士官候補生の休日〜前編
付き合ってから初めてデートすることになりました!
今日は何を着て行こうかな?
なんて悩みは私たちヴェルトラント皇国天涯騎士団士官学校の士官候補生には関係ありません。
いくら休日でも士官学校に所属している限り、外出時には制服と決まっているのです。
そんなわけで、はからずともペアルックになってしまいました。
「ラファエルっていつもかっこいいね」
「レイラも……か、かわいいぞ」
待ち合わせの場所に同時刻に到着した二人。
ただ今で10時50分。
待ち合わせの時間はジャスト11時。
哀しいかな『常に10分前行動』は騎士団に属する者にとっては基本中の基本である。
したがって「ごめん、待った?」「ううん、全然」などという恋人たちにありがちなベタなシチュエーションは成立しない。
今日デートに誘ったのはラファエルの方だ。
毎日学校で会っているし別段行きたい場所もなかったのだが「たまには学校の外で会うのも一興だろう」と誘ってみたのだ。
レイラが「初デートだね、楽しみ」ととても素直に喜んでくれたのでラファエルは誘ってよかったと思った。
本当の理由を言えば、学校での思い出を作りたかったのだ。
あと4週間ほどでラファエルもレイラも卒業してしまうので一緒にいられる時間は残りわずか。
配属指令書は卒業証書と共に渡されるので、現時点では2人がどこに配属されるかわからない。
一方は本国でもう一方は宇宙のどこかの駐屯地とかいうことになれば、ほぼ会えないことは確実だ。
「ねぇ、私たち…何だか目立ってる?」
ラファエルの制服の裾をつんつんと引っ張るレイラは周りの視線をしきりと気にしている。
目立つのは当然だ。
士官候補生の制服は恰好いい。
中でも魔導戦闘機パイロット候補生は白を基調とした詰襟の制服はサイドに濃紺のラインが入っており、腰に重厚な革のベルトを装着するタイプのものだ。
騎士になればそれはまた別の意味で恰好いい制服が支給されるのだが、そういうことではない。
士官候補生の身分は一応騎士だが学生でもある。
そこらへんの一般の学生とは一線を画す、エリートたちなのだ。
したがって目立つのは当たり前、同世代の中では憧れの的であるのだ。
「気にすれば余計に目立つぞ」
周りに溶け込め。
そんなこと言われても無理なものは無理である。
だいたい騎士団の制服とかそういった類のものは目立たないようにするものであってわざわざ標的にされるような『白』なんて前代未聞ではないだろうか。
この制服をデザインした人はよっぽど目立ちたかったのか。
採用する人も然り。
時々騎士団の被服担当者のセンスを疑いたくなってしまうレイラであった。
そういえば校長の服も変だしなぁ…総督なんかもっと変だよね。
第一級正装などはどうやって着たらよいのかわからない。
特に必要性もないのにマントなんて恥ずかしいにもほどがある。
「ほぉう。レイラはああいうのが欲しいのか?」
ショーウィンドーを見るともなしに眺めていたレイラの目線を追ってラファエルが服に目を移す。
重ね着するタイプの薄手のキャミソールっぽいものと、これまたやたらと薄いカーディガンに超ミニのヒップハンガーのスカートだ。しかもチュチュ仕様とは。
「あんなのどうやって着ればいいのかなーと思って。客観的には可愛いと思うんだけど、はっきり言って服のセンスよくないかも」
どうやらレイラはああいった服は好みではないらしい。
ラファエルとしてもあれは好きではない。
「それにしてもこの制服…。こんな格好で戦場に行ったらスナイパーに狙い撃ちされそう」
レイラが自分の制服の裾をつまんでくるりと一回転する。
「別にこの制服で戦場に行くはずがないだろう。俺たちは魔導戦闘機のパイロットだぞ?」
「そのパイロットスーツもなんかエキセントリックなデザインだよね。脱出とか月降下とか絶対にしたくないもん。も○も○くんとか恥ずかしくて、もし敵に見られたら軽く憤死できるレベルだわ」
ラファエルには○じ○じくんがいったいどういうものなのかわからなかったが、レイラと同じくあのパイロットスーツはどうにかならないものかと思う。
身体のラインが妙にくっきり浮き出るんだよな…。
魔導戦闘機パイロットとしての誇りはあるが、好んで着用したいとは思わない。
