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恋はいつも貴方の隣に  作者: 星彼方
日常的小話
5/7

豆とスナイパー


「なあ、ラファエル。お前さっきから何してんの?」


 

ターゲット、確認


 

「お~い、ラファエル?」


 

距離7m、風向きは北北西、風速0.2m、湿度55%


 

「無視かよ。お前が黙ってるとろくなことがないからなぁ」


 

ロックオン完了


 

「ラファエル?ラフィー?ラフィーちゃ~ん、ラファエル、おいってこの大天使さまぁぁぁぁっ?!」

「天誅!」


ラファエルの指から発射された夕食の硬い豆が目の前に座っているベルナルドの頬をかすめて飛んでいく。

それでもなお軌道を変えることもなく、夕食の硬い豆はターゲットの頭に直撃した。


「っ痛ぇ~、誰だよっ!!」


突然、後頭部に小さくともかなり痛い衝撃を受けたターゲットがキョロキョロと周りを見回すが、その本人も周りの人もいったい何が起こったのかいまいちわかっていないらしい。

ラファエルはというと狙いを外すはずがないことがわかりきっていたので、夕食の硬い豆を見事に命中させた後、そ知らぬ顔で残りの夕食を口に運んでいる。


ふん、当然の報いだ。


ラファエルのしたことを一部始終見ていたベルナルドはなんともいえない顔で苦笑している。

「天誅……ね。なるほど」

少しだけ後ろを振り返って夕食の硬い豆の餌食となった男を確認すると、ベルナルドはやれやれとため息をついた。

「レイラが絡むと、これだからなぁ」


そう。


ターゲットはこともあろうにレイラにちょっかいを出していたのだ。


「あの男が悪い」


すました顔で淡々と話すラファエルは目線をレイラに移し、それから件の男を軽く睨んだ。


わざわざ俺の為に食後のコーヒーを取りに行ってくれたレイラを足止めするとはっ!!


少し目を離したとたんにこれだ。


「何も豆を食らわさなくてもいいじゃん…」

 確かに今日の豆は硬いけどさぁ。

ベルナルドは妙に硬い豆を器用に箸でつまみ、ゴリゴリ言わせながら食べる。

これは当たったら痛いんじゃないかな…試してみるつもりはさらさらないけど。


あの哀れなターゲットがそこら辺のただの男であればラファエルだって何とか我慢していただろう。

しかしーーー


「あいつは女癖が悪いっ!!」


レイラが穢れるだろうがっ!


話しかけたときにレイラが困った顔をしただろうがぁっ!!



ラファエル曰く『女癖の悪い男』がぎゃーぎゃー騒いでいるすきに、レイラはそそくさとラファエルのいる席へと戻ってきた。

トレイに乗せたコーヒーがこぼれもせず無事なところは、さすがトップテンだ。

「おまたせ。はい、これはベルナルド」

「サンキュ、レイラ」

シュイはベルナルドに彼好みのステイツコーヒーを手渡すとラファエルにデミタスカップに入ったエスプレッソを見せた。

「えへへ~。今日は私特製のエスプレッソにしてみました。そのままでも美味しいんだけど、甘くすると更においしくなるんだよ」

入れたてのエスプレッソからはいい香りが漂ってくる。

「すまんな」

ラファエルにカップを渡したレイラはそのままラファエルの隣に座った。

今日のレイラは早めに夕食をとったので、わざわざラファエルの夕食に付き合って食堂にいるのだ。

ほとんど食べ終わったトレイに何個か豆を発見したレイラはくすりと笑う。

「今さっきね、豆があり得ない速さで飛んできたんだよ」

「……豆が飛ぶわけないだろ」

しれっと答えを返すラファエルはよく見ると口角をわずかに持ち上げている。

「誰かしらねぇ」

そう言いながらもレイラの目はラファエルを捉えている。


ばれていたのか。


今日はさりげなくやったつもりなんだがな。


どうやらレイラの状況判断力と動体視力はとてもいいらしい。

死角から飛ばした豆を判別することは、並みの騎士では無理だ。

「でも今日は豆でよかった。私のお願い聞いてくれてありがと、ラファエル」

レイラがニッコリ笑う。


うむ。夕食時にレイラの笑顔はいいものだ。


「あのさ、つかぬ事をお伺いいたしますが、今日はってことはいつもこれなの?」

ベルナルドが疑問を口にした。

『今日は』なので、いつもは何か違うものを飛ばしているのか。


「いつもはナイフとかフォークとか?」

「この間はビーツだったわよ。緑の制服に赤はきついわね」

ベルナルドの話を聞いていたのだろう。

遅れてやってきたユージンが「あたりまえのことじゃん」とでもいうように答える。

ユージンと一緒にやってきたマリスティアが言った『ビーツ』とは赤カブの一種で、毒々しい赤い色は服に付くとなかなか色がとれない野菜だ。

「昨日はデザートスプーンだった」

さらにパーシヴァルまでもが淡々と目撃談を語る。

「俺、何で気付かなかったんだろう……」

 最近ちょっと気になる子がいたからなぁ~、ベルナルドはぼやいた。

女の子に気を取られて気付いていなかったのは幸いとでも言うべきか。


知らぬが仏。


うつつを抜かすベルナルドの頭の上を何度ナイフが飛んでいったことか。

「助けてくれるのはいいんだけど、危ないものはやめてって私がお願いしたの」

レイラは困ったように、すました顔でエスプレッソを嗜むラファエルを見た。

「で、今日は豆なんだ」

ユージンも先ほどのちょっとした騒ぎを見ていたらしい。

「指弾とはすごいわよねぇ…今度私もやってみようかな」

「マリスティア、お前なぁ。精密技師が指を酷使するなよ」

パーシヴァル、突っ込むところが違うんじゃないか?

