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逆鱗バリア  作者: 青木一郎
対決編
5/12

絡まれる

対決編の始まりです

 簡単な夕食を済ませると、須藤はカイと一緒に夜の街へと出かけた。行先は夜営業のおかまバー「にゃんにゃん」である。


「権藤さんに聞いて、カイの症状に効く超能力者を紹介してもらえたらいいな」

「うん! 権藤さんは須藤のお隣さんなんだよね。どんな人なのかとっても楽しみだよっ」

「実はお前をおかまバーに連れてくことには非常に抵抗があるんだがな……。権藤さん、昼は基本寝ててお邪魔しづらいんだよ」


 須藤は言い終わってから、自分も年齢的にバーに行くにはまだ早いことに気が付いた。

夜の街がネオンサイトで煌びやかに光っている。カイはもの珍しそうにきょろきょろ辺りを見ながら須藤の後をついてきた。

 

 スマポのグーグール地図を頼りに駅前を彷徨っていると、路地裏のさびれた古本屋の隣に、煉瓦造りのバーが見つかった。予想外に華美な印象はない。入口前に『今日のお勧め』と書かれた黒板があり、筆記体で英字のメニューの名前が書かれている。隠れ家の雰囲気がある喫茶店に似ていた。

 

 須藤は勇気を出して扉を開いた。中は意外と広かった。

 

 カウンター席に加え、テーブル席があり、客と思しき、黒いジャケットを着た学生の集団がたむろしていた。集団の中心に、白い毛皮のコートを着た男が一人座っていた。その男はこちらをちらりと見てきたが、須藤が目を反らすと、すぐに興味を失ったように視線を逸らした。


 赤いランプで部屋全体が淡く照らされている。

 カウンターの向こうでは、真っ赤なドレスの女性がこちらに手招きをしていた。背は高く、手は白魚のように透き通り、黒いストレートの髪が肩の下まで垂れている。アイシャドウをかけた瞼の中で、黒の瞳が光り輝いている。


「あら、こんにちは。どうぞ座って」


 カウンター席を勧められ、須藤は恐る恐る丸椅子の上に腰かけた。椅子が高いので、カイは足の高さが足りずに、ぷらぷらと足を椅子の前に垂らして座った。


「緊張している姿が初々しいわね」


 ドレスの女性は須藤の顔をじっと覗き込んできた。吸い込まれるような黒い瞳に、須藤は思わず胸が熱くなり、視線を逸らしてしまう。この女性も「おかまさん」であることを忘れてしまいそうだった。

 頭をぶんぶん振り、隣のカイを見つめて邪念を紛らわす。


「いかん、ノーマルだ。俺はノーマルだ。断じて今、心が惑わされていたわけではない。だってほら須藤君、美しい男性より、可愛い女の子の方が見ていて気分がいいだろう」

「須藤、何独り言呟いているの? 須藤の熱い視線に私はどう反応していいか分からないんだよっ」


 カイは心なしか頬を染めて、須藤から視線を逸らした。

 その仕草が不意打ちで可愛くて心がときめきかけた。動揺を誰にも悟られたくなくて、心にもないことが棒読みで口をついて出てきた。


「あががが、やっぱロリコンもアブノーマルだ! カイより足立屋のお姉さんだな。もろタイプだから」


 言った途端、困ったように笑っていたカイのこめかみに、青筋がピクッと浮かんだ。次の瞬間、首がズリッと鳴き、百八十度回転すると、背後の景色が一瞬、見えた。激しい痛みが首に走る寸前、また百八十度回転し、笑っているカイに視線が戻る。

 何が起こったかよく分からないが、滝のような冷や汗が流れた。頸椎にピリッとした痛みが走った。


「てめえ、もしかしたら、今、一瞬、首から上だけ半回転テレポートしやがったのか……」

「うおう、スリリング。ドッキリ、ドッキリ。生首だけ背後を向いていて、軽くホラーだったよね」

「ふぁっ、ふぁああああ殺す気か馬鹿野郎ッ! 今度という今度はマジで死ぬぞ」

「須藤はイライラした時とか、バケツの中に水を入れて振り回したりして『あっ、やべぇ、遠心力って面白。水零れそうで怖いけど』って遊んだことない? 今の私はそんな気分だ。鏡さん、鏡さん、この世で一番可愛いのはだあれ」

