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会ってもいいけど会いたくないヤツ

 

 真夜中にも拘らず、キャラバンは進む。宿泊用の馬車ということもあってか、揺れは殆ど感じられなかった。(馬じゃないけど……)揺れの軽減も含めて、あの巨大なトカゲに引かせているのかもしれないな。



 リリィは先に寝ていたが、俺はどうにも寝付けず、窓辺に置かれたテーブルで少し酒を飲みながら外を眺めていた(この世界じゃ15歳で成人であるので、余裕でお酒はOK)



 別に何か不安があったわけではない。寝付けない理由もよく分からなかった。でも少しだけ体が珍しく酒を欲していた。小さなグラスでチビチビと飲んでいると開放した窓から入ってくる夜風が暖まった体を撫でて良い気分になれた。



 久しく味わってなかった落ち着きだった。リリィと出会ってからというもの、一人の時間なんてほぼ無かったし、なんやかんやでコイツに色々と付きっきりだったからな。酒はそこまで好きじゃないけれど、特別な時間の演出にはもってこいの役者だなと思った。



 「……んん…」



 リリィが寝言のように呻く。少しだけ彼女を見ると、なんだか笑みが零れた。ひとりで笑うなんて気持ち悪いが、コイツともなんやかんやで上手くやってきていると思うと、自分自身がこの生活を悪くないと感じ始めているのだろうなと自覚してしまう。



 「変わったな……お前」



 お、グリム。久しぶりにお前の声を聞いたぞ。



 「二人の生活を邪魔しちゃ悪いと思ったからな」



 いらねー世話だな。



 「冗談だ。本当はお前の記憶の中の、漫画?というものを読み漁っていた。いや〜あれは良いもんだな」



 なんだよ、結構長い間俺の中いて、今更漫画を読んだのかよ。



 「まあなー、お前の前世には娯楽だの歴史だの面白い事が多過ぎるからな。まさか鉄の塊が空を飛ぶことになるとはなぁ……分からないもんだ」



 ああ、飛行機のことか。まあ、あれもよく考えればとんでもない発明だわな。ってそんな事よりお前、なんの漫画を読んでたんだよ。俺は結構漫画好きだったからな、その中でもこれは良いなってのがあっただろう?



 「おお! そうだな、中々興奮したものは多々あったが、俺はあれが良いと思ったな」



 あれとは?



 「ドラゴ◯ボール」



 ハハッ……たしかにあれは良いもんだな。



 「だろ? 特に主人公の種族が金になるのはカッコ良いな。 あ、金といえば黄金聖◯士もいいな!」



 金ばっかじゃねーか。お前の趣味が丸わかりだな。



 珍しく出てきたグリムロードとの会話を楽しみながらも夜は更けていく。そうしていつのまにか俺も微睡みの中に沈み込んでいった。



 ミステリア王国、中央大広場。



 夜が明け、朝に到着したにも拘らず、会場である中央大広場は異例の賑わいを見せる。人々の繁栄と平和への願いを込めた女神の銅像を掘った噴水を中心に、円形に形作られたこの広場には多くの人間と式に向けての設備、飾り付けが整えられていた。一世界を救った人物の婚礼の儀を一目見ようと、広場内に用意された参列者用の席とは関係なしに、広場を囲い形作る、背の高い民家の家屋の屋根上に椅子を置いて、式を一目見ようとする多くの人間の姿まで見受けられた。



 それほどまでにこの場は爆発的に活気づいていた。



 そんな広場から少し離れた宿泊街、俺とリリィ、カナリーはある人物が泊まっているであろうホテルを訪れていた。



 「あら……」



 ベルガールに呼ばれ出てきた彼女の姿は、前に最後見た時とさほど変わらなかった。



 「やあアリス、挨拶に来たよ」

 「こんにちはカナリー……そしてジョン」



 もう少しで式の準備に入るとベルガールは言っていたから、まだ彼女はウエディングドレスを着ているわけではなかったが、その顔はどうにも既に覚悟というか強い意志を感じる表情をして見えた。



 アリス・ローモチベーション。幼き頃から追っていた綺麗な艶のあるストレートな金髪は大人っぽく腰上辺りまで長くなり、彼女が動くと優雅に少し揺れる。張りのある唇は適度に濡れていてどうにも見詰めるには恥ずかしく思えた。そして彼女の瞳は輝く緑であり、まるでエメラルドの如く風格を醸し出している。文句の無いほど美少女だ。いや、結婚するのだから美女と言った方が相応しいか。



