カレー最強。異世界にカレーがあって幸せです。
知り合いの牧場主にズルズル鍋を押し付けてきた帰り、正直俺もリリィもお腹がぺこぺこでぶっ倒れそうだったので昼は結局外食することにした。いつもやっている出店の、揚げたパンに色んな食材を挟んだ、揚げサンドウィッチなるものを食べ歩きながら、俺達はある店に来ていた。
「料理を俺が教えるのもいいが、それには限界がある。それを補うには本に頼るのが一番だ」
「もっと楽しい本がいいよ」
「何を言ってる、ノウハウさえ学べば料理するのだって楽しくなるさ」
「私は人間の作る料理が好きだよ」
「その言葉はまた別の時に聞きたかったよ」
俺は泣きそうだよ。お前の情けなさに。
流石にお店の中に食いながら入るわけにも行かないので、パンを胃に入れてから俺達は店に入った。
暇そうな店主に軽く挨拶し、俺は文学コーナーで止まるリリィを引っ張り料理本などが並ぶコーナーと移る。
「ほら、これとかいいな! 美味そうな料理とかいっぱい載ってる!」
「人間、その本のタイトルみた?」
うん? 新婚夫婦オススメレシピだろ? それの何が悪いんだよ。春夏秋冬やガッツリ系アッサリ系と分かりやすくジャンル分けされていて凄い読みやすいじゃないか。
だいたいリリィが何を深読みしているのか、おおよその予想はつくが本はタイトルじゃない中身だ!! そう思うよ俺は。
「ふん、ませたガキめ、どーせ新婚夫婦ってところに引っかかったんだろ」
「っ!! ま、ませてないもん!! そんな本を選ぶ人間のほうが変態だもん!!」
「はいはい、じゃあそれでいいですよ。とにかくこの本に決定〜」
「むぅ〜〜……また馬鹿にした! また馬鹿にした!」
また膨れっ面してら。からかいやすいヤツだ。
1800円と少し高かったが、これでリリィの料理の腕があがるなら安い買い物さ。いい買い物になるといいな。
「じゃあリリィには夜ご飯を作ってもらうからな」
「昼も作らせて夜も作らせるなんて、人間はなんて外道なんだろうね」
「この世は外道だらけか」
家に着いた俺達は早速キッチンへと向かい、またもや料理へと取り掛かる。まだ昼を食べたばかりだが、色々と教えながら料理すれば結構時間はかかるからな、早い時間から始める方がいいだろう。
もしも出来たばかりでもお腹が空いていなかった場合を考慮し、すぐに温め直せる料理にしようと思う。
「で、何を作らせるのかな君は」
「お前にはカレーを作ってもらう」
そうして本を開き、そのページを見せる。異世界にいてもカレーは繁栄しているようで俺は嬉しかった。しかしこっちの世界じゃカレーは南国の料理のようだ。変なの。
「ふーん、どんな料理?」
前世の世界とは違い、写真の載っていない料理本で簡単な絵が書いてあるだけだ。リリィにはどうも絵で見てもどんな料理か想像はつかないみたいだ。
「少し辛くてスパイスの効いた少ししょっぱめのシチューと思ってもらえば近いかな……」
「シチュー! おお、美味しそう!」
シチューは好物なのか、俺を見る目が輝いていた。
少しはやる気になってくれたみたいだ。
「じゃあ早速野菜を切っていくか。レシピにある通りの野菜をこのボウルに入れてこい」
「はーい」
リリィはテキパキと野菜を入れていく。案外手早いなコイツ。
「じゃあひとつひとつ切っていくか」
「お願いします」
「お前がやるんだよ」
「はいはーい」
たく、隙を見せればすぐに楽しようとするんだから。
野菜の剥き方や切り方を丁寧に教えてやると、やはりリリィは吸収力が高いのか、上手にそれぞれを切り分けていく。素直にすげぇと褒めてやるとご機嫌になっていた。単純なやつだ。
「ちょいと貸して」
「ん?」
人参を切っていた時だった、俺はリリィから包丁をかりると、少しだけ人参に細工をした。
「じゃーん! お星様〜」
そうすると出来上がった星型に切った人参を俺はリリィに見せつけた。
「おお!凄い!天才だ!」
俺を見る目が明らかにいつもとは違うリリィ、こんな小細工でも子供は喜ぶのだなと少し微笑ましくなった。
