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式 終幕

 

 「いや〜……一時はどうなることかと思ったけど、無事にこうしてご飯が食べられて、私幸せ!」



 テーブルの上に置かれた皿にはあらゆる料理が山の様に積まれていた。それをスプーンですくいながら、リリィは心の底からそう言っているみたいだった。



 午後20時──王国兵と帝国兵の懸命な会場移設作業によって俺達は予定よりも早く結婚式に参加することができた。



 前例の無い『冥婚』故に、結婚において大切な事を司祭に教授してもらいながら式は進み、ほぼオリジナルの式の進行によって勇者アルフレッドは晴れて愛するミリアと結ばれたのだった。



 冥婚という初めての事に参列者は皆、ドギマギしながらも限りを尽くしてアルフレッドを祝った。最初はテーブルのすぐ横に墓石があるという異様な光景に参列者は皆固くなっていたが、司祭や皇帝様、国王様が、各々の意見を言い合い、オリジナルの冥婚を模索しながら式が進行するという、グダグタな光景を見せられていると、下々の者である参列者も墓場であるという現状を省みる事自体に馬鹿馬鹿しさを感じ、次第に緊張もほぐれていった。



 今では墓場の至る所では歌やダンスが鳴り響き、食事はコース形式であったものを完全に崩して、バイキング形式にした事によって立食しながら各々で楽しむ事が出来るようになっていた。



 勇者の方を見ると、彼も愛するミリアの墓石の前でパーティの仲間達と笑い、語り合っていた。当然アリスの姿は無かったが……



 墓場はひとつの祭りのような状態だ。この国にも1年に一度先祖がこの世に戻ってくるとして、お盆の様な風習はある。しかし、それでさえもこれほどの賑わいがあるわけでは無い。それに墓場にテーブルや椅子を置き、飲めや歌えの状態にはならない。



 これはただの結婚式だ。それでも前代未聞の結婚式。この大陸では誰もやらなかった結婚式。まるで黎明、開闢の様な美しさがこの式にはあった。



 最早勇者だけでない。この墓地に死んだ者がいる参列者の殆どが墓石の前で飲み、食い、語り合っていた。けれど、誰の目にも悲しみの涙は浮かばず、溢れんばかりの笑顔があった。人の死に対する悲しみではなく、死んだ人達との思い出を語らいながらこの日を祝う。その難しきことさえ、この結婚式は可能としていたのだった。



 「お前さぁ……花嫁だ婿だなんて言っていたが、結局食い意地張ってただけだろ?」



 俺とカナリー、リリィは騒ぎの輪には入らず、少し離れた場所のテーブルで三人で静かに食事をしていた。カナリーも珍しくお酒を嗜んでいる。



 俺は横で一心不乱に料理にがっつく少女を侮蔑した目線で見てやる。それさえもリリィには気にならない様だがな。



 「ちゃんと花婿も花嫁もみたもーん。花嫁はもう花嫁じゃないけれどね……」



 その花嫁はどこへ行ったやら……ずっと姿が見えない。彼女の父親と母親はすっかり娘の結婚破棄からは立ち直った様子で、他の人達と談笑してるが(たくましすぎだろ……)



 「天罰が下ったんだよ」

 「天罰ぅ?」

 「あのアリスって女、元々は人間の婚約者だったんでしょ? 自分が人間に対しておこなった事が、そのまま自分に返ってきただけじゃない。それって神様が怒って下した罰なんだよ。インガオーホーってやつ」

 「うーん……それにしてはやり過ぎだと思うがなぁ……婚約が解消された事に対して俺は何とも思ってないもんなぁ……」

 「だ・か・ら! 人間が許しても神様は許さなかったんだって! 生きている以上、悪い事したら、した人には罰は必ず与えられるって話だよ!」



 リリィさん、言いますね……怖い。



 「だいたい世の中、好きな人と婚約をしていても戦火や病気によってそれが叶わない人達がいるわけで……勇者様だってそうでしょ? そういう人達からすれば、人間とアリスの関係性は恵まれてるはずなのに、それを破棄するなんて、アリスはとっても傲慢だと思うの!」



 あ……そうか、そういう見方をすれば、俺も勇者様も同じ様な境遇だったんだ。勇者様にはミリアさんが、俺にはアリスが、故郷で婚約者が待っていたにも拘らず、一方は天に召された事により叶わなかった。でも一方はどちらも存命しているのに、片方の意思により破談。



