久方ぶりのギルドロートス
久しぶりに訪れたギルド ロートスの屋内は別に変わった所もなかった。冒険者がチラホラいて、掲示板を確認している者がいて、パーティを組んでいるものはメンバーらと話をしたり、メンバーが集まるのを待っていたりと俺が最後に訪れた頃と何も変わっていなかった。
今日の俺は攻略屋として来たわけではない。なんせその準備をしていなかったのだから、そうすることもできないのは当然だった。
俺は早速掲示板をずらりと見る。数多くの依頼が貼られているが、その中でも『ワタゲムー』という単語が入っている依頼書が多く見られた。もしかしてこれが昨今の冒険者業界を賑わせている強力なモンスターの名前なのだろうか。
俺は色々と予想するが、そんな時掲示板の端に貼られた紙に目が引き寄せられた。というのもそれは既視感のある紙だったからだ。『何でも屋 フォークス』だ。
「……あいつも相変わらずか」
ほんの少し前まで刃を向けあったライバル職の健在に、少しだけ笑んだ。見知った人間の存在を知るのは久方振りの人間にとっては、なんだか少しだけ安心できた。それが嫌いであろうと好きであろうと、この場の変わらなさの証明なような感覚に近かった。
「……ん?」
だけど俺は少しだけ異変に気がつく。依頼を受けるための青い羽が一つも付いていないのだ。
忙し過ぎて補充できていないだけか? ……いやあのマメそうな性格の男がそんな抜けたマネをするとは思えないんだけど……ま、色々あるんだろうな。
今は他人の事よりリリィの事だ。
恐らくこのワタゲムーってのが俺の目下の邪魔者らしいな。おびただしい数の依頼書に、討伐だの、避けてダンジョン奥の花園での採取依頼だの書かれているからな。一応確認を取ってみるか。
「あの〜……ちょっとよろしいですか?」
「こんにちは! ギルドロートスにようこそ! あまり見かけない方ですね? 本日はどのようなご用件で? 冒険者登録でしょうか?」
そう言ってくるギルドの受付嬢。俺自身は見慣れている黒髪の受付嬢だ。向こうは俺が山犬の仮面をつけていればすぐにでも気が付いてくれるだろうが、今日は完全にジョン・ウィッチモード。この俺の顔を見たことがない彼女がそう言うのも頷ける。
「いやいや、そうじゃないんですけど……最近ちょ〜強いモンスターが現れたって聞いて、どんなんだろうと思ってね……ちょっと寄ったんですわ」
「そうですか……ダメですよ、一般の方が面白半分で関わっちゃ。でも確かに皆さん挑んでは敗れているモンスターらしいですね」
「あのワタゲムーってやつですか?」
「ええそうです。今まで依頼を失敗したことがなかった方々が次々に依頼に失敗している状態なんです。凄いモンスターですよね」
ダメだという割にはこのお嬢、口が緩いぞ。ま、聞かれたら答えたくなる性分だってのは攻略屋として関わっていた頃から知っていたけどね。
しかし、今まで失敗したことのなかった方々が今まで失敗しなかったとなっていたのは、俺みたいな存在がいたからで、それがいなくなればそりゃ失敗を隠しようがなくなるのだからボロが出始めるのは必然なんですよお嬢さん。先延ばしにしてきた事が遂に己に降ってきたってだけの話なのだから凄くも何ともないのだ。
ん……? ちょっと待てよ……可笑しいぞ。俺がいなくてもフォークスはいるはずだ。アイツは元A級の冒険者だっただろ? 簡単にこなせるはずじゃないか?
「確かに凄いですねそれは。 ……じゃああの端に貼られていた何でも屋さんにでも頼むのも一つの手ですね」
俺がそう白々しく提案すると、受付嬢はバツの悪そうな顔をした。
「ああ……フォークスさんですか……」
「……何かあるんですか?」
「…………」
俺の言葉に受付嬢は辺りをキョロキョロと見渡し、俺の顔に寄ってきた。
「ここだけの話にしてくださいね。私が一般の人に言ったなんてバレたら怒られるんで」
「神に誓います」
小声で言う彼女。お喋り好きの性だな。当然拒否るわけもなかった。
「実はフォークスさん、ワタゲムーの討伐に失敗しているんです」
「えぇ?」
「ある冒険者さんが、恥を忍んで堂々とフォークスさんに依頼としてワタゲムーの討伐を委託したんですが……結果は敗北。なんでも予想以上に強力な個体らしいですよ」
「そうなんですか……」
予想外の言葉に俺も呆気にとられる。まさかヤツでも勝てないモンスターとは……こりゃまじでヤバそうだ。
「それを皮切りにフォークスさんに委託する冒険者さんがどんどん多くなっていったんですが、彼も一度失敗したのだからやめておけばいいのに、何故か依頼を拒まないで受け続けるもんだから、失敗を重ねてしまっていたんです。 ですから最近は信用もすっかり落ち込んでしまってて……数日前から姿も見せてないんですよ」
なんてこった俺がいない間にそんなことになってたのね……しかし妙だな。フォークスがプライド高いのは知っているがそんな一つの失敗に固執し、倒せなかった相手をずっと狙うような依頼受けをするだろうか……ま、俺もヤツの全部を知っているわけじゃないし、色々考えても、ただのこじつけになるけどな。
「だからそんな実力者の方々でも処理できない問題なんですから、一般の方が無闇に頭を突っ込んでは絶対にダメですからね!」
「はいはい、心配しなくても平気ですよ。俺にはそんな勇気ありませんから〜」
「その言葉で安心しました。そういえば我々のギルド長が言っていたのですが、あまりにも解決策が立たないのであれば、近々ロリエント領主様に相談して近衛隊の派遣を打診するそうですよ。他の職業の方々にも影響が出ていますので当然なんですけどね」
「許可が下りればどのくらいで近衛の人達は来てくれるんですか?」
「恐らくは一週間はかかるかと……」
論外だな。そんなに待ってたらリリィがどうなるかわかったもんじゃない。
「そうですか……じゃあ俺達は気長に待つしかないですね」
「ええ、まったくです」
俺はその言葉を最後に受付嬢に別れを告げる。最後に掲示板に寄りもう一度確認する。どれもダンジョンの場所は南西の岩場地帯と記されている。
よし、場所は覚えた。行動開始だ。




