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「あ、おはよう」


 いつもは友人たちと一緒に朝食をとりに来るレイラが今日は一人で座っている。

 しかもこんな朝早くから、目立たないように隅っこで。


「レイラ?今日は早いな……ここ、いいか? 」

 ラファエルはレイラの前の席に座る。

「うん。今日は早くに目が覚めちゃって。ラファエルも早いね」


 レイラは昨日渡された手紙の返事をしなければならない憂鬱さからあまり寝られなかったのだ。

 できれば彼とは朝から顔をあわせたくなくてこうして一人できたのだが、まさかラファエルに会うとは。


「俺は日直だからな」


 実を言えば、ラファエルも昨日はなかなか寝付けず今朝も早くから目が覚めてしまっていた。こんな早い時間じゃなくてもよかったが、することがないので早めの朝食に来たのだ。


「人がこれほどいないなんて、なんだか不思議。端っこに座っちゃうのは私が小心者だからです」

「堂々と真ん中に座る奴も珍しいだろう。ベルナルドかユージンなら座ってそうだけどな」


 ありそうなことにレイラは思わず笑ってしまった。


「そういえば、昨日噂話を聞いた」


 どことなくそわそわした雰囲気でラファエルが切り出す。


「それは珍しい。噂話に花を咲かせるラファエルねぇ」

「聞いただけだ。お前がパーシヴァルを好きだと」


 レイラの目が丸くなった。

 なにか言いたいのか、口をパクパクさせている。


「……その反応からして、本当らし」

「違う違う違う違うっ!絶対にそんなことないパーシヴァルはただの友達っていうか彼女つながりで紹介されたのが始まりでよく彼女絡みのことで相談されるだけで彼女が気に入ったからといってミラクル君にオオサカベンを教え続けたりとか女の子と話す話題が魔導戦闘機に関することしかないパーシヴァルが好きだなんてそりゃいい人かもしれないけど恋愛対称になるなんてそんなわけないのー!!」


 レイラは真っ赤になって思いつくかぎりの言葉で否定した。

 まったく事実無根なことであるし、何よりラファエルにまで誤解されているのは耐えられない。

 今度はラファエルの目が丸くなる。


「お、落ち着け、レイラ」


 ラファエルが差し出したお茶を一気に飲み干したレイラはぜえぜえと肩で息をしている。


「何?そんな噂がたってるの?誤解だよ、略奪愛なんてしてないっ、ラファエル、信じて! 」


(俺は略奪愛とまでは言ってないぞ)


 レイラのあまりの言いようにラファエルは肩透かしを食らった。

 やはり、噂は噂でしかなかったようだ。

 それよりか、何気にけなされているパーシヴァルが可哀想になってきた。同じ男として。


「信じる、信じるから落ち着け」

「無駄にキラキラしい美人はちょっと」

「そ、そうなのか」

「じゃ、この話は終わりね」

「わ、わかった」


(そうか、レイラは美人はダメだったのか)


 パーシヴァルのように、蜂蜜色のど金髪に鮮やかな碧眼の無駄にキラキラした容姿でなくてよかった、とラファエルは自分のくすんだ灰色の髪と何の変哲もない茶色の目を少しだけ好きになった。



(聞いたか、パーシヴァルっ!俺にはチャンスがあるのだっ!)



 この日の朝食はことのほか美味しいと思うラファエルであった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




「レイラ、何か今日は荒れてる? 」

「ほんと。攻撃的だよね」

「ラファエル絡み? 」

「ラファエル絡みでしょ」

「違うよ、関係ないってば」


 先ほどから冷やかしてくる友人にうんざりしてきたレイラがいらいらと声を荒げる。

 温厚なイメージのレイラにしては珍しい。


「ごめんごめん、わかってるって。また誰かに告られたんでしょ」


 レイラの友人の一人、マリスティアはこともなげに図星をついた。


「見てたの? 」


 誰もいないか確認したのに、とレイラは肩を落とす。

 レイラとしては見られて面白いものではない。


「見てないけど、レイラが荒れる理由はそれくらいしかないじゃん」

「今回は相談してくれなかったね~。もう返事したの? 」


 相談したくても、貰った手紙を読んだときに気になったことを一人で考えているうちに就寝時間になってしまったのだ。

 手紙の文面がどこかおかしくて、ずっと考えていた。

 最初はレイラのどこが好きとか自分の想いが書き連ねられていた。しかし最後の方になるとレイラに伝えたい想いというよりも、連れない態度のレイラに対する恨み節のようなことが書かれてあった。レイラはその真意を読み取りたくて、読みたくもない手紙の行間を探していたのだ。


