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 白かった運動靴は土に汚れて灰色がかっている。歩くときの癖なのか、左のつま先の内側だけが削れて白いままだった。


 学校に行きたくない。さりとて熱もないのに仮病はできない。調子が悪いと言って一日休んだものの、次の日には登校せざるをえなかった。


 とぼとぼ歩くせいか学校が遠い。もう授業は始まっただろう。それでも急ごうという気になれなかった。このまま学校に着かなければいい。


 どれだけ歩幅を小さくしても立ち止まってみても、二時間目の途中には校門前にたどり着いてしまった。インターフォンを押して、先生が出てきてくれるのを待った。


 教室のドアを開けて集まる視線。一等私を刺したのは、寺山君のふたつの瞳だ。まだ怒っているのだろうか。たしかめる意気地もない。謝る理由は、もっとない。話しかけるきっかけは見当たらなかった。


 授業を終えて、図書室に寄らずまっすぐ帰宅した。私の帰宅がいつもより早いせいか、母親はいつもより遅く顔をみせた。


「おかえり、今日ははやいのね」


「うん」


「学校でなにかあったの?」


「ないよ」


「そう? 月曜日、お友達が来てたから」


「男の子?」


「夏休みに来た子。もう帰ってますか、って」


 自分で教室に呼び出しておいて、どうして――ああ、違うか。あの伝言は寺山君のものじゃないんだ。寺山君はそんなことなどまったく知らずに、図書室で待ちぼうけをくらって、心配して家にまで来た。しかもその後わざわざ学校にまで戻ってきてくれた。


 いくら取り乱していたとはいえ、そんな彼を拒絶するように首ばかり振っていた。気が立つのはしょうがないか。時間が解決してくれると、助かるのだけれど。


          ○


 翌、木曜の授業は午前中で終わった。午後からはマラソン大会がある。


 空には雪原のような雲が広がっていて、雨でも降らないかと思っていたのについにその気配もなく午後になった。


 同じジャージを着た集団が、街中をぞろぞろと行進する。土手を越えて河川敷に降りると整列し、点呼をとった。女子から走り、おおかたが終わると男子がスタートするという流れである。


 人の壁が動きだした。私は後ろからついていく。徐々に隙間が広がると、足が勝手に加速していく。びゅんびゅん追い抜いて、足は止まろうとしない。私の中で鬱屈していたものが、体を飛び出して背中を無理やりに押す。


 ペースが速すぎてすぐに息があがった。胸がくるしい。それでも止まらなかった。汗がにじんでくると、油を差した機械みたいに余計はやくなっていく。


 走り続けると体がふっと軽くなった。心も凪いだ。


 まったく静かな世界を、私はひた走った。ゴールをしてもしばらく止まれず、流すように小走りになり、歩き、ようやく足を止めた。


 全身の筋肉が発熱し、どっと汗が噴きだしていた。遅れてきた疲労が膝を折った。かさかさした草が手に食い込む。それが嫌で仰向けに寝転がった。


 ふくらはぎが攣ったように収縮している。浅い呼吸。冷たい空気がひゅうひゅう流れ込むたび喉がひりひりした。目がチカチカする。動悸は悲鳴をあげていた。耳の奥がキーンと痛む。腹の底から、走っている間だけ忘れられた気持ちがじくじく湧く。


 なにもかも耳障りだ。



 身震いで目が覚めた。汗がひいて寒気が襲ってくる。畳んで置いてあったジャージを着て辺りを見ると、へとへとの男の子があちこちにいた。もう男子の部も終盤らしい。


 いないなと思って、寺山君を無意識に捜していたのだと気がついた。運動はできるはずなのに。どこでサボっているのかしら。


 ジャージを着ても震えは止まらない。首筋を触ったり、歩いてみたり、どうにか暖をとっていると、にわかに皆がざわめきだした。近くの人と目を見合わせたあと、同じ方向へ首をやる。そちらを見て、私はぽかんとしてしまった。


 白い体操服を土と血と、おそらくは草の汁で汚した迷彩柄に変え、足を引きずるように走ってくる寺山君の姿があった。よく見ると、その後ろにも似た風体の男の子が三人ほど並んでいた。中には遠藤君もいた。


 寺山君が一番ひどい状態だった。ゴールも待たずに先生が駆け寄る。しっかりした様子で喋っているのでとりあえずは安心だ。


 後ろの三人はゴールすると、まっすぐに私のところに来た。目配せをして、遠藤君が頭を下げ、つられたように二人も深く腰を折った。たっぷり十秒はそうして、頭を上げると私の元から去って行く。


 あまりの事態に、表彰式もそこそこにして学校へ帰ることになった。

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