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逆鱗バリア  作者: 青木一郎
対決編
6/12

騙される

 白コートは何がおかしいのか、猫背になり、喉の奥から忍び笑いを漏らしていた。


「それじゃ、兄弟、審判を頼む」

「俺か?」

「他に誰がいるんだ? これも公平性を期すためだ。開始の合図をしてくれ。何、簡単だ。コインを机の上に落とすだけでいい。机の上に落ちた瞬間、ゲームを始める」


 須藤は、財布の中から硬貨を取り出すと、机の上に手持ちのカードを並べていくカイと白コートを見つめた。

 白コートの超能力は未知数だ。しかし、カイの超能力は希少かつ高レベルのテレポーテーションである。勝つ見込みは十分にある。

 須藤はカイを信じる気持ちをコインに込めて握りしめた。


「では、始めてくれ」

「準備オッケーだよ、須藤」

「ああ」


 机の周りが静まり返る。黒ジャケットたちも卑しい笑みを消し、真剣に机の上を見つめている。須藤は腕を伸ばすと、握り拳を差し出し、ゆっくりと手を開いた。コインが零れ落ち、机の上に硬質の音を立てて当たった。

 コインは回転し、ごく弱い風が起こった。次の瞬間、白コートとカイの目が光り、机の中央にカードが高速で積まれ始めた。

 白コートの手は残像で幾重にも見えた。最小限の動きでカードを操り、両手を使い、指で弾いてカードを捨て場に落としていく。生身の人間では到底できない神がかった速さである。

 対するカイは、ただ山札に手を乗せているだけだった。だが、彼女にはそれで十分である。カイの眼前には常に四枚のカードがテレポートされて浮かび、カードの並びが合うと即座に捨て場にテレポートされた。山札に乗せた手は目に見えて沈んでいった。


 須藤は二人の織り成すカード捌きに見とれてしまった。コンマ一秒の無駄もなく、カードが順番に積まれていく。それはある意味で真剣勝負であり、ある意味で芸術だった。

白コートが言っていた「極限の世界」を、今、自分は観察しているのかもしれない。


 コインの動きが止まった時にはすでに勝負が着いていた。


 カイの眼前にはハートのクイーンが浮かび、白コートの右の指の間には、スペードのジャックが挟まっていた。


「「引き分けか」」


 二人が同時に呟くと、二枚のカードは同時に捨て場の山に置かれた。

 須藤は息を吐いた。そうしてから、自分が息継ぎすら忘れていたことに気が付いた。


「あなた、強いのね……。どうしてテレポーターの速さについて来られるの?」


 カイは放心しながら白コートを見つめていた。彼女は高レベルのテレポーターである。もしかしたら、今まで超能力の絡んだ勝負事に負けたことがないのかもしれない。彼女は勝てなくて悔しいのだろうと須藤は推測した。須藤にとってはカイが負けずに安心するばかりなのに。


「おいおい……待てよ。こいつはどういうことだ、俺が『スピード』で勝てないなんてよ」


 白コートは更に驚いていた。余裕の笑みを崩し、目を丸くして、こめかみを親指で強く押し揉んでいる。

 六人の黒ジャケットたちの間にもざわめきが広がっていた。口々に「引き分けなんか初めてだ」と呟いていた。

 彼らの驚きももっともだろうと須藤は思った。もし、凡人の須藤が白コートの勝負を受けていたら、万に一つも勝ち目はなかった。勝負を見る限り、彼は身体能力を高める超能力を発現している。まさに『スピード』には無二の自信があるのだろう。しかし、相手が悪かった。白コートの対面には、彼と同様、最強のスピードを誇る超能力者が座っていたのだ。

 白コートは握手を求めてカイに腕を差し出した。


「いい勝負だった、レディー」

「あなたもなかなか強かったよ」

「どうだ、もう一戦? 次で勝負を付けたらいい。引き分けだと寝覚めが悪いだろ」

「私はいいけど……」


 カイは不安そうに須藤を見つめてきた。

 その目は不安の裏に、もう一戦、戦いたいと訴えかけていた。超能力勝負の楽しさに目覚め始めているようだった。


「もう戦わせるわけにはいかない。負けたら何をされるか分からねえんだ。引き分けなら、お互いに手打ちってことで十分じゃねえか」


 須藤は首を振った。

 次の一戦でカイが負けない保証はない。危険な橋は渡らない方が無難だろう。白コートは不服気に眉間に皺を寄せてカイを見た。


「連れねえな……。レディーはどうしたいんだ? やりたいのか、やりたくないのか」

「須藤がやらせてくれないんだよ」


 白コートはしばらく青と黒のオッドアイを動かして、須藤とカイの顔色を伺っていたが、ふっと視線を机のトランプに移した。


「じゃあ、しょうがない。今のは今のでおしまいにしよう。だから、もう一勝負『スピード』をやろうぜ。今度は何も賭けやしない。俺はお前が好きになったよ、レディー。小さい女の癖に、なかなかクールな野郎だ。胸が熱くなる」

