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逆鱗バリア  作者: 青木一郎
対決編
7/12

殴り合う

 第三区という場所がある。

 

 駅前区からも住宅区からも離れ、教育都市のはぐれに位置する第三区は、専ら開発予定地として政府管轄直下にある。緑が伐採され荒廃した大地に鉄骨やコンクリート機材が並べられ、新都市が建てられる準備の形跡は残るものの、シャベルカ―やブルドーザーといった工事用重機は見当たらない。


 第三区は忘れられた地区と呼ばれている。


 土地買収、土地改修、機材整備までは行われた。しかし、国策で大幅な予算見直しが行われ、新都市開発の予算も削られたため、肝心の工事に着手できなくなってしまったのだ。

建設途中の建物もちらほらと見受けられる。無人のはずなのに、建物内の埃をかぶった廊下には、なぜか人々の足跡が付けられていると、巷では都市伝説のように語られる。


 第三区は、教育都市で行き場を失った者たちが集う場所でもあった。


 そんな第三区の一角、骨組みだけが組まれたビルの中庭に、須藤は踏み入った。コンクリートの廃材を砕いた石が地面に敷かれ、庭の四方には剥き出しの鉄骨が林立している。鉄骨の表面は赤錆で汚れていて、工事中止から長い年月が経っていることを物語っていた。

 頭上を見上げれば、網の安全ネットが張り巡らされ、その上に、四角く切り取られた夜空が広がっていた。


 中庭の中央にある、うず高く積まれた木材の上に、白いコートの男が腰かけていた。コートの首元の白い獣毛が月の光を照り返している。

 猫背に丸まり、伏せ気味の顔の影の奥で、青黒のオッドアイが怪しい光を放っていた。白コートは須藤を確認すると、片手を上げて声をかけてきた。


「よく来たな」

「おい、気障野郎、カイはどこだ」

「その勇ましさ、無鉄砲さ、嫌いじゃない。ただ、好きでもねえんだ。自分の置かれた状況が分かってんのか?」


 白コートは、腰かけている木材に足を打ち付けた。それを合図に、ビルの骨組みの陰から、黒ジャケットの集団が姿を現した。彼らはまるで群れる黒蟻のように見えた。中央に一匹、白蟻が君臨している。異様な光景に須藤は息を呑んだ。


「改めて紹介しよう。俺は伊達雅だて まさし。こいつらは俺がリーダーを務める『狂犬』のメンバーだ」

「どうして俺をここに呼び出したんだ? リンチにするためかよ」

「リンチ? そんなの全然クールじゃねえ。俺はお前の勘違いを正してやろうと思っただけだ」


 白コートは左足を曲げてばねにし、やおら右足で立ち上がると、猫背を伸ばした。

 顔に月明かりが当たり、目の上の傷がよく見えるようになった。白コートは首をゴキゴキ鳴らしながら須藤に向かって歩き出した。


「俺は超能力が素晴らしいなんて言う馬鹿を見ると、思わずぶっ飛ばしたくなる。チームの奴らも一緒さ」


 一足一足伊達が進むたびに、彼の足元の瓦礫が鳴くような不気味な擦過音を生じた。須藤の周りにいたタヌキ人形が震えあがり、短足を一生懸命動かしながら、黒ジャケットの群れへと逃げていった。

 人形を茶髪メガネが拾い上げ抱きしめていた。

 須藤は白コートに問い詰めた。


「お前らが喫茶店で俺に絡んできたのは、それが理由かよ」

「ああ。ジンの奴も、カウンターで馬鹿騒ぎして超能力を褒めるお前らに腹を据えかねていた」

「だとしたら、カイは関係ないだろうが。アイツはいったい今、どこにいるんだ!」

「安心しろ。『にゃんにゃん』でジンが見張っている。早乙女さんも、レディーも、俺たちがここでこうして対峙しているとは思いもつかないだろう」

「俺だけを狙ったんだな」

「その通りだ。『スピード』にさえ勝っていれば、こんな面倒な真似はしなくて済んだのだがな」


 白コートは須藤から三歩の距離まで歩み寄ると、止まった。


「俺たちの仲間には便利な超能力を持つ者がいる。あそこにいる茶髪のメンバーはバリサンというんだが、あいつは超能力によって人形に命を吹き込み、更に、催眠でその人形を人間に誤認させる能力を持つ。お前がここにいるということは、案外早くその催眠が解けたようだ」