レイラの話を聞いていると、誰もが憧れる騎士団の制服がじつはとんでもなく恥ずかしいもののように思えてくるラファエルであった。
「まっ、まぁ仕方がないんじゃないか?あれでも動きやすさと着心地は抜群だからな。それに、戦場じゃそういうことなんて誰も気にしないと思うぞ」
「うん。ラファエルがそう思うなら」
釈然としないものの、今さら気にしてもしょうがないというものだ。
要は自分がパイロットスーツ姿でうろうろしなければいいだけの話なのだから。
ラファエルとレイラはメインストリートをぶらぶら歩くことにした。
目的もなくウィンドーショッピングするのも楽しいものだ。
時計屋の前で飾られているアンティーク時計に目が釘付けになるレイラ。
しばらくご無沙汰だった古書店で立ち止まるラファエル。
学校内では垣間見ることができなかった一面が見られるもので、いつも一緒にいるのに新鮮な感じだ。
ブティックでは着る機会がないと主張するレイラは服を試着することを渋ったものの、ラファエルが見てみたいと言うと「着るだけだからねっ!」と念を押して試着する。
レイラの私服姿を見たことがなかったラファエルはこの時とばかりにあれこれレイラに似合いそうな服を差し出しては私服姿を堪能するのであった。
パンツスーツやジーンズを好むレイラだったがラファエルとしてはスカートを穿いて欲しいわけで。
形のよい細くスラっとした足にノックアウト寸前のラファエルはやっぱりスラックス系にしておくべきだな、と思うのであった。
「今度は私の番だからねっ!!紳士服店に行こう」
今日何十着目かの試着を終えたレイラがラファエルを引っ張って店を出る。
買う気もないのにぐずぐずするのは気が引けるようだ。
ラファエルが買ってやると主張した服も「着る機会がないのに持っていても仕方がないでしょ」と却下されてしまった。
「その前に腹ごしらえだ。もうとっくにお昼時だしな」
どうやらラファエルは食べ物でレイラの気を逸らす作戦に出たようだ。
男なら誰だって彼女の着せ替え人形になることは避けたい。
そんなことになるなら荷物持ちの方がましだと考えているららしい。
レイラはごまかされないんだから、と言いつつも時計を確認してラファエルの提案に乗ることにした。
「ご飯を食べた後は今度はラファエルが私の言うことを聞く番だからね?」
「善処しよう」
着せ替え人形にすることを諦めてないレイラに寛大にも譲歩の姿勢を見せるラファエルであったが、キラキラと瞳を輝かせているレイラを見て早まったかも…適当に時間を潰すか、と思ったことは内緒の話である。
午後1時も近いので、ラファエルとレイラは足並みをそろえてレストラン街へと歩いていった。
「どこも人でいっぱいだね」
休日のお昼の1時といえば人が込み合う時間帯だ。
それなりにお高い店に制服で入るのは気が引けたのでビストロ街をうろついていたのだが、どこもたくさんの人が並んでいてしばらくはご飯にありつけそうにない。
「こういう時は早くて安いファーストフードだよね。今日は雨も降らないし、広場のベンチでおしゃれに行きますか?」
久しぶりにホットドッグが食べたーい、とファーストフード店を指さして主張するレイラ。
ラファエルも士官学校に入る前はユニバーシティーの友人たちとファーストフードで底なしの胃袋を満たしていた経験がある。
「そうだな。俺もそういうのは久しぶりだ」
学校のご飯は栄養抜群でそれなりにうまいし何といってもボリュームがあるのだが、たまには不健康なジャンクフードも食べたくなってくるというものだ。
2人の意見が一致したので比較的空いている店に向かって歩くラファエルとレイラであったが、その歩幅がぴったりと合っているのに気付いたレイラが苦笑する。
「すっかり騎士体質だね。なんだか普通に歩けない」
学校に入る前はどんな風に歩いていたのか。
少なくとも一歩の歩幅は今よりも小さくて、スピードももっとゆっくりだったような気がする。
「なら、こうすればいい」
レイラの右手にラファエルの左手が重なる。
意識しているからか、2人の歩調がゆっくりになった。
付き合い始めてからいつも一緒にいたというのに手を繋いで歩くのは初めてだ。
