技名を考えている場を想像しちゃダメ。恥ずかしいんだから
「攻略屋……だと? そんなの聞いたことないぞ」
「そりゃそうだろうな。ワイバーンの依頼者なんて今までいなかったからな」
まだ人間の冒険者からしか依頼はもらったことしかない。たしかに異種族から依頼を受けられれば、そちらの界隈にも名が売れるだろうな。どうにかして売り出したいものだ。
って今はそういう事を考える状況じゃなかったな。
「なんだエルフの長よ、こうなる事を予測して予め冒険者でも雇っていたのか?」
「そんな……私達はそんな事はしておりません!」
「その通り、私は誰に頼まれたわけでもなくこの場に来ただけ。ただの通りすがりってやつだ」
俺とモルティアはエルフ達を挟みながら対峙する。バステアの御付きの者は俺を警戒してか、バステアと俺の前に出ずる。
「そんな通りすがりが何の用だ。悪いが俺達と、このエルフは取り込み中でね。用がないならどっか行ってくれないかな、犬ッコロ」
山犬の仮面だからってその呼び名はないでしょうに……せっかく攻略屋って名乗ったのに。……もしかして呼び難いのかな。ちょっと改名とか考えた方がいいのかもなぁ。
ってまた話が逸れた。
「用がないわけじゃない。じつはお前達のお話を全て陰から聞かせてもらってな」
「勝手に聞いてんじゃねぇ」
「すまない。だが、何やら穏やかではないセリフが聞こえたもんでな……なんでも里を焼き払うとか」
「ああ、そうだが、それがどうかしたか? これは俺達とエルフとの問題でね。今さっき事を知ったお前が、頭を突っ込んでいい話じゃあない。さっさと失せな。でなければお前もまた焼き払う対象とするぞ」
ふん、焼かれる前に失せろか。お優しい事だ。そんな警告もせずに一吹きで俺は殺せると言うのに、俺を生かす理由もないのにそう警告をしてくれるということは、俺の『安寧』のスキルが効いている証だ。
「それは出来ない」
「なに?」
「私はそのエルフ達を救おうと考えているんでな」
エルフ達が総じて此方を見た。当然だろうな、突然現れた知らない仮面姿の人間にそんな事を言われれば誰だってそんな顔をするだろう。
バステアに抱きしめられていたリリィまでその胸から這い出してきて此方を見ている。見たこともないような驚いた目をしていて、そんな顔が面白くて得した気分になる。
「そんな義理がこのエルフ達にあるのか、お前には」
「ない。だが助けたいと思った。それだけだ」
「殊勝なやつだ。意味もなく人助けか。泣けるねぇ」
「泣いてくれてもいいぞ」
「馬鹿なやつだ。オイ」
モルティアの声に一匹のオレンジ色のワイバーンが彼に寄って行った。
「なんでしょう親分」
「やつのステータスを見てやれ。あれほどの自信だ、特別強い個体かもしれん」
情報開示の魔法が使える配下がいるのか。それはいいな。俺も情報開示の魔法が使えればなぁ……事前に相手のステータスを盗み見て、危険を察知して逃れるのも簡単になるのに。
「どうだ?」
「はい。今見ましたが……凄いです」
「なに? 一体アベレージは幾つだ。それとも一点特化したタイプか?」
「いえ、一点特化ではないです。それにアベレージも……凄い…低いです」
「……は?」
「39.54……それがヤツのステータスアベレージです。これは人間で言うなら10歳程度の子供と同レベルのステータスですねぇ……それも家事も手伝いもせず、温室でグータラと外にも遊びに行かない至極極端な生活をしている者。それに限りますが……」
あ〜あ、バラしちゃった。人が気にしている事をベラベラと……
「……プっ」
「アーハッハッハ!! な、なんだそのクソステータス!! そんな程度であの仮面ヤロウはデカイ口を叩いていたのかぁ!? 何かあるのかと思えば……ハッタリをかますにも、もう少し現実味を持たせろと言いたいな!! 他人に喧嘩を売るなら、それなりに力をつけてから物を言った方がいいぞ」
大声で笑い、上から目線で俺に助言を下すモルティア。ありがたいかぎりだ。しかしな、やっぱり分かってないよコイツ。俺が喧嘩を売ってんのは、たしかな自信があるからこそなんだよ。それを疑いもせずステータスだけで判断するなんて、失敗するヤツの典型例ってなもんだ。
