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逆鱗バリア  作者: 青木一郎
日常編
4/12

お勉強の時間

 手早く夕食を済ませると、その日の一大イベントがやってきた。

 

 テレビの前に、二つの座布団と、リモコンとペットボトルとお菓子を用意し、カイを座布団の一つに座らせると、須藤は勿体付けてテレビの前に立った。


 須藤は見えない軍靴を打ち鳴らし、見えない軍帽を正して、見えない顎髭を撫でた。


「ふむ。我が家のルールはただ一つ。カイ二等兵、食事の時に教えたね」

「はいっ、総督。大の超能力ファンになることであります!」

「よろしい、カイ君はこれから世紀の戦いを見ることになる。サイキックグランプリは超能力と超能力の熱いバトルだ。超能力ファンにとって、魂と魂のぶつかり合いなんだよ! その決勝戦が今夜生中継されることとなる。一シーンも目を離さず見給え」

「ラジャーであります」


 カイは律儀に軍式の敬礼をした後、正座を崩して女の子座りになって言った。


「ところで、なんで軍人の真似なんかしてるの」

「ちょっとやってみたかったんだ。サイキックグランプリの発祥はアメリカ特殊超能力部隊『コマンダーズ』の実践訓練かららしいからな……」


 須藤も座布団に座った。


「カイ、じゃあ電源を入れてくれ」

「はいなっ」


 カイが返事をすると、リモコンのスイッチがピクッと動いた。どうやらテレポーテーションでスイッチの場所を操作したらしいが、そんな芸当ができない須藤にとっては、足でスイッチを入れるような無精な真似に見えた。まあそんなことはどうでもよいのである。

 テレビには砂嵐が流れていた。


「なっ」

「須藤、テレビつかない……」

「お前、変にテレポートして壊しちまったんじゃねえか」

「それはないよ。私のテレポート能力の精度は坊主頭の毛穴に植毛できるレベルなんだから」

「え、したことあんの?」

「たぶんできるよ」


 須藤はリモコンを変えたりテレビを叩いたりしてみた。衛星放送の番組は流れていたが、教育都市内の電波塔を経由する放送局は軒並み駄目になっていた。


「おい、まじか。グランプリの時間になっちまうよ」

「須藤、何度叩いたって駄目なものは駄目だってば。こういう時は落ち着いてラジオでも付けてみるんだよっ」

「うちにラジオなんてねえよ」

「ならネットでヤプーニュースを見よう」


 その案に従い、急いでスマポ(スマートポインター)の回線を立ち上げ見てみると、事の顛末が載っていた。


 どうやらこの教育都市のテレビ局に向けてテロリストの犯行声明が出されたらしい。テロリストの目的も正体も分からず捜査は難航し、警察は地域住民に戒厳令を敷き、注意を呼び掛けている。局関係者は念のため避難しているため通常業務を行っていないと言う。


 つまり、生放送はこの地区に限り中止になっているようだった。


 須藤は絶句して声も出なかった。

 失意の胸中を察してくれたのか、カイが背中をぽんぽんと叩いてくれた。


「仕方ないから、テレビは中止にしてオセロでもしよ」

「……そうだな」


 その晩は早く寝ることとなった。万に一つも間違いが起こらないようにカイは居間、須藤は廊下に布団を敷いてドア一枚隔てて寝た。須藤のせめてもの救いは、バリアから龍を出してテロリストをぼこぼこにする夢を見れたことだった。




 翌日は授業日であった。カイに火の元と戸締りをよく言いつけてから須藤は学校へ向かった。

 午前中の授業は「数Ⅱ」と二限連続の「超能力演習」であった。演習は、全身に電極を付けて各自超能力を扱い、神経の電気信号を観測するというものであり、レベルアップの訓練と超能力研究を兼ねて行われている。

 須藤は相変わらずすぐに砕けるバリアしか張れず、検査の職員から苦笑いされた。


 弁当を食べ終わりお昼休みになると、生徒たちは教室でお喋りしたり、授業の予復習をしたりし始めた。

 須藤は図書館の机に座って『世界超能力者偉人大全・上』を手繰っていた。下巻と合わせて総千ページを超える本であり、過去に偉業を成し遂げてきた世界中の超能力者たちが顔写真付きで載っている。

