風呂も掃除も、洗濯も
「ふぃ〜〜〜……」
俺は少しだけ冷めたお湯のはった風呂へと身を委ねていた。今日は無事にリリィに料理を教えることができて本当に良かった。
彼女自身も料理の楽しさが少し分かったようで安心だ。これで明日から料理当番はリリィに任せられるな。いきなり三食任せるのは荷が重いだろうから、朝は俺が作るとして、昼と晩は彼女に頼むとしよう。
いやー……それにしてもこれで大分生活が楽になる……仕事が終わった後、家に帰ったらご飯が待っているだなんて最高じゃないか。その楽を想像するだけで笑いが込み上げてくる。いかんいかん、他者からすれば相当気持ち悪い光景じゃないか。
だが、この1日が終わった後の風呂ってのもやはりいいもんだ。リリィの次に入ったもんだから少し冷めてはいるがそれでも最高だな。こう……なんて言うか、1日の疲れがブワーとお湯に流れ出ていく感じがすげぇ良い。
これがなー……一番風呂ならもっと温かい入れたてのお湯で超最高の気分なのになぁ……まあ、この世界にはガス給湯器なんて物はないから、いちいちお湯を沸かしてバスタブに汲むしかないから、しょうがないんだけどね。
リリィが先に……あれ?
今日風呂の準備したの俺だよね?
なんで俺が二番風呂なの?
「てめぇこのやろう!! 一番風呂に入りてぇなら風呂の準備くらいしろーー!!」
「キャァァァァ!! なんで人間裸なのぉぉ!? 」
「怒りで風呂から飛び出してきたからだぁ!」
「いいいいい意味わかんない!! 前ぐらい隠してよ!!」
俺は気がつくと風呂から出て、脱衣所を風のように抜け、リビングのソファの上で本を読みながらくつろいでいたリリィの元まで駆けていた。
うるせぇ!! 俺は今フルチンでも羞恥しねぇぐらいにトサカにきてんだ! だいたいガキが大人のブツ見て声上げてんじゃねぇ!! ませんな!
「いきなりだが明日から風呂汲みは交代制にするからな! 汲んだ方が一番風呂の権利を得るのだ! わかったな!」
「わかった! わかったよぉ! 分かったからどっか行ってよ!!」
リリィのやつは一丁前に両手で目を覆ってるが、しかし指の隙間からチラチラ見ているのに俺が気が付かないとでも思っているのか!? 見るな! 見せもんじゃねーぞ!
「ったく……また流れで俺が貧乏くじ引くとこだったぜ……」
俺はそう言いながら大人しく風呂に戻った。俺は戦いに勝ったのだ。
その後15分程の入浴タイムを楽しみ、しっかりと今度は服を着て居間へと戻った。
「結局ぶっちゃけるとだな、お前には家事全般のことをしてもらいたいと思っとるのです。私はね」
「ええ〜……今日料理を教わったばかりだよ〜……人間、厳しすぎ!」
「厳しくない! それに小間使いって名目ならそれくらいしてくれ。風呂汲みみたいに役割分担はするからよ」
ぶーぶーリリィは言うが、それぐらいはしてもらわないと、お前をこの家に置いておく理由がないし、お前自身の将来の為にもならないだろう。俺にはそう言った自分自身だけでなく、ガキを預かる者としての考えがあるのだ。好き勝手にコイツを救った俺の責任として、そこんとこはしっかり考えてんのよ。……そのつもり。
と、言うわけでその日から食事だけでなく、リリィに家事全般を教える日々が始まった。
しかし思った以上にリリィの家事の方法は俺とは違った。掃除であれば上手い具合に風の魔法で埃やらゴミやらを集め、洗濯であれば水と風の魔法の同時使用によって、すすぎ、脱水までやってしまうのだ。正直言ってずるいと思った。今はまだ春であるが、あの冬場の冷水で洗濯板に衣類を擦り付ける苦行を彼女はその魔法によって回避できるということではないか。魔法って一体なんなのよ! 不公平だ!