こちらが笑いたくなる。
「そ、そこの仮面の者……」
俺が色々思っているところでエルフ達のグループから声が上がった。その声は間違いなくバステアであった。
「悪い事は言わない。私達の為に戦うだなんて馬鹿な事はやめておきなさい。私達は自分達で死ぬ事を選択したんだ、お前まで巻き込まれる必要はないだろう。どうかモルティア様を怒らせる前にお引き取りを」
それは俺の身を案じていた。しかしだな、ここまで来ておいて退く事はもう出来ないんだよ族長様。
「勘違いするな。私は頼まれただけじゃ誰かを救う事はしない。だが、興が乗ったなら話は別だ。私は自分の意思で、誰かを救いたくなった。それだけの話だ。 ……てか、アンタ私をお前呼ばわりと失礼だな! 攻略屋だって名乗っただろうが。せっかく助けてやろうってのに……本当にプライドが高い種族だな。まあいい」
俺はローブの内側へと両手を素早く手を忍ばせた。
もう語る事もないだろう。
「これ見たら、失礼な口もたたけなくなるかもな」
そしてローブから手を抜くと同時に、俺は両手に握った二つの『手裏剣』を放った。
十字形のそれは俺から円軌道を描きながらブーメランのように飛んでいく。それぞれが右側、左側へ膨らむ事により、俺の場所からまるで弧を描くように飛んだ。それはモルティアの背後にまで回り、二つの手裏剣は交差した。
当たらない事を予知していたように彼は少しも動かなかった。
「ふん、卑怯にもいきなり攻撃してきたかと思えば、何処を狙っているのかも分からない攻撃などしおって……所詮低ステ、恐るにも足らぬわ」
蔑むモルティア。やっぱし分かってないなこのトカゲ。
俺は続けざまにまたもローブに手を突っ込むと、両手に小瓶を握る。そしてそれを地面へと叩きつけた。そうするとどうだろうか、たちまち炎が起こり、一気に炎が俺やエルフ達、そしてモルティアを囲ったのだ。
それは丁度手裏剣が通った軌跡の跡をなぞるように。俺達を包む様に。
「なッ!」
モルティアの驚愕した声があがった。
「お前魔法が使えるのか?」
たしかに突如あがった炎にそう思うのも当たり前だ。しかし違う。俺に魔法は使えない。
ネタバラシをすると、投げた手裏剣にはワイヤーを結んでいて、そのワイヤーに自家製の引火薬を塗ってあったのだ。この世界に住む体に炎を纏うモンスター、サラマンダーの皮脂と特殊な睡眠効果を持つキノコをブレンド抽出した特別製の薬さ。
そして叩き割った小瓶に入っていたのも俺が作った薬、空気に触れると一瞬で発火する液体である。これはキマイラの吐く炎の元になる体内液と、水面から出た瞬間に高温を体から放つ魚、アチアチマグロの発熱液を一定の量混ぜた薬である。
その二つを使えばこのように上手く炎を生み出す事だって可能なのだ。これが低ステータスの俺の戦い方の一つだ。
「違うな、これは異世界科学の一種だ。全部素人の作品だがね」
所詮は俺が色々と試作し、安定して作れるようになった物でしかない。魔法なんて芸当には到底及ばないさ。
「何を言っているのか分からんが、ふん! こんなもの!」
そう言ってモルティアは大きく翼を羽ばたかせ風を起こす。しかし炎は消える事はなく、それどころか大きく燃え立つ。
「なにぃ!? 俺の風は魔法ならば一瞬で消し去れる! ただの炎だとしてもこの程度なら一瞬で鎮火出来るはずなのに!!」
だからただの炎じゃねーんだっての。これは自然を生きる為に進化した生物やモンスターの術の結晶なんだ。それを合わせたのならどんな物だって作れるんじゃねーのか? それこそどんな風が吹こうが消えない炎だってな。
「ふん、ならばこうすればいいだけの話だ」
モルティアはその巨大な羽を用いて上空へと飛び出す。
「翼ある者と、無い者の違いがこれだ!! 少しでも優位に立てると思ったか攻略屋!! 」
得意げに言い放つモルティア。空を飛べるとはズルくて羨ましい限りだね。
しかしそれは狙い通りだった。俺はそれを狙っていたからな。
俺は駆け出す。目的地はモルティアが先程まで立っていた、そして今の彼の真下の祭壇の位置に。
「そのまま動くな!炎も消すな! 自分達の酸素だけは確保するように魔法を使ってろ!」