「まだ、返事はしてない。だから、ごめんね。しばらく機嫌が悪いから」


 レイラは友人たちに謝りながら、大きく溜め息をついた。

 いつもは真剣に聞いているはずの講義が頭に入らない。

 先ほども銃のオーバーホールをやっていたはずなのに、いつの間にかすべて分解しつくしたまま銃身を一心不乱に磨いていたり、射撃で的に星の形を作ったりと散々だった。


「どうしたんだ、熱でもあるのか? 」


 ラファエルも心配してくれたのだが、貰ったラブレターの内容の相談なんてできるはずがないし知られたくもない。

 のらりくらりとかわしながら、今日一日を不機嫌状態ですごしたレイラはくたくたに疲れていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 ついに来た最も憂鬱な時間。


 いざ、決戦へ!!


 ではなくて、なるべく相手を傷つけないようにお返事しないといけない、とレイラはそればかりを考えていた。

 昨日告白された場所まで重い足取りで向かうと人影が見える。

 レイラは意を決して、背中を向けて立っている男子にルイードと呼びかけると、その人影はパッと振り向いた。

 無駄に優しそうな微笑みにレイラは憂鬱になる。


「お手紙、読ませていただきました。それで、あの、ごめんなさい」


 ルイードには悪いが早くこの状況から抜け出したくて、相手の顔をまともに見ることができなくて、レイラは俯いたまま頭を下げる。

 レイラが悪いわけではないのだが、何故か罪悪感めいたもやもやした気持ちになるのが堪らなく嫌だ。


「えっ……」


 ルイードはレイラから断られると思っていなかったのか驚いたような表情になった。

 こういうときの沈黙が痛い。


「貴方の気持ちに応えることはできません」

「何故、レイラ、僕の気持ちはわかってくれたんだろう? 」


 わかるもわからないも…どこか、会話がかみ合っていない。

 伝わっていないのか。


「貴方の気持ちは、昨日の手紙で初めて知りました。ごめんなさい、お付き合いすることはできません」

「そんなわけあるはずがないじゃないかっ! 」


 ルイードは表情を変えていきなり声を荒げた。

 その様子が変だと感じたレイラは、一歩後退する。

 握り締めた手を小刻みにぶるぶると震わすルイードはじっとレイラを見つめていた。


「僕が最近君に冷たかったから、寂しかったんだね? 」


 ラブレターにも書いてあったことだがレイラにはさっぱりわからない。

 ルイードとは最近仲良くなったばかりだし、そこまで親しい間柄ではない。


「レイラ、僕が悪かったって、機嫌直せよ」


 ルイードはまるで痴話喧嘩した彼女に接するようにレイラに手を伸ばす。

 その様子にレイラはゾッとした。


「何言って…ふっ!!」


 油断していたレイラの手を掴み、ルイードは荒々しく唇をふさいだ。

 隙を突かれたとはいえ、レイラは元々格闘技や護身術が得意だ。締め付ける力を逆手にとってルイードを引き離す。


 ルイードは明らかにおかしい。


 その時、レイラの視線がある場所に釘付けになった。

 レイラがいる場所からは死角になった建物の陰に人の影を見たのだ。


 今の影、まさかラファエル?!