 須藤はトイレでの一件を思い出していた。

 須藤としては、茶髪メガネが黙ったまま、鏡越しに須藤の目を覗き込んでいた気がしたが、もしかしたらその時に催眠術をかけられていたのかもしれない。思えば様子のおかしいカイに出会ったのは、須藤がトイレを出てからだった。


「バリサンは奇妙な超能力のせいで、学校なんかに通っていた時、苛められていた。奴は孤独だった。それを見かねて狂犬に引き入れた。この意味が分かるか?」


 白コートは目を細めて、須藤に問いかけた。

 須藤は白コートの真意を探ろうと、彼の目を見つめ返して押し黙っていた。


「超能力なんてものはな、百害あって一利もないんだよ。なまじこんな力が子どもにあるばかりに、大人たちは俺たちを恐れて教育都市に閉じ込め、格差付けする。超能力者は超能力者で、レベルの上下に一喜一憂しやがる。百数十年前に、最初の超能力が生まれてから、超能力は子どもの間に病気のように広まり、超能力を理由に悩んできた者たちは後を絶たない。まさに人類の癌だ。そんな癌を崇拝する奴らを、俺も狂犬も絶対に許せん」


 白コートは吐き捨てるように言い切った。黒い目は血走り、青い目の瞳孔は開ききっていた。


「お前は大事なことを一つ忘れている。今の人類が生きていられるのは、早乙女さんのようなS級超能力者たちが必死で地球を守ったからだろう。もし超能力がなかったら、俺も、お前も、今こうして生きているはずがねえんだよ」

「ふふ、おめでたい。まさか、あのグランド・ゼロの日をきっかけに、超能力ファンになりましたとか抜かす気か。そんな幻想を抱いている奴は、今までに百人は見てきた。だが違う。あれは自作自演の出来事だ」


 須藤は息を呑んだ。白コートの言っていることが理解しがたかった。


「お前……いったい何が言いたいんだよ」

「グランド・ゼロ時に現れた巨大隕石について、まことしやかに囁かれる都市伝説が何百とある。その中の一つで聞いたことはないか。あの隕石はS級の幻惑超能力者が作ったハリボテだという話だ」


 その噂は須藤も聞いたことがあった。

 恒久平和を実現するために、世界を統べる五つの大国が企んだ猿芝居。

 実は、予言も、巨大隕石も、まったくの出鱈目で、百年に渡り世界中の人々は騙されていたという仮説である。


 ヘーリングがもたらした予言の阻止のために世界が協調してきたことが背景にある。各地の紛争は停戦協定を結び、人々は人種や宗教の違いを越えてS級超能力者の輩出に尽力した。一万人ものS級超能力者を集めるには、個々の些細な違いなど無視するしかなかったのだ。


 結果として、グランド・ゼロを退けてから今日までの十二年間は、それまでと比較して、世界中で起こる戦争の数が激減していた。世界は大災害から協調の姿勢を学んだのである。これこそ五つの大国の企みであると噂されている。


「根拠として、預言者ヘーリングについての歴史的記述はあまりに少ない。世界中を震撼させた予言者であるにも関わらず、生い立ちも経歴も没年も分からず、ただ知人が撮ったとされる顔写真が残っているだけだ。兄弟はなぜだと思う? ジョン・ヘーリングは大国が作り出した架空の人物だからだ」

「その噂については俺も知っているさ。けどな、俺も含めた世界各地の人間が隕石を目撃しているんだ。そして、一万人のS級超能力チームは実際に隕石を破壊している。当事者全員の目をくらませるS級幻惑能力者がいるなんて信じられねえよ」

「なら、兄弟はどう説明する。ある日、何の前触れもなく、空に黒い穴が開き、巨大な隕石が現れた。世界中の人工衛星も望遠鏡も隕石の接近を感知していない。隕石の正体はなお不明だ。これはグランド・ゼロの終結後、今日に至るまで大きな謎だ」