俺はエルフ達の側を通る瞬間にそう告げる。今この炎消されるのはまだ早い。
「お、おい人間!!!」
聞き慣れた餓鬼の声が俺の事を呼んでくれたような気がするが、今はそれに答えてやる事も出来ない。俺はこの戦いを長引かせる気もないからな。今はモルティアを一点狙いさ。
「やるぞ!!グリムッッ!!」
「よしキタァ!!」
駆けながら俺は相棒に声をかける。そうすると俺の左手が光に包まれ、次の瞬間には刺々しいフォルムをしながらも神々しく光る黄金の籠手が装備されていた。
「この虫どもが……一瞬で焼き払ってくれるわ!」
モルティアがそう叫び、眼下に広がる俺達のいる大地へと口を大きく開いた。口の中に赤い球体が徐々に膨らんでいくのが確認出来た。
「予想通りだなジョン」
「ああ、期待通りに動いてくれて嬉しい限りだ」
そして俺達も望んでいた場所に辿り着く。この場からなら思いっきりやれる。
「見せてやろうぜ、お前の最強」
俺の声に黄金の籠手が、変形を始める。それは形状から予測される体積以上の変形であり、みるみるうちに籠手だった物は巨大になった。
俺の左手に装備されているのは最早籠手ではなかった。鬣とその強靭な二つの大角を有した、黄金の竜……グリムロードの頭部を模した砲が大口を開けて俺の左腕には装備されていた。これこそグリムの装備形態だ。
俺の胴をすっぽり隠せるほどに巨大な、それの口先を天空へと向ける。
狙いはただ一つ。モルティアのみ。
俺の変化に多くの者が注目したのが分かった。それはモルティアでさえもだろう。しかし彼がもう引き返すつもりがないのは、先程までの会話の中で彼がそういう性格ではないのはなんとなく分かっていた。
「ヤツめ、まだ貯めてるぞ。遅すぎるだろう」
モルティアのチャージの時間にグリムがそうこぼす。いや、知らねーよそういう技なんだろ。いちいち他人の技に文句つけんなよ。
「まあ、そうだな……ところでジョン、俺はこの度お前の記憶の中で漫画なるものに影響を受けてだな……その…自分のブレスに名前を付けたんだが……それを撃ち放つ時叫びたいんだが、どうかな?」
「こんな時に!?」
この切羽詰まった状況でこのドラゴンは何を言っていやがりますか!!
「な、な、な、何を聞いてんだよ!!! 名前だと!? そんなもんスッと叫んどきゃいいだろ!! なんで聞いた!!」
「あらかじめ言っとかなきゃ恥ずかしいだろ!! あとで弄られるのヤダし!!」
め、めんどくせぇーー!! 素知らぬ顔で勝手に叫んどきゃいいものを、そんな相談されちゃ逆に気になるってもんだ!! 馬鹿だねこの竜!!
「わかった! わかった! 弄らねーよ!! もう来るぞ!!!!」
俺達がわちゃわちゃしている間にも、チャージが完了したようでモルティアがそのブレスを叫びと共に放った。
「お、親分!!ちょっと待ったァァ!!あの人間───────」
「ガアアァァァァ!!!!!」
打ち出す瞬間、あの情報開示の魔法を持つワイバーンが自らの大将を制止する声をあげたことに俺は気が付いていた。まったく……部下の忠告に耳を傾けないリーダーを持って、あいつも可哀想だね。
ま、同情はしないがな。
迫るモルティアのブレス。それは巨大な落石の様な火球だった。地上に落ちた瞬間、それが辺り一面を火の海にすることは明白だった。
品のない技だ。
「────死にな」
見せてやれダチ公。
「スクリィィィィム─────」
「クワイアァァァァ"ァ"ァ"ーーーー!!!!」
その叫びと共に俺のキャノンが唸る。辺りに響く射撃音、まるで海が弾けた様な音だった。
辺り一面を支配した青白い光。それは紛れもなくグリムロードの放った『破壊光線』であった。
直径にして10メートルの太さはあるだろう極太の青白いビーム。夜の闇を引き裂く、その光。それがグリムの比類なき必殺の一撃だ。ジェット機のエンジンの音に似た放出音が俺の耳を支配した。
俺の視界はビームの強烈な発光に完全に邪魔をされて見えないが、確認しなくても分かる。グリムから放たれた光線は、モルティアのブレスを軽く消し去り、その矮小なる体を包み込み、その薄汚い悪意ごと飲み込んだ。
