極限! コンビニくじ引き!
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
おう、つぶらやじゃないか。こんなところで出くわすとは、珍しいこともあったもんだ。
――年末の大抽選会に向けて、補助券を集めている?
ああ、そういえばもうそんな時期だっけな。このデパートに入っているテナントで買い物すると、何百円かごとに一枚ついてくるあれだろ。一等はどこかへ旅行に行けるんだったっけか?
俺? 補助券、それなりに溜まっているが……欲しいか? 今日の分しか入っていないが、よけりゃどうぞ。
――不思議そうって顔をしてんな?
いいって、いいって。俺、くじ引きとかはあまり好きじゃねえんだ。
昔は真逆で、この手のものに目がなかったんだがな。あることをきっかけに、二の足を踏むようになっちまった。
――ん、聞きたいか?
じゃあ、そこらへんのベンチにでも座ろうかね。
くじ引きに関するリアルラックは、手前味噌だがそれほど悪くはないと、自分では思っている。小さい頃に、家族を代表して引いたくじでは、一回で二等賞を当てたことがあったよ。ポテトチップス一年分だったかな。
喫茶店のスクラッチくじとかでも、3枚削れば1枚は大きなアタリが出るという頻度だったんで、知る人から見れば景品キラーといえただろう。
繰り返すうちに、俺も自分自身が景品キラーだという自負を持ち始めた。
「引くからには絶対にアタリを手に入れてやる。いや、手にしなくてはいけない」。そんな気負いというか、義務感に似たようなものを抱き始めたんだ。
お前も経験はないか?
テストでいい点を取った時。周りのみんなを引き離して、良い記録、良い結果を出せて褒められた時。その高揚感、特別感を保ち続けたいと思ったことが。
俺は正に、その気持ちの虜になった。だからこそアタリを手にしようと、反則すれすれのことや、もったいぶった行いに手を出すことがあったよ。
袋に入っている、カードやシールとかのサーチ行為なんか、最たる例だ。
原理としては麻雀の「盲牌」に似ている。パッケージ越しに指でこすったりすることで、お目当ての物品が入っているかを判断し、購入の効率化を図るという行為。お店側は、商品の価値を守るために禁止している行為だ。
先のテストや記録で例えれば、「カンニング」や「ドーピング」ってところか? 自分の過去の成果を、今の自分と確かにつなげたくて、つい使っちまう強力接着剤だ。
だが、それは偽りの接続。真の地続きとはいえない。
そのすき間をどうやら狙われちまったらしい。
一人暮らしを初めて、自分のバイト代で買い物をする機会が増えた、高校生の頃。近所のコンビニではくじ引きをやり始めていた。
俺のところでは、700円ごとの買い物で1回引けたかな? 中身は数枚溜めて使う応募券と、その場で品物と取り換えてもらえる券の2種類だった。
俺のお目当ては後者。どちらの方が、割合が高いのかは知らないが、俺は耐久消費財の置き場所に悩む人間だったからな。その場で飲み食いして終わる物品の方が、始末をつけやすいと思っていた。
この時は、実家を離れて様々なうっぷんが解放され出した時期。俺の不摂生な日常の第一歩として、コンビニ弁当はお友達だったな。多少、値は張ってしまうが、休みの日にわざわざ遠くへ足を運ぶ手間の方が、俺には不快極まりない。
「1397円になります」
特に意識したわけじゃなかった。適当に食料を買い込んだところで、ゴミ袋などの生活雑貨を突っこんだら、この値段になったんだ。
弁当をレンジで温めてもらっている間、年配の店員さんがレンジの脇にあったくじ引きボックスを取り、カウンターへ置いた。
「こちらの中から1枚……ああ、いや2枚お引きください」
「いいんですか?」と、つい俺は返してしまう。
「いい、いい。細かいことは気にせんで。ほれほれ、早く引きな」
会計待ちの人がいなかったからこそ、できたことだろう。
少し前の俺だったら、ルール違反以前に、「施し」をされたという屈辱に、内心で震えただろうな。
手繰り寄せてこその栄光。他人からのお恵みなど、おしつけがましさが先だって、分け前を頭はねされた気分になる。
だが、仕送りとバイト代で生活するようになり、自分の――主に経済的な――限界を思い知らされていた俺は、もらえるもんなら風邪以外、受け取ることを心掛けていた。
俺は箱の中へ手を突っこむ。
しみついたサーチ根性は変わっていない。箱を動かしてしまうほど、大胆には荒らさず。されど、まんべんなく指を伸ばして、どっちゃりと入っているカード型のくじを探る。
すでに俺は自分にとっての、アタリの見当がだいたいつくようになっていたらしい。
応募券と商品引換券。どちらもサイズは同じだが、後者は読み取るためのバーコード部分を有している。その部分に触れると、かすかな熱と起伏を感じるんだ。
ゆっくりと探れるのなら引き当てられる。だが、何秒も箱を物色するのは不審というもの。十分ではなかったが、さっと2枚を引いた。
1枚アタリの1枚ハズレ。心の中で舌打ちをする。当たったのは腸に優しいというのが売りの、乳酸菌飲料だった。
ちょっと手が汗ばんでいたためだろうか。2枚ともかすかに表面がたわんでしまっている。
――次は全部当てる。
俺は部屋で、当たったばかりのブツをラッパ飲みすると、リベンジを誓ったんだ。
同じコンビニで同じ手はずで進めたら、目をつけられる恐れがある。
俺は家の近辺にある、同系列のコンビニをめぐった。この手のキャンペーンは、どの店舗も同じタイミングで始めると相場が決まっている。
そして店内にほとんど人がいないのを見計らうと、わざと買うものの合計を1390円台にして、レジへと持っていく。店員の心へ訴えかけるわけだな。
おおよそ予想は当たった。若かったり、職務に集中したりする人はたとえギリギリの値段だろうと、融通を利かせずに、くじを1枚引かせようとしてくる。その点、余裕がありそうな年配の方々は、「いいからいいから」で、くじを2枚引かせてくれるんだ。
俺の狙いは、当然、くじ2枚。その上で最大の利益を出すことだ。
――もっと早く。もっと正確に。そして、もっと穏やかに。さりげなくアタリを引くんだ……!