 そういう捉え方をすれば確かにアリスも俺も贅沢かもな。少なくともその考え方で言えば、破棄を言い渡され、一度も彼女を引き止めなかった俺にも傲慢さはあるな。認めたくはないけれど、そんな気がしてならない。



 「言ってくれるわねクソガキ」



 そんな声と共に現れたのはアリスだった。もうその身にはウェディングドレスは纏っておらず、少し小洒落たくらいの青いタイトなドレスを着ていた。巻き髪のポニーテールが大人っぽさを演出していてセクシーだ。



 「アリス」

 「カナリー、横貰うわよ」



 カナリーの声にアリスは円形のテーブルに備えられた一つの椅子に座る。アリス、カナリー、俺、リリィの順で座る形になった。因みにアリスとリリィの間は大きく間隔が開いていて、両者は向き合う形になっている。



 「出たわね性悪女!」

 「何が性悪よ。大人の駆け引きも知らないお子ちゃまが」

 「むぅ〜〜!! 子供じゃないもん! もう11だもん!」

 「はいはい、年齢で子供だ大人だって区別している時点で貴女はまだまだお子様よ」



 そんな子供と喧嘩している様じゃ、お前も子供同様だろうなアリス。



 「ぅぐぅ〜〜……何とか言ってよ人間!! この女、私嫌い!」

 「アリス、お前もうウェディングドレスは脱いだのか?」

 「無視しないでよ! もう!」



 まあまあ、落ち着けって。こういうのはまともに取り合っちゃ相手のペースに呑まれるってもんよ。



 「ふん、当然じゃない。あんなもんいつまでも着てる方が馬鹿ってもんでしょ、こんな場になったんじゃあね」

 「振られちゃったもんね」

 「カナリー、うるさい殺すわよ」



 カナリーのニヤリとした顔が印象的だった。この男、アリスが振られた事を少し楽しんでいるのでは?



 しかしそんなカナリーの嫌味もなんのそのと、アリスがニヤリとした。



 「でもいいもんね。勇者は逃したけど、私には皇帝様のツテの縁談があるもの〜、ああ〜今度はどんな人と出会えるかしら〜 公爵様かなー? それとも実力派冒険者ー? 何にしてもイケメンでないとダメよね〜」



 やっぱりこいつたくましいわ。俺やカナリーがフォローなんて入れなくても、こいつは一人でまた歩み出す。そういう女なのよアリス・ローモチベーションは。



 まあ、ただ、今日だけは結婚とかの事はひとまず置いておいて、久し振りに幼馴染三人で過去を懐かしみ語り合うのも良いんじゃないのかな? 



 俺はそう思った。アリスももう次のステップへ向かう気満々の様だしね。



 冥界とこの世界を結ぶ、二人の男女。それを祝う沢山の人々。宴は、朝日が昇るまで続いた。



 明朝、まるで新たな門出を祝すかのような朝日へ向かい、見つめるアルフレッドを俺は見た。その顔は昨日の取り乱した時の顔でも、仲間達と語り合って気を許した顔でもなく、ただ真っ直ぐと自分自身への覚悟を決めた、ひとりの『勇者』の顔であった。



 勇者……勇気ある者。その言葉がしっくりとくる姿だった。




 



 『勇者の邂逅』






 全てが終わった後、私は自宅へと戻った。アリスと暮らそうと思い購入した二階建ての家であるが、此処に私の居場所はない。手放したのだ。自ら。



 けれど手放したからこそ、私は本当に欲しかったものを手にすることが出来た。本当に大切なものを失わずにすんだ。私にはそれだけあれば良いのだから。



 私は自らの左手の薬指に、はめられている銀の指輪を見た。それは愛するの者と結ばれた証であり、私の魂である。



 「……よし、やるか」



 居間に置かれた沢山の贈り物と私は対峙していた。これは本来アリスとの結婚を祝して私に贈られた物であるが、結果として私が全て買い取る形になった。値段としてはとてつもない額であるが、ミリアとの愛を守る為ならば痛くもなかった。しかし、参列者の中には買い取る形ではなく、当初と変わらず私に贈る形で良いとしてくれる方々もいて、私はつくづく人々に恵まれているなと実感した。あれだけ自分勝手な事をしておいて、それを許すと言ってくれる人がいるなんて……私は幸せな人間以外の何者でもない。そう思う。