グリムの光線はどこまでも天空を貫く。それこそここが地球であったなら宇宙まで届きそうなほど。俺達がモルティアの真下まで移動したのはこの為だったのだ。グリムの光線はその射程距離と破壊力から天空にでも向けなければ危なくて撃てやしない。だからヤツを空に誘き寄せる必要があったのだ。俺が移動したのだって、斜めからヤツを狙っても恐らく浮いている以上、地上に光線の影響が降り注ぐ可能性は低いだろうが、念の為を思ってのこと。この技を使うには配慮が必要なのだ。なんていったってワイバーンの羽ばたきでも消えなかった、あの俺が立てた炎でさえ、この光線の余波の起こす暴風によって消えてしまうのだから。
光線が収まると、空に闇が戻ってきたが、厚い雲に光線の通った跡を示す様に穴がポカリと空いていた。その天空にモルティアの姿は無く、他のワイバーン達が力無く羽ばたいているだけだった。そりゃあんだけの物を見せられりゃそうなるだろうが……
「ふん、口ほどにもない」
しょうもないと言った具合にグリムがそう漏らした。
「まったくだな……ところでグリム」
「なんだ?」
「お前……なんて叫んだ? ス、スクリー……なんとかって言っていたと思うが……」
「あ、お前弄らないって言ったのに! そうやってほじくり返すのか!?」
「聞いているだけだろ。結局技名はなんて言うんだよ。教えてくれ」
「……わ、笑わないか?」
「笑わねーよ」
「……スクリームクワイア…………」
「……は?」
「正式名称はスクリーム・クワイア……スクリームとクワイアの間に『点』が入る……」
「え」
「そして和名は『絶叫する聖歌隊』。上にルビを振る形で『絶叫する聖歌隊』だ」
「……………」
「3日考えた」
「……………」
「どうかな?」
「40点」
「低いし、恥ずいわ!!」
まあ、そこそこ良いんじゃない? 何はともあれ、その『絶叫する聖歌隊』のお陰で俺はモルティアに勝つことが出来たんだし……フフッ…
「やっぱし笑ってんじゃねーか!! マジやだ!!」
まあまあ……それより残った残党はどうするか。
ビビっているのか、こちらの様子を窺いながら、何もしては来ないが……
「それなら良い方法がある。俺を奴らに向けてくれ」
「また撃つのか?」
「もっと賢いやり方さ」
俺は言われるがままキャノンをワイバーン達に向けた。
「聞け、矮小なるワイバーン共よ!!」
声を出したグリムにワイバーン達にどよめきと緊張が走る。
「貴様らの長は殺した。これ以上このエルフ達の里を襲うことは許さん。従わなければ貴様らの命だけでなく大切な者……貴様らの末代まで食い散らかしてやるぞ!! このグリムロードがな!!!」
その名乗りの瞬間、ワイバーン達が驚愕に飲まれた。あるものは慌てふためき、あるものはガタガタと震え出したのだ。それどころか、俺達の背後の後方にいるエルフ達までもがどよめいた。
「グ、グリムロードだと……嘘をつくな!! 冥竜グリムロードは200年前に海底に封印されたはずだ!! ここにいるわけがあるか!!」
震えながらもハッタリだと意見するワイバーンが一匹。
しかし────
「誰が口を利く事を許した? 蝿が」
俺にも分かる巨大な威圧。それがワイバーン達を刺した。俺に向けられたわけでもないのに心臓の奥がキリキリと痛んだ。それを直に向けられたワイバーンと言えば……
まるで射られた小鳥の様にいくつかの個体が力無く、大地へと落ちた。いや、どこぞの海賊漫画かよ。
「俺に封印など元からかかってはいない。200年前、この大地のつまらなさに辟易とし、海底で眠って過ごしていただけだ。そしてようやく楽しめそうな戯れに出会ったからなぁ……こうして出てきたというだけの話。他に文句があるやつはいるか?」
威圧を解かないグリム。そんな凄まれては物申せる輩などいるはずもない。
「そうか、では貴様ら蠅共に一つ命を与える。グリムロードが戻ったと伝えろ。世界中の大地、天、海に至るまでな……」
その声と共になんとか気を保っていたワイバーン達が一斉に空の彼方へと飛び立っていった。慌て過ぎて衝突事故を起こしているものもいて、少しだけ面白かった。
「な、この方がいいだろ?」
口調も雰囲気も普段通りに戻ったグリムがそう言う。その事に俺はとても安心した。
「お前怖ぇーよ……もうちょっと優しく言ってくれよ」