そんなこんなで家事全般を教え、一週間が経った。
彼女は風呂場にヤカンを大量に持ち込み、その場で炎の魔法を使って湯を沸かし、速攻で湯船にお湯を注ぐ方法を編み出していた。こうすることで、熱いお湯を台所から風呂場まで用心して運ぶ必要がなく、危険性や疲労も軽減されるということだ。俺には絶対真似出来ない要領だ。くやしい。
二週間が経つ頃には俺の家事の技術はリリィに軽く凌駕されていた。飯は俺よりも作れるレパートリーが多くなったし、洗濯も早い、風呂の準備はすぐに終えられる。正直いって家事のエキスパートみたいだった。俺は俺で嫉妬で狂いそうになってた。
「もう家事全般はお前に任せる! 俺は敗北者です!」
「なにを言ってるのか分からないけど、家事から逃げるな」
そう言うリリィの声はヤケに説得力というか迫力があって、俺は口を閉ざすしかなかった。悲しきかな、いつの間にか家庭内での上下関係が変わりつつあった。……ガキにビビるなんて……俺ももう終わりかもしれない。
「ハハハ……なんだよ。遂に小間使いに尻に敷かれちゃったのか」
俺の目の前でカナリーが笑った。悔しいが何も言い返せない。今の俺の現状を客観的に見ると、そうと言われても仕方がないのだから。
三週間ぶりくらいに久し振りに彼とこうして酒の席を共にした。俺の口から出るのはほとんどがリリィへの嫉妬からくる愚痴であったのだが、それを彼は楽しそうに聞いていた。
「上機嫌に笑ってんじゃないよ。で、今日は何があって呼び立てたんだ」
前回とは違い今日はカナリーからの呼び出しによってこの酒の席は設けられていた。場所は前回と同じ場所だがな。
俺の言葉にカナリーは懐から何か一通の封筒を取り出して俺に渡してきた。
「ほれ、アリスからの招待状だ。昨日届いた」
俺はすぐにそれを受け取った。そうか、遂に届いたのか! リリィの分の結婚式の招待状が!
「おお! 恩にきるよ、カナリー!」
手紙を開くと招待状にはしっかりとリリィ・キャラメリーゼの名が記されている。これで堂々とリリィも結婚式に出席することが出来るのだ。そして俺は心置きなく勇者様や王様を謁見する事ができるのだ! 最高!
「本当はもっと早く届けば良かったんだが、なにぶん配達屋が遅れてな」
「ありがとう! そんなの大丈夫だって」
「そうか? 良かったよ、結婚式来週だろ? 届くか心配だったんだ」
「ふーん……お前までそんな心配してくれてたなんて、俺は幸せ者だよ」
やはり持つべきものは友達だな!
……ん? 来週?
「お前今来週って言った?」
「ん? ああ、言ったけど……」
「……なにが?」
「え?」
「なにが来週って言った?」
「結婚式……」
「結婚式!?」
「来週」
「来週!?」
え、結婚式来週なの!? そんな近々のスパンだったの!?
「え、まさかなんも準備してないのか!?」
「してない! てか、なんでそんな早いんだよ! こういうのは招待するやつの事情も考えて半年くらいは開けるだろ!?」
「馬鹿だな! 結婚式っても今回は勇者のブランドがついてんだよ! 魔王軍の残党とか勇者をよく思わない奴らに情報が渡り、奇襲などを企てられる可能性を考慮して、招待してから実行までの期間は短く計画されてんだって!! てか手紙に式の日は書いてただろ!!」
そ、そういう考えがあるのね!!
「ど、どうしよう服も、贈り物も準備してない……」
「どうしようじゃない!! 急いで準備するしかないだろう!?」
ああああ!! くそ、俺の馬鹿!!




