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逆鱗バリア  作者: 青木一郎
結末編
8/12

誘拐

結末編です。

 月も傾き、西の山へと沈む時間帯、駅前のネオンが一つ、また一つと消えていく。

 カイはカウンターに顎をついて、足を揺らしながら、無精にストローでオレンジジュースを飲んでいた。


「須藤、遅いなあ」


 『にゃんにゃん』の客は一人、また一人と帰っていき、今や店内にはカイと、黒ジャケットのパッツンと、リスの人形だけが残っていた。

 早乙女さんが皿に盛ったカシューナッツを、手のひらサイズのリスの人形は、ポリポリかじって頬張っている。ナイロン製の毛皮には茶色と黒色の縞々がある。赤いビーズの目はとぼけたように上を向いていた。


「おいしい」


 カイはリスの頭を暇つぶしに指で撫でまわした。


「やめてくれー」

「ふわふわしてる。お人形さんみたい」

「その通り」

「ねえねえ、あなたお人形なんでしょう? どうして生きているの? どうして動いているの? どうやってお腹の中に入れたものを消化しているの? 」

「お前の方こそ自分の体のメカニズムを答えられるのか。生物なんてものはな、不思議と上手くいくように作られているのさ」

「ずるい。あなたと私は違うでしょ。人間と人形なんだもの」

「知能あればこそ、考える一本の葦である点は同じだ。有名な哲学者、パスカル先生の一言を知らないか」

「うわ、面倒くさいよこのリス。私はそういう頭の痛くなる話はノーサンキューなんだよ」


 リスとカイとで不毛な話し合いをしていると、カイの右隣に座っていたパッツンが机に拳を打ち据えた。


「静かにしてろ」


 カイがパッツンの方を向くと、彼は腕を組み、目を真っ赤に充血させていた。


「パッツン、眠いの?」

「パッツンって誰だ、この野郎。俺の名前はジンだ、この野郎、この野郎……」


 パッツンは「この野郎」を連呼しながら、頭を段々こっくりと揺らし始め、三白眼を眠そうに擦り始めた。


「おかしいぜ。普段はこんなに眠くなるはずねえんだよ」

「あたしは逆に、普段はもう寝てるはずなのに元気ぴんぴんだよ。ねえねえ、パッツンも一緒におしゃべりしようよ」

「うっせえ、馬鹿。俺は大切な仕事の最中なんだ。寝ちまったり、遊んだりしたら伊達さんから怒られちまうよ」

「そう言えば、白いコートの人も、黒いジャケットの人もみんなどこかに行っちゃったよね。仕事って何?」

「教えられない」

「いいじゃない」

「駄目だ」

「ケチんぼ」


 カイは不服気に唇を尖らすと、再び机に顎をついてジュースを飲み始めた。

 静かにしていると、早乙女さんがカウンターの裏で皿洗いをしている音が聞こえてきた。

 天井の換気扇がくるくると回っている。

 カイは机に俯きながら独り言を漏らした。


「須藤、いったいどこ行っちゃったんだろう。トイレだって言ってたのに、行ったっきり全然帰ってこないよ。店の中を探してもどこにもいない。私のことが嫌いになって置いて帰っちゃったのかなあ」


 カイは、須藤の別れ際の様子を思い出していた。 

 須藤はなんだかとても不機嫌そうにしていた。理由は分からないが、カイはその表情を見て悲しくなった。

 カイはため息をつくと、グラスの底に残ったオレンジジュースを一気に吸い上げた。

 そして、大きくため息をついた。


「はあ。須藤、早く帰ってきてよ」


 すると、リスがカイに近寄り、カイの青い髪を触ってきた。

 先ほどカイがしたように、頭を撫でまわす仕草だった。

 十秒ほどすると、カイは自分が慰められていることに気が付いた。

 カイはリスを優しい瞳で見つめた。


「ありがとうね、リスさん。リスさんも飼い主の眼鏡さんが行っちゃって寂しいんだよね」


 すると、リスはすっとぼけた赤い目でカイを見つめ返した。


「いや、カシューナッツ食べ終わったんだけど、手を拭くものが見当たらなかったからね」


 カイは絶句した。

 リスは「てへっ」と赤い舌を出して、頭の後ろを掻いていた。


「可愛い振りをしても無駄。そういう悪い子の腕は没収」


 リスの右腕がテレポートされ、どこかに消え失せた。

 ちぎれた肩の内側から白い綿がはみ出した。


「いだだたたたたっ! 冗談だよ。ただの照れ隠しだよ、手なんて拭くわけないよ」

「信じられない。当分そうしてなさい」

「僕の腕を返して。ポケットの中にあるんでしょ」

「どうしてテレポート先が分かったの?」

「命を持った人形の能力さ。自分の身体のパーツの在り処は、誤差十センチの範囲で特定できるんだ」

「駄目、返さない」


 カイはリスの人形を手で押しのけると、そっぽを向いた。



 と、ちょうどその時、唐突に、おかまバー『にゃんにゃん』の入り口扉が開いた。

 運送業者のような、灰色の作務衣を着た女子が店内に入ってきた。背は高くスタイルは良い。頭には目深に青い帽子をかぶり、ドアノブを握らない方の手を上着のポケットの中に入れていた。物音を立てず、静かにその場に立ち尽くしていたので店内の誰も彼女には気付かなかった。