 須藤もこれには返答できなかった。


 世界中の学者たちを悩ませ続けている問題である。隕石とはいったい何であったのか。ある学者は、地球の磁場の歪みが空間のひずみを引き起こしたのだろうと言い、他の学者は太陽フレアの関与を疑っている。しかし、現時点で納得のできる説は存在しない。


「隕石の正体が分からないことが、陰謀論の証明になるわけじゃねえだろ」

「確かにな。その通りだ。だから陰謀論は通説にならない。しかしな、俺はある日、兄貴が電話で話しているのが聞こえちまったんだよ。『隕石が砕け散った時、ヒマラヤ山脈に集められたS級超能力者はまだ誰一人として働いていませんでした』っつう一言をな!」


 それを聞き、須藤は時間が止まった気がした。

 耳が遠くなるような感覚に襲われる。そんな中、かすかに響く音があった。

 それは今まで信頼してきたものがバラバラに崩れていく音だった。

 残酷な事実を聞きたくもないのに、口が勝手に動いていた。


「お前の兄貴は何者なんだ?」


「俺と兄貴は腹違い、兄貴は生粋のアメリカ人で、俺は親父と日本人の女の間に生まれたハーフだ。兄貴はS級念動力者、アメリカ特殊超能力部隊『コマンダーズ』の軍曹を務めていた。もう二十歳を過ぎて引退したがな。一万人の一人だ」

「嘘だ。嘘に決まっている。もし、お前の言っていることが本当だとしたら、奇跡の一万人は、世界に真っ赤な嘘を吐いていたことになるじゃねえか。どうしてそんなことができるんだよ」

「俺は答えを持たない。だがな、少し考えたら薄々察することはできる。世界が十年がかりでプロジェクトは進められてきた。世界の期待は一万人の肩にかかっていた。そんな中で、予言通り隕石は現れた、無事隕石は破壊された、だが一万人は働いていませんでした、じゃ済まされない。大きな期待が大きな嘘を吐かせた。少なくとも一万人に箝口令が敷かれたことは間違いない。もしかしたら一万人の内何人かは、陰謀に荷担していたのかもしれないな。大勢集まればS級幻惑能力者が数十人混じっていても分からない」


「俺は信じねえぞ。お前か、お前の兄貴が嘘を吐いているんだ。認めねえ、絶対認めねえ!」

「哀れな奴だ。なら、お前の身近な人物が証人だとしたらどうだ」 


 追いつめられた須藤は思わず耳を塞ぎたくなった。

 これ以上、白コートの話を聞いてしまったら、頭がおかしくなりそうだった。だが、白コートは無慈悲に、須藤の一番よく知る人の名を挙げた。


「俺は真実を知った後、早乙女さんの元へ駆けつけ問い詰めた。早乙女さんは俺をあしらい続けたが、粘り強く問いただすと終いに口を割った。兄貴と同じことを言った。彼女も力を使っていなかったし、彼女の周りの超能力者もまだ力を使っていなかった。隕石は能力の及ぶ範囲外にあったらしい。それなのに、隕石は突如として砕け、事はうやむやの内に自分たちの手柄になったそうだ。彼らは世界の政府の役人たちに褒賞をもらった。そして、厳重な口止めを受けた」


 早乙女さんこと権藤さんが打ち明けていたことは衝撃であった。彼の名を以ってして、須藤は真実の重大さに気づき始めていた。


「おい、嘘だろ……そんなことってあるかよ。俺は、今まで、何を信じてきたんだよ。何にときめいていたんだよ。全部、全部、世界が吐いていた嘘だったのかよ」


 須藤は自分の手を見つめ、譫言のように繰り返した。

 十二年間の自分のアイデンティティがいとも簡単に崩壊していく。

 超能力の可能性を信じ、信じ、信じ続けてきた自分が、信じられなくなってきた。


 須藤はいつの間にか、手の内側に小さなバリアを這っていた。月明かりの元、バリアは鏡のように薄く光り、須藤の顔が映り込んだ。

 鏡の中の自分を見つめた時、須藤は心の内で火花が弾けるのを感じた。


 その火花は、閃光花火のように瞬くと、周囲に火種を飛ばし、燃え広がっていく。

 