「いやいやこの程度……大したことはない!」
「よくよく考えると、たしかにそうかも」
おい、テンション落ちんのはえーよ。もっと憧れろ。
「しかし作り方は聞いておこう。人間、教えるがいい」
このやろう可愛くないな。素直に教えてくれと言えっつーのに。
作り方を教えてやると自分で作った星の方が俺のより上手いと豪語してきた。うざい。
そういった細工も入れたからか、野菜を切り終える時点で結構な時間が経っていた。
「じゃあ次は肉だな。今日は鶏肉にしよう」
「黒クロコダイルも入れようか?」
「入れなくていい!」
もうしばらくはズルズル鍋を思い出す食材は知りたくない。
鶏肉を切るのは随分と円滑に進んだ。何故か分からんが、リリィは野菜よりも肉を切る方が得意なようだった。
次に料理のキモとなるルー作り。当然異世界にはカレー粉なんてないので自作のペーストから作っていかなきゃならんのだが、刻んだ玉ねぎやトマト、ニンニク、ヨーグルト、各種のスパイスなどなどを炒め合わせ、作れと書いてあった。
普段は物置小屋においてあるスパイスを各種持ってきて、俺はリリィにフライパンを握らせ炒める係と任命した。
俺は隣で料理本を読みながら材料を打ち込む係だ。
早速炒めていくとスパイスの香りが部屋中に充満していく。
「なんか変な匂い〜」
「嫌いか?」
「嫌いじゃないけど、嗅いだことない」
エルフ達はあんまりスパイスとか使った料理はしないのか? たしかにズルズル鍋からはスパイスの香りなんてしやしなかったが……いやいや、あれはまた違うベクトルの食べ物だったか。
そんなこんなで出来たペースト。見た目も香りも俺のよく知っているカレーによく近かった。
「なにこれ、うんこじゃん」
「うんこじゃねーよ! お決まりのボケかますな!」
誰しも一度は聞くであろうその冗談を、俺は久しぶりに聞いた気がした。というか異世界において初めて聞いたかもしれん。
そんな言葉は無視して作業させる。カレーペーストに肉、野菜を投入し、水代わりにカットしたトマトを投入して少しだけトロミを調節。皿に盛り付けてバジルを軽く散らせば完成だ!
「カレーの出来上がりだ!」
「うんこじゃん」
「だからちげーって!」
とりあえず食わせてみないことには、その発言も撤回させられないだろう。
俺はダイニングテーブルに皿を並べる。時刻は17時過ぎであったが、作業した為かスパイスの香りを嗅いだためか、俺もリリィも既に腹は減っていた。少し早めの夕食だ。
自分の皿に盛られたカレーをリリィはまじまじと見つめる。先程の俺がズルズル鍋を出された時の対比のようだ。
「さあ、食ってみろ」
俺に促されるままにリリィはそのカレーを一口分スプーンですくい、意を決したように口に運んだ。
「……? んん? ……ふんふん……うーむ…んん……んん……」
なんだよなんか言えよ。リリィは不思議な表情をしていた。
「人間、これシチューじゃないよ」
「カレーだもの。なんだ不味かったか?」
シチューと同じような味だと思って食ったのか。そりゃ意表を突かれるぞ。印象的にはよくないかもな。味覚ってのは想像しているものと違うと、逆にマイナス印象を生むからな。甘いと思ったら辛かったり、酸っぱいと思ったら苦いと、驚いて次の箸が進まなかったりするしね。
「ううん! シチューとは違うし、不思議な香りがするけど美味しい! 」
「だろ! カレーは最強なんだ! 日本料理界のビッグネームだからな。今回はやめておいたが辛いスパイスを入れて大人の味にしたりも出来るぞ。今日はパンで食ってるけど、これにはお米もよく合うんだ」
「なんとか料理界ってのはよくわかんないけど、辛いのとか、ご飯のも面白そう!」
「今度作るときは挑戦してみよーぜ」
「うん! ……これ、ズルズル鍋よりも美味しいよ!」
それは当たり前だよリリィさん……
俺もリリィに続きカレーを口にすると抜群に美味かった。ちゃんと出来てるじゃん!
俺は心の中はズルズル鍋を空の彼方へ吹き飛ばしてやった気分だった。