「ハッハッハ……先程笑ったお返しだ」
まあ、そう言う事にしといてやるか。この場も丸く収まった事だしな。さて、やる事もやったし帰るか俺達も。
俺がそう気持ちを整理した時だった。後方から俺達を呼び止める声が響いた。正確にはグリムだけだけど……
「お待ちください冥竜様!!」
バステアやそれに続くエルフ達だった。跪き、俺達を見上げていたのだ。あのリリィでさえも。
「ま、まさか貴方様がこの世界に、お、お戻りになられているとも知らず、私共は……」
畏怖を隠す事なくそう言うバステアに、グリムも別にどうだっていいといった調子で受け答える。
「ああ、別に良い。許す。俺も別にこの世界に再び君臨したいわけじゃないからな。ただの気まぐれにワイバーンを蹴散らしたに過ぎない」
「ああ……寛大なその御心遣い……何と御言葉を返せば良いのか……何かお礼を……」
「良い。面倒だし。そういった形式じみた物はな、お前らの腹の内が見えないから好きじゃねーのよ」
自分達の想像する冥竜とは違うのか、ラフ過ぎる物言いにエルフ達はドギマギとしていた。敵意を向ける時以外はグリムの口調はいつもこんなもんだ。さっきはワイバーン達に知らしめる為、厳格なものを意識していたに過ぎないのだ。
「まあ、なんだ……せっかく俺が救ってやったんだから、これから良い里を作っていけ。それだけは約束しろ」
どう返せば良いのか分からなかったのか、エルフ達は言葉を探していたが、結局しっかりと頷き、「はい」とだけ返事を返した。別にそれでいいとグリムも思っている様だった。
「帰ろう」
俺にそう言うとキャノン形態だったグリムは籠手の形状に戻り、その後スッと光になって消えた。俺の左手は見慣れた裸のものになっていた。
「貴方様にもお礼を」
そう俺に言ってくるバステア。先程お前呼ばわりしていた態度と全然違うじゃねーか。まあ、それもそうか。
「いや、結構だ。私は特に何もしてない」
「そういうわけには……」
結構義理堅いのね、エルフ。まあ、この機会だし少しだけ要求してみるか。
「じゃあ一つだけ。エルフの里を救ったのは攻略屋だってのを広めてくれ。別に世界中を歩いて吹いて回れって言っているんじゃないんだ。何処かで誰かと話している時にでも良いから、世間話程度で語ってくれれば嬉しい。それが礼ってことでどうだ?」
俺の要求にエルフ達は納得のいかない表情をしていた。俺自身、広告塔に彼らがなってくれれば仕事も増えて嬉しいのだが……そういうのは嫌かな。
「その程度でいいので……?」
「ああ、それが私が今一番欲しいものだからな……」
伝達手段の少ないこの世界で、まだまだ人の口コミは大きな宣伝になる。これが重要なのさ。
俺は告げる事も告げたしその場を去ろうと思った。そうしてバステアの後ろに隠れる様にしているリリィを見つけ、少しだけ見つめると、その場から歩を進めるのだった。
あれだけの事があって、元気そうな顔をしている彼女を見て、もう頼られる事もないだろうと、どことなく寂しくも思いつつ安心した。
林の中で待っていたビンタを見つけると、俺は鞍に飛び乗った。嫌に疲労感があったが、久しぶりに人助けをした後は気分が良く、天上に広がる星々を眺めながらゆっくりと帰った。
翌朝である。扉をドンドン叩く騒々しさに俺は唸りをあげ、起き上がった。
「ウルセェェェ!! 誰だこの朝っぱらから!!こちとら昨日の一件で疲れてるんだっつーの!!」
体に残る疲弊感は、筋肉痛にも似ていた。痛みは無いが、ドンと重たい感覚。これは明らかな疲れの溜まりだった。
それなのに人の事情も知らずに、目覚まし時計かっていう勢いで玄関扉を叩く輩は何処のどいつだ。カナリーか? いつもスマートなアイツが扉を騒々しく叩く姿は想像出来ないが……隣のジジイだったら殴ってやろう。
そう思いながら扉を引いて開ける俺。今思えばなんて甘い考えで俺は扉を開けてしまったのだろうと後悔した。
「ただいま人間!! 超絶美少女リリィが帰って来ましたよ!!」
速攻閉めた。
これは悪い夢だ。じゃなければアイツが帰ってくる理由もないだろう。あんな『大荷物』を持ってやって来て、さもこれからこの家で暮らしますよなんてアピールしているのは、悪い夢に違いないぃぃ!!