 カイへの気持ちに気付いた時と同じだった。同じ気持ちだった。

 ただ、どうしようもない、怒りが込み上げてくる。事実を隠した役人への怒りだろうか、嘘を吐き続けてきた早乙女さんへの憤りだろうか、真実を伝えた白コートへの逆恨みだろうか。

 ただ何もかも心の内で燃えだしていた。全力で走り出し、空を見上げて叫びたい衝動に駆られた。それは破壊的な衝動だった。

 白コートは顔を伏せると、須藤に言った。


「人間は最初、絶望的な状況を認められない。しかし、いずれは認めざるを得ない。その時、絶望を前にした人間は決まって二つの行動のどちらかを取る。攻撃か逃避だ。どちらも行き着く先は諦めという優しい地獄だ。さあ、兄弟はどちらを取る?」


 須藤は歯を食いしばり、白コートを睨み付けた。破壊的衝動が心の内でどんどん高まっていく。


「良い目をしているな」


 白コートは顔を上げて須藤の目を見つめると、満足げに呟いた。

 次の瞬間、白い影が跳んだ。白コートは神速で須藤に迫る。

 気づいた時には須藤の右こめかみに白コートのかかと蹴りが直撃し、須藤は瓦礫の中へと蹴倒されていた。

 こめかみを押さえ、顔をしかめながら、須藤はすぐにしゃがんだ姿勢に立て直した。


「痛えな。何しやがんだ、いきなり――」

「まだ吠える暇があるか」


 白コートは瞬時に須藤の顎を蹴りあげた。須藤は背を弓なりに反らせ、瓦礫の上に倒れ込む。蹴られることが蹴られた後にしか分からないほど速かった。顎に鋭い痛みが走り、血の味が舌の上に広がる。


 次の瞬間、のた打ち回る須藤の胸を、白コートは力の限り踏みつけた。

 白コートの全体重が胸郭にかかり、肋骨がきしむ。須藤は激痛に悶え、血の混じった唾を吐き出した。

 痛みと怒りで脳みそがぐらぐら煮え立ち、沸騰寸前になっていた。


「攻撃か逃避だ。さあ選べ。絶望の味を存分に噛みしめろ。お前の絶望を俺がみんな引き受けてやる」


 白コートのその一言が引き金となり、須藤の中で何かが爆発した。

 須藤は胸に乗る白コートの足を捕まえ、乱暴に胸の上から引きずりおろす。白コートはバランスを取るために二の足を踏むが、その二の足めがけて須藤は噛みついた。

 即座に、白コートの拳が須藤の後頭部を捉え、瓦礫の地面へと沈めていた。コンクリートの残骸の角が皮膚と擦れ、顔面に何か所も擦過傷と青痣ができた。

 痛みがひどく、呼吸が荒い。


「攻撃か。いいぞ、そう来なくては興が覚める」


 須藤は、瓦礫の中からコンクリートの欠片を掴むと、寝た姿勢のまま、白コートに殴りつけた。

 白コートが身を引きあっさりと躱されてしまう。しかし、その間に須藤はなんとか立ち上がることができた。

 

 須藤は前傾姿勢になりながら白コートを睨み付けた。

 とにかく、目の前の敵が憎かった。謂れのない暴力を受けたことにも腹が立った。

 

 無策に白コートに向かっていった。

 

 須藤が殴りかかっていく度に、白コートはおそらく力を使ったのだろうか、目に見えない素早い速さで動き、四角からカウンターパンチを須藤に浴びせた。

 七回もそんなことを繰り返すと、須藤の全身はあざだらけになっていた。

 ただ目は以前にも増して血走ってきた。段々白コートの動きが見えるようになってくる。

 

 肩で息をする。全身の傷口からねっとりした血が流れ出し、赤黒い血を排出していく。まるで心の膿が出て行くようだった。体が熱い。全身から白い湯気が立ち上る。

 

 八度目に殴り掛かっていったとき、須藤は、カウンターを仕掛けようと潜り込んだ白コートへ一発殴りつけることができた。

 