 「貴方はてっきり来ないものだと思ったわ」

 「……参加するって手紙で送ったろうが」

 「フフン……そうね」



 アリスの分かりきった嫌味に馬鹿馬鹿しささえ感じた。



 「その子がカナリーの手紙にあったエルフの子ね」



 アリスの目が俺の後ろに隠れているリリィへと向けられる。いったいどうした事か、あまり人見知りするタイプではない彼女が、今は俺の足をまるで柱にするようにして、アリスを覗き見ていた。



 「こんにちは……お名前は?」



 アリスはわざとらしく笑顔を作ってリリィに問う。



 「……リリ…ィ……」



 消え入りそうなほど小さな声で言うリリィ。おいおい……いつもの調子はどうしたよ。




 「アリス、手紙でも送ったろうにわざわざリリィちゃんに名前を聞くのかい?」

 「確認よ。それに名前を自分で言える子かどうかは躾のなっている子かどうか判断出来る良い基準じゃない」



 失礼なヤツめ、自分で名前が言えないからと言ってそうとは限らないだろうが。初対面の人間に警戒するのは大人だって同じだろうに、子供が初めて見る人間に警戒するのは、逆に躾がキチンと出来ている証拠だと俺は思うけどね。



 「アリス」



 俺はリリィの頭に手を置いてやり、アリスに声をかけた。



 「なによ」

 「ひとまず礼を言う。今回の式に呼んでくれてありがとう、お陰でこうしてリリィと共にやってくる事が出来た。そして……結婚おめでとう」

 「…………」



 俺は言葉と共にアリスを見つめていたが、彼女はしばらく何も言わなかった。




 「…………むかつくわ……」



 しかし本当に小さな声でボソリとそう呟いたのを俺は聴き漏らさなかった。



 「え? ……アリスなにか言ったかい?」



 俺よりも近くにいたカナリーがその声を聞き取れなかったのは、きっとその言葉の矛先が俺へと向いていたからなのだろうな。



 その言葉の意味は分からなかったが、とてつもない何か闇のようなものを俺は感じた。



 「ううん! なんでもないよ!」

 「そっか……じゃあ僕からも、結婚おめでとうアリス。同じ村で育った仲間として、勇者様の花嫁になる君を誇りに思うよ」

 「フフン……褒めすぎよカナリー。 でもありがとね」



 カナリーの惜しみない言葉にアリスは得意げに鼻を鳴らした。



 流石だカナリー。 俺との打ち合わせ通り、しっかりとアリスへと祝いの言葉を言えているじゃないか。



 こいつは此処に来る前に俺に対して気を使っていた。カナリーは俺とアリスの関係性を知っている。だから、俺が挨拶に一緒に来ると言った時、何度も止めてくれたのだ。俺が傷付くと思ったんだろうな。でも俺はカナリーに言ってやった。いつも通りでいいし気を遣わなくていいと。実際俺はアリスへ何の未練もないし、会うことへの抵抗はなかったが、カナリーの目にはそれが痩せ我慢のように見えたのだろう。こいつは優しいヤツだから。だから俺も言ってやった、いつも通りで良いし、アリスへの祝いの言葉も普通に言ってくれってな。