扉を押し閉めながら、俺はそう思うが、現実はそれを否定する様に扉をドンドンと鳴らすのだった。
「な、何閉めてんの! 入れてよ! 入れてーー! 私、帰って来たんだよ! 入れてよー!」
「うるせぇ!なんでお前が帰って来てんだよ!! お前は生贄になったんだろ!! 何故生きてる!」
「ひっどーい!しらばっくれちゃってさ〜〜 本当はなんで生きてるか知ってるクセにぃ。あーんな仮面つけて『俺は攻略屋』なんて台詞吐いちゃって、……プククッ…かっこわる〜」
俺は急いでリリィを中に引き込んだ。
「なんでお前がそれを知っている!!」
「当然じゃん。あんな変装バレバレだし」
「嘘を言うな!俺の変装は完璧だ!」
「えぇ……自分で言うの、それ」
本当のことだもの。
「だって私最初見た時に、あ、人間だって直ぐに分かったし。それに情報開示の魔法でこっそりステータス見たら、見慣れた数値だったから確定的だったよ」
くそ、ズルイ魔法なんて使いやがって!!
「あ、そう。じゃあ帰ってね」
「待って待って、預かっている手紙があるよ。これを読めば私がここに来た理由も分かると思うよ」
そう俺に差し出された手紙を俺は受け取った。
「バステア様からの手紙。私は事前に内容は知っているから一人で読んでね」
そう言ってリリィは外に出て行った。なに?バステアからの手紙?礼状か?
俺はそう思って封を開ける。
そこに書かれている文を読む。
拝啓 攻略屋様。
昨日の一件本当にありがとうございました。お陰でこの里にも真の平和が戻ってくることと思われます。全ては貴方様と、グリムロード様のお力添えがあった結果です。里一同、皆感謝しても仕切れない思いです。昨日、礼は名を伝える事のみで良いと貴方様は仰いましたが、村一同でもう一度検討したところ、やはりそれだけでは足らぬという意見も多く、再度贈り物を送らせていただきます。
律儀な事だ。何もいらないと言ったのに……まあ、しかし、こうして先手を打つ形で送ってきたのなら有り難く貰っておくとするか。
内容は何かな。金か? 織物か? それとも土地かな? お香とか石鹸とかでも嬉しいな。何はともあれ内容が気になる。続きを読もう。
リリィを贈ります。小間使いとしてお使い下さい。
は?
本名はリリィ・キャラメリーゼ、歳は11、性別は女。半分人間の血が混ざったハーフエルフですが、魔法に長けている部分や、物覚えが早いといった長所もある優秀な子です。本人の承諾も取っているので、こき使ってやって下さい。
追伸 この度エルフの里も人間との交流に努める方針にしていくつもりです。ですのでリリィがその筆頭となるでしょうから、人間の世界を沢山見せてやって下さい。
気が付けば俺は手紙を真っ二つに破いていた。
あの族長……やはり俺を見下してやがるな。
「なあ、人間!!ベッドルームが私の部屋でいいよなぁ?」
意識を戻すとリリィが既に俺のベッドルームに荷物をドンドン詰めている状況だった。ふざけんな!!
「ダメに決まってんだろ!! 馬鹿が!! 帰れ!」
「私にもう帰る場所はない!小間使いになったのだ!」
「ああ、そうかい!じゃあ今日限りで小間使いを辞めてもらいます!クビだ!クビクビ!!」
「それは無理だ!」
「何故だ!」
「エルフで言うこ、小間使いとは……すなわち……その……」
「あ?」
「……ッなんでもない! とりあえずベッドルームは貰う! お前は物置で寝ればいいでしょ!!」
「普通真逆だろが!!」
顔を真っ赤にして意見してくるコイツに、反論する俺の頭もドンドンと痛くなってくる。
ああ……なんでこうなるのよ。
「おい人間!!」
「なんだ馬鹿!」
「その!! ……助けてくれて…ありが…と」
そう言ってウジウジと銀色の長い髪を少し摘んで弄るリリィ。脈略なくいきなり礼なんていいやがって。不安げなコバルトブルーの瞳が少し揺らいでいた。恥ずかしいなら言わなきゃいいのにな。なんだか分からねーが、素直じゃないエルフだ。
……まあ、これも好き勝手に行動した俺への当然なる罰なのかもな。小間使いか……多分その関係さえコイツは次第に気にしなくなり、邪智暴虐に振舞う事だろうな、この家というフィールドで。
クソ、頭が痛ぇな。




