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「ちくしょうっ、俺は認めないぞ」


「オマエハユメミスギテルー」


「鳥のくせに煩い!」


「キズツイタ、ココロガイタイ、サベツダ」


「俺は今落ち込んでいるというのに、お前はそれもわからんのか 」


「バーカバーカ」


 士官候補生きっての優秀さを誇り、自他共に認める冷静な狙撃手であるはずのラファエル・ドラクールの心中は穏やかではなかった。むしろ感情がだだ漏れになっているラファエルに、士官学校のマスコットである喋る虹鳴鳥(こうめいちょう)のミラクル君が絶妙な合いの手を入れる。その様子は日頃の態度からは考えたられないくらい滑稽であった。


「誰が馬鹿だ、このアホ鳥! 」


「アホトイッタオマエモアホダ」


「なんだとお前、焼き鳥にしてくれる」


「ボウリョクハンタイ、ズラカレ! 」


 捕まえようとするラファエルの手を掻い潜り、虹鳴鳥は「オボエテロー」などと捨て台詞を残して部屋を飛び回っていた。




 ◆   ◆




 それは朝のことだった。

 今日も混み合う食堂で、お年頃の士官候補生たちが噂話に花を咲かせている。


(ふん、くだらない)


 いつもなら鼻で笑って無視を決め込むラファエルであったが、食堂で小耳に挟んだ噂話に思わず聞き耳を立ててしまっていた。なぜならば、その話題がレイラ・チェンバースのことだったからだ。ラファエルは何気ない風を装い、会話が聞こえる席まで移動する。

 ラファエルがさりげなく会話に耳を傾けていると、それはどうやら恋愛話のようで。何でも彼女たちが言うには、レイラは「パーシヴァルのことが好き」なのだと言う。


(ありえない、そんなことはないはずだ……どこをどう見ればレイラがパーシヴァルに恋しているように見えるんだ)


 ラファエルの心の中はテーブルをひっくり返しそうなくらいに一気に激昂した。パーシヴァル・フェアチャイルドは、ラファエルにとって目の上のたんこぶであり好敵手同士である。パーシヴァルはほとんどの科目で首席を取る士官学校きっての優等生。片やラファエルは常に万年次席という間柄なのだ。

 パーシヴァルは大人しい性格だったが意外と負けず嫌いで、ラファエルは隠すことなく負けず嫌いだ。そんな二人が相容れるわけがなく、その仲はどこまでも好敵手だった。というか、とある人物を巡り一方的にラファエルがパーシヴァルを敵視しているだけとも言える。


(この俺から首席の座を掠め取るだけでなく、レイラまで。大体お前には彼女がいるだろう……まさか二股か? 許すまじ、パーシヴァル! )



 いつの間にかラファエルは「レイラがパーシヴァルを好き」から「パーシヴァルがレイラのことを好き」に変換して考えているが、誰もそんなことは言っていない。それでも、レイラが日頃からパーシヴァルと仲良くしていることを思えば焦るわけで。


 何を隠そうラファエルはレイラに惚れていた。


 だが、レイラはそのことを知らない。


 ラファエルは思っていることを素直に口にできる性格ではないので、いきなり告白は無理というものだ。年中誰かを口説きまくっている優男ならいざ知らず、色恋沙汰から程遠い人生を送ってきたラファエルにとって、初恋とも言えるレイラのことをどうすればいいのかわからずお手上げ状態であった。

 とは言っても、決してラファエルがもてなかったわけではない。パーシヴァルと人気を二分するほど、その人気は高い。しかしラファエルは、自分のことを密かに、そしておお真っ平に想っている女子の想いに全く気付いていなかった。告白して彼に冷たい目で一瞥されたら士官学校にいられない、と思う多くのけなげな女子は本人に恋心を告げることはないため、常日頃からツンケンしているように見えるラファエル彼女なんてできるわけがない。

 それに、最大の原因はラファエルにある。その不器用で激情型の性格に加えて、ラファエルの視線はただ一人に注がれていたからだ。


 レイラ・チェンバース


 ラファエルと同い年でトップテンの成績を誇る士官候補生。宵闇色に輝く髪に琥珀色の瞳のレイラに想いを寄せる輩は数知れず。その明るい性格から女子にも人気が高く、激昂している状態のラファエルに話しかけることができる数少ない存在だ。そんなレイラにラファエルは一目惚れをしてしまい、何かと話すようになってからはますます惚れこんでしまったのである。