 さて、ここからはちょっと私情を挟ませてもらうとするか。



 「なあアリス少し二人で話したいんだが……」

 「あら、突然ね。話すならここだって良いと思うけど……」

 「俺は構わないさ。でもお前の本心は聞けなさそうだし」



 アリスはニヤリとした。



 「いいよ、二人とも。話してきなよ。僕がリリィちゃんを見ているから」



 カナリーはそう気を利かせてくれた。



 「人間……」



 今まで黙っていたリリィの声につられ、彼女を見ると言い表せないような表情をこちらに向けていた。いつもの俺に見せる勝気な顔はどこへやら。



 「大丈夫。すぐ戻る」

 「……うん」



 俺はリリィと約束するとアリスにどこか話せるところはないかと提案した。アリスはしょうがないなといった顔をして、ついてきてと言うが、俺は見逃さなかった。



 彼女の顔が恍惚に満ちていたことを。



 それに対し、嫌な予感がしたが、それをその場で問い詰める気にはなれなかった。



 アリスに案内されたのはホテルの中庭であった。手入れの行き届いた草木が美麗な場を演出し、腰をかけるには丁度いい噴水がそこにはあった。



 落ち着いた様子でアリスは噴水の縁へと腰かけた。



 「……納得したわ」



 腰掛けるやいなや、アリスの言葉が対面するように立つ俺を刺した。



 「何のこと」

 「あのエルフの女の子よ」



 リリィのことか。



 「あんなに若くて可愛い子がいれば、そりゃそうもなるわよね」

 「……え?」

 「どうりで私の婚約破棄にも眉一つ曲げないわけだ」

 「……おい?」

 「あんな小さな恋人が既にいたんじゃね」

 「おーーーい!!!」



 こいつとんでもない事をブッ込んできやがった。



 「あいつは恋人じゃねぇぇ!!」

 「違うの? てっきりそうだとばかり」

 「あいつはただの預かってる子だ! そんな関係はない!」

 「そうなの……でもあの子……」



 なんだよ。



 「うん……まあいいわ。貴方が幼女趣味じゃなかったのはつまらなかったけど」



 ひでぇな。



 「で、私に話ってなんなのかしら」



 まったく……自分のペースでモノ言いやがって。まあいい……



 「……知ってるくせによ。お前、なんで俺に招待状なんて送った? もう俺達に婚約者同士の関係はないし、俺も気にしちゃいないが、それにしたって酷いんじゃねーのか? デリカシーがなさすぎる。普通の人間ならそんなことしねーぞ?」



 俺の言葉にアリスはニヤリとまたも笑顔を作る。どうにも嫌な顔だ。まるで俺を値踏みしているかのようなその顔……いや、その顔は初めて見る顔じゃない。幼い頃から時折見せていた顔に違いなかった。



 「私が普通じゃないって言いたいの?」

 「言葉の揚げ足をとるな。そういう意味じゃなく、何か理由があってした事なのかどうかを聞いてんだ」

 「それを聞いてどうするの?」

 「は?」

 「それを聞いて、ジョンはいったい何をしてくれるの? ジョンはいったい私をどうしてくれるの?」

 「……お、お前何言ってんだ?」



 アリスは真っ直ぐ俺を見つめていた。 ……真っ直ぐ見つめていたのか? 彼女の目は俺を見ている気がしなかった。



 「多分貴方には理解出来ないわ」

 「なに?」



 もったいぶりやがって。自分の複雑な思いを他者には理解出来ない、そんな事を思う奴はゴマンといる。またお前もその一人だと言うのかアリス。俺はそういのは嫌いなんだよな。



 「私のこの思いを貴方は受け止めてはくれないもの」

 「さっきからなに言ってる。もっとストレートに言えよ!」



 めんどくせぇ!! とっとと言えよ!!



 「私ね、本当は貴方のこと愛しているの」



 は?



 「え、なに言ってんの?」



 悪寒がした。その発言もそうだったが、なによりもアリスの顔に悪寒が走った。笑顔とも、怒りとも似つかない、困惑や恐れも含まれたような顔。瞳の中に光を宿さず、彼女は苦笑いを作っていた。



 「世界を救う旅をしてから、今日のこの日を迎えるまで、私は一度だって貴方を忘れた事はなかったわ。ああ……むかつくわ……なのに貴方はあっさり私の事を切り捨てたわね。私が他の男と結婚すると言うのに……あっさりと身を引いたわね……酷い裏切りよ」



 ちょちょちょちょ!! ちょっと待て!! 俺をまだ好き? 他の男と結婚する言ったのは君でしょーが! 裏切ってないよ!! 俺は!!



 「いやいやいやいやいや!! アリスさん!? 裏切ったのは少なくとも貴女の方でしょぉぉ!!? 責任転嫁にもほどがある!」

 「いいや……貴方は私を……私の期待を裏切ったのよ……」

 「期待?」



 期待?



 俺の言葉と心情がリンクしちゃったよ。



 「私ね……小さい頃から貴方のこと…大好きだったわ。一緒に遊んでいる時の顔。ご飯を食べている時の美味しそうな反応。冒険と称して森に出かけた時の身を呈して守ってくれた姿。グランマの街まで二人きりで行った時見せた高揚感。それで怒られた時のやらかしたって顔。一緒に眠る時の寝息。そして……一緒にお風呂にも入ったわね。それで男の子と女の子の違いを幼いながらに知り合って、可笑しいねって笑いあった時間。全部全部好きだった。でもね一番好きだったのは……」



