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勇者としてでなく彼としての事情。

 

 勇者の叫びは辺りをパニックへと誘う。



 勇者が事前に婚約破棄ではなく、式の最中にそれを破棄するなど誰が予想出来たであろうか。ここにいる人々は一体何を見せられているのだろうか。一体何が起こっているのであろうか。誰もが答えを求めた。



 そしてそれをまとめて一人の男が叫んだ。この場にいる人々の意を一身に受け、その男が。



 「どういうことだアルフレッドッ!! 冗談にしては過ぎているぞ!」



 このミステリア国の王であった。そのしわくちゃの顔を真っ赤にして、怒りとも混乱とも区別がつかない顔を大衆に晒している。彼の白く短い口髭と、金色の冠を乗せた白髪がその赤い顔に良く映えた。



 なんでも勇者はこの国の生まれであり、この城下の街の出身らしい。王の彼からしてみれば、自分の国の民から魔王を打破する者が出た事はなによりも誇りであり、この国以外の周辺国を束ねる帝国の帝に対し、隣国などと差別化を図る強力な武器でもあるのだ。たしかに結婚を破棄することは大した事ではない。結婚がなくなったからと言って勇者の価値が落ちるわけでもないだろうから。



 しかし、この式自体に帝を呼びつけておきながら、式の途中でそれを無しにする事というのは帝に対し侮辱する事と同義であるとも言えた。



 国王が焦燥し、怒れるのも当然といえよう。



 「冗談などではありませんッッ!! 私の言葉に偽りも蔑みもございません!!」

 「では尚のこと愚かである!! この場を設けておきながらやはり止めるだと!? 愚弄するか痴れ者め!! 貴殿の婚儀をワシが計らってやったのにもかかわらず……この……」



 やべーよ!やべーよ! 国王様を見たのは初めてだけど、その初めての日に激怒する王まで見ることになるとは中々にレア……ってそんなことはどうでもいいな!



 参列者は皆、王の立腹に恐れをなしているし、勇者の隣に立つ、恐らく今一番可哀想なアリスは飛び出しそうな両目を勇者に向けて固まっているし……なんだよこれ!!



 あれ? 参列者の中でも唯一勇者へ説得する様にしている一群がある……男一人に女が二人……あ、あれはカナリーから聞かされていた、勇者パーティのメンバーに違いない。そうか、そりゃ説得するわな、自分のパーティのリーダーが王や帝の顔に泥を塗る様な真似をしているんだからな……あいつらも可哀想だな。



 「騒ぐな───ミステリアの王よ」



 いったいどうなるのだろう俺が思った時である。凛とした中性的な声が周辺を一気に駆け巡った。それは決して大きな声ではなかったが、人民も怒れる王も、その瞬間に口から声を出すことさえはばかれた。



 「其方そなたが狼狽する様では民は混乱するばかり。 ……見よ、民の畏れようを。まるで叱責される親を慮る子らのようではないか」

 「……こ────」



 皇帝様の声だった。前述していなかったが、彼は真っ白な外套を全身に纏い。色の深いレースの布を顔の前に垂らしているためその形相も、体格も確認出来ない未知の存在であった。しかし誰しもがその声が響いた瞬間に、潜在的に反応したのだ。



 ……この人には逆らえないと。



 誰かが、感嘆するように声を漏らした。まるでそれは決死の反応とでも言うようだった。ようやく出来た体の反応が息一つ漏らす事。そんな感じだ……



 「勇者アルフレッド」



 皇帝の言葉にアルフレッドは、素早く片膝を着いて跪いた。



 「は」

 「其方に問おう。何故なにゆえこの義を取り止めたいと申す。其方の選んだ乙女に不出来な点があったと思い返したか? 落ち度があったか?」

 「いえ……そのような事は。彼女は素晴らしき女性であります。彼女に非は一つたりともありません」



 いや、そんな事はないよ勇者様。もしかしたら君は知らされてないかも知れないが、彼女はとんでもない精神的サディストですよ。少なくとも俺に対しては落ち度ありまくりですよ。



 「そうか」



 皇帝様はその言葉と共に、白き手袋をした両手を軽くあげ、一つ叩いた。オペラグラスでしか判断出来ないが、細い指をした手であると俺は思った。



 拍手によって皇帝やミステリア王の席の背後に配置されていた近衛騎士団の一隊を掻き分け、白いローブを深く被った人間が一人飛び出してきた。動きからして恐らく女だ。



 「お呼びで」

 「勇者アルフレッドに『真偽喰い』の魔法を」



 細い女声に皇帝が一つの魔法の使用を命じた。



 「……嘘を言うと全身真っ黒になっちゃう魔法だ」



 俺の隣で驚いたようにリリィが言う。解説ありがとうよ。



 ローブの女が一瞬でアルフレッドの前に移動したかと思うと、何処からともなく出現した木製の長い杖から、キラキラと輝く粉末状の何かが、彼の周りを包み込んだ。そうして一瞬の出来事であったと、すぐに消え失せた。