 目の端に映った月夜狼のような銀色の髪を持つ人物をレイラはラファエル以外に知らない。

 今の場面を見られたのかと思うと、顔から血の気が引いた。


「私、貴方とは付き合えないって言ったのに…なんでこんなことするのっ、最低! 」


 レイラはキッと睨んだが、ルイードは悪びれる様子もなくにやにやと笑っている。

 その目線の先はラファエルの影が見えた方を向いていた。


 まさか……。


「貴方、ワザとね?ワザとやったんでしょうっ! 」


 ルイードの姑息な手段にレイラは目の前の男をキッと睨んだ。

 よりにもよってラファエルの前で。


「なんのことかわからないな。僕はただ、君の立場を教えてやろうと思っただけなのに。君には僕がいるんだから」


 ルイードはまったく悪びれていない。

 この人、自己完結型だ。

 こういう性格は危ない。

 レイラは手紙を読んだ時の違和感は正しかったのだと思った。


「許さない、許さないんだから。貴方、後悔するわよ」


 私を怒らせたらどうなるのか、身をもって教えてあげる。


「君こそ、僕以外の奴と仲良くするなんて。そんなことしたら、後悔するよ」


 ルイードは不適に笑った。

 ルイードにこういう一面があることを見抜けなかった自分が招いたことだ。

 レイラはルイードから踵を返してその場を後にした。



 決着は自分でつけてやる!! 




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




『レイラ、僕が悪かったって、機嫌直せよ』


 その後のキス。



 くそっ!!




 レイラの様子がおかしいと思ってはいたが、まさかこれが理由とは。

 レイラに付き合っている奴がいるとは知らなかった。

 いつも女友達といるか自分たちといるかどっちかだったし、噂にも聞いていない。

 つい昨日、レイラがパーシヴァルを好きかも知れないと聞いたばかりだったが、それも杞憂だったと今朝わかったばかりだったというのに。

 ぐずぐずしている間に、レイラはあの男と付き合っていたのか。


 くそぉぉぉっ!!!!


 ラファエルは自分の不甲斐なさを呪わしく思った。

 あの男がこっちに気付いていたことはわかっていた。

 ラファエルとて覗き見をするつもりはさらさらなかったのだが。

 ただ、相手がレイラだったから。

 そこにいたのがレイラであったから立ち去れずにいたのだ。

 ラファエルに見せ付けるようなキス。



 いつもラファエルを気遣ってくれるのは優しさからだけなのか。


 だったら放っておいて欲しかった。


 残酷な優しさなんていらない。



 俺が欲しかったのは―。







 目尻にジワリと滲んだ涙にラファエルは茫然として立ち尽くしていた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 次の日、ラファエルとレイラはすれ違っても挨拶はしなかった。

 微妙に顔を逸らし、足早にすれ違う。

 ラファエルは、昨日あの場所にいたことをレイラも知っていたらしいと思うといたたまれない気持ちになる。


「レイラ?」


 ラファエルの隣を歩いていたベルナルドがいつもと違うレイラの様子に怪訝な表情をする。


「ベルナルド君、レイラはしばらく機嫌が悪いんだって」


 レイラの少し後ろを歩いてきたレイラの女友達の一人がベルナルドに忠告した。


「へぇ~、珍しいこともあるもんだね。優しくも忠告してくれた君に俺からも忠告を。ラファエルも機嫌が悪いんだ、いつも」


 あはは、いつもはひどいんじゃない?

 いや〜意外と大変なんだぜ?