過去とは言っても超能力者たちが生まれ始めてきたのがここ百数十年のことなので、主に最近のことについて書かれている。


「あぁ……かっこいいなあヘーリングさん。俺もこんな予知能力を持っていたらなあ」


 超能力ファンの須藤は「あへあへ」と幸せで顔を蕩けさせながらそのページを読んでいた。昨日のサイキックグランプリを見逃した悔いなど、素晴らしい超能力を見ていれば忘れられるのだった。

 須藤が今見ているジョン・ヘーリングの名は大半の人が知っている。百十二年前にグランド・ゼロの世界終末を予言した、人類史上初の予知能力者である。大全に載っている顔写真には、線の細く、神経質そうな眼鏡の西洋人が映っていた。他の能力者と違って、素性の多くは謎に包まれており、須藤の想像力を掻き立てて止まないのだった。

 すっかり妄想の世界に入り込み油断していたので、須藤は後ろから肩を叩かれた時、「ひょげ」と変な声を出してしまった。


「どうしたんですの、須藤君? 小動物のようなおもしろい奇声ですこと♪」

「ゲッ、お嬢様ではないですか」

「お隣座っていいかしら?」

「全力で拒否します」

「ありがとう」

「おい聞こえない振りは止めろよ!」 


 お嬢様は念動力で浮かせていた書物を大全の隣に置き、隣の席に座り、何がおもしろいのかクスクスと笑っていた。茶髪のエクステが優雅に踊っている。


「須藤君、あたくし、これから自主研究を始めますの」

「ああ、そう言えば、このところ毎日放課後まで調べものをしてるんだったよな」

「超能力好きのあなたなら、何を研究しているか知りたくなくて? あなたの貧弱な脳みそでも分かるように解説して差し上げますわ、うふふっ」

「なんでお前はいつもそう一言多いんだよ……あれだな、俺に喧嘩を売っているんだな」


 お嬢様は凍った笑みを顔に貼り付けたまま、ハンカチを口元に当てむせび始めた。


「うっうっうぅ、このアプローチも駄目なんですの? どうやったら須藤君の気を引くことができるのかしら。この学年であたくしにおもねらないのはあなただけですわよ。こんなのって辛すぎますわ……」


 お嬢様が急に泣き始め、図書室内の生徒たちが本の影からこちらをちら見してくるのが分かった。


「ごめん、悪かった。頼むから泣かないでくれよ。なんだか俺が悪いような気がして尻がむず痒くなってくるんだ」

「知りたかったら初めからそう言って下さればよいのに」


 お嬢様は開き直り、念動力でノートをぱらぱらとめくり始めた。


 実際、須藤は興味がなかったどころか、ものすごくその内容について知りたかった。積み上げられた参考書には『念動力と空間認識について』『サイキック量子論』『相対性理論とサイコキネシスのパラドックス』と難しそうながら、心をくすぐる書物が多かった。


 その中には一風変わった者も混じっていた。『恋とテレポート』という論説であった。テレポーターが身近になった須藤にとって、一際興味を引くものだった。お嬢様は目線に気付いたらしく、その本を指さして須藤に説明した。


「あの本は科学的根拠に乏しいですが、なかなか興味深い内容ですの。テレポーターは誰かに恋をした瞬間、ほんの数十分、力が使えなくなってしまうという話です。真偽のほどは知れませんが」

「いつも、こんな難しそうな本ばかり読んでいるのか?」

「強き者は努力する者ですわ。あたくしは自分の念動力を高めるために日夜勉強しています。念動力者はどの国でも人口に一番大きな割合を占めているので、研究結果が豊富で嬉しいわ。さて、まずは何から話しましょうか」

「うぅーん、念動力の話の最中、申し訳ないんだが、実は今、テレポートに興味があるんだ」

「あら、いいですわよ。数的に念動力と対極に位置し、一番希少な能力ね。どういう風の吹き回しかしら?」

「昨日変な奴を拾ってうちに泊めることになっちまったんだが、特殊型テレポーターだったんだよ。お前と別れた後、なんとかプリンアラモードを買えたんだが、そいつに食われちまった。油断も隙もねえな」

