さい背中に語りかけた。



 「え〜なにが〜?」

 「ガーデニングだよ、ガーデニング。庭弄り。俺にも出来るかなぁ」

 「やろうと思えばやれるでしょ? どういう質問?」

 「いやさ、俺ってステータス普通に低いじゃん。そこらへんの女子より弱いじゃん」

 「そうだね〜」

 「そんな俺でも元帝国軍人の人の趣味を真似られると思うかね?」

 「……ん〜……無理でしょ〜……あ、でも人間、木とかは切ってたじゃない。 時間をかければそのガーデニングってのも出来るんじゃないの〜」

 「なるほどな」



 俺にも出来るか。こうして他人からの視点の話を聞くとなんだか自信がつくな。リリィは気のない返事の仕方だったけれどね。



 リリィの家中をパタパタと歩き回る音を聞きながら、俺はその後も読書に明け暮れた。そうすると不意に腹が鳴る音に気を引かれる。



 そういえば今は何時だ? そう思って家に掛けている、ネジ巻き式の半魔道具の時計に目をやると、すでに12時を過ぎていた。 もう昼か……体を動かしてはいないが、集中力を高めていた為か空腹だった。



 「リリィ〜……」



 呼びかけてみたが返事がなかった。あれ?



 「リリィ〜?」



 二度目の呼び掛けにようやくドタドタと足音が聞こえてきた。なんだいるじゃん。



 「なに!?」



 凄い剣幕だったけどね。俺のお古の短いズボンと、白いシャツを着て、長い髪を纏めていた彼女。その格好から予想するに、彼女は浴室の掃除でもしていたのだろう。所々が濡れてたしね。



 「いや……もうそろそろお昼だから…ご飯を……」



 珍しく思いっきり睨まれた。こええ!



 「……ッ……つ、作ろうと思うから……な、なんか食いたいものの希望とかあるか!?」



 俺、弱いね。本当はリリィにご飯の準備をしてもらおうと思ったのに……肉体の年齢だけ言えば7歳年下の子に、前世の年齢を合わせれば……45歳? うわ……そんなに歳離れてんのにビビっちまったのかい。なさけな。



 「……辛いパスタ」

 「か、辛いパスタな……りょーかーい……」



 俺は逃げるようにキッチンへと投げ込みましたとさ。自分で働かない宣言してこのざまとは……とほほ……



 俺は早速料理に取り掛かるが、最近はめっきりリリィの方が料理が上手くなってしまってなんだか自信喪失気味だ。辛いパスタと言われたから、この地域に伝わるアラビアータみたいなものでも作ろうと思うが、きっと彼女なら作るにしても何か一手間を加えて俺を驚かせる。最早そのぐらいのアレンジが出来るぐらいには彼女は成長していた。



 俺にそれは無理。所詮レシピ通りに作るのが限界点だ。



 料理だけじゃない。最近はリリィが家事の大半をこなすようになっていた。朝に起きて俺が日中の仕事に行っている間は家の事を全て担っている。当然夕飯を作るのも専ら彼女の比率の方が大きくなっている。食料庫に何があるかなども彼女の方が詳しいだろう。



 それにリリィには最近買い物に行く事で他人とも関わるようになったからか、言葉遣いや態度に変化が起こっている。前は本当に天邪鬼な態度や横柄な言葉を使うのが俺のカンに障ったが、今はそんなことも少なくなった。まだ彼女がこの村に来てから2〜3ヶ月くらいだが、驚くべきほどリリィは成長した。



 でもそうなってくると俺はあいつに何を教えていけばいいのだろうと考えてしまう。一応俺の小間使いということでエルフの里から派遣されたが、族長のバステアからは人間世界を学ばせろとお願いされているからな……俺も無責任にエルフの里の風習に一石を投じ、彼女を助ける事を選択した身であるから、責任感を持って教育する事を考えていたが……



 俺個人じゃ限界を感じてきていた。この先、リリィの成長を考えるならば、このあらゆることに対して覚えが早い点を伸ばしてやる方が良いのではないかと。



 となると、グランマの学び舎に通わせてやるか(この村に学び舎なんてありませんのよ)、家庭教師などをつけてやる事も出来るが……リリィはそれを望むだろうか? 俺としては将来の貯蓄を崩して彼女を教育に当てるのは嫌だ。 このお金は俺が身を削って稼いだお金だ。リリィには最低限の費用しか渡したくない。