俺は更に神経を研ぎ澄ませる。
当然、2枚とも景品を当てたところで、1400円近い出費が、すべて補填されるわけじゃない。単なる意地だった。
資金だって限られている。機会はせいぜい3日に一度。
限られた時間をものにするべく、くじを探る力をつけていく俺。だが、やはり不自然に思われない程度となると、確度が上がるのもノロい。
2枚ともアタリを引けるのは、せいぜい50パーセント。1枚アタリが残りの45パーセントほどで、5パーセントがブタといったところ。
そしてついに、ある一軒のコンビニでは、くじがなくなってしまったという告知が成された。となれば、他のコンビニだっていつなくなってしまうのか。
俺は溜まっていく応募券を、今一度、ゴミ袋の中へねじ込むと、財布を手にコンビニへと向かったんだ。
店内にいたのは、あの乳酸菌入り飲料が当たった日に、くじを2枚引かせてくれた年配の方だった。とはいえ、あれからすでにひと月近い時間が経っており、その間の数回での来店では、この人と顔を合わせていない。
また俺は1400円にぎりぎり足りない買い物をする。案の定、「2回引いてもいいよ」と言われて、意気揚々と俺は箱の中へ手を突っこむ。そこまでは良かった。
だが、箱の中で違和感を覚える。箱の中身はまだたくさん入っているように思えたんだ。
同時期に回っている他の2店舗のうち、ひとつの店がなくなり、もうひとつも虫の息といったところ。それに対して、この店だけやけに残っているということがあるだろうか。
正確にローテーションしていたわけではないから、この店を使ったのは一週間ぶり。その時に手で「サーチ」したところ、くじはだいぶ少なくなっていたはず。
――まさか、少なくなったからといって、くじを足すわけでもなかろうに。
俺は中身をまさぐりながら、いつも通りに探りを入れる。
だが、どれも熱い。そしてふっくらとしていた。今までの経験よりもずっと鋭敏で、指先が脈打つのを感じたくらいだった。
ついに俺の感度も高まるところまで高まったかと思い、それらの中でも最大の反応を示す2枚を引っ張り出す。
栄養ドリンク2本。単純な値段で見れば、上々の部類に入る。店員さんに手渡して交換作業をしてもらったが、コンビニ袋を受け取った時、俺は先ほどまで券を握っていた親指が、血にぬかるんでいるのを確認した。
――探っている際に、どこかで切ったか?
俺はそんなことを考えながら、アパートの2階。外からも見える、自分の部屋のドアへ手をかける。
開けたとたんに、何かが勢いよく顔に張り付いてきた。反射的に腕で振り払ってぎょっとする。
右の上腕に白くて大きい蛾のような生き物が取り付いていたんだ。そいつは俺の前で、肩をすくめるように羽を一回だけ上下させると、廊下を飛び去って行ってしまう。袖は緑と紫色を混ぜ込んだ、ケミカルな色の鱗粉に染まっていた。
それに続くように数匹。同じような外見をした大小の蛾が、どんどん廊下の柵を越えた外へと飛んでいく。
奴らがいなくなった後、俺は服を脱ぎながら、部屋を改めて気がつく。
玄関のすぐそばに置いてあるゴミ袋。その内側に、袖よりもずっとひどく鱗粉がこびりついていたこと。
そして俺が捨てた応募券のうち、何枚かが内側から食い破るようにして、大きく穴が空いていることにね。