 色々とあったが、これらのプレゼントも全てアリスに捧げるつもりだった。しかしそのアリスから言われたのが、「大半の物は頂くけど、男性向けの物とか、明らかに貴方個人へ向けた贈り物はいらないから持って行って」という事だった。だからこうして今から私はひとりで、プレゼントをひとつひとつ開けていく作業に入るわけだ。



 ざっと見積もっても大小様々な贈り物が500以上はある。これは簡単には終わりそうにない。だいいち、よくこのリビングに収まったな。驚きだ。



 さてどれから開けたものか……手当たり次第に開けていくのがいいか、大きいものから小さいものから順に開けていくのがいいか……



 そう私が悩んでいた時だ。



 ある赤い包装紙に包まれていた箱がガタッと動いた。



 思わず体をびくりとさせてしまった私。ちょっと恥ずかしかった。



 動いたのは一辺が30センチ程の正方形の箱であった。一体なんだと思うが、その後も箱はボンボンと内側から鳴ったり、耳をかたむけてみると、なんだか中から話し声の様な声が聞こえてきたりと、普通ではない反応が見られるではないか!



 まさか生き物を贈り物にした人がいたのか!? だったら真っ先に開けるのはこの箱だ! すぐに出してやらないと可哀想だ!



 俺は急いで綺麗な包装紙を破り、その木箱の蓋を持ち上げた。




 「「ハッピーウェディングゥゥ!! アリスさん! 勇者様! ご結婚おめでとぉぉぉう!!!」」





 陽気な声が部屋中に響いた。



 「は、はぁ?」



 思わず溢れる言葉。中から飛び出してきたのは植物であった。輝く茎や葉っぱ、そして閉じた二つのつぼみが私をジッと見つめていたが、私が何も言わないと、蕾と蕾が向き合った。



 「あれ? 兄貴、一人しかいねーぞ」

 「本当だな。もしかしてこいつは勇者ではないのか?」

 「まじでか。どうしよう」

 「どうしようもクソもないであろう。蓋を閉じて再びその時を待つのだ」



 向かい合って会話していた蕾が同時に私を見る。



 「あのー申し訳ないんですが、閉めてもらっても? 俺達が用があるのは、新婚夫婦なんですわ。それ以外の人に開けられた場合の対処法とかも教わってないし……今のはナシの方向で」



 そう言ってくる片側の赤い蕾の意見を無視して、私は彼らの植えられた鉢植えを木箱から持ち上げた。



 「おいおい弟よ、この人間、話を聞かんぞ」

 「不味いな兄者、どうしよう。俺達がスゲー奴らだってバレちまってるんじゃ?」

 「ふ……やはり俺達の様に力ある者は、見られただけで、その身からオーラみたいなものを感じ取られちまうもんなんだなぁ……」



 何を言っているか分からんが、俺は彼らの姿を再確認する。植えられた鉢植えはカップ型の普遍的なものだが、土から生えている二本の植物は奇怪極まりないものであった。茎や葉はエメラルドグリーンに輝き、その喋る蕾は片方はルビーレッドの様な色合い。もう片方はサファイヤブルーである。見たこともない植物だ。奇怪とは言ったが、まるで全体が宝石で作られた様な造形に神々しさを感じられた。



