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代理で出る結婚式が面白いわけがない!

 

 「行きたい!」

 「無理だ」



 俺は目の前のシチューを口に運びながら、もう何度目かの否定を口にした。



 「人間が、その女と色々あって行きたくないのは分かる。でもなら代わりに私が行きたい!」

 「何度も言わせんなよ、お前が行ったって意味がないの。新郎とも新婦とも知人でもないお前に出る資格はねぇ」



 こうなる事は分かっていた。だから俺は手紙を抜き出した招待状を直ぐにゴミ箱に突っ込んだというのに、リリィが珍しくゴミを整理しているかと思えば、これはなんだと問いただして来やがった。俺も無用心だった。もう行かないものと決めていたから、無意識にそれが何なのか説明してやったら、リリィの目は輝き出し、このザマと言うわけだ。



 彼女くらいの女の子にとって結婚式がどれだけ美化されているのかは分からないが、あんなものご祝儀という名の集金によって疲れを買うだけの行事だ。余程仲の良い友達や知人でもなければ、楽しむ事など到底出来ない。おまけに会社絡みの付き合いであれば、余興などという悪夢が特典付きになってくるふざけた文化だよ。



 すっかり結婚式を神格化してしまっているリリィはしつこさの権化となり、俺に何度もねだってきていた。



 「別に知人でなくてもいいじゃん! 私が人間のフリをすればいいだけでしょ」

 「できるかアホ! それに何か贈り物をしなくちゃならないんだぞ? それを用意するのは誰だと思ってんだ」

 「うっ……」



 俺の言葉に詰まるリリィ。何が悲しくてアリスとその婚約者に贈り物しなくちゃならんのだ。



 この世界には御祝儀の代わりに結婚する新婚夫婦には贈り物をする文化があるのだが、またそれも面倒くさいもので、友人知人であれば最低三万円相当の贈り物でなければならないという暗黙の了解がある。どこの世界に自分の元婚約者の為に三万円相当のプレゼントを贈る馬鹿がいる。別に俺自身の恨みなどは欠片もないが、それでも三万円は痛いのだよ! リリィさん!



 「……お願いだよ人間……私、人族の結婚式って見てみたいとずっと思ってたんだ。話に聞くとそれはそれは華やかで煌びやかな式なんでしょ? 私も見たいよ〜人生経験したいよ〜……ねぇ〜おねが〜い……」



 わざとらしい猫撫で声に俺の心は逆撫でられる。



 「ダメなもんはダメ!! だいたい、お前がここに住む為に、色々なもんを揃えているが、それも既に7万を超えてんだよ!! うちに、結婚式に出る余裕はありません」



 そうなのだ。リリィの為に買い足した寝間着やら普段着、生活用品、食器、彼女の溶かした石鹸、新たに買った石鹸、それらを合わせれば余裕で7万円をオーバーしている。今回結婚式に出たとしたら、余裕で10万円を超えてしまうじゃないか! どこの世界に居候の為にそんな出費を惜しまない人間がいるってんだ!



 しかも今日の夕飯だって俺が作ったんだぞ! 家事もロクに手伝わない子のワガママは聞きたくないね。



 「それに小間使いのワガママを聞く主人あるじがどこにいる。俺に聞く理由もない」

 「じゃあ今日だけ小間使い止める! だから結婚式出たい!」

 「いよいよお前が式に出席する理由が皆無なんだが」



 俺の使用人って名目がなけりゃ、リリィなんて赤の他人でしかないだろ。真っ赤っかの他人だよ。



 「むぅ〜〜! 出たい行きたい美味しいご飯食べたい!」



 本音が漏れてるじゃねーか。結局お前の本心は食欲か! 食い意地張ったハーフエルフが。もっとエルフらしく余裕を装えよ……



 「とにかくこの話はもうおしまい。俺もお前もアリスの結婚式には出ない。これで決定だ」

 「バカバカ! 人間のバカ! 人でなし! 結婚式をなんだと思ってるの!」



 俺はその意見をそっくりそのままアリスにぶつけたいよ。



 その後、夜中の12時を回った頃、俺は眠ったリリィの側に置き手紙を残して家を出た。



 目指す場所は馴染みの店だった。村で唯一、日を跨いでも営業している酒場だ。そこにいた先客に声をかけた。



 茶色い髪に緑色の瞳、整った顔立ちをしたその場にいるだけで絵になる男、カナリー・イケメンツ。俺の幼馴染の1人である。



 「お疲れさん」

 「そっくり返すよその言葉。ジョン、お前の顔すげぇ疲れてるぞ」

 「まぁ、色々あったんですよ」



 酒場に呼んだのは俺自身だった。リリィが眠りについた時点でカナリーの店に行き、後ほど話があると誘って、酒場で集合したのだ。カウンター席に座っていた彼の隣に俺も座った。



 「で? 話ってなんだよ」

 「まあ待てよ。お前、アリスから結婚式の招待状は届いたか?」

 「ああ、勿論。 ていうか、村の奴ら全員に届いているぞ。それがどうかしたか」

 「俺にも届いた」

 「あらま」



 カナリーは俺とアリスの事情を知っている数少ない人間の1人だ。



 「あいつの意図が分からん。それがお前を呼んだ理由」

 「そゆことね」

 「なんか考えでもあるのだろうか? それともただの嫌がらせか?」

 「うーん……」



 結婚式の出席か否かに丸をつけて送り返すのは簡単だ。しかしよくよく考えてみればアリスが俺に招待状を送る意味がないことに俺は気が付いたのだ。普通に考えれば招待状を送る手間が1人分増えるし、もし俺が出席するとしたら、気不味くなるのは向こうだって同じなのだ。ならばこんなことをする意味がないだろう。