「あら、特殊型の子の前でお菓子を見せびらかすのが悪いんですのよ。奪ってくれと言っているようなものじゃないかしら?」

「違えよ、箱の中に隠してあったのを持っていかれたんだ。俺はショートケーキだけやるつもりだったのに……」


 お嬢様は小首を傾げて須藤を見つめてきた。


「あれ、確か特殊型なんですわよね?」

「そうだよ」

「それはおかしな話ですわ。詳しく状況を聞かせて頂けないかしら」


 何がおかしいのかよく分からないまま、須藤は昨日の事の顛末を話していった。お嬢様は首をひねって思案していたがしばらくして、


「やはりおかしいです」


 と漏らした。


「何がおかしいんだよ、説明してくんなきゃ分かんねえよ」

「一般型は手を触れてテレポートする。特殊型は手を触れずにテレポートする。ここまではいいのです。しかし、特殊型は、それが何だか分からないものまでテレポートすることはできませんの。状況を聞く限り、昨日、特殊型さんは、足立屋の小箱の中にショートケーキが入っていることは分かっていましたが、プリンアラモードがあることまでは把握してないようです。だからテレポートできないはずなのです」

「そういうものなのか……初耳だぞ」

「特殊型はごく稀にしかいませんから、多くの人が誤解しているようですのよ。本にも書かれていました。ちょうどよい実験データがあります」


 お嬢様は本の山から一冊の赤い本を取り出した。『見えざる手の限界:フレミングの挑戦』というタイトルが金文字で付けられている。

 お嬢様は念動力でページをぱらぱらとめくり、該当箇所を探し出すと、須藤に見せてくれた。細かい文字と専門用語がびっしり並び、須藤は見つめているだけで頭が痛くなってきた。


「どうか訳してください」

「日本語ですのよ。母国語が読めないなんて、本当に須藤君は救いようがないですこと♪」

「お前は人との距離感を読めるようになれよ」

「さて、研究者のフレミングさんは、特殊型テレポーターを集め、箱の中からリンゴを取り出してもらう実験をしました」


 お嬢様はにこにこ笑いながら華麗に須藤をスル―した。この人は突然耳が遠くなる病気なんだと須藤は思うことにした。


「特殊型さんの前に箱を置きます。中にリンゴを入れた後、外から見えないように蓋をします。そうしてから、『リンゴを取り出して』とお願いするとどうなりますか?」


「リンゴが出せるだろ」


「その通りです。リンゴがそこにあると分かっているから出せるんですの。次に意地悪して、中にリンゴを入れるふりをして、箱の底の穴から机の下にリンゴを捨ててしまいます。リンゴが中にあると思っている特殊型さんに『リンゴを取り出して』って頼むとどうなります?」


「え……リンゴは中にないわけだから、出せないんじゃないかなあ……」


「須藤君! その通りですわ。リンゴはないんだから出せっこありませんの。では次に、リンゴに見せかけて箱の中にミカンを入れますの。特殊型さんは、中にリンゴがあると思ってる。さあ『リンゴを取り出して』」


「無理だろ。特殊型さんが可哀そうだぜ。なんだってそんな酷い仕打ちをするんだよ」


「あらあら、須藤君は無理だと思うんですのね ……まあ、事実無理です。特殊型さんはリンゴはもちろん、ミカンも取り出すことができませんの。実は、特殊型さんに見せないようにして中にリンゴを入れて『中に入っている何かを取り出してください』と頼んだ実験をしても特殊型さんは取り出すことができませんの。ここから二つのことが導けるんですけど、須藤君はもうお分かり?」


「ごめん、俺、そういうのは苦手なんだ……」


「特殊型でも見えないものを取り出すには二つの条件が必要なのです。リンゴがそこにあるという情報と実際にあるという事実。これらなくしてテレポートはできませんわ」


「なるほど、つまり、カイの場合は箱の中身を知らなかったのにテレポートできてしまったからおかしいってことになるんだな」


「納得して頂けてありがとう♪ 実はこの実験、後日談がありますの。何度も騙された哀れな子羊、特殊型さんはその後、疑心暗鬼になりました。すると、フレミングさんがリンゴをきちんと箱に入れ、きちんと中にあることを伝えたのに、外へ出すことがなくなってしまったの」