 ラファエルをだしにしてベルナルドとレイラの友人たちは朗らかな会話を弾ませる。

 いつもなら怒鳴ってくるラファエルが黙りこくっているものだから、ベルナルドとしても心配なわけで。

 レイラにラファエルの相手をしてもらおうと思っていたのに、これでは無理だ。


「ところで、レイラに何があったわけ?」

「それがね、昨日告白の返事を…」

「あ、馬鹿!秘密でしょ! 」


 ベルナルドがさりげなく質問するので思わず言ってしまったようだ。

 慌ててなんでもないから、とベルナルドの気を逸らさせようとするがばっちり聞こえてしまった。


「レイラもやるじゃんって、あ、OKした……わけないよね」

「『断った』の一言だけ。それからずっとあれなの」

「相手がそれほど嫌な奴だったってことじゃない? 」


「……レイラはあいつと付き合っていたのではないのか? 」


 それまで少し離れたところから会話を聞いていたらしいラファエルが突然話に加わってきた。


「何?知ってるのかよ、ラファエル」


 だから機嫌が悪かったのか……そりゃ、そうだよな。

 ベルナルドはこれからラファエルに八つ当たりされるであろう我が身を嘆き、身体を震わせる。

 しかし、彼女たちの反応は違った。


「レイラは誰とも付き合ってないわよ」

「それにあいつって誰? 」

「別の誰かじゃない? 」


 初めて聞いたという顔つきだ。


「栗色の髪の肩まで伸ばした奴だ」


 ラファエルが彼女たちの表情と発言をいぶかしみ、確認の意味を込めて先程の男の容姿を伝える。

 栗色の髪、と聞いて思い当たることがあったらしいマリスティアとかいうシュイの女友達がポンっと手を打った。


「ああ、それ、ルイード!そっか~、最近妙にレイラにご執心だったもんねぇ。振られたんだ、ルイード」

「髪を結んでなかった?」


 ラファエルは思い出したくない記憶からかろうじて男の特徴を思い出す。


「赤い紐で後ろ髪を緩く結んでいた」

「ならやっぱりルイードだ」

「ルイードには無理よね」

「前のコとも長続きしなかったみたいだし」


 マリスティアをはじめ、彼女たちはケラケラと笑っている。


 付き合ってないなら、何故。


 ラファエルの中に疑問が膨らんでいく。

 あれはいわゆる『恋人の痴話げんか』ではなかったのか。


『レイラ、僕が悪かったって、機嫌直せよ』


 告白の返事に行ったというレイラに対して言う言葉ではない。

 最初から聞いていたわけではないのでラファエルには詳しくはわからないが。


 あの視線。


 あの視線は確かに自分を捕らえていた。


 不自然な点が幾つかあることに気付いたラファエルは厳しい顔つきでマリスティアに問いただした。


「知っていることをすべて教えてくれ。そのルイードとかいう奴のこともだ」


 あの時、レイラとあいつの間に何があったかのかは本人たちしか知らない。

 だが俺の勘は告げている。


 あのロン毛男がレイラに何かしたに決まっているだろうがっ!!


 ちくしょう、俺の馬鹿野郎!


 恋は盲目とは言うが、こんな大事なことを見逃してどうする。


 レイラが何かのトラブルに巻き込まれているなら、助けになってあげたい。

 レイラが誰を好きであろうと、誰と付き合おうとかまわない……いや、本当は嫌なのだが。

 ただ、ラファエルはレイラに笑っていてほしいと思う。

 ラファエルは先ほどレイラの友達から聞いた情報を頭の中で整理した。


『この間までユリってコと付き合ってたんだけど、うまくいかなかったみたい』


 ユリという黒髪の女子。

 彼女の話では、付き合い始めは優しかったルイードは日を追うごとに彼女を束縛するようになっていったらしい。

 あれはするな、こんな服は着るな、髪はこうしろ…などと事細かに彼女の生活を支配し始め、赤茶色に染めた髪を短く切った直後にルイードから別れ話を切り出されたとのことだ。

「君じゃない」と一言。


『ユリもあんまりそのことについて話してくれないから詳しくはしらないけど』

『今はユリは休学中だから』

『ルイードもかなり荒れてたみたいだったけど、立ち直ったみたいね』


 レイラは黒髪だ。

 髪を染めて切る前のユリという女子の髪型に似ている。

 ユリとレイラの共通点はそれだけなのか?他に見落としはないのか。


『最近よ、レイラに近づいてきたのは。それまではユリにべったりだったから』


 俺の思い過ごしではない。


 何かがおかしい。


 杞憂であってほしかったが、事実を確認するためにラファエルは『ユリ』に連絡をとることにした。

 もちろん『ルイード』に関しては、ドラクール家の名を使って即急に調べさせることも忘れずに。





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