(それなのに、それなのに何故パーシヴァルなんだっ! )


 苛立つラファエルは、何故俺の想いに気付かないんだとレイラを恨めしく思った。口を開けば怒鳴り散らしているような癇癪男だからだろう、とラファエルと腐れ縁の悪友であるベルナルドから言われたこともある。その時のあきれ顔を思い出し、ラファエルは益々むしゃくしゃした。しかし、わかってはいても、こびりついてしまった性格だから直しようがない。

 まだ何か噂話は続いているようだったが『パーシヴァル』という単語を聞いた所為で、ラファエルの耳にはその声は届いていなかった。不愉快な気分で朝食も取らずに席を立って出て行くラファエルであったが、もう少しこの場所で話を聞いていればそんな思いをせずに済んだかもしれないのだが。

「パーシヴァルめ、覚えてろ」とブツブツと呟きながら不機嫌オーラ全開で廊下を歩くラファエルに、恐れをなした他の士官候補生たちは「今日のラファエルには関わらないでおこう」と決意するのであった。


 途中で同期のベルナルドやユージンに遭遇するも、ラファエルは挨拶代わりの一睨みで素通りする。


「あ~あ、今日は厄日だ」


 とラファエルに一瞥されたベルナルドが肩を落とせば、苦笑したユージンがすかさず言った。


「お前、厄日じゃない日なんてあるのか? 」


 ラファエルとそれなりに仲のよい、というか腐れ縁なベルナルドに降りかかる災難は数知れず。それもほとんどすべてがラファエル絡みという人災である。ユージンと仲良くなってからはその負担が半減したものの、一番被害を被るのはベルナルドであった。


「レイラにも助けてもらおうぜ」


「ラファエルはレイラに甘いからな」とユージンはしみじみとこぼす。さすがは腐れ縁の同期ともなれば、ラファエルがレイラにどのような感情を抱いているかお見通しである。ベルナルドとユージンは無言で頷き合うと、今日一日を穏便に過ごすためにレイラの協力を仰ぐことにした。




◆   ◆

 



「ラファエルの機嫌が朝からものすごく悪くて何とかして欲しいんだ……レイラ、頼む」


 涙目のベルナルドとユージンの要請を受け、レイラは今日の講義や訓練の間中ラファエルとペアを組んで過ごした。

 効果は抜群。

 ラファエルの眉間に寄っていた皺もとれ、いたって普通の状態に戻っているように見える。

 レイラはさほどラファエルの不機嫌なオーラを感じとれなかったのだが、ラファエルの態度がどことなくぎこちなく感じた。それも一瞬のことで、ラファエルは気分よく今日の日程をこなし終えたようだ。ベルナルドが危惧していたパーシヴァルとの衝突もなく、ラファエルに八つ当たりされることもなかった。

 レイラは実技の後片付けをしながら別の場所で同じく後片付けをしているラファエルをこっそり観察する。最初はベルナルドたちの気のせいではと思ったが、ラファエルは感情をうまく隠しているだけかもしれない。ラファエルから感じとった一瞬の違和感にレイラは思案する。


(もしかしたら……)


 何か思いついたのか、レイラはやや乱雑に資機材を片付け始めた。




 ◆   ◆




 夕食後の自由時間帯。

 これから就寝までそれぞれが思い思いの時間を過ごす時。ラファエルはレイラが貸してもらってきた士官学校のマスコットである虹鳴鳥の『ミラクル君』を預かっていた。「何で俺が」とは思ったものの、レイラの頼みだし、レイラ本人が誰かに呼び出されてしばらくいないので仕方がない。無意味に喋るこの憎たらしい派手な鳥のどこがいいのか、ラファエルには全く理解できなかった。

「パーシヴァルってすごいね」と言っていたレイラは本当に嬉しそうだった。何を隠そうこの虹鳴鳥はパーシヴァルにものすごく懐いている。喋り始めたのもパーシヴァルが根気強く言葉を教えたお蔭であった。

 せっかく戻ったラファエルの機嫌も今は急降下しており、はっきり言って最悪である。



 くそっ、くそっ!


