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2017年/短編まとめ

番犬注意

作者: 文崎 美生

ウチの神父様は如何せんお人好しが過ぎる。

さて、神が人を導くのかと問われればボクは即座に否と応えよう。

されど、神に仕える神父というものは、人を導き神の教えを説く。

さてさて、それは本当に正解なのか。


「ねぇ、(サク)ちゃん」

「……その呼び方、辞めて貰えます?」


繰り返し繰り返し、飽きることなく自殺を続けただけの一般人は、見事に真っ当な生から切り離され、文字通り地に足の付いていない存在になった。

故に、作ちゃんと呼ばれる少女は死んだのだ。


「死神と端的に呼んで欲しいのが本音なのですが」


端的な意見は、神父らしからぬ「ええぇ……」という不満げな声に掻き消される。

首から十字架をぶら下げた、真っ黒で長い祭服を着たその神父は、本質的な神父様とは掛け離れた存在に思えた。

否、そんなことはボクが言えたものではないのだが。


「それで、何か御用で?言っておきますが、花を食べるのは止めませんよ」


祭壇の上に置かれた花瓶から、切り花を抜き取っては、花弁を口元に当てて、歯で引き千切るを繰り返す。

祭壇近くの床に、細かく千切れた花弁が落ちていく。


「それも本当はやめて欲しいけど、今回はそうじゃなくて」


この神父らしからぬ神父――神父様は、困ったように眉を八の字にして、花弁を拾う。

鮮やかな黄色の花弁だ。


「この前まで来てた女の人、覚えてる?」


ぶちぶち、もしゃもしゃ、引き千切った花弁を咀嚼しながら、はて、と首を捻る。

宙に浮かび、体を半透明にし、特定の人物にしか見えなくなったボクだが、その記憶力は生前と何ら変わりない。

生前より、人の顔と名前を覚えるのは苦手だ。

故に、神父様の本名を教えられても、暫くすると忘れる。


喉を上下させて、咀嚼した花弁を飲み込むと、神父様の眉が更に下がった。

しかし、話を終わらせるつもりは無いらしく、話題のこの前まで来てた女の人の特徴を上げていく。


金混じりの茶髪、そんなの良く見掛ける。

色白、大抵の女は美白を気にするだろう。

目が大きくて緑っぽい、目の大きさは化粧で誤魔化せる部分もあり瞳もカラーコンタクトがあれば変えられる。

クラシックワンピース、お洒落で着る人はそこそこいると思うが。


並べられる特徴を、切った張ったの勢いで首を振っていく。

神父様の顔が俯き気味になっていくのを見届け、茎しか残っていない元花を床に落とす。

それから、地に足を付け、それを踏み付ける。


「神父様さぁ」

「うん?」

「……お医者様でも、お薬はちゃーんと考えて渡すでしょう?それから用途も成分も説明してくれる」


実体無き死神でも、割と何でも触ることが可能で、見える人間には見えて、話せる人間とは話せるものだ。

神父様の胸元で揺れる、チェーンの長い十字架に指を引っ掛け、下へと引っ張る。

ガクン、神父様の体が傾く。


「お医者様は病気を治す為に在る。決して、患者様を薬漬けにする為じゃあ、無いんだよ」


程良く焼けた肌に、頬を寄せる。

存外、整った顔立ちで、近所の若奥様何かはまるでアイドルのようにちやほやしていた。

マダム何かは、まるで孫を相手にしているように甘く、子供はまるで兄のように懐く。


片目を細め、その端正な顔を覗き込むが、正直に言って分かっているのかいないのか、分からない顔をしている。

困ったような笑い顔は、神父様として迷える子羊を導くどころか、当の本人が迷子のようにも思えた。


まあ、しかし、だからと言って、神父様が本当に迷子だとしても、ボクには一切関係の無い話である。


ふぅ、と浅く息を吐き、十字架から指を下ろすと、神父様は首を傾けた。

ボクは、床を軽く蹴り上げ、ふわり、宙に浮く。

地に足を付ける行為は別段、難しくもないが、移動は宙を泳ぐようにしている方が楽だった。


「それじゃあボク、お散歩して来ますね」


片手を揺らして、ステンドグラスから教会を抜け出す。

教会に住み着き、神父様と生活する奇特な死神とは、正しくボクのことである。

ボクの抜け出たステンドグラスを見て、肩を竦める神父様は、やはり、お人好しが過ぎ、人外への優しさは最早甘さと呼んで良かった。


***


生温い空気中を漂い、鼻を上下させて向かったのは、窓の開いた小さな家だ。

赤い屋根が特徴的なその家に、窓の隙間を通って入り込む。

鼻腔を擽る匂いへと向かう。


「嗚呼、見付けた」


地に足を付け、ついつい、と無防備な背中を指先で突っつく。

不思議そうに首を傾けながら振り向いた女の人は、垂れ目が可愛らしい。

眉も垂れ気味で、背負う柔らかな空気は甘ったるく、男の庇護欲を誘うタイプだと思う。


「えっと……」

「お姉さん、昨日教会に来てましたよね」