 しかし、最低限の費用にその教育を受けさせることが入っていると考えれば……それも払わなくてはならない金なんだろうな。



 「あ」



 やってしまった……他人の事を考えるなど、らしくないことをしていたからか、野菜を切っていたら自分の指までザックリやってしまった。どんどん血は溢れるが気が付いた瞬間、まな板から手を退かしたから、まな板に血が落ちる事もなかった。セーフセーフ。



 高いステータスの人間なら手に刃物を当てて少し引いたくらいじゃ、こんな傷も負わないんだろうな……悲しくなりますよ……



 自分の虚弱さに嫌気がさしていると、俺の後ろにいつのまにかリリィが立っていることに気が付いた。どうやら風呂掃除は終わったようだが、その顔は先程の剣幕とは程遠い表情をしていた。真っ青になった顔色に、コバルトブルーの瞳がよく見えるように瞼が大きく開かれていたのだ。……ど、どうした?



 「に、人間! 血が!」



 なんだよこんな事で驚いてんのかよ大袈裟だな。



 「あ、ああ……包丁でやらかしちまった。布巾当てとけばすぐ止まるから、そしたらすぐ料理再開するからよ……少し待っててくれ」

 「馬鹿! 何言ってんの、見せて!」



 強く怒られてしまった。そんでもってリリィが俺の腕を取ると自分の顔の前まで持っていく。そして俺の傷口に片手をかざした。



 「治癒」



 その言葉と共に緑白色の光が、かざした手を灯す。するとどうだろうか、みるみるうちに俺の流れる血液の下の傷口が塞がっていく。そしてリリィが綺麗な布で血を拭うと、そこには何事もなかったかのような手があった。



 「あ、ありがとう……お前治癒の魔法も使えたのかよ」



 驚きだった。治癒の魔法は中級〜上級にあてられる難易度の魔法だ。炎を生み出したり、風を呼ぶことなんかよりも、再生と云う現象を起こすことは下級の魔法の何倍もの努力と才能がなければ難しい。



 それが出来るとはリリィは並みのエルフじゃないと思う。



 「最近覚えた」



 驚愕が畳み掛けた。



 「家事の空いた時間で魔法の勉強をして、それで覚えたの」

 「ち、治癒の魔法をか!? だ、だってここには魔法を教えられる人間なんていないぞ……」

 「魔法の基本式は全てお母さんから叩き込まれた。だから今はそれを実行して上手く発現出来るように練習してる」

 「す、全てって……」



 なんだか嫌な予感がした。 ……いや、でもそれは明らかに誇張した想像だ。あるわけがない。彼女の言葉がまるで『全ての魔法』が文字通り叩き込まれたと言っている様に聞こえたとしても、そんなことあるわけ……



 「そんな事より、気を付けてよ人間。料理の小さい怪我でもおおごとにだってなるかもしれないんだから」

 「あ、ああ……ごめん」

 「ううん、ちっちゃい怪我だったからいいよ。……私作るの代わるね。ごめん、疲れてるんだもんね。無理に料理作らせてホントにごめん」



 別に俺が考え事をしていて不注意で怪我をしただけなのだが。俺はそう言いたかったが、なんだかはばれて結局言葉は出てこなかった。



 出てきたアラビアータには刻まれた茹でた鳥の肉が絡めてあった。レシピにはなかったアレンジ技だが、これまた美味い。私感動です。



 美味いことをリリィに伝えると「ああ、そう」としか言わなかったが、彼女は嬉しそうだった。



 でも……そうだよな。こうやって目の前に彼女がいるんだから、リリィ本人に学び舎に行きたいかどうかを聞けばいいのだ。そもそも俺らしくもないのだ。ひとりでうじうじ考えて悩む事が。その結果が先程の怪我なんじゃないか。