 アリスは言葉を止めた。



 「貴方の苦しむ表情」

 「え……」



 彼女の笑みが深まった。



 「最初に見たのは幼少の頃に貴方が転んだ時ね。怪我をして泣いている時、私はどうすればいいか分からなくて親の所まで駆けて行って助けを求めたわ。幸い大した事はなかったけど、貴方のグシャグシャになった泣き顔はとても悲しくて私の心が締め付けられそうだった。 でも……凄く良かった。その次は10歳の貴方が落馬して腕を脱臼した時。地面をのたうち回っている姿……砂埃にまみれた貴方の腕や頬……足首…凄く良かった。13歳の時、貴方のご両親が貴方を残して蒸発した日。貴方は大丈夫だと言っていたけど、やつれて、目元を赤いし、酷く泣いたのがすぐにわかった。私は貴方を抱きしめながら……愛おしくて愛おしくてたまらなかった。貴方が全てに絶望しているのが服越しでも分かった。凄く……凄く凄く良かった」

 「………ア、アリス」

 「なのに……」



 彼女の目が見開かれた。



 「どうして……どうして貴方は私が他の男と結婚すると決まったのに追い縋らないの!! 」

 「いや……だってお前は勇者様を愛しているんだろうに……」

 「ええ! 愛しているわ、しっかりとね! でも貴方も愛している! 勇者様と冒険していた時、貴方ならきっとあそこで転ぶだろうなとか、モンスターと戦っている時、貴方なら腕の一本くらいは千切られちゃうだろうなとか、盗賊アジトに乗り込んで壊滅させた時は貴方ならきっと捕まって臓器売買にあてられちゃうんだろうなとか、一時も忘れた事はなかった!! それは勇者様と夜を共にしても同じだった……抱かれていても、頭の中では、もしも貴方がこの光景を見たらどんなに絶望するかな……なんて思ったりすると凄く……濡れた……」

 「うわぁ……」

 「なのに……なのに! なのに! どうして貴方は私を引き止めないの!? 無様に泣き散らして、手を伸ばしなさい! 行かないでくれと叫びなさい! 私がいないとダメだと這い蹲りなさいよ! もっと……無様で可哀想な、醜態を晒した貴方を見せてぇ!!」

 「……ま、まさかお前……結婚式に呼んだのも…」

 「ええ、そうよ……よく気が付いたわねお利口さん……きっと最後の最後……私が愛を勇者と誓い合う寸前、貴方の溜まりに溜まった私への羨望や嫉妬が爆発すると思ってのことよ。……でもそれはどうやら見当違いだったみたいね……あんな素敵なお嬢さんを連れているのだから、綺麗な徒花を咲かせてはくれないのでしょうね!! また私の期待を裏切るのね!!」

 「で、でもリリィが来る事は知っていただろう!? 招待状にも名前は書いていたじゃないか!!」

 「……もっと小さい子だと思っていたわよ…カナリーの手紙を読むにそう思っていたの…でもなによあの子は!? あんな子はもう大人と変わらないわよ!!」

 「な、なにを言ってんだお前! リリィはまだ11歳だぞ!?」

 「やっぱり分かっていないわねジョン!! 女に年齢は関係ないのよ……誰かさんへの想い。あの子からはそれを感じたわ!! あれは一端いっぱしの『女』よ!」



 何言ってんだコイツぅぅ!!!



 子供のリリィに対してどんな見方をしてんだぁ!!



 てか……おいおい! 嘘だろ! こいつがこんなに変態だったなんて……こいつが言ってるのはようはあれだろう? 俺が困難や痛みに苦しんでいる姿を見るのが好きって言うだけのただの加虐趣味だってことだろう!? それって愛じゃなくてただの性癖じゃねぇぇか!!!



 こんなドS腐れ女に付き合う暇はない!! こんなイかれた理由で俺は招待されたのかよ!



 「もう付き合ってられねーよ! 俺達は帰る! じゃあまた会場でな」

 「待ちなさいよ! もっとよく考えなさい! 私、結婚するのよ!? 悔しくないの!! 私の色々な事知っているでしょ!! それが勇者の愛に全て上書きされちゃうのよぉぉ!? 悔しいでしょ! 辛いでしょ!? 泣きたくなるでしょぉぉ!?」



 噴水の縁から立ち上がったアリスは瞬く間に俺の胸元を掴んだ。ぐぇぇ!!