 その後、二発のパンチと一発の蹴りを腹部に喰らう。白コートにダメージは少ないようだった。白コートは何がおもしろいのか笑っていた。


「ようやく当たったじゃないか、兄弟。もっと来いよ。お前の怒りを俺にぶつけて来い」

「まったく。いかれてやがるな」


 なぜか分からないが、須藤の顔からも笑みが零れ落ちた。

 なぜだろう。体の節々が痛いのに、それが心地よく、血が出るにつれ、身体が軽くなっていくような錯覚がした。


「いいじゃないか、兄弟。血だらけになって、ようやく人間らしい顔付きになってきたな。まだまだ本気を出してないんだろう? 超能力を使って来るがいい。それを使った戦闘に憧れているのだろう?」

「お前に見せるのも勿体無いくらいだ。けど、いいぜ」


 須藤は、白コートとの間に二メートル四方のバリアを張った。

 白コートはすぐさま蹴りでバリアを壊して、須藤に接近する。

 須藤はとっさに顔の前にバリアを張った。しかし、白コートに頭突きをされ、バリアは砕け、須藤の額に鈍痛が走った。


 須藤はすぐさま白コートの左足を右足で踏みつけて応じた。

 すると、白コートも須藤の左足を右足で踏みつけ、動きを止めてきた。


 もはや互いに一歩も動けない。片足は地面に縫いとめられ、身動きはできないのだから。しかし、幸いなことに両手はお互い空いている。


 至近距離での壮絶な殴り合いが始まった。


 互いに手による防御など考えず、どちらが敵を一発でも多く殴るかという戦いだった。白コートは自身の超能力で加速し、縦横無尽に須藤の顔を殴りつけた。須藤が一発殴るたびに確実に三発は須藤に命中していた。

 しかし、須藤の攻撃が当たる割合は先ほどよりずっと高くなっている。


 須藤の顔が赤く腫れあがり、みるみるうちに血だらけになっていく。しかし、降参することや逃げることはもはや考えられなくなっていた。ただ、白コートに白旗を上げさせたくてうずうずしていた。

 この程度の痛み、H級で長年辛酸をなめ続けてきた須藤には我慢できるものであった。


 例えば、念動力で上空五十メートルを射出されたり、時速何十キロメートルかで死ぬほど風呂の中に叩きつけられたりするよりずっとましなことである。


 須藤の攻撃も十数回当たった頃になると、白コートも肩で息をし始めた。

 白コートは殴るたびに須藤の顔の位置がぶれるのを嫌ったらしく、左手で須藤の胸倉を掴み固定してきた。須藤も白コートの胸倉に左手で掴みかかる。


 互いにもはや目と鼻の先に相手の顔があった。残った右手一本で、零距離にある憎い相手の顔に殴り掛かっていく。

 白コートの攻撃が二回当たるうちに、須藤の攻撃が一回は命中するようになってきた。接近戦になり手数が減れば経る程、スピードの力量差は埋まっていくものらしい。


 なぜか白コートの口は歯を剥き出して笑っていた。白い歯の間から荒い息と赤黒い血を漏らしている。

 須藤もおそらく自分の口回りはそうなっているのだろうと思った。心の底から愉快だった。殴り合うのが楽し過ぎる。心の憂さが出血と共に体外へ流れ出し、身体の中が透明になっていくような気分だった。


 互いに傷つき過ぎて立っていられなくなると、どちらともなく瓦礫の地面に倒れ込み、馬乗りになって互いの顔をタコ殴りにし始めた。馬乗りされている方はすぐに馬乗りし返して、憎悪を込めて相手にタコ殴りを返した。

 地面をごろごろ行きつ帰りつ転がりながら、相手の顔が見られたものではなくなるまで殴り合った。終いには握り拳から出血が始まった。

 あまりに荒々しい戦いだったため、周りで見守る黒ジャケットの集団は、須藤と白コートの二人がぼろぼろになり、動けなくなるまで、手出しすることをためらわざるを得なかった。


 須藤と白コートは最後に一発ずつ相手の顔を渾身の力で殴ると、気を失って地面に倒れ込んでしまった。



対決編が終わりました。次回から結末編に入ります。

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