「つまり、その特殊型が、『きっとまたリンゴが入っていないんだろう』って疑ってかかっちまったからか?」


「そう。彼は信じることができなかったの。超能力は信じてこそ使えるのですわ」


 須藤は感心して思わずため息をついてしまった。話を聞く前の五倍は頭が良くなった気がした。お嬢様は本当に頭が良いのだと分かった。

 そして疲れた。ため息には疲れ成分もきっと混じっている。


「ああ、ありがとう。ためになったわ」

「他にもいろいろありますのよ」

「え……まだあるのか。そろそろ昼休みも終わるし、止めにしないか」

「あー、須藤君、うんざりって顔をしていますわよ。カイさんの謎もまだ解明できてないじゃないの」

「面倒くさいからいいよ。きっとどうにかしてなんとかしたんだよ。それでいいじゃねえか」

「そんなだから、あなたは常日頃から成績が悪いのですわ! かっこいい超能力の尻を追っかける前に、超能力についてよく勉強するべきなの。それが学生の本分だわ」

「ぐっ、痛いところをつくなよ」


 ちょうど昼休みの終了のチャイムが鳴り、須藤はお嬢様から逃げるようにして図書室を後にした。




 午後の授業も終わり、放課後の補習に出ていると、夕日が沈み町の景色が赤く染まり始めた。須藤は夕焼けが好きだ。だから夕暮れ時も好きである。須藤は補修プリントを解き終わり、窓の外をぼんやり眺めていた。すると、校門の辺りに、青い髪の、小さい子がうろついているのが見えた。


 須藤は手早く教科書とノートを鞄に突っ込むと、廊下を駆けて行った。

 山の端から差す夕日は温かく家々を照らし、一日の人々の疲れを癒しているようだった。慈愛に満ちた赤い光に包まれて、須藤はカイと一緒に夕日の中を帰っていった。


「須藤がいなくて今日は一日暇だったんだよ」

「俺からしたらかなり羨ましいよ。毎日が休日みたいなもんなんだろ。けどよ、一般的に見て、たぶん学校に通っておいた方がいいぞ」

「行きたくないってわけじゃないけど、どうして学校なんかに行くの?」

「そりゃあ、勉強するためさ」

「どうして勉強するの?」

「……うーん、きっといいことがあるんだよ」

「いいことって何?」

「……」


 須藤は困ったように空を見上げたまま、言葉に詰まってしまった。


 鳥たちが群れて、てんでに鳴きながらねぐらへと帰っていく。一羽だけ群れから離れたのだろうか。青い鳥がそばの電柱に止まり、じっと須藤を見つめていた。

 カイが電柱の傍に近づくと、青い鳥は飛び立ち、夕霞の彼方へと飛んで行った。


「いいことってなんだろう、学校教育を十年受けてきても分かんねえな」

「きっとそれを探していくのが勉強なのさ、頑張れっ、須藤」

「――お前が頑張るんだよ! 俺のセリフを取るんじゃねえ、十二歳にちょろっとかっこよくまとめられて、十六歳の俺は若干沈んじまうだろうが」

「沈むなら、テレポートでまた上空に吹っ飛ばしてあげるよっ!」

「させるか、俺は最強のバリアを張った! 今度こそ超能力を弾いてみせるぜ!」


 二人でギャアギャア騒ぎながら道を歩いて行った。そんな中、須藤は自分が笑っていることに気付いていなかった。

 

 夕日の光はバリアに当たると、屈折し、反射し、虹のように輝いて、須藤の顔を七色に映していく。表層意識には浮かんでこないが、須藤は少しだけ、昨日の自分と変わり始めていた。

 

 カイのことが鬱陶しい自分がいるのに、このまま一緒にいたら楽しいと思う自分もいる。

 カイの記憶が戻って欲しい自分がいるのに、彼女の記憶が戻らなくてもいい自分もいる。

 

 どの自分が本心か分からない。ただ、夕日が完全に山の裏へ沈むと、それらの影はふっと消えてしまった。


 しばらくして、どこからともなく冷たい木枯らしが吹き始めた。辺りを薄い闇が包んでいく。

 いつの間にか、空にはくすんだ染みのような白い三日月が上っていた。嘲笑う口の形をした月は須藤とカイの行く道を弱々しく照らしていた。

 永遠に続いて欲しくても、幸せな時は止まってくれない。須藤の好きな夕暮れ時は終わりを告げた。もうじき長い夜がやって来る。


 全てを呑みこむ闇が始まろうとしていた。

















日常編が終わりました。次から対決編に入ります。

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