 「────勇者よ、其方に質疑を掛ける。全て偽りなく答えよ。一つでも謀るようであれば、すぐさまその頭、切り落とされるものとしれ」

 「ハッ────!」



 なんということでしょう。ウキウキ楽しい結婚式がいつのまにかドキドキ心痛い、尋問へと変わってしまったではないですか。勇者様どうなっちゃうのよ。そして呆然としたアリスさん……早く気を取り戻してそこから退散した方がいいですよ……あまりに不憫だ。



 だがそんなアリスの事など知らず、皇帝様は質疑応答を始めた。



 「もう一度問う。乙女アリス・ローモチベーションに落ち度はないな」

 「はい。ありません」



 アルフレッドの姿は何も変わらなかった。嘘じゃないみたい。



 「では其方にこの婚儀を破棄する理由を述べる事を許す」

 「は。わたくしアルフレッドには不純ながら……想い人がおります」



 ええ……勇者様好きな人いんの……それってアリスじゃないわけだよね……二股かいな。



 「ほう……」

 「私のその想い人への感情を押し殺す事で今日にまで至りましたが……私のその感情を最早押しとどめる事などできず……先程はあのような事を」

 「ふむ……なんとも興味深い。何故その想い人とやらを其方の伴侶とはせず、乙女アリスとこの様な婚儀を執り行っているのだ? 答えよ」

 「…………」



 勇者様は答えなかった。



 「貴様、皇帝様に対し沈黙など! 不敬であるぞ!」



 白いローブの女が勇者様にそう言う。それを皇帝様は片手を挙げ制止した。



 「よい。勇者アルフレッド、何か答えにくそうだな。問いを変えよう。其方の想い人とやらをここに連れてきてはくれないだろうか?」

 「……それは出来ません」

 「何故だ。異国の者か?」

 「いえ、違います」

 「では何故だ」



 勇者は少しだけ震えた声で答えた。



 「彼女はもうこの世にはいません……」



 参列者の誰かが息を飲んだ音が聞こえた。



 「……語れる事全て説明せよ」

 「はい……彼女の名前はミリア・アンミラー。この国で私と同じ年に生まれた娘でした。私は彼女に魔王討伐の旅に出る際に、無事に帰国したら結婚しようと約束を交わしていました。それは私と彼女の間でしか交わされなかった約束で、他の人間は誰も知りません。私が魔王討伐に出てから1年の月日が経った時です。彼女の訃報が届きました。手紙には彼女の体は病によって侵されていたと書かれていました。そして少なくとも1年ほど前から、それは続いていたと。彼女は病気の事など一言も私には告げなかった……私に心配をかけまいと、大義を成せるようにと、一人で病気と向き合っていたのでした。 私はすぐにでも帰国し、彼女を弔ってあげたかった。しかし国命に背くわけにもいかず、私は傷心の日々をおくりながらも魔王の軍勢を相手にしていました」



 勇者様にも婚約者がいたんだ。そしてそれは帰らぬ人になったと。



 「ちょ、ちょっと待ちなさいよぉ!!」



 勇者の言葉にいつのまにか意識を取り戻したアリスが介入してきた。おかえり。



 「ア、アルフレッド……貴方、もう大丈夫だって言っていたわよね……? 私のお陰で……私が沢山慰めて、支えてあげたお陰でもう大丈夫だって言っていたじゃない!! だから結婚しようって……今更またその女を引き合いに出すの!?」



 取り乱したかのようにアリスは言う。



 「乙女アリス────黙りなさい。今はアルフレッドに語る権利を与えています」



 しかし淡々とそれでいて芯のある皇帝様の言葉に彼女は黙った。



 「続けなさいアルフレッド」

 「……アリスの言う事は間違っていません。私は国に帰ることも出来ない中で、彼女に何度も支えられてきました。彼女だけではない、仲間達ひとりひとりが私の励ましになったんです」



 そりゃ大切な人が故郷で死んじまえば誰だってそうなる。俺だって……



 「私はそんな時……アリスの優しさに惹かれ、一時いっときの気の迷いで、彼女に手を出したのです」



 ……まじか。勇者様でもそんな事をしてしまうのね。まあ、大切な人を失って精神も安定しなかったんでしょ……人の精神力なんて個人差があるもんだ。その日その時の当人の行動をとやかく言う資格は俺にはない。



 「あ!!」



 瞬間だった。リリィが驚いた声をあげた。



 その目線の先は勇者様であった。しかし────



 「こ、これは─────!!」



 恐怖が混じった声をあげる勇者アルフレッド、その身が手の指先、足のつま先から漆黒に呑まれ始めたのだ!