「あ……あがぁ、す、すすす、すみませんでした! カイさんに決まってるじゃないっすかもうやだなあ。だから眉間に皺を寄せながら微笑むのを止めてください」

「なんだか媚びられてるようで気に食わない」

「言わされて言っているからな」

「もう、須藤は嘘を付くのが下手すぎるんだよっ!」


 カイは頬をぷぅと膨らめてそっぽを向いてしまった。


「俺、奇跡的に生きてるよな……」


 須藤は首に傷がないかどうか確かめながらふと思った。どうしてカイは怒ったりしたんだろうか。理解できない辺りが、自分のデリカシーが足りないところなのかも知れない。

ドレスの女性は困ったように首を傾げていた。


「二人とも仲がいいのね。お姉さん、にやにやした後、冷や冷やしてしまったわ」

「あ、あの、すみません、注文もせずに騒いでしまいました。とりあえず、オレンジジュース二つでお願いします。今日は権藤さんに会いに来たんですが、いらっしゃいますか?」

「あたしが権藤よ。何かの冗談かしら――」


 須藤は目を見開いて絶句してしまった。


「ちなみに、お店では早乙女和泉って名前で通してるから、そっちで呼んでね」

「すみません、ただ今ショッキングな出来事がありましたので、トイレで吐いてきてもいいですか」

「……どういう意味よ。お店にいる時はアパートにいる時と違って、きちんとお化粧して綺麗にしてるんだからね。無駄毛も剃るし、髭の跡も白粉で隠すし、カツラも付けるし」


 須藤はまじまじと権藤さんを観察した。

 それと知らなければ、色気溢れる大人の女性に見えた。事実、須藤は籠絡されてしまいそうだったくらいだ。

 そう自分は一回、権藤さん相手に胸がときめいてしまったのだ。胸がむかつき、須藤は再び言い知れない吐き気に襲われた。


「声まで高いじゃないですか。早乙女さんが権藤さんだと分かりませんよ」

「ヘリウムを吸うと高い声が出せるの」

「え……身体に悪くないんですか」

「冗談よ、冗談。裏声を使ってるの。ヘリウムだって毒はないんだろうけど、声がおかしくなっちゃうわ」


 早乙女さんはそう言うと、愉快そうに笑った。

 フルーツやアイスクリームが浮かんだオレンジジュースが二人の前に並べられる。カイは顔を輝かせて、須藤は急いで財布の中身を勘定した。すぐに、早乙女さんが「浮きものはサービスよ。お値段は心配しないで」と言ってくれたので、須藤も安心して頂くことができた。

 カイは口の周りをアイスで汚しながらジュースを堪能していた。須藤は横目でそれを見ながら、思い出したように早乙女さんに言った。


「今日の用事なんですが、この子のことなんです」

「今、須藤君のところで預かってるのよね」

「はい」


 須藤が掻い摘み、カイが補足しながら、カイが居候することなった顛末を早乙女さんに説明した。


「というわけで、この子、記憶喪失というよりは、自分と他人の区別が付かなくなる状態に陥っているみたいなんです。警察も病院も怖いってことで、うちで仮に保護しています」

「それは本当に大変ね。傍から見てたらまったく普通の女の子よ。あたしの方でも知り合いに当たりを付けてみるけど、困ったことがあったらなんでも言って頂戴ね」

「ありがとうございます、早乙女さん。よろしくお願いします」


 カイは神妙な面持ちになり、頭をぺこりと下げてお礼を言った。彼女なりに自分を取り戻すために真剣なのだろうと須藤は思った。


「敬語なんていいわよ。お隣さんなんて家族も同然じゃないかしら。ましてや、あなたたちは親から隔離されて、この教育都市の中に入れられているわけじゃない。もっと大人を頼ってくれていいのよ」


 早乙女さんはそう言うと、ウインクしてくれた。

 須藤は背筋を思わず正し、深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます」


 カイの洋服の件でも早乙女さんは無償で手を貸してくれた。何かに付けて驚かされることはあるが、これほど親切な人はなかなかいないだろうと早乙女さんが非常に頼もしく感じた。


