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触らぬ幼女に祟りなし

 

 俺の日本人『佐藤一郎』としての記憶が戻ったのは今から三年前、アリスがこの村を出てからすぐのことであった。



 薪割りをしていた時に跳ねた木くずが頭に当たった衝撃で、前世の記憶が戻ってしまったのだ。前世でもロクな死に方をしなかった俺を哀れに思った神様が、この剣と魔法の世界に送ってくれたのだ。



 しかし記憶が戻った際で物事の価値観まで変わってしまった。このゲームのような西洋世界は酷く文明が遅れていて、現代人の俺が生きるには苦痛でしかなかった。



 夜は暗いし虫も多い。昼間は必死に働かなくちゃ金も手に入らない。二重苦三重苦が当たり前の世界でハツラツなど出来るわけもない。



 なのに紙を作る技術はあるらしく雑誌やシール、トイレットペーパーだってある。あと衣服ね。前世の日本に負けないくらいお洒落な服は存在するし、ブティックだってあり、服飾文化は世界規模で発展しているようだ。でもそれ以外はあんまり文明開化の風は吹いてはいない。魔法とかあるせいで発展が偏ってしまったのかもしれない。



 剣と魔法の世界なら冒険者になれば? という人もいるだろう。冒険、まだ見ぬ大陸や神殿。開拓されぬダンジョン。ワクワクドキドキの世界。それこそ異世界の醍醐味だろう。多くの人がそう言うかもね。



 でも残念、この世界にはステータスの概念が存在し、俺のステータスはゴミ以下だ。そこら辺の村人の最下層最底辺。ギルドに入っても1日と持たない予想が出来る。それに痛いのは嫌だし。



 じゃあ魔法でも覚えれば? という人もいるかもね。あのね……魔法なんて才能かなければカケラも覚えらんないんだわ。神様もそこんとこスキルとかくれなかったみたいでね何一つ魔法なんて覚えらんないんです。マジクソだな。



 まあ、唯一貰えたスキル『安寧あんねい』とかいう安らか〜な力のお陰で、今まで大した病気や怪我もなく生きてこれたので、あまり文句を言える立場ではないのだが。



 これは前世での死因があまりにも哀れだったとかで「当たり障りのない生活を送れるように〜」と、転生する際に神様がくれた力で、唯一の俺の取り柄といえる。神様に感謝感謝だ。



 前世での死因? 会社が潰れたからハロワ行こうとしたら何者かに刺されて死んだんだよ。ふざけんな。



 まあ、そんなこんなで精神年齢38歳。身体年齢18の俺は、今日も今日とて『村人』として生を謳歌していこうと思っていたわけなんですが……





 「えーんえーん、罠に引っかかっちゃったよー、痛いよー、えーんえーん」



 隣人の爺さんから頼まれた、森で薪を作る仕事をした帰り道、道の端で泣き声が聞こえたと思い林を覗き込むとトラバサミに足を挟まれた白銀髪幼女がおったとさ。



 腰まであるピカピカのプラチナシルバーの長髪と長い耳から察するにこれはエルフだな。



 細い右足が挟まれ血が出ている。痛そうだ。



 「えーんえーん誰かー」



 まあ、親が近くにあるでしょう。俺は帰るとするか



 「ひどいよーひどいよー美少女が泣いているのに、見るだけ見て帰るなんてひどいよー」



 ……覗き込んでいたのがバレていたようだ。



 正直、前世の日本で怪我をした子供に手を差し伸べたのに、誤解され怪我をさせたと誹謗された人間の話とかを聞いた事があったから、子供に対して敏感になっている部分が俺にはある。