 「貴様、嘘を吐いたな!! その闇は貴様の偽りを証明するもの。 首をはねてやる!!」



 その様子を見た白ローブの女がまたも荒ぶった声をあげる。ま、まさか、勇者様が嘘を吐いたの!? で、でもさっきまでは普通に大丈夫だったじゃん!! なんでいきなり……



 俺の不安を体現するかのように参列者も勇者が死ぬと、騒ついた。



 「まあ待て。其方はこの世界を救った身だ。その身は幾多の命を救ったか計り知れん。一度ぐらいの嘘など、見過ごさなければ私が神々に顔向け出来ん」

 「こ、皇帝様……」


 

 ローブの女は身を引いた。そうすると勇者を侵食し始めていた闇も引いていった。



 「勇者アルフレッド────二度は言わん、この私に対し偽りなく全てを答えよ。其方であれば自分の言葉のどこに偽りがあったか分かるだろう」

 「……はい」



 許されたみたい。流石帝、器がデケェ。



 「……わ、私は先程、手を出したと言いましたが……それは嘘です。 ほ、本当は……ホントは……」



 なんだか勇者様、バツが悪そうだ。



 「言え勇者アルフレッド。 真実がなんであれ、罰するも許すも全てを聞いてからである」



 皇帝の言葉に勇者は意を決した様子だ。



 「……私は乙女アリスに────否応無しに襲われました……」






 え





 「あれはミリアがこの世を去ってから55日目の事でした。毎夜私は彼女を思いながら眠りにつけずにいました。そんな時、部屋にアリスが訪れたのです。毎晩遅くまで起きているのは戦いに支障が出ると、叱責され、たまには酒でも飲んでぐっすりと眠れと言われ、ミリアの死後、戦闘に於いてミスばかりだった私は彼女の言葉を聞き入れ、彼女と晩酌したのです。元々そこまでお酒に強くない私はすぐに微睡みに落ちていきました」



 その延長で気が付いたらアリスに手を出していたと……



 「そして次に目が覚めたとき、私はベッドに手足と腰を鉄の鎖で縛り付けられていました。全裸で」



 なんと! 現実はもっと強行的かよ! しかも腰までって……やられた事のあるやつなら分かると思うが、人間手足だけならばまだまだ体を動かす事は結構可能だ。しかし腰を拘束されると途端に頭ぐらいしかまともに動かなくなるのだ。



 「どうやら酒の中に力の出なくなる薬やら、興奮剤やら入っていたようで……鎖も解けず、私はアリスになすがままにされ……」



 普通に強姦じゃねーか。犯罪じゃん。向かいの親子なんて、娘の耳をママが塞いでいるぞ。それぐらいには過激な話だけど……



 アリスを見ると彼女は空高くを見上げておりましたとさ。完全にこれ本当の話っぽいね。



 「その話が事実であれば乙女アリスが無理矢理其方を襲ったとして、処すればよかったであろうに……」



 皇帝様は冷静にそうアドバイスしていた。すげぇ肝の据わり方だ。なんも取り乱さないもんね。



 「いや……しかし、彼女の純潔を散らしたのは事実……私にはその責任を取らなくてはならないと思いました……」



 真面目かよ。勇者無理矢理されたんでしょう? だったら情けなんてかけなきゃいいのに……そこが一般人と勇者の違いかもね。



 「そうか……乙女アリス────今の話は事実だな?」

 


 アリスは答えない。もう勇者様の体が闇に染まらない為、それが事実である事は誰の目にも明白であった。



 皇帝様の問いに答えないのは不敬だと先程までならローブの女も責めていたはずだが、あまりの事実の露呈に彼女も黙っている。自分の想像の斜め上にいったんでしょうね。



 「……まあいい。しかしそれならば貴様もひとりの男。自らで選んだ道への歩みを寸前で止めるのは感心しないが」

 「…………」

 「何故その答えに達した」



 皇帝様がレースの布の奥から勇者様を見つめているのが俺にも分かった。皇帝様はアルフレッドの価値を見定めようとしているのだ。勇者としてでなく一人の人間として罰せられる者なのか。生かす者なのか。それを。



 「─────ここに立つまで……アリスの好意を受け入れて未来に進んでいく事こそ、正しき道だと思っていました。過去に囚われず先の事を考えて生きていく事こそ、そうであると」



 勇者様はしっかりと帝を見つめた。



 「しかし違ったッ─────この祭壇の前に立ち、愛を誓うかと問われた時、私は……私の心と体は……ッそれを否定していた!! 違う! 違う! こんなのは望んではいないと、私が……いや、『俺』が求めているのはこんな現実ではないと分かったのです!! 俺がこの世界を救いたかったのは『彼女』がこの世界にいたから! この世界に平和をもたらしたかったのは『彼女』がこの世界を愛していたから! もう彼女はいません…… 世界中の人は死人に執着する事は、神界へ行く魂への妨げになると言うでしょう。……でも強く思ったのです……ここに立って気が付いたのです」



 この場の誰もが勇者を見ていた。



 「俺の全身全霊、全ての肉体、魂、それは亡きミリア・アンミラーを求めている!! 俺の愛は全てあの乙女ミリアに捧げた!! それに迷いは無くッ!! 故に全てを投げ打つ覚悟がある!! 俺は世界を……全てを敵に回そうとも……俺は……ッ……俺はミリアをッッ……愛しているんだ!!」




 勇者のその剥き出しの魂の叫びが、会場に響き渡った。



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