ボクは身に付けているループ帯のモチーフを弄りながら、ね、と問う。

見知らぬ人物を目の前にして、彼女は不安げな顔のまま、首を縦に振った。


そんな彼女の背には、鉢植えがあり、そこからは長い茎が伸びている。

長い茎の先には、鮮やかな黄色の花。

形としては彼岸花をイメージしてしまうようなものだが、彼岸花よりも丸みがあり大きい。

それに、彼岸花と言えば赤だ。


「リュウゼツラン」


ボクの言葉に、彼女の目が丸くなる。

薄い茶色の奥にある真っ黒な瞳孔が、キュウッというように小さくなった。


「竜舌蘭。リュウゼツラン科リュウゼツラン属で別名センチュリープランツ、マゲイ。学名はアガベ。雷神、神の花と呼ばれ、幸福の花とも言われてますね」


数十年に一度、生涯に一度しか咲かない花だ。

故に、神の花、幸福の花と呼ばれる。

一説によれば、このアガベを見た者は、雷神の力を得、幸福になれるとか、何とか。


まあ、神と付くものを教会の祭壇に置いて良いのかは知らないが、幸福を求める人の目に付く場所にあるのは良いのかも知れない。

一本、毟って食べたけれど。


「……もしかして、シスターさん、ですか?」


は、口を開き、そのまま間の抜けた呟きを漏らしてしまう。

シスター、シスター?

頭の中でその単語を繰り返し、今度はハッ、と息を吐くように笑う。


「シスター!ボクが?ははっ。何それ、最低なジョークだね」

「あの……」

「生憎、神は死んだ、と言う方が性に合ってるね。そもそも、無神論者で無宗教寄りなんでね」


髪を掻き上げ、彼女の顔を覗き込む。

ボクは久方振りに笑ったが、彼女の顔色は優れず、青白いを通り越して、些か土気色混じりだ。


「……嗚呼、つまり、それで、ボクが何者かだったっけ?ボクは死神ですね」


嗤ってあげる。


「愛憎何かを、教会に持ち込まれたく無いんですよ。神父様狙いでしょう?嗚呼、別に神父様が恋した愛したに文句を付けるつもりは無いんですけど、唯、そういうの、困るんですよ」


言いながら、彼女の薄く色付いた唇をこじ開け、指を、手を、突っ込む。

そうして、視線は彼女の奥の鉢植えへ。

一際目を引くのはアガベだが、他にもハーブを含み幾つかの草花が植生されている。

その中には、ボクも育てているマリーゴールドがあった。

しかし、その色は赤だ。


「アンタのアガベ、クソ不味かったんだよね」


ゴキャン、と普通ならば聞き慣れないであろう音が部屋に響く。

声に成らない悲鳴が、彼女の声帯から聞こえたが、それより、ボクの指、ベトベト。


顎が外れたようで、口が閉じられないらしい彼女の喉奥から、するり、半透明な白濁色のそれが飛び出してくる。

それを、口を開いて吸い込むボクは、数回の咀嚼で喉を鳴らした。

花の方が良く噛んでいる。


魂、というやつは味がしない。

否、そもそも死神と言うのは魂を運ぶのが仕事であり、狩ったり食べたりしてはいけないものなのだ。

勿論、それは当たり前にあるルールだが、教会に住み着き、神父様と日がな一日喋るボクには、適応されない――正確には適応させない。


床に転がり、唾液を落とす彼女の上を通り過ぎ、よっこいしょよっこいしょ、と鉢植えを倒し、花を根っこから毟り取る。

口に放り込むことのないそれらを、部屋中にばら撒き、何となくお腹が一杯になったような気がした。


帰宅後、存外早いボクの帰宅に目を瞬いた神父様は、ボクの持っているマリーゴールドを指差し、問い掛ける。

「それ、どうしたの?」と言うが、そんなもの決まっているだろう、と言うようにボクは首を竦めて見せた。


「花壇から取ってきたんです。少し増えたので」


すると、神父様は自分で花壇の管理をしていない為に、把握出来ていないことを自覚しているのかいないのか、あぁ!と両手を打った。

乾いた音を聞きながら、ボクは祭壇の、白い曲線で作られた花瓶にマリーゴールドを突っ込んでいく。

片方の花瓶は空だったが、もう片方には大きな黄色の花があった。


それを思い出し、今度はボクが嗚呼、と声を上げ、それを抜き取る。

最早、お腹は一杯だ。


「さっき掃除終わったばっかりなんだけど……」


背中にぶつけられた抗議の声に、マリーゴールドを入れながら、床を見下ろす。

確かに、花弁も茎も片付けられていた。


「花弁毟ったり引き千切った訳じゃ無いんだから、拾って捨ててよ」


祭壇の左右に備えられた花瓶に、マリーゴールドの束を入れ、完全に左右対称になった。

宙に浮き、コートの裾を揺らしながら見下ろさその景色は、いつも通り。

それに満足して、いつも通り、ステンドグラスまで浮き上がり、中央を陣取ってふわふわ、ふよふよ。


浮かんだボクと不要になった花を拾い上げる神父様を見ているのは、鮮やかな黄色のマリーゴールドである。

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