 俺は意を決すると口のものを飲み込み、リリィに語りかけた。



 「なあ、リリィ」

 「ん〜……なぁに?」

 「お前さ……学校とか行く気ある?」



 リリィの食事の動きがピタリと止まった。なんだか嫌な予感がして言葉を止めたくなったが、それではダメだと俺は言葉を紡ぐ。



 「最近考えたんだが、お前の教育の為にも何か講師をつけてやった方が良いんじゃないかなと……」

 「講師?」

 「せんせいだよ、せんせい。勉強を教えてくれる人さ」

 「私別に勉強なんて……読み書きは里でも教わったし……」

 「でもまだ読めない文字の綴りとか、意味の分からない言葉とかもあるだろ? 本とか読んでいても俺に聞いてくるじゃないか」

 「でも一度教えられれば覚えられるし……」

 「学校にいけばそれを一度にたくさん教えてもらえるぞ。それに友達だってできるぞ」

 「別に友達なんていらない」



 衝撃発言するな。



 「友達がいらないって事はないだろ? 今だって村の同じぐらいの子達と話したりするだろ?」

 「それが友達っていうなら、もう十分友達はいるもん。これより増やしたって何になるの?」



 な、なんになるのと言われましても……



 「友達って作るものじゃなくて、自然に出来るものだと私は思ってた。向こうから私に友達になりたいなと思った時、私から友達になりたいなと思った時、その時に友達が出来るんだと……思ってた」

 「う、うぐ……」



 たしかに友達は無理につくるものかと言われれば俺に正解は答えられない。



 「お、多い方がいいだろ?」

 「なんで?」

 「…………」



 なんでと言われても……友達100人出来るかなって童謡も歌ってるでしょ!? だからだよ!! 知らんけど!!



 「それに……学校なんてお金かかっちゃうよ」

 「それは大丈夫だ。俺が出す」

 「無駄金になるよ」

 「ならない。正直に言って……リリィお前には才能がある。魔法の才能だって、勉強の才能だって。こんな小さい家でそれは腐る一方だって言ってんだ。それは勿体ないだろって」

 「才能なんてないよ」

 「そりゃ自分じゃ分かりにくいけど、俺から言わせればお前は光る原石だよ」

 「知らない。それに勉強は今も自分でしてる。あの治癒の魔法だって私が独学で発生させたもん……」



 リリィは次第に俯きだした。なんだかこれじゃ俺が叱りつけているような構図みたいじゃないか? あれ?  い、いや、でも大切な話をしているだけだし、最後まで俺は話通すぞ。



 「……学校って、この村にあるの?」

 「いや、ない。行くなら一番近いグランマの学校になるな」

 「そんなところ此処から毎朝通うの?」

 「いや、安心しろ。行くなら俺が下宿場所を探してやる」

 「え……」

 「だからグランマに住みながら通えばいいって言ってんだ。いや〜羨ましいね、あんな都会に住みながら学校に通えるなんて〜」



 こいつはグランマの街が好きだ。行けば必ずはしゃぐし、中々に帰りたがらない事もしばしばあるぐらいだ。わざとらしくも楽しさを演出すればこいつも興味が出るだろう。



 「……ゃ…」

 「え」

 「……嫌」



 まさかの拒否だった。嘘でしょ。俺が貯蓄を崩してまで留学させてやると言うなんて50年に一度あるかどうかの奇跡なのに!



 「な、なんで?」

 「……なんだっていいじゃん。とにかく嫌」



 なんだってよくないから聞いたのに。



 「お前、街好きだろ? そんな所で学べるならぜってぇ楽しいって!」

 「それは遊びに行くからだもん! 学ぶために街に行くなんて嫌だよ!」

 「そんな……」

 「わけわかんないよ……人間、突然そんなこと言うなんて……わ、私を追い出したくなったの? いきなり街に留まれだなんて……私……最近頑張ってたはずなのに……」



 なんだろう。リリィの雰囲気が変わった。それも良くない方へ。なんだか不味い気がした。



 「リ、リリィ落ち着けって……追い出すとかそう言う話じゃないんだっての。才能のあるお前のやりたい事とか、夢とかを見つけて欲しくて俺はこの話を始めただけでな」

 「だとしても私、小間使いなんだよ? 小間使いが学校に行くなんて聞いた事もないよ……」



 小間使いなんていたことなかったからそんな話しされても俺、わかんないよ。



 「い、いや……それは知らないけど、俺はただお前の為を思って聞いただけさ、悲しませたんなら謝る。ごめん」

 「…………」



 もう今日はやめておこう。言葉を発さなくても分かる。リリィは今何か危うい状態だ。明確には表現出来ないけど……俺の脳は危険信号を発している。



 「人間……」

 「どうした?」

 「私ね……夢ならあるの」



 まじか!それは良かったよ。



 彼女の纏っている雰囲気は、依然危険なものから戻ってはいなかったが、その言葉に俺は少し安心した。



 「聞かせてみろよ」



 なんだろうな? 冒険者か? 商人か? それとも先生とか? いやー先生はないだろうな、まだ見た事もないだろうし。でも夢があるのは良い事だ! ぜひ聞きたいね!