「えっ、私のことが好きなの? それって本当!」


 カイの肩がびくりと飛び跳ねた。嬉しそうに顔がぱっと華やぐ。

 それを見て、須藤はなぜだか胸にしこりが痞えたような気分になった。


「ああ気に入ってるぜ、レディー。夜は長い。もっと熱くクールな時を過ごそう」

「須藤、いいよね、いいよね、もう一回やってもいいよね!」


 カイはとても楽しげに手足を伸ばして須藤にじゃれ付いてきた。しかし、どうしてか須藤は一緒に笑ってあげることができなかった。


「勝手にしろよ」


 そんな冷たい言葉しかかけることができなかった。

 カイは一瞬、顔をこわばらせ、瞳の色を失った。


「須藤、もしかして怒ってる?」

「怒ってねえよ。俺はさっきからトイレに行きたくて仕方ねえんだ。遊んでろ」


 服を掴むカイの手を振り払い、須藤はトイレに向かった。カイに白コートが気障な口調で話しかけているのが背後から聞こえてきた。

 二人の笑い声が雑音のように耳に入ってきて、須藤は、店内から廊下に続く扉を強く閉めた。

 なぜだろう。なぜ、自分はカイに対してつっけんどんな態度を取ってしまったのだろうか。須藤は男子トイレに入り、用を足しながらずっと頭を悩ませた。


「ああ、分かった。あの野郎、俺が謝ったのが悔しいって勝負に臨みやがったのに、戦い終わったら、気障白コートに懐いてやがるんだ。これだからお子ちゃまは嫌なんだよな……」


 だが、本当にそれだけだろうか、と問いかける自分もいた。

 自分で自分の中の何かから目を反らしている気がする。もやもやした気分は晴れなかった。

 水道で手を洗っていると、トイレの扉が開き、黒ジャケットの一人が入ってきた。

 この男は痩せ細り、肌が青白く滑らかで、須藤の目には一番弱そうに見えていた。茶色に髪を染めている。フレームにハートマークが散りばめられたサングラスをかけていて、時折、クイクイと鼻での位置を整えていた。

 スリッパを擦りながら歩く様子はどこか生気がなく、ゾンビに似ている。

 男は須藤に目を向けると、後ろから近付いて肩を叩いてきた。


「やあ」

「なんだよ、馴れ馴れしいな」


 須藤は振り返るのも億劫で、鏡越しに男の顔を見た。

 男はサングラスを外すと、黒い裸眼で須藤の目を見つめてきた。


「※※※※※※※※※」

「ああ」

「#########」

「いや、ああ、ああ」


 男は満足げに笑みを浮かべ、サングラスを戻した。

 須藤は手を洗い終え、ハンカチで手を拭いていった。


「何の用だよ。ずっと黙ったままで」

「さっきの、いい勝負だったじゃん? あのお嬢ちゃん、かなり強いじゃん?」

「ああ、そうだな。だけど、お前らの暇つぶしに付き合ってる余裕なんて、あいつにないんだよ」

「いいじゃん、いいじゃん、そんなに急ぐなよ。この世はどうせ無駄だらけの暇つぶしじゃん?」

「……お前の主張、スピード中毒の白コートとだいぶ違ってるよな」

「そこに痺れる憧れる! 俺には絶対できない生き方だからじゃん。要は磁石のNとS」


 須藤は会話するのが面倒くさくなり、曖昧に頷いておいた。相反するタイプだからこそ魅かれるということを言いたいらしいが、須藤にとっては男の趣向などどうでもよかった。

 男を無視してトイレから出る。

 すると、扉の前の壁にうつかってカイが立っていた。

 カイは須藤に気付くと、廊下から続く裏口を指差した。


「ねえ、帰ろう」

「もう遊ばなくていいのか?」

「もう一回やったら負けちゃったんだよっ。今日はもう疲れて超能力が使いにくいみたいなんだ。早く帰りたいよ」

「そうか、テレポーターも疲れるのか。今日は昨日よりテレポートの回数は少ない気がするんだがな。帰るなら、権藤さんに挨拶しておかないといけない」

「もう私がお別れを言ったから、須藤は挨拶をしなくていいんだよっ。帰ろう、帰ろう」


 須藤は首を傾げながら、カイに背を押されて裏口から出て行った。

 裏口から出ると、煉瓦造りの路地裏に出た。辺りの空気が冷たかった。もう晩秋だ。月でも空に浮かんでいれば風流なのだろうがあいにく建物の陰になっていて見えなかった。

 カイに手を引かれ、路地裏を抜け、駅前を抜け、住宅街の道路を歩いて行った。


 夜も更けた時間のため、明かりの点いている窓と点いていない窓がある。カイは珍しく黙り込み、静かに須藤の後ろをついてきた。彼女なりに寝ている住人に配慮しているのかもしれない。