 「嫌がらせかな」

 「やっぱり?」

 「いや、分かんないよ? でも僕がジョンの立場ならそうとしか思えないけど……」

 「そうだよなー……そうなるよなー……」



 俺はカウンターに顎を置いた。嫌な奴だなとアリスを思った。



 「そんな深く考える必要もないでしょ、どうせ出ないんだから」

 「まあそうなんだけどな……お前は出席するんだろ?」

 「僕はお前みたいにゴタゴタがあったわけじゃないからね」



 まあ、そうだよな。



 「ひとつ聞いてもいいかな……」

 「なんだい?」

 「お前、アリスの相手が勇者だってのは知ってるだろ?」

 「勿論」

 「どんな人かすげー気になるよな?」

 「うん。でも、それは結婚式で見れるからね」

 「……俺も見たい」

 「は?」



 カナリーの顔が呆気にとられる。まあ……そうだよね。言ってる意味は分かんないよね。



 「俺も勇者見たい。質の良い料理食べたい。ケーキ食べたい。勇者の仲間達がやるであろう余興も観たい。それに世界を救った人間の結婚式ってことは、世界的に重要な人間とかも出席する可能性もあるよな?」

 「まあね」

 「もしかしたら王様とかも出席するだろ? 俺も王様見たい!」

 「……お、お前…そんな理由で……?」

 「勇者の結婚式だぞ!? 世界を救った英雄の結婚式! このビッグイベントは一度しかない祭りと言える! この機会を逃したら一生参加することが出来ないんだ!」

 「思った以上に俗っぽいね」



 そうなのだ、俺はリリィにはあんなことを言って参加などしないと言っていたが、本当は出たくて堪らないんだ! 結婚式は好きじゃない。けど、そこに勇者というブランドが付くことでそれはただの結婚式ではなくなるのだ! 今世紀最大のビッグイベントと言えるのではなくて!? そのイベントに参加出来るチャンスをみすみす逃すほど俺は人間が出来てない!



 アリスの存在? 知らん! そんなものはどうでもいい!



 「じゃあ出ればいいじゃん」



 カナリーはズバリと言う。いや、そうなんだけど……



 「リリィがいるからそれが出来ない」



 そうなのだ。あのクソガキのせいで俺は会場である王国までの一人旅が出来ないのだ。



 「なんで? 留守番させればいいじゃん」

 「それはダメだ。1人にしたら何をされるか分からん。それにあいつはまだ11歳だ、言っても預かっている身だからな、彼女に何かあったらマズイだろ」

 「じゃあ、村の誰かに見てもらえば?」

 「村の人間は皆招待されてるから王国に行くだろ」

 「エルフの里にひとまず置いてくれば……」

 「突然そんな事をすればあいつに不審がられる。あいつはそこまで馬鹿じゃない。もしそれで王国についてくるような真似をされてみろ、癇癪を起こすなり、暴れるなりしてくるぞ、そしたら俺は王様の前で恥を晒すことになる。最悪打ち首になるかも……怖い」

 「考えすぎじゃ?」

 「万が一ってこともある。それだけで俺は怖い」



 少しでも可能性があるなら俺は避けたいのだ。



 「じゃあどうするの?」

 「リリィも連れて行く」



 嫌だけど、それしかない。



 「でも彼女、招待されてるの?」

 「されてない」

 「じゃあ無理なんじゃない? 今回の式はお前も言うようにただの結婚式とは話が違う。国を挙げての催しだ。それに魔王軍の残党がまだ残ってるって噂だから、警備も厳重だと思うから、招待状がなければ会場に立ち入る事も出来ないだろ」

 「そう。俺もそれは思った。だからアリスに招待状をもう一通送ってもらう事にした」



 ないならもらえばいいのだ! 彼女とは色々あったが、勇者の結婚式には変えられん!



 「おお、すごい勇気だな。もう要求したの?」

 「いやまだだ」

 「あ、これからか」

 「うんん、違うよ」

 「え? じゃあ……」

 「カナリー」

 「ん? なに?」

 「お願いします」



 「え、僕かよ!!」



 俺にはヤツに招待状をせびる勇気はなかった。



 「頼むよ、幼馴染じゃないか」

 「そんなもん自分で手紙送るだけだろ!」

 「それは俺のプライドが許さん!」

 「僕も暇じゃないの! 仕事あるの!」

 「そこをなんとか! ……お前さっきリリィを家に一人で置いてけって、ナチュラルに助言したよな? なんてひどいヤツだ! 手紙を送ってくれなきゃ、さっきの発言を村中に言いふらして回るからな!」

 「はぁ!? なんて?」

 「カナリーは子供に対して残酷な発想のできる変態だってな!」

 「可笑しいだろ!」

 「可笑しくない! 普段からそう考えている人間でもなけりゃ、あんな発言出ないだろ!」

 「いや、それは……お前に対する……」

 「聞きたくない!  聞かない!」



 俺は意地でもコイツに招待状を取ってもらうんだ!絶対に引かん!



 たとえそんな哀れな視線を向けてきてもな!



 「え、じゃあ今日飲みに誘ったのも……」

 「お前にお願いする為さ」



 そうなのだ。俺はその為だけに彼を呼んだのだ。でなければ、眠い中無理に体を動かす事もしないさ。



 カナリーは呆れたように頭を振った。



 「……この場はお前の奢りな」



 しかし出た言葉は予想外の言葉だった。



 「え、じゃあ!」

 「僕からアリスには催促しとく。それでもダメだったら諦めろ」



 や、やったぜ!! やはり持つべきものは友だな!!



 「カナリー……ありがとう」

 「ったく……仕事増やしやがって」

 「大好き」

 「キモいからやめろ」



 あらま、ウケなかったな。でも感謝してるよカナリー。




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