これはNTRだ!間違いない!
「私、結婚する事になったの。 ……お祝いしてくれるよね」
なんという事だ。俺は目の前が真っ暗になりそうだった。
目の前でモジモジとする金髪美少女アリスは俺の幼馴染だ。幼少を共にしいつも一緒だった彼女は、ある日天性のセンスがあるとわかるや否や、勇者の仲間とされ村を出て行った子だった。
先月、彼女を含めた勇者パーティーが魔王を討伐したとの情報が国中を巡り、例に漏れずこの村にもその情報がやってきていた。そしてそれは同時に彼女の帰還を意味する事を俺は知っていた。
三年振りに彼女に会える。そう思った俺の心は踊った。
俺の想像をはるかに超えて、出会った彼女は美しくなっていた。大人っぽさを兼ね備えつつつも可愛らしい面影は残っている。完璧に近かった。
俺はこの子と昔交わした約束を果たせるのだと心が踊った。
─────勇者との婚約を知るまでは。
村に帰るなりアリスは村人に宣言したのだ。
「私は勇者様と結婚します!!」と。
そして今に至る。俺はアリスと二人で昔村を出る時に約束を交わした場所に来ていた。
あの15歳の春───結婚の約束を交わした場所だ。
着いた途端にアリスはこちらの顔を窺いながらそう言った。その顔は昔の約束を忘れていない表情をしていた。
「……ジョン、突然の事で本当にごめんなさい。でも私はあの方を愛しているの!! 昔の約束を忘れたわけではなかった! でもね、あの人は私を心から愛しているし、私もまた言葉では言い表せないほど思っているの! だからごめんなさい……貴方とは一緒に歩めない……」
そんな……こんな馬鹿な……
俺はこの日を夢見てきて一人仕事を頑張り、金も貯めて来たのに、それを無しにしてくれだと!?
都合のいいにも程があるだろう!嘘だと言ってくれ!
「きっと私以上に相応しい人が貴方にもいるはずだから……」
そんな言葉言い逃れだ。本当はそんな事は思ってない癖に。
「私を一生怨んでくれていいから……どうか私の事を愛さないで……」
ふざけるな。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。さいていだ。さいていだ。さいていだ。さいていだ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。
俺の心は鬼のように嫉妬に燃え上がった。
少し前までの俺ならな。
「あ、そう」
「え」
「じゃ幸せになってね。俺このあと用があるからこの辺で……」
俺の言葉にアリスは鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をした。よく分からないがとりあえず私用があるから早く帰らねば。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
なんだろう。呼び止められた。
「どした?」
「わ、私結婚するんだよ?」
「もう聞いたよ、おめでと」
「……怒んないの?」
「え、なんで?」
俺の言葉にアリスまでキョトンとする。いや、その顔俺がする顔だから。
「も、もしかして昔の約束忘れちゃった? ここで昔した結婚の約束だよ……?」
「覚えてるけど」
「……覚えてるんだ」
「うん」
「じゃあなんで私が勇者と結婚する事に異を唱えないの? 他に好きな人でも出来た? 恋人とか?」
「いないけど」
「じゃあなんで?」
可笑しなことを聞くなと俺は思った。
「あんなガキの頃の約束、マジにするヤツいないでしょ」
そんな事も言わなくちゃ分からないのかこの女。若い頃ってのは何でも直ぐに結婚だの子供が何人欲しいだの口にしてしまうが、大抵そんな関係は成就しない。本当にしょうもない事で別れる事が大半なのだ。まあ世の中には成就させる根性の座った人達もいるが、大抵はそうなる。誰だってそうなる。
しかしそうとは思っていなかったのか、アリスは打ちひしがれた様子だ。
「……あ、あ、ああ、そう……」
「うん。もういい?」
「……………」
何も言わないし、肯定と捉えていいだろう。早く帰らなければ支度が間に合わなくなってしまう。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよぉぉぉぉ!!!!」
ビックリした。いきなり声をあげるんだもんな。
「少しくらい未練たらしくしろぉぉぉぉ!! ぜんっぜん引き止めないのねアンタ!!」
アリスは自前の金髪振り乱す。黒い髪の俺とは違い、光を浴びるとそれは輝きを見せる。……あー面倒臭い事言ってきたな。
「え、なに引き止めて欲しかったの? なんで?」
「結婚の約束をした子が突然別の男と結婚するって言ってんのよ! ムカつかないの!」
ムカつくだろうな。昔の俺なら。
「まあ、そういう事もあるよ。珍しい事じゃない」
「そんな言葉で片付けるの!? もっとグイグイきなさいよ!」
「なんで」
「それを私に言わせるの!? 分かれよ!」
お前から始めた会話劇だろ。
「ごめん、分かんないな。教えてくれる」
ここは素直に求めよう。分からない事は分からないままにしないのが俺の主義だ。けれどアリスは中々言おうとはしない。
「……えよ…」
「ごめん、聞こえない」
声ちいさ
「……私の事、取り合いなさいよ…」
聞かなきゃよかった。
要はあれだ。二人の男から言い寄られる可憐な私。罪作りな私。も〜本当に困っちゃう〜〜的なプレイをこいつは所望してるという事だ。この『世界』にもこんなヤツがいるとはな。呆れたわ。
「へッ」
思わず鼻で笑ってしまった。
「なに笑ってんのよ!! 馬鹿にしてんの!!」
「そうだよ」
「ムカつく!! なんなのアンタ昔はもっと優しい人だったじゃない。私の為に尽くしてくれたじゃない!!」
「それを言うならお前はもっとお淑やかで、遠慮がちな乙女だったよ。なんだ? 勇者勇者ともてはやされ自尊心ばっかり大きくなっちまったか?」
顔を真っ赤にするアリス。どうやら図星だったようだな。
「さぞ楽しかっただろうな勇者との旅はよ。行く街行く所で大切に大切に扱われるんだから。そりゃ勘違いもするってもんよ。こんなチンケな村で過ごしてきた女の子が突然チヤホヤされちゃあね。まあしょうがないって話」
「最っっ低!!」
「『最』は酷くね? せめて『低』だけにしてよ」
アリスは身につけていたレースの手袋を俺の顔に投げつけ。ズカズカと去っていく。
「結婚すんなら癇癪持ちは治せよ〜〜」
「余計なお世話よ!」
「お幸せになぁ〜〜」
「うっせぇ!!死ねぇぇ!!」
罵倒しながら彼女は行ってしまった。
それを見て思う。まだまだ若いな。あの若さ、羨ましい限りだ。