 厄介な事には巻き込まれたくはないが、この子供を助けなかったら助けなかったで怨みを買いそうで怖い。



 しかたがない、助けてやるか。



 俺がトラバサミの口を両手でこじ開けるとエルフの子はその足を素早く抜いた。



 「痛てて……」



 傷は深くはないが、けして浅くもなさそうだ。



 「大丈夫か?」



 流石に鮮血が流れている箇所を見るとそんな声をかけらずにはいられなかった。



 「もっと早く助けろ!」



 しかし彼女から返ってきたのはそんな罵声と腹部に対する右パンチの応酬であった。



 「ゴェェ!」



 理不尽な暴力に喉から声にならない呻きが漏れた。酷過ぎだろこのガキ。



 「この私の美しき足に、一生物の傷が残ったらどうするつもりだ!おドジ!」



 助けたのに酷い言われようだ。



 「ああそうかい、じゃあなクソガキ。その傷が腐って死ぬ事を願ってるよ」

 「待て!」

 「なんだよ。まだなにか?」

 「足が痛くて動けん。医者につれてけ」



 ふざけろ。



 「自分でなんとかしな。俺は恩人を殴るようなヤツはガキでも容赦しない」

 「ガキじゃない。リリィ、私の名だ」

 「そうかいリリィ。お前には俺はもう一切関わらない。自分のした事を悔やんで足からばい菌が入って死ぬがいいさ。それに親がいるだろうに」

 「無理だ!死にたくない!歩きたくもない!親は数年前にドラゴンに食われて死んだ!医者につれてけ!人間のくせに生意気だぞ!つれてけ!つれてけ!」



 なんだこいつは。妖怪つれてけ童子か。なんか壮絶な今生の別れを聞いてしまった気がするが……いやそれにしても、こんな非常識な子供が森の中にいるとは……流石異世界理不尽だ。



 まあ放っておくけどな。



 「知るか。のたれ死ねクソガキ」

 「お、おい、本気か!本気で置いてくのか?」



 無視しよ。



 「じょ、冗談だろぉ〜〜おーい……お兄さーん……ねぇ〜! 本当に痛いんだって〜……歩けないよぉぉ……死にたくないよぉぉ……」



 知ったことか。誰か別の人間に拾ってもらいな。



 「ヤダヤダヤダァァ!! 助けてぇ!見捨てないでぇ!!こんな森で一晩越したら死んじゃうどころじゃないよ!! 死よりも酷い目に合うよ!! 人でなしィィ!! 」



 人でなしで結構だ。



 「うそうそうそうそ!! 本当にごめんなさい!!助けて下さい!! 本当に無理!本気で!本気で無理!!何でもするから!何でもするから許して下さい!!」



 俺は騙されん。日本人は美味い話に敏感なのだ。良くも悪くもな。



 「ふざけんな!!このやろー!!死ね死ね馬鹿人間!! お前の事はあの世で呪ってやるからな!! 出来ないと思ってんだろ!? 本気だぞ!!私達エルフにはスッゴイ秘術が備わってるんだからな!! それは死しても扱える、神様にも等しい大魔術なんだからな!! このリリィ様に目を付けられた事を私が死んでから後悔するがいいさ!!」





 ……まじすか。


 


 俺は早速引き返した。 こんなスマホもテレビもパソコンも無い世界で退屈しているのに、それに加え呪いまでかけられたんじゃ、たまったもんじゃない。そんな考えは直ぐに取り消して貰わねば。



 「お嬢さん俺の背中を使いなさい」

 「くっくっく、さっきまでの態度とはまるで違うな、人間」



 悔しいがここはこのガキに媚びへつらっておこう。年の功では勝っているが、この世界での種族としてはこのガキの方が上位だ。穏便に事を済ませ、速やかに関わりを断てばいいだけの話だ。少しの辛抱と考えれば苦痛では無い。



 「はいしどうどう〜はいどうどう〜」



 俺の背中に乗ったリリィはご機嫌にそんな歌を歌いやがった。なんでその歌を知っているのかは分からなかったが、故国の懐かしい曲に少しだけ泣きそうになった。決して悔しいからではない。



 ……と、思う。




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