「そう言えば、どうして早乙女さんは大人なのに都市の中にいるの?」


 カイはストローでオレンジジュースを吸いながら、首を傾げて尋ねた。


「それはね、自分で言うのもなんなんだけど、あたしは『奇跡の一万人』の一人だからよ」


 カイは言葉の意味が理解できないようで、目を大きく丸めていた。


「ちょうど、カイちゃんが生まれたくらいの年だから実感はないかしら。この文明世界は一度、大きな隕石の衝突によって滅びようとしていたの」


 須藤がそれに付け足す。


「それを救ったのが、早乙女さんを含む、一万人のS級超能力者なんだよ」

「それは凄いね! 早乙女さんは何の能力者だったの?」

「あたしはパイロキネシス(発火能力者)よ。あたしの役目は、テレポーターたちが隕石にテレポートした爆弾に着火して爆破することだったの。他にも隕石を砕く念動力者や、ビームを照射する超能力者や、作戦の成功確率を高めるなんて超能力者まで、たくさん集まったわ。みんな必死に働いていた。家族のため、友達のため、人類のために。救えるのはあたしたちしかいないと思っていたわ」


 早乙女さんは遠い目をして、机に視線を落としていた。

 須藤としては興奮せざるを得ない話だった。思わず立ち上がり、早乙女さんに手を指してカイに力説した。


「どうだカイ、早乙女さんの凄さ、引いては超能力の凄さが分かっただろう! 当時、俺は親と喧嘩して公園にいて、実際に隕石を破壊する現場に立ち会った。あの時ほど、心震えたことはなかったさ。そして、あの時、俺は初めてバリアから龍を出し……隕石破壊に貢献していた気が若干するんだ」


 須藤は言い終わってから気が付いた。カイが冷たい眼で須藤を見つめている。


「須藤、その時、レベルは?」

「よく分からん。発現したばっかだったから……」

「私としては、現在最低レベルH級の須藤が、隕石破壊に貢献できたとはとても思えないんだよね」

「そ、そうだ、確かにそうなんだ。しかし、俺は確かにバリアから龍が出たところを目撃したんだよ」

「……そうね、須藤君も破壊を手伝ってくれたのよね」


 早乙女さんがフォローを入れるように相槌を打ってくれた。

 早乙女さんにももう何回もこの話はしている。しかし、隕石を破壊した超能力チームの中にも龍を見たという人はいなかったと彼は話してくれた。


「……すみません、早乙女さん。俺の話じゃなくて、早乙女さんの話をしていたんですよね」


 須藤は恥ずかしいと共に申し訳なくなり、力なく再び席についた。

 早乙女さんはしばらく気の毒そうに須藤を見ていたが、カイが話しかけると話に花を咲かせ始めた。二人の話を聞き流し、須藤はジュースの残りを飲みながら、延々と考えていた。

 やはり、あの龍は幻想だったのだろうか。当時の自分の精神状態がまともではなかった気はする。大体、四歳児の超能力で隕石を破壊できるものなのだろうか。確かな実感がある故に余計、性質が悪かった。

 それでもやはり、当時の体験も龍の力も忘れることなどできなかった。謎は今なお須藤の頭を悩ませ続けている。

 須藤は席を立った。


「俺、ちょっとトイレ行ってきます」

「場所分かる? 店の奥よ」


 須藤は早乙女さんに会釈をすると、トイレに向かって歩いて行った。

 行く途中、黒いジャケットの集団の近くを通ることになった。彼らはにやにやと笑っており、須藤は嫌な胸騒ぎを感じた。


 「何もなければいいのになあ」と思って早足で通り過ぎようとする。


 すると、須藤の足先に、一人の男の足が突き出された。


「うっ」


 須藤はこけそうになり、慌てて二の足を踏んだ。

 仕掛けられたと思ったが、気にせずに通り過ぎようとする。と、ドスの効いた低い声が後ろから投げかけられた。


「おい、待てよ。人の足を蹴っといて無視はねえだろ」


 須藤は振り返り、声を出した男の顔を見た。

 髪を耳の辺りでパッツンに切り揃えた、目つきの悪い男だった。何が気に入らないのか、眉間に皺を寄せ三白眼を細めて須藤を見つめていた。赤いソファーの席に半分腰かけて、膝の上に肘をつき、両手を組んでいた。肩口がギザギザに切られた黒い革のジャケットを羽織っている。

 言われはないが絡まれているということは把握した。須藤は問題にしたくなくて軽く頭を下げた。


「ああ、ごめんなさい」

「それで済ます気かよ? あ?」

「ならどうすればいいんです?」

「土下座でもしろよ」

「そんなことする必要性を感じねえんだが……」


 須藤はなんの気なしに呟いた。失敗したことには、やや大きく呟いてしまった。敬語を使わなかったこともパッツンの感情を刺激したらしく、パッツンは拳を握って立ち上がった。