さりげなくスキンシップ魔のラファエルであっても公衆の面前では恥ずかしいらしくべたべたくっつくことはない。
微かに頬を赤く染めたラファエルとうつむくようにして赤くなった顔を隠しラファエルに寄り添うレイラは、そこらへんでいちゃつくカップルたちとなんら変わらないのであった。
「いらっしゃいませ、店内でお召し上がりでしょうか?」
店に入った2人に元気のよい店員がメニューを差し出す。
「あ、外で食べるのでお持ち帰りでお願いします」
「かしこまりました。ご注文がお決まりになりましたらご申し上げください」
レイラはメニューを右手で受け取ろうとしてから、まだラファエルと手を繋いでいたことに気付き慌てて左手で受け取る。
「ラファエルは何にする?私はねぇ…サワーキャベツのスパイシードッグかな」
「なら俺はチリビーンズドッグで。飲み物はフルールベリージュースのM」
「あ、私も飲み物はそれでお願いします」
店員はおやっと言う顔をした。
多分、ラファエルがフルールベリージュースを飲むとは思っていなかったのだろう。
ラファエルの容姿からして見るからに無糖ブラックカフェ派か優雅に紅茶派そうな感じだ。
フルールベリージュースはビタミンAが豊富なのでラファエルもレイラもよく飲む飲み物の一つである。
魔導戦闘機パイロットは目が命。
自己管理ができてこそ一人前の騎士になれるというものだ。
「ああ、士官学校の魔導戦闘機パイロットの方なんですね」
隣のレジの店員がラファエルたちに話しかけてきた。
「士官学校の制服って緑じゃなかったの?」
飲み物を用意していた店員も話しに加わってきた。
「おいおい、知らねぇのか?白といえば魔導戦闘機パイロットにのみに許された色だぜ。俺の兄貴は普通の騎士だったから緑だったけどさ」
「あー、そういえば士官候補生ってよくフルールベリージュースを買っていくもんな」
レイラたちそっちのけで店員たちがわいわいと話しに花を咲かす。
店の中の客や後ろに並んでいる客にも会話の内容が聞こえていたらしく、ラファエルとレイラに好奇の目を向け始めた。
早いとこお金を支払って出て行きたかったが、肝心の注文の品がまだできていないのでどうしようもない。
おたおたとするレイラは目でラファエルに合図する。
やっぱり断って店出る?
注文の品がきたから無理じゃないか?
ラファエルの視線の先には袋にはいったホットドッグが。
「お待たせしました。サワースパイシードッグとチリビーンズドッグですね」
店員が差し出した袋の中身を確認したシュイはMサイズのジュースがLサイズになっていることに気付いた。
「あ、あのこのジュースのサイズが…」
「当店からのおまけです。通常価格でよろしいですよ」
「それは…」
さすがに他の客にマズいだろうとラファエルが断りかけると、店員は照れたように帽子をいじりながら言った。
「国の為にがんばってくれる人たちに何かしたくて…僕は騎士ではありませんけど」
ラファエルやレイラには適正があったので騎士になる道が開けていたが、国民全員にその適正があるわけではないのだ。
ヴェルトラント皇国の誰もが自分ができる精一杯のことをする。
この国は騎士たちだけで成り立っているわけではないのだから。
「ご好意、ありがとうございます」
ラファエルとレイラが騎士の最敬礼をすると、店員たちは顔を真っ赤にしてあたふたと首を振った。
士官候補生で、しかも見目麗しい2人がただジュースをMサイズからLサイズにおまけしただけの店員に対して最敬礼をしているのだ。
ラファエルたちとしては感謝のつもりでやった敬礼でも、された方は恐縮するばかりだろう。
ラファエルは提示された金額を支払うとレイラを促して店を後にする。
「がんばってください」と声をかける店員たちにレイラは手を振り返すと、隣を歩くラファエルを見上げた。
「私たち、がんばろうね」
「ああ、そうだな」
平和なように見えて、もう随分と長い間紛争が続いている。
今はまだ遠い宇宙での話であるが、いつその火種が本国へと飛び火するか誰にもわからない。
自分たちには護るための力がある。
それを有効に使い、平和をもたらす使命があるのだ。
各々の胸に決意を秘め、卒業前のつかの間の休息を楽しいものにしようと思う2人であった。