それよりも誰を的にする気なんだマリスティア。

「興味があるなら俺がコツを教えてやろう。取りあえず的はベルナルド、貴様だ」

「何で俺っ!!暴力反対!!何もしてないだろーが!!」

当然反論するベルナルドだが、ラファエルの目は本気だ。

 

俺、何か怒らせるようなこと言ったっけ??


ラファエルはベルナルドの心境を読み取ったらしい。

氷の笑みを浮かべながら、豆を構える。

「俺を『大天使様』と呼んだ罰だ」


は。


そういえばさっき言っちまったよおいっ!!


やっちまったよ俺ぇぇぇぇぇぇ!!


ベルナルドの背中に嫌な冷や汗が流れる。

古の大天使と同じ名前を持つラファエルに向かって『大天使様』という言葉は言ってはならない禁句だ。

今にもラファエルの豆指弾が放たれようとしている。

近距離なので当たれば相当な衝撃であることは、先ほどの哀れなターゲットで確認している。

豆とはいえあなどれない。

熟練の騎士の恐るべき反射神経でも避けることは不可能だろう。

というか、ベルナルドが避けたとしても後ろにいる誰かがいわれのない被害を被ることになる。

そして、止めに入ってくれるべき仲間はご飯に食い入っていてベルナルドを完全に無視していた。


「天ち……」

「ラファエル、ベルナルドがかわいそうだよ」 


神様、ありがとう!!


ピンチの時にはレイラの一声。


ラファエルの手を押さえて「めっ」っと言うレイラは効果てき面。

ラファエルが顔を赤らめてぼそぼそと「わかった」と呟く。

どうやら相当、レイラの上目遣いの「めっ」が効いたらしい。


豆指弾の恐怖から無事に生還を果たしたベルナルドにはレイラの姿が女神様のように見えたそうだ。

 

「ラブラブだよな」

ラファエル専用鎮静剤の称号を与えよう、とユージン。

確かによく効く鎮静剤だ。

「尻にしかれてるんだろ」

結構シビアな彼女持ちのパーシヴァル。

自分にも思い当たることがあるのか。

「でもレイラとラファエルが付き合い始めてから平和よね」

マリスティアはしみじみと呟いた。

それは誰もが薄々感じていたことで、言われてみて改めて実感することである。

怒鳴り声も八つ当たりもない平和な日常。

「「「同感」」」

見事口を揃えて同意したその視線の先には、夕食も食べ終わりエスプレッソを飲み終えたラファエルがレイラを伴って席を立とうとしていた。

4人の視線を受けてラファエルは「なんだ?」という顔をする。

「いや、なんでもないよ」

「そうそう、願うべくはお前らが喧嘩しないことだってね」

「?私たち、喧嘩してないよ??」

よくわかってないレイラが?マークをいっぱい浮かべて首をかしげる。

「レイラたちの仲がよければ私たちも嬉しいってことよ」

ナイスフォローだマリスティア。

「よくわかんないけど、仲良しだよ」

ねー、ラファエル、と無邪気に同意を求めるレイラと、優しい顔をして当然だ、と答えるラファエルは立派なバカップルだ。

「行くぞ、レイラ」

「は~い。じゃあね、みんな」

仲むつまじく食堂を後にするラファエルとレイラの後ろ姿を見送る4人。

そしてそこに近づく怒り狂った一人の男。

「おい、お前っ!!」

いきなり襟首をつかまれて驚くベルナルドは、男の顔を見た瞬間に「げっ」と思った。


ラファエルが豆指弾を食らわした女ったらし!!


「お前が俺に豆を投げつけやがった奴かぁーっ!!

「ちょ、ちょっと誤解だっつーのっ!!」







「ん?何か聞こえた?」

「いや、何も」


俺が出て行く前に女癖の悪い男がすごい剣幕でベルナルドに突進して行ったようだが、俺は知らん。


まだ『大天使様』と呼ばれたことを根に持っているらしいラファエルは見て見ぬふりをしたのだった。

気になっているのか、ちらりと食堂を振り返るレイラを促す。

「今日は早いとこ課題を終わらせるか。手伝ってやるぞ」

極上の笑みを浮かべたラファエルにレイラは一瞬にして心を奪われる。

「本当?じゃあ早くしないとっ!!」

でもあんまり私を甘やかさないでね?と言うレイラに「わかった」と答えたラファエルは心の中ではまったく反対のことを思った。


レイラが喜ぶなら何でもしてやろう、と。





願わくば、こんな日常をいつまでも。

 




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