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逆鱗バリア  作者: 青木一郎
プロローグ
1/12

赤い龍

 世界終末――グランド・ゼロの時点で須藤 げきは四歳だった。


 その百年前から終末は予言され、その十年前から阻止が叫ばれ、その十か月前から世界中のS級・超能力者たちが集められ、その十日前から超能力チームがヒマラヤ山脈の頂上で待機している中、その十分前に須藤は公園に来ていた。

 

 須藤は青い芝生の上に寝そべり、降ってくるだろう巨大隕石を待った。空はよく晴れ、太陽に手をかざすと赤く透き通る。終末の時とは思えないほど長閑な昼下がりである。公園に集まる小鳥の鳴き声は須藤の重苦しい心を癒してくれた。というのも、須藤は両親と喧嘩して家を飛び出してきたばかりだったからだ。

 

 世界が巨大隕石の衝突によって本当に終わるのか定かではない。百年前に現れた最初の予知能力者がそう告げたのだ。以来、なぜか子どもに限定して超能力者は増え続け、その内で予知能力者は決まって同じ内容の滅亡を予言した。


 計器や天体望遠鏡によって巨大隕石を見つけることはできなかった。大人たちは皆、一様に、隕石衝突による大量絶滅――グランド・ゼロを否定した。しかし、過去の大人たちが天命で死に、過去に超能力を使った子どもたちが今の大人になると、彼らは予知能力を信じざるを得なかった。


 二十歳未満の子どもに占める超能力者の割合は、終末の日時点で、九九.九九%にもなった。

 

 須藤は自分の超能力であるバリアを光にかざして遊んだ。三日前、四歳の誕生日に目覚めた能力だ。父親がケーキに立った蝋燭を吹き消そうとして、一生懸命吹く息が臭くて、初めて張ったバリアだった。風を通すことはないが、物に当たるとすぐに壊れてしまう。そんな超能力でも父と母は喜んでくれた。

 

 両親の顔が虹色のバリアに思い浮かび、不意に須藤の目に涙が浮かんだ。喧嘩なんてしなければ良かったと後悔する。きっかけもよく分からず、口論した内容もほとんど覚えていないが、とにかく恐怖で頭に血が上っていたのだ。子ども心に須藤はグランド・ゼロが怖かった。死ぬことが怖いわけではなく、日に日にやつれすすり泣く両親や、陰っていく町の人々の表情が怖かった。

 

 今からでも家に戻ろうかと須藤は公園の時計を見たが、グランド・ゼロまで残り一分もなかった。須藤は再び後悔した。チームが隕石の破壊に失敗すればもう両親とは二度と会えない。そう思うと感慨深く、胸が締め付けられる。今や全世界の人々が家にこもり、S級超能力者一万人からなるチームにグランド・ゼロ回避の願いを託しているのだろう。


「……もういい子になります。だからどうか、助けてくだしゃい」


 須藤は頬に涙を流しながら両の手を合わせて、両親と再会できることを祈った。

 

 数秒ほどして、空が陰った。そして突如、青空の何倍も大きな穴が開いた。須藤は言葉を失った。人類の生を冒涜するような根源的恐怖を須藤は抱いた。穴からは、空を覆い隠すほど大きい真っ赤に燃えた隕石が落ちてくる。須藤は手のひらを空にかざした。手のひらは太陽に曝した時のように赤く透けた。

 

 須藤は自分のバリアで隕石を跳ね返すイメージを作った。そのイメージで少しでもヒマラヤ山脈の頂上にいるチームに力を送ろうとした。須藤は知らないが、同じ時、世界中の子どもたちが同じようにして巨大な隕石を仰ぎ見ていた。

 

 体から力が溢れ、手のひらを真っ赤な血が駆けめぐっていくのが見えた。

 

 その瞬間、須藤は赤い龍が手のひらから離れた気がした。龍は天空に駆け昇っていく。夢か現か分からない。が、須藤は夢中で龍を応援した。

 

 米粒大になった昇龍は、遥か彼方で巨大隕石に衝突すると、それを粉々に砕いた。


 空中に音を伝える超能力者たちの声が耳に届いてきた。


『チームはやってくれました。人類は生き残りました。百年もの長きに渡り我々を恐怖に陥れたグランド・ゼロの運命を、今、一万人のS級超能力チームは回避したのです!』


 世界に人類の勝利の声が立ち上った。その日は人類の勝利の日となり、全ての人類の第二の誕生日となり、世界の祝日となった。地面が轟くほどに人々は歓喜した。


 超能力チームの素晴らしい働きについて次々に報道されていくが、赤き龍についての目撃情報はない。須藤は察した。あの龍は、須藤だけに見えた、須藤だけの龍だったのだ。


「龍さん、ありがとう」

 

 須藤は感謝を口にすると、緊張の糸が切れ、力尽き、芝生の上に横になってだらしなく眠り込んでしまった。

 

 この日は須藤にとっても記念すべき日となった。終末の日を境に形成された超能力者の理想像が、彼の生きる原動力となっていくのである。

 あれから十二年の歳月が流れた。



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