 女子はやおら上着から手を引き抜く。白色人種特有の真っ白な手とその指には、黒光りする銃が握られていた。

 見るものが見れば、それは薬の入った注射筒を飛ばすための武器であることが分かるだろう。とある業界では『静かなサイレントナイト』と通称される銃である。寸胴で先の詰まった銃身と太い円柱形のグリップが特徴だ。


 彼女はそれをカイに向けた。

 そして、装填していたものを撃ち込んだ。

 カイの服の背中に赤い針大の染みが付いた。カイは肩を小さく上下させると、そのままカウンターに寄り掛かるようにして倒れ込んだ。


 パッツンがカイの異変に気づき、倒れたカイの肩をゆすった。

 彼女はパッツンにも狙いを合わせた。しかし、引き金が引かれる寸前、パッツンは入口を振り返り、銃口を向ける女性の姿を捉えた。

 パッツンは身体を捻り、狙撃を躱した。パッツンはすぐさまテーブル席の座席裏へと逃げ込んだ。

女子は銃を上着にしまった。代わりに、上着の裏からカプセルを一つ取り出すと、床に落とし、足で踏み割った。薄く白い煙をくゆらせながら、何かが気化していった。


「てめえ、何者だ」


 パッツンが座席裏からどなるが、女は首を傾げた。

 そして、英語でパッツンに言った。


『抵抗しないでください。私の目的は、速やかに終末機関を回収することです。支障がない限りあなたを殺す必要はありません』

「おい、何言っているのか分からねえぞ」

『言っていることが分かりませんか? まあ、こちらも日本語はお手上げなんですがね。やはり勉強してくるべきだったでしょうか。現地人とコミュニケーションが取れません』


 パッツンは額から汗を流しながら作務衣の女子を睨んだ。

 彼は決意したように目を光らせると、座席裏から女子に向けて手を突き出した。


『おや、超能力を使う気ですか。仕方ありません』


 彼女は胸ポケットからライターを取り出した。


「聞いて驚くな、俺の超能力は――」 


 カチリと火を付けた。

 その瞬間、導火線を辿るようにして何もない空中を火の筋が走り、座席裏に飛び込むと、爆発を起こした。

 座席裏から血が流れ出してくる。唯一突き出ていたパッツンの腕が力なく地に落ちた。

 振動で床が揺れ、蛍光灯が割れ、店内は薄暗くなる。代わりに赤々と燃え盛る火が女の顔を照らし出した。

 女子はカイの身体を抱き上げると、脇に挟み込んだ。すると、店の奥から早乙女さんが駆けつけてきた。

 早乙女は荒れ果てた店内と、女子を見つめ、言葉を失った。女子の腕にカイを見つけ、慌ててカイの名を呼んだ。

 女子は早乙女を感情のない金の瞳で見つめた。


『計画の邪魔をしますか?』

「あなた、いったい何者なの? どうしてこんな酷い真似をするの?」

『どうか英語で返してください。日本語では意味不明です』

「あなた、なんでここまでして、平気な顔していられるの? まさか、ただで帰れると思っているんじゃないかしら。超能力者? パイロキネシス? 威張ってんじゃないわよ。あたしも昔はS級パイロキネシスだったのよ。能力発動の条件、力を使う瞬間、避け方なんてあなたよりよく分かっているわ」

 早乙女はカウンター奥の食器棚にあったナイフを両手で握ると、女子に向けた。

『無駄な真似を』

「カイちゃんを離しなさい」 


 女子は再びコートの裏からカプセルを取り出すと、足で叩き割った。

 そのまま早乙女に背を向けて店内を出て行く。


『待ちなさい!』


 早乙女は英語で女子に叫び、カウンターの裏から走り出てきた。

 ようやく女子の使っている言語が英語だと察したらしいが、女子の興味はすでに彼から失せていた。


『もう一度だけ忠告するわ。私は奇跡の一万人の一人、S級パイロキネシス、権藤厳巳。逃げ切れると本気で思っているの? このナイフがあなたの心臓を貫くわ』


 『奇跡の一万人』という言葉に反応し、女子の耳がピクリと動き、彼女は足を止めた。彼女はゆっくり振り返り、早乙女を軽蔑の眼差しでせせら笑っていた。

 汚い英語で彼女は返した。


『奇跡の一万人? いいえ、あなた方は無能なる一万人だ。くくっ、ヒマラヤ山脈へ観光に行ったんでしょう? 遊んでいたことへの口止めに、帰りにはお土産として、五大政府から一人当たり一万ドルのお駄賃をもらっていた』


 早乙女は目を見開き、息を呑んだ。


『……どうしてそのことを?』

『二つの厳然たる事実がある。あなた方は断じて世界を救っていない。そして、未だ世界は救われていない』


 女子は再び前を向き、歩みを進め始めた。早乙女は動くことができなかった。


『私の名はウォルター・ヴァルター。無能なる一万人に代わり、破滅の予言を覆す者。真実の道は我々の通った後に形成されます』


 女子は無造作にライターの火を付けた。

 火の蛇が空中を走る。

 早乙女は虚空を見つめて動けなかった。長く何年にも渡り嘘を吐いてきた日々を思い出しているかのようだった。

 火の蛇は早乙女の目の前に到達すると爆発を生じた。

 燃え盛る『にゃんにゃん』の中から、作務衣の女子と、抱きかかえられたカイが姿を現した。

女子は満足げして邪悪に笑むと、炎を背後にひとり言を呟いた。


『終末機関は生きています。世界を救うのは我々に他ならない』


 赤き炎は燃え広がり、黒き闇を一層浮き出たせた。


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