「なんか文句あんのか!」


 パッツンが叫ぶと、異変に気付いたのか、カイと早乙女さんがこちらの方を振り返った。周りにいた他の五人のジャケット姿の男たちはその様子を楽しげに眺めていた。首元が白い綿毛の白コートの男だけ、目を瞑り、静かに氷水を呷っている。

 須藤はパッツンから目を反らしながら不服気に呟いた。


「お前の足が蹴られに来たんだろ……」

「ああ? 言いたいことがあんならはっきり言えや」

「分かった。はっきり言ってやるぜ。お前たちこそ気に入らないことがあるんなら、こんな周りっくどい真似なんかせずに俺に直接言って来いよ。卑怯者のやり方が気に食わねえんだよ!」


 パッツンは椅子を蹴って立ち上がると、須藤の胸元を鷲掴んできた。

 三白眼を血走らせ、顔を怒りで紅潮させていた。


「俺たちを卑怯者呼ばわりしやがったな! てめえ、生きて帰れると思ってんじゃねえぞ」

「おい、そこまでにしとけよ、ジン。早乙女さんが困ってるだろ」


 白コートの男が口を開いた。

 パッツンはその瞬間、カッと目を見開いて、男の方に視線を向けた。


「待ってくださいよ、伊達さん。このままじゃ引き下がれません。こいつ、チームのことを舐めてんです――」


 次の瞬間、パッツンの口に何かの影が飛び込み、「ガリッ」と固い何かが砕ける音がした。

 氷の欠片が彼の口の端からポロリと零れ落ちた。パッツンは怪我こそなさそうなものの、口を押えて座り込む。


「ジン、多弁は早死にの元だ。クールに生きろよ。チーム狂犬レイピッドの一員だろ。氷でも食って頭を冷やせ」


 須藤は白コートに目線を映した。男の指先から水が垂れ、男が右手に持つコップから氷が一つ消えていた。

 須藤は息を呑んだ。おそらく白コートは先の一瞬で、瞬時にコップから氷を取り出し、指ではじいてパッツンの口の中に命中させたのだろう。人間業とは思えなかった。

 何か超能力を使ったのかもしれないと須藤は感じていた。


 白コートの男は、周りのジャケット姿の男たちと一風変わっていた。瞼の上に荒い傷跡が刻まれていて、得も言えぬ風格が漂っている。目の色が左右で異なる。左が青色で、右が黒、いわゆるオッドアイである。

 目鼻立ちは整っている。口は笑っているが目は笑っていない。

 そのオッドアイが須藤を見つめてきた。


「うちのチームの奴がすまないな」


 須藤はその時、彼らの素性に思い当たる節があった。無理やり教育都市に集められた子供の中で、制度に反旗を翻し、徒党を組む者たちを噂に聞いたことがある。彼らは制度に縛られることを嫌い、自らの超能力のみで裏の教育都市を生き抜いていると聞く。


 ことは意外と厄介であることに須藤は気づき始めていた。売り言葉に買い言葉で応じてしまったが、いまさらながら他のやり方もあったのではないかと思い始めてきた。

 不思議なことに後悔はしていなかった。


「兄弟」

「え、俺のことか?」


 いきなり白コートに呼ばれ、須藤は思わず聞き返してしまった。白コートは首肯する。


「ああ、兄弟。人類は誰もかれもみな兄弟みたいなものだ。ただ、このままじゃどうもグループの奴らの落とし前が付かねえみたいなんだよな。だからどうだ、一勝負?」


 白コートはそう言うと、白コートの裏側から一セットのトランプを取り出した。それは机の上に置かれた。

 須藤は白コートのオッドアイを見つめながら、試すように言った。


「トランプで遊んで穏便に解決しましょうってか。怪しい臭いがぷんぷんするぜ」

「伊達さんになんて口きいてやがる! 黙りやがれ!」

「――お前が黙れ、ジン」


 噛みついてきたジンを伊達がいなした。ジンは顔を紅潮させているが喉の奥から苦しげな声を漏らして口を閉ざした。


「悪いな、何度も。これは俺の提案だ。受けるも受けないもそっちが決めていい。ただ、お前も喧嘩腰だったってことはやる気になってたんだろう?」


 白コートはあくまで落ち着いた声で、須藤の表情を伺っていた。


「お前らがカードに小細工している可能性だってあるだろ。信用できねえよ」

「そこまで人を疑ってんのか……殊勝だな。大丈夫、カードにも机にもなんも仕込んじゃいねえよ。まあ仕込んでも意味はねえがな」

「ゲームによるだろ」

「これからやるのは『スピード』だ。この世で一番クールな遊びだろ? イカサマなんて挟まる余地がない極限の世界だ。ルールは知っているか」


 須藤はトランプ遊びのスピードのルールを思い出していた。


 ジョーカーを除く五十二枚のトランプをマークによってダイヤとハートスペードとクラブに分け、二人のプレーヤーがよくシャッフルして山にする。その後、四枚のカードを目の前に並べる。これが手持ちのカードである。


