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え、ありですか……それ

 

 会場の人間の殆どが息を呑んでいた。勿論俺もその中の1人であった。



 大広場の入り口に止まった一台の馬車、その扉が静かに開けられ、すぐさま置かれた即席の階段を降り、白きバージンロードを歩む一人の男性。白き礼服を纏い、一歩一歩をしっかりと歩む姿を誰も声を上げずに見守っていた。周りには楽器隊の演奏と拍手のみが響いていた。



 それは新郎が歩んでいるから……新郎の行動を黙って見守る……そのマナーを守って皆が沈黙しているから……そういうわけではなかった。



 見たものは全て驚嘆し言葉を発せなかったのだ。



 その男の秀麗なる姿に。



 俺はレンタルしていたオペラグラスから目を離しながら隣に座るカナリーへと声を掛けた。驚きと慄きによって、声が震えたがそんなことはどうでも良かった。



 「おい……カナリー……見てるか?」



 俺と同じくオペラグラスで新郎である『勇者』の姿を見たカナリーはしばらくの間を空け、ようやく俺に答えた。



 「……あ、ああ」

 「なんじゃありゃ……俺はあんな美しい男は見た事がないぞ……」

 「……ああ、いや……まったく……どうなってるあれは……男の僕でさえ……気持ち悪いが…美しくて惚れ惚れとしてしまったぞ」

 「安心しろ……俺もだ」



 新郎である男、勇者、その人間はあまりにも美しかった。



 短くも長すぎもしない黄金色の髪。まるで芸術家に掘られたかのように整い過ぎた鼻立ちからの、薄くも形の良い唇。骨の歪みもない輪郭。少し窪んだ眉下からは二重の大きな瞳がパチリと開きまるで乙女のようだ。しかしその瞳の奥からはレンズ越しでも分かる強い意志のようなものを感じ、彼が幾多もの試練を潜り抜けた猛者である事が感じ取れた。



 服を着ていてもそのボディラインの美しさは隠す事など出来ず、彼の体がいかに優れた比率であるかが予測された。



 いったいどれだけこの世が不公平に満ちればあんな人間が産まれるのだ。そんな疑問で頭が支配されてしまう。



 華麗、婉美、仙姿玉質せんしぎょくしつとでも言えば良いのか!? 歩くだけで、淑やかで、穏やかで……まるで森に積もった、まだ誰も踏み込んでいない新雪を観ているような気分になる。いや……太陽に照らされキラキラと輝く雪、夏の強い日差しによって輝く波立つ海、秋の紅葉が風に纏われ吹き荒れ散る、春の風に桜の花びらが舞い踊る。雪月風花……この世界が起こす、移り変わる何事にも例え難き美しき森羅万象。彼の美しさは同義のものを感じさせた。



 カナリーの姉や母はすっかり言葉を無くしているし、父親でさえ、顎が外れるのではと心配になるぐらいにあんぐりと口を開いていた。



 今この会場ではどこもかしこもそんな光景でいっぱいであった。



 同じ人間とは到底思えない。そんなアホな感想しか出てこない。



 「リ、リリィ……お前も見てみろよ……」



 祭壇まで思いのほかゆっくりと歩む勇者を見て、俺は遠見用のオペラグラスを俺を見ていた彼女に渡す。



 渋々と受け取り彼女は覗き込んだ。



 「ふーん……普通かな」

 「嘘だろ! もっとちゃんと見ろよ!」


 あんな男を普通と評価するか!?


 「ちゃんと見たもん」

 「で、その評価!?」

 「ダメなの?」

 「あー……まだ子供のお前には男の良し悪しや、美醜は分からんか」

 「分かるもん。でも、好みの話なんだから別になんだっていいでしょ」

 「まあそうなんだけどよ……いやー良い男だ……俺が生まれ変わったらあんなのになりてぇなぁ……」



 あそこまでイケメンだと嫉妬も僻みもしないね。最早憧れしかない。そんな男だ。



 しっかしゆっくり歩く男だな。大広間の入り口から祭壇までたしかにその広さ故に距離はあるが、それを考慮しないほどのスピードだ。しかし式の進行ってのはルールやら手順があるもんだ、彼もあのスピードはそれに則った為のものなのかもしれないな。お陰で俺達は彼の事をゆっくり観察できるし、良い事なんだけれど。



 そしてようやくと言って良いほどの時間をかけて彼は祭壇の前まで辿り着いた。そして続いては新婦の入場である。



 新郎の勇者が乗ってきた馬車とは異なる、もう一台の馬車が入れ替わるように到着した。新郎が乗っていたのは青い車の物であったが、今度は真紅の物であった。そうして扉が開かれると中から純白のドレスを纏ったアリスが登場した。すぐさま置かれた階段を降りると、待ち構えていた礼装姿の父親と歩み出した。



 沢山のフリルやレースをあしらえた純白のウエディングドレス。彼女の束ねられた金色の髪と、彼女の美しい顔と、それらが見事に混ざり合い、美を強調していた。



 していたのだが……なんだろう……



 いかんせん勇者を見た後の所為か、インパクトというか……美しさに欠けると言うか……いや、美しい! 美しいのだけど! あんな衝撃発言をされた後のマイナスイメージを持った俺でさえアリスを美しいと思ってはいるのだけど! ……勇者の方が美しいと思っちゃったのです。 言っておくけど俺はゲイじゃない。しかしその性の壁を取っ払った美しさが彼にはあると思うのです。


  多分それはここにいる参列者の皆んなもそう思っとるはずなのです。その証拠にどうですか。先程勇者の時は拍手しか出来なかった者共が、アリスが横を通る度に「おめでとう」だの、「綺麗だ」だの、口にしているではないですか! 皆んな心に余裕が出来たからそんな言葉を口にしているのですよ! 皆んな心の奥底では俺と同じようなこと思ってんですよ! 俺が可笑しいわけじゃない!