ちなみに言うと俺の服装は既に礼装だ。くしゃくしゃにしないでおくれ。



 「ど……どうでもいい……」

 「……くっ!! ふざけるな! 貴方の嫉妬、愛憎、劣等感……全て私にぶつけなさいよ!! きっとあるはずよ、まだ心の奥底にぃぃ!! ひり出しなさい!!」

 「く、苦しい……ア、アリス……」



 締めすぎ締めすぎ締めすぎ締めすぎ締めすぎぃ!!

俺の首元がキューっと締まる!!



 アリスは言っても勇者パーティの一員だ。俺とのステータスでは天と地ほどの差がある!! 振りほどくことなど不可能なのだ!!



 「ああ……あぁああ………ッッ!! 貴方のその苦しそうな顔ッ!! いい……いいわぁ〜……すっっごくいい!! やっぱりジョン、貴方だけね……私を幸福に……気持ち良く出来るのは貴方だけよ……!! 勇者様との行為の時、不感症なのかと不安になる事があったけれど、やっぱりそうなんだわ! 私は不感症なんかじゃぁなかった……ただ貴方が足りなかっただけよ! 貴方を思えば私は感じられた! 逆に貴方を想わなければ……貴方の苦しむ顔を想像しなければ、彼からどれだけ優しくされても、激しくされてもつまらないと思えた! 心の中で彼の事を愛していると思っていてもね!! でも今、私は心の底から充実している!! たまらないわジョン!! アハハハッ!! その苦しむ顔……気持ち良くて、たまらない!!!」

 「ギブギブギブギブギブギブギブ!!!!」



 あああああああ!! アリスの腕をタップしてもコイツ解いてくれねぇ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!



 あ



 俺もうダメかも。






 「────水よ!!」



 薄れゆく意識の中なんだか聞き慣れた声が聞こえた。



 瞬間、俺の目の前のアリスが一気に姿を消した。



 と言うよりも、突如降った滝に呑まれた。



 途端に解放された俺は大きく仰け反り、数歩後退し、尻餅をついて倒れ込んだ。ぼうっとした意識が、溺れる寸前、水面下から上昇し、酸素を吸い込んだ時のように覚醒した。



 いったい何が──────



 「人間!!」



 その声につられ上空を見ると、中庭を囲むホテルの二階部分から白と黒のワンピースを翻しながら、一人の少女が飛び出して、俺の側に着地した。



 その礼装には見覚えがあった。俺が買ってやったやつだ。



 「リリィ……」



 まさかの人物の登場に俺はとてつもなく安堵した。彼女の表情は俺の身を本当に案じているようだ。



 「ごめんなさぃ……人間達は二人で話したいって言ってたけど……気になって、来ちゃった……そしたら人間が殺されそうになってたから……」

 「いや……まじで助かった!! ありがとうリリィ……」



 本当にナイスプレーだ! こうされなければ俺が死んでた。



 そう思い俺が立ち上がった瞬間だった。振り続ける豪水が一瞬にして消え去ったのだ。中に閉じ込められていたアリスの姿が現れた。その身はバシャバシャになっているが傷はなさそうだった。



 「うそ……ちょっと懲らしめてやろうかと思ったのに、魔法が払われちゃった……」



 中々に怖い事を言うリリィだが、相手は勇者パーティの一人のアリスだ。魔法解除などお手の物なのだろうな。



 「フフフフフフッッ……食らうはずのない奇襲攻撃を食らうなんてね……」



 全身を濡らし、前髪がぺたりと目に張り付いているアリスの表情は見えない。



 「やはりジョン……貴方は私の心を乱すのね……甘美に……」



 言いようもない恐ろしさがアリスからは感じられた。



 「でも……それは私だけではなかったみたい……」



 アリスは濡れたままの身で、ゆっくりと俺達の立つ方とは逆へと歩み出した。



 「気分が冷めたわ……結婚式でまた会いましょう」

 「おい! アリス────」

 「ジョン」



 俺の言葉を彼女は遮った。



 「言ったでしょう……その子も女だって……私の言葉通りね。フフフッ……」



 意味深なその言葉を残し、彼女は去って行った。けれどその言葉がどうしてか俺の心には棘のように刺さっていた。



 てか……安寧スキル……全然効果発揮してなかったが……アリス自体には殺意はなかったからか? 本当に愛故にあんな行動に出たと言うことか? だとしたらとんでもないスキルの抜け道じゃないか、これは。愛憎の類で殺されそうになる場合『安寧スキル』は発動しないってか? これはやべーな……




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