 それでも会話もなしに夜道を歩いていると暇になってくる。家がまばらになり、田んぼが広がってきた辺りで、須藤はカイに声をかけた。


「カイ、普段と違って静かだな。疲れたのか?」

「え! う、うん、そうなんだよっ」

「今日は夜遅くまで悪かったな。権藤さんに会えたのは良かったが、伊達とか言う奴に絡まれちまって、お前にも心配かけただろう」

「ううん、ちっとも心配してないんだよっ」

「……それは何気に傷つくぞ」

「あ、じゃあ、心配しているんだよっ」


 カイの声音は震えていた。須藤はジト目になり、カイを見た。

 カイは手足を挙動不審に動かし、青い眼を須藤から逸らした。


「お前、何か様子がおかしくないか? なんだか会話のテンプレ度が増している気がする」

「す、須藤は何を疑っているのさ。私は私なんだよ」

「まさかお前……。ちょっと超能力を使ってみてくれ」

「ふえ」


 カイは須藤から逃げるようにおろおろ月夜の道路を歩いていくが、須藤は速足で追いついた。

 厳しめの口調で須藤はカイを問い質した。


「まさか疲れても使えないなんてことはないよな」

「そのまさかだったら、許してくれる?」

「いいや、お前くらいの高レベルなら、そもそも疲れることさえ稀なんだよ」


 須藤はカイの前に先回りして、カイの足を止めた。カイは口をわなわな震わせて、目を涙で濡らしながら、道路脇の壁へと後ずさりした。


「ごめん、須藤、実は私、超能力を使えなくなったんだよ」

「おいおい、まさかと思っていたが本当だったのかよ……」


 須藤は昼にお嬢様から聞いた学説を思い出していた。

 テレポーターは恋をすると数十分間、超能力が使えなくなるらしい。

 カイがここ数十分間で恋をしたなら、相手は一人しか考えられない。断じて須藤にフラグなど立っていないのだから。


 須藤は奥歯をガリッと噛みしめた。なぜだろう、怒りが込み上げてくる。須藤は胸のもやもやの正体を掴み始めていた。ただ、どうしようもない嫉妬の炎に己の身が焼き尽くされそうだった。


「白コート――ぶっ殺す」


 須藤は右手の中に小さなバリアを張り、手で思い切り握りつぶした。威勢の良い乾いた音が鳴る。昔、気に食わないことがあった時、須藤はよくこうして自分の能力を使ったものだった。

 一方、カイは壁に背中を付けて、脱力しながらその場に座り込んでいった。

 須藤の怒りに燃えた瞳と目があった途端、彼女は頭に手を載せて泣き始めてしまった。


「ごめんなじゃあ、ごめんなじゃあ、もうしまじぇ、もうしまじぇ」

「カイ、お前は謝らなくていいんだよ。たぶんテレポートできないのは生理現象みたいなものなんだ。これは俺とアイツの問題だ。お前は帰って今日はもう寝て良い夢を見るんだ。俺は今すぐ『にゃんにゃん』に帰るぞ」


 須藤はカイに笑いかけたが、引き攣っていたようだ。ますます恐怖心を煽ることになり、彼女は声を高々にして泣いてしまった。


「あー、無理無理もう無理。だから無理だって言ったんじゃあ、あの糞、茶髪メガネ」


 と、泣きわめくカイの頭から耳が出た。

 カイのお尻から尻尾が出た。


「え!」


 目に丸い青痣がついたと思ったら、口の周りに髭が伸びていく。全身の服がみるみるうちに茶色い毛が生えてきた。お腹から、バツ印の点いた大きな出べそが生えてくる。

 彼女は見る間に一回り小さくなり、タヌキの人形になってしまった。寸胴の二頭身なので、腕と足がやけに短かった。

 タヌキ人形は泣きながら、アスファルトの上を右へ左へ転がっていた。


「おい、どういうことだ」

「全部、茶髪メガネが悪いんじゃあ。だからうちは許しておくんなしい」

「だから説明しろよ。いったい何が起こっているんだ!」

「うちはただのタヌキなんじゃい。おまいさんを店から遠くに連れ出して時間を稼ぐように言われていただけなんじゃ」

「なんだって!」 


 その時、須藤はタヌキ人形の背中に一枚の紙が貼り付けられているのが見えた。

 須藤は人形を押さえつけ、テープで留められたそれを剥がした。


「いだたっ、毛が抜けるんじゃあ」

「じっとしてろよ」


 紙にはカイを人質に取っている旨と、待ち合わせ場所が書かれていた。


「あの白コート、よくもカイを……。おい、タヌキ!」

「へい、なんでしょう」

「この紙に書かれている場所、お前なら分かるよな。俺をそこまで連れて行け。嫌だなんて言わせねえぜ」


 タヌキ人形の首根っこを掴んで吊るし上げる。タヌキ人形は大声で泣いて須藤の道案内を買って出た。


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