 「この家にずっといる事」



 ニ、ニートですか?



 「この家でおはようって言って、行ってらっしゃいって言って、人間の帰りを待ちながら家の事をして、おかえりって言って、ご飯を一緒に食べて、楽しく話して、本を読んだりして、眠りについて、また朝を迎えるの……それがずーっと続くの。それが私の夢」

 「そ、それって今やってることじゃん……」

 「うん。だから今は夢を叶えている最中」



 リリィが俯いていた顔をあげた。自信のなさげなその顔は微笑し、まるで許しを乞う奴隷のようだった。



 「そっか……」



 俺はそれ以上なにも言えなかった。まさかこの子がこの普遍的な生活が夢であると言うとは思わなかったからだ。普通にご飯を食べて、寝て、風呂入って、仕事しての繰り返し。それがいいなんて。



 でも言われて思い出した。こいつが今までいた環境や境遇を。こいつは親を殺されてそのうえ残酷な再会まで体験してんだ。しかもハーフエルフって事だけでよく思わない奴らも里にはいたわけで……今のこの平穏は彼女にとって特別だったんだな。



 気を遣えてなかったのは俺の方かもな。



 食事の後、結局リリィは俺と最低限の会話しかしなくなった。きっと俺が自分に対して良く思っていないと勘違いしているのだろう。もしくは怒られた様に感じたか。そんな感情を抱いているに違いなかった。俺も出来るだけ言葉を柔らかくし彼女に語りかけていたが、どうにも彼女の心を揉んでやる事は今日中には出来なさそうだった。



 だからこそ驚いた。夕食を食べ終えて俺もリリィも入浴し、さてと寝るかと思って俺がリビングのソファーに横になろうと思った時だった。フワフワのポンチョとレギンスのパジャマを着ていた彼女が、体の前に大きな枕を抱えながら寝室から出てきて放った言葉に。



 「人間……一緒に寝よ」

 「は?」



 思わずそんな言葉が出てしまった。



 「そんなソファで寝ちゃ、体も休まないよ」



 そ、そういうことか……リリィは気を遣ってくれているのだ。何か異様な事を言われた気がして動揺した俺は馬鹿だ。



 「ありがとう。でも大丈夫だ、昼にも休ませてもらったから今ならソファでも十分疲れがとれるさ。お前一人でベッドは占領していいぞ」

 「…………」



 譲ってやるさ、昼はなんか悪い事もした感じがあるしな。



 そう思ったのだが、リリィは全くその場から動かなかった。



 「リリィ?」



 何をしたいのか分からず、しばらく見ていたが、彼女は突如として抱えた枕に、抱えたまま頭をボフボフと叩きつけ始めた。風呂に入って梳かし乾かした艶やかな長い髪が乱れる。な、何してんだ。



 意味不明の行動であったが二、三度やると彼女は枕に顔を埋める。そしてまるで枕で顔を隠す様にして目線だけこちらに飛ばしてきた。俺の気の所為か、コバルトブルーの瞳が潤んで見えた。



 「…………いっしょに…寝たい……」



 何の不幸か、俺の耳はその発言を聞き漏らす事はなかった。



 弱々しいがしっかりと届いた言葉に俺は戦慄した。しかも俺は気が付いてしまった。リリィの髪の横から飛び出している長い耳の先が赤く染まっていることに。恥ずかしさを忍んでリリィが発言した事は明白だった。



 こんな事はこいつが来てから初めての要望だった。昼の事もあったし、俺だって小っ恥ずかしさはあったが、まあこれくらいはしてやるかと覚悟を決めた。ソファから立ち上がると俺の腰くらいまでの身長しかないリリィの頭に手を置いてやると言ってやる。



 「じゃあ寝るか」



 俺の顔も何故か赤かったと思う。恥ずかしくてリリィの顔は見れなかった。



 俺はこいつがこの家に来た時にベッドに潜り込んできた時の事を一人しみじみと思い出していた。

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