 その後、互いのプレーヤーは掛け声に合わせて自分の山からカードを一枚めくり、互いに場の中央の捨て場に置く。そのカードの数に並ぶ数のカードが手持ちにあれば、そのカードを捨て場に出すことができる。出した分だけカードを山から補充し、手が詰まったら相手の手が詰まるかカードが置けるようになるまで待つ。互いにカードが置けなくなったら、また掛け声と共に山から一枚カードを場に出すのである。


 先に山と手持ちのカードがなくなったプレーヤーの勝ちとなる。相手より先に捨て場にカードを出していく敏捷性と素早い判断力が求められるため『スピード』という名が付けられた。


「ああ、ルールはよく分かっている」

「この『スピード』で負けた方が勝った方の言うことをなんでも一つ聞く。簡単だろ?」


 須藤は息を呑んだ。

 負けの罰が決まっていないということは、どんな罰でも課される恐れがある。この勝負、ひとたび受けてしまえば、もはや負けても言い訳はできないだろう。

 須藤は黙り込んで息を止めた。

 取り決めを聞いてビビってしまったと思われたくない。さりとて、勝負を受けるのはあまりに危険に思えた。

 

 と、その時、須藤の後方から大きな声がした。


「その勝負、超能力の使用は認められているの?」


 須藤は舌打ちして後ろのカウンター席を見たが、誰もいなかった。少女はテレポートし、すでに須藤の前に立っていた。


 カイは真剣な表情で白コートを睨んでいた。


「超能力は使っていいの?」

「使わないでいこうという提案があれば使わないが、ないなら特別禁止しない」

「おい、カイ待てよ。これは俺の勝負だ」


 慌てて止めようと須藤が言うと、カイは振り返った。


「須藤は悔しくないの?」


 カイは下唇をぎゅっと噛んで、服の裾を握っていた。


「だって、須藤、何も悪いことしてないんだよ。それなのに、一回謝っちゃってる……。私はすごく悔しいよ。須藤が勝負しないなら、私が勝負する」

「何をさせられるか分からないんだぞ」

「俺は構わない。誰と戦おうが同じだ。ただ、レディーが受けるなら少しは手加減しないとかもしれないか」


 白コートの物言いが癪に障ったのか、カイは白コートに向き直る。


「あんた、私のことを女の子だと思っていると火傷するよ」

「見た目と中身が違うのか?」

「あたしは自分が女の子のような気もすれば、街で一番強い不良のような気もしているんだ。あんたなんかに絶対負けない。須藤に謝ってもらうから」


 それを聞き、黒ジャケットの男たちが堰を切って笑い出した。白コートも口を笑わせた。目は笑っていない。


「無鉄砲は嫌いじゃない、だが好きでもない――赤と黒、お前はどっちが好きだ」

「赤」

「じゃあ、俺は黒だ」

「何、勝手に始めようとしてんだよ。これは俺とお前の問題だろ」

「やる気になっていないなら、静かに見ていてもらおうか」


 白コートはカードを赤と黒に二分すると、赤の方をカイに渡した。


「よくシャッフルしておけ、いいカードが来るように祈りながらな。イカサマがないように、なんなら俺の山はお前が切ってもいいぞ」

「そんなのどうでもいいよ。イカサマなんて無意味だって、あんた自分で言ってたじゃない。これは『スピード』の勝負なんでしょ」

「ほう、話が早くて助かるな。ゲームだけじゃない。この世はスピードが命だ。時間の浪費は人生の無駄遣いでしかない」


 白コートが黒ジャケットたちに命じると、彼らはすぐに席を立ち、テーブルを拭いて、勝負の舞台を整えた。

 カイは白コートの対面のソファーに腰を下ろした。緊張で心なしか肩が張っている。須藤はそのカイの肩に手をかけた。


「カイ……」

「須藤、止めないで」

「違うんだ」


 カイは須藤を振り向いた。

 須藤はカイを勇気付けるようにウインクした。


「やるなら、絶対負けんなよ」


 カイは不敵に笑い、白コートに向き直る。


「当然だよっ!」



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