 けれど、それを口にしたところで何があるわけでもないので、俺は周りに合わせて「おめでとう〜」と言っておいた。



 「人間、あんな事されてよくおめでとうなんて言えるね」



 リリィが少し憐れむ目で俺を見てきた。リリィよ、大人というのは世間体ってもんがあるのさ。アリスは腐っても幼馴染だ。結婚式ぐらいは昔からの付き合いがある俺という立場から祝福してやらないと、彼女の面子に傷が付くかもしれないからな。それに俺自身彼女を恨んではいないからね。



 優雅に歩む彼女は勇者の元へと歩みつく。アリスの父親は新郎に託す様にその場を離れた。



 並び立つ新郎新婦。結婚式は好きでなくても、こうやって知っているやつの晴れ舞台を観るとやはりこう……感慨深くなる。



 「あいつも妻になって親になるのか……」

 「ジョン」



 カナリーが俺を見た。同情する様な目だ。多分俺がまだ未練があると言いたいのだろうな。でもそれはきっとコイツが友達であり、俺を思ってくれているからだ。それは悪い事なんかじゃない。俺としてもそれは有難い事だ。



 「へへ……大丈夫だっての。ただ、めでたいなって話よ。幼い頃から知っているやつが、いつのまにか大人になって、好きなやつが出来て、子を産んで、あの頃の俺達みたいに何にも知らない小さい子供が、俺達を大人だって言うんだ……俺達にはいつ大人になったかなんて分からないのに……子供にそう言われるんだ。大人だって。それってとても不思議な事だなって。そう考えると結婚式ってのも、ある種の大人になったぞって目に見えて証明する事柄なのかなって……勿論結婚しないから大人じゃないなんて話じゃないんだけど……なんかそう思った」

 「ジョン……」

 「ただ、身をもって時間の流れってのをマジマジと見せつけられている……そんな気がするんだ」

 「お前はたまに詩人的な事を言うね」

 「……褒めてんの?」

 「いや、いつもがアホだからそのギャップを馬鹿にしているだけ」

 「ひでぇな……」



 しかしそうだろう? 俺達の人生においてアリスは先に伴侶を見つけ、その者と一緒に歩む事を決めた。今隣に立っているのは彼女を育てた親でもなく、幼き日を共に過ごした俺達でもなく、自分で愛した男なのだから。彼女の中で彼は俺達よりも遥かに高い位置にいる。幼き日の思い出や、今までの関わりなんてものじゃ太刀打ち出来ないほどの位に。



 「汝、アルフレッド・ロイヤルマスターは、並び立つ乙女、アリス・ローモチベーションを妻とし、良き時も悪しき時も───────」



 司祭の言葉が始まった。もうこれで勇者様アルフレッドとアリスが返事をすれば彼らは晴れて夫婦となる。アリスが先程俺へ本性を露呈したからだろうか、どうにも彼女の心中を想像してしまう。



 彼女はきっとこの状況で俺が悔しさに心が掻き乱されている事を想像しているのだろう。そしてあわよくば取り乱し俺が暴れ出す様な事を望んでいるのだろう。するか?そんなこと。



 残念だがアリス……俺はそんな感情は1ミリたりとも懐いてはいない。それどころかバンザイとお前の門出を祝っているぞ。



 お前の愛は一人にのみ向けられるべきものだ。それを勇者様との夫婦生活で再確認しなさいな。



 しかし、俺が自分の思いに深く潜っていたところ、周りがガヤガヤとどよめき出した事に気がつき、現実へと引き戻される。



 周りを見渡すと辺りのテーブルの人々が落ち着きのなさを見せていた。



 一体どうしたのだろう。



 「カナリー、どうした? 式は?」

 「なんだろう……新郎に誓いの言葉を司祭が投げかけたところまでは僕も聞こえたのだけれど……」



 どういうことだろう。俺は急いでオペラグラスで祭壇の方を見た。



 そこには司祭様が勇者にチラチラと目配せしている姿があった。勇者の様子は後ろ姿であるから分からないが、新婦のアリスも異常を感じたのか、彼の方を見ている。



 「勇者様……?」



 誰しもがどうしたのだろうと心配になっていた時間だった。勇者のだんまりには誰もどうする事も出来ない。



 まさか司祭に対するセリフ忘れちゃった? いや……そんなのありえないだろ。ただ返事をするだけだぞ。はい、認めますとか言えば良いだけなのよ? 忘れるわけないじゃん。



 一体何が……と色々な考えが俺の頭をぐるぐるし始めた頃だった。ようやく勇者の口が開かれた。



 「……私は……」



 小さな声だったが、あの新郎新婦の立つ祭壇には音声拡張の魔法がかけられているので、小さな声でもこの広い会場内全体へと伝わるのだ。



 いや、それにしても、私はとしか呟いていないのだが、なんて良い声だ。細く優しい声だが、芯があって人間の強さを感じるね。



 「…………わ、私は……アリス…ローモチベーション……を……」



 でもなんか歯切れが悪いね勇者様。そう思った時だった。勇者様は頭を左右へと振ったのだ。まるで何かを振り払う様に。





 「……ッ……いいや、やっぱりダメだ!!!!」



 え



 「わ、私は……ッッ……やっぱり結婚できませぇぇぇんッッッッ────!!!!」




 え……




 ふぇぇぇえええええ!!!!!???



 「「「「ええぇぇぇえぇええ!!!!??」」」」



 会場全体が驚愕の声に包まれた。




 う、嘘……ここにきて……結婚…破棄……?




 勇者様……まさか、気が狂ったのか……?




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