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 ずっしり重たい封筒を胸に抱いて家を出た。春の穏やかな陽射しが肌をつつむ。


 慌てることはないのに、なんとなく早足になる。後ろで束ねた髪が跳ねて、一歩ごとに背中を叩く。気持ちを落ち着けるために、宛名に間違いがないかを確認する。行ったことはないけれど、秋田県の山奥だそうだ。


 寺山君は母方の生家で暮らしている。遊びが少ないから勉強がはかどるのに、登下校が一苦労で体が逞しくなったのだと手紙で教えてくれた。地区で一番の進学校へとすすみ、はじめて自分より頭の良い人に出会ったらしい。いつもその人の話が出てきて、私は手紙を受け取るたびに妬いてしまう。男の人相手なのに。


 高校の授業はなかなか大変だけれど、寺山君が教えてくれた勉強のしかたや、物の考え方は高校でも通用していて、なんとかやっていけている。こつこつと、あるいはちまちまと勉強の合間に書き進めて、ようやく小説が書きあがった。三年近くも待たせてしまったけれど、寺山君はいまでも読むのを楽しみにしてくれていた。期待しすぎないでと手紙を同封しようと思ったけれど、それはずるい気がして机に置いてきた。どう思うかは読み手の自由だろう。


 郵便局の窓口で、かちこちに緊張しながら郵送を頼んだ。届かないことは怖い。でも届いて読まれるのも、同じくらいに怖かった。


 上手く書けた自信はなかった。つまらないと思われることはべつに良い。読み返せば読み返すほど、これは遠回しな告白ではないかということが問題なのだ。今日からしばらく返事をおそれて過ごすことになる。


 郵便局を出ると、不思議とすっきりとしていた。諦めともいえる。ぐっと伸びをして、しばらく運動をしていないことを思い出した。散歩をしてから帰ろうか。



 土手に桜の花びらが散っていた。トンネルのようになった葉桜は、そろそろ若葉が勝ってきた。風が吹くとさらさらと花弁が舞う。正面からきた散歩中の犬が、私にむかって吠えたけれど涼しい顔でやり過ごす。なんとなくそうじゃないかと思って振り返ると、やっぱりまだ吠え続けていた。驚いてあげられなくてごめんね。私のかわりに肝を冷やした鳩が二羽、ぱたぱたと頭上を飛んでいった。


 そういえば、春になると河川敷の鴨は姿を消した。調べてみるとカモ目カモ科の彼らは渡り鳥なのだそうだ。日本で越冬をすると、あのぺちぺちとした不器用そうな羽ばたきで遥かシベリアへ渡るのだという。なんだか励まされるようだった。私のへたくそな文章でも、きっと寺山君に届いてくれる。そんなふうに思えるのだ。


 風が耳を撫でた。まだ慣れなくてくすぐったい。私の耳は、龍の耳。誰かにかっこいいと言われたからではなく、自分自身で好きになれるころには慣れているはずだ。


 土手の斜面に白詰草が揺れていた。四葉で有名なクローバーには、そんな名前もある。花言葉は「私を思って」だそうで、無邪気な花冠にも意味があるように思えてくる。知れば知るほど細分化された名前と言葉が現れる。空の続く限り、宇宙の果てまで、あまねく世界は言葉でできている。この世は宝石のような言葉に満ちた辞書である。


 それらを紐解き、理解し、操っていく。いつか彼の隣へと渡る翼になるだろうと信じて。得意になって言葉の意味を、成り立ちを、教えてあげられる日はきっと――

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