 「き、君達は一体……?」



 当然聞きたくなった。彼らの事を。



 「……ど、どうしよう兄貴、聞かれちまった」

 「慌てるな弟よ、ここは穏便にすませるのが処世術

というものよ」

 「じゃあ名乗るか?」

 「当然よな」



 彼らはまたも私を見る。



 「「俺たちゃトゥースライン・ブラザーズ!! この世の植物どもの王とは我らのことよ!!」」

 「……………え」



 やばい、何を言っているのか意味が全然分からなかった。



 「……兄者、ピンときてない様子だが」

 「参ったな、俺達、この世界にはウェルカムじゃないのかもな」

 「でもあの攻略屋とか言う奴は、喋るだけでみんな喜ぶから手伝ってくれって言ってたけどな……」

 「……担がれたかもしれんな」

 「……あちゃー」



 二人で会話劇を繰り広げないでくれ。植物が喋っている事実だけで私は混乱しているのだから。



 「あのー……」

 「「なに?」」



 とりあえず事情を聞かなきゃ、なにも始まらない。



 「私はたしかに勇者ですが……貴方達は一体……?」

 「おお!勇者であったか! では……「「ハッピーウェディングゥゥ!! アリス───「それはもう聞いたから!!」



 思わず静止してしまった。



 「私が聞きたいのは、貴方達はもしかして私に対して贈り物としてやって来たのかという事です」

 「おお、そうだ! 分かっているじゃないか! 俺と兄者は、とあるダンジョンと呼ばれている場所で眠りについていたのだがな、攻略屋と名乗る男に叩き起こされて、なんでも結婚式の贈り物として手伝ってくれと言われたのさ!なぁ兄者?」

 「おうとも。いきなり失礼な奴だなと思いながらも、そのダンジョンというやつも暇でな。出るキッカケもなかったし、話していくとその男も気の良いやつそうだったし、話に乗ることにしたのよ」

 「そ、それでプレゼント箱に入ってたわけですか……」



 とんでもない物を贈ってくる人もいたもんだ……



 「で〜……君の婚約者は一体どこにいるのかね? 俺と兄者のせっかく覚えた祝辞を聞いてもらいたいのだが……」

 「あー……それは」

 「ん? なんだね」

 「もう別れたんです」

 「「え」」

 「だからこの家には私一人です。はい」



 植物達は見つめ合うと、私を見てその葉を私の頭へと伸ばして来た。伸縮するのねそれ。



 「可哀想に……確かにツラはいいが幸は薄そうだ。君は。大丈夫だ、俺達が側にいてやろう。なぁ? 弟よ」

 「勿論だ兄者。男の悲しみは男にしか理解されないのだ。おーよしよし」



 いつのまにか私は左右から抱き締められる形になっていた。なんなんだこの植物達は。どこまでフレンドリーなんだ!



 くそー本当は私が振ってしまったことも言い出しにくいじゃないか! こんな慰め方されたら! もう!誰だ一体、こんな生き物を贈り物にしようとした奴はぁぁぁぁ!!







──────






 「あ」

 「どうしたの人間?」

 「ああ〜……勇者様へのプレゼント……メッセージがすっかりアリスと勇者様へ向けたモノになってて、そのままだ……失礼になっちまったかな……」

 「しょうがないんじゃない? いきなりの事だったし、贈り物の大半はそうなってるよきっと」

 「ま、それもそうか」

 「ところで人間、急いで準備してたけど、プレゼントは何を贈ったの?」

 「ああ、誰にも真似できないとんでもないものさ!」

 「とんでもないもの?」

 「そう! 中々にオモシロ珍しい物だよ! 寂しい時話し相手にもなる珍品中の珍品だ! それに気に入らなければギルドにも売り払う事も可能な優れ物だぜ! ありゃぁ重宝すると思うよ」

 「ふーん……なんだか分からないけど、勇者様喜ぶといいね」

 「喜ぶさ! 必ず!」





───────







 最悪だ!この植物!



 「ふーん……そういう理由で別れたのか……お前、甲斐性無しってやつか!? 中々に最低だな兄者!」

 「まったくだな! ひとりの男として一つを決めたらそれに向かうだけってのが筋だろう!」

 「ほんとだよなぁ? あ、戸棚にクッキーみっけ! 兄者食べようぜ」

 「でかした弟! こっちの床下の倉庫には玉ねぎが一杯! もらうぞ勇者」



 縦横無尽に動く、茎の触手によって我が家が荒らされている光景を私は黙ってみていた。なんなんだ、この植物達は……話し相手になると言った途端に、我が家(もう手放すけど)を漁り出したのだ。なんでも相談を聞く対価だとか。ふざけすぎ。



 「まあ、これからも相談を聞いてやるからよ、その都度食い物よろしくな!」

 「ああ、こっちはダンジョンを抜けてきてやってるんだぜ? これくらいのもてなしは当然だ! 仲良くやろうぜ勇者様とやら」



 これはきっとあれだ……アリスを裏切った私への……天罰というやつなんだろうな……




 「お前ら帰れぇぇぇ!!」




 私はただ絶叫するしかなかった。



















 シー・イズ・トムボーイ おわり







 物語は続きます


 

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