 噂は本当なのか?


 そんなこと、俺は……。


 極彩色のど派手な虹鳴鳥に八つ当たりを試みるラファエルであったが、投げつけられた枕を易々とかわした虹鳴鳥は「ヘタクソ」と一言返した。

 好き勝手バタバタと飛び回る虹鳴鳥を見ていると、鳥相手に八つ当たりしている自分が情けなくなってくる。

 しかし士官学校はどうしてこんな間抜け面の鳥をマスコットにしたのか。

 もう少しマシなやつ……そう、たとえば犬だとか猫だとかの方が普通に考えてよくないか?

 パーシヴァルが言葉を教えたという話だが、暴言しか話せない鳥などどこがいいというのか。

 パーシヴァルが遥か昔に七姉妹の月で繁栄した文明の言葉をどうして知っているのか疑問だが、仮にも士官学校のマスコットに教える言葉にしてはいささか無粋ではないか。


 機会があればパーシヴァルに指摘してやるか。


 はっ、何故俺がそんなことをしてやらなければならないんだ…。


 ラファエル・ドラクール。

 こう見えても結構情に厚く面倒見がいいことを人はあまり知らない。


「ハラヘッタ、メシ、ハラヘッタ」

「馬鹿の一つ覚えみたいに腹減ったと煩いぞっ!悔しかったら、他の言葉をしゃべってみろっ!」

「オトナニナレヨ、ショウネン」

「何を…生意気な」


 結構いいコンビになりそうなラファエルと虹鳴鳥であった。









 ラファエルが虹鳴鳥相手に百面相を披露している頃、虹鳴鳥を預けた張本人は困った立場にあった。

「こういうの、困るんだけどなぁ」

 その手には一通の手紙が握られている。

 先ほど呼び出されて行ってみると、そわそわと落ち着きのない男子がいたのだ。

 レイラが声をかけると手紙を突き出し「返事は明日に!」と言いつつそそくさと立ち去ってしまった。

 レイラさんへと書かれたその手紙。

 士官学校に入校してから幾度となく受け取ってしまったラブレターであることは間違いない。


 憂鬱だ。


 またしても「ごめんなさい。貴方の気持ちには応えられないの。好きな人いるから」と言わなければならない。

 今までいい関係を築いてきた男子だっただけに、これからのことを思うとため息が出てくる。


 また気まずくなっちゃうよ…。


 とぼとぼと自室に戻ろうと廊下を歩いていたレイラはあることを思い出して立ち止まった。


 あ、そういえばラファエルにミラクル君を預けていたんだっけ?


 ラファエルの機嫌が朝から悪く、ベルナルドとユージンから「助けて~」と頼まれたのでパーシヴァルから癒し系マスコットの虹鳴鳥のミラクル君を借りていたのだ。

 自分絡みのものでラファエルが癒されるとは思えないとパーシヴァルは言っていたが、虹鳴鳥はかわいいし話しかけると返事もしてくれるのでラファエルに預かってもらう形で置いてきたのだが。


 仲良くなってるかな?


 手紙のことはひとまず忘れて、ラファエルの様子を見に行くレイラであった。










「ラファエル…レイラだけど」


『ちょっと待ってろ。……おいっ、大人しくしろっ!!』


 部屋の中からギャアギャアという声が聞こえてくる。

 虹鳴鳥はご満悦のようだ。

 プシュっとエアの抜ける音がしてドアが開く。

 部屋の中ではラファエルが必死な顔をして虹鳴鳥を両手で掴んでいた。

 ラファエルの手の中で虹鳴鳥はもがいているようにも見えるのだが…。


「パーシヴァルの奴はこいつに何を教えたんだっ?!勝手に鍵を開けて外に出るとは、躾がなってない!!」


 ラファエルの手から飛び出した虹鳴鳥が「レイラ~」と言いながらレイラの手の中に飛んで来て納まった。

 ラファエルの髪がボサボサになっているのは虹鳴鳥がつついたのだろう。

 レイラはラファエルの惨状を見て眉尻を下げる。


「ラファエル大丈夫?ミラクル君、ラファエルにごめんなさいは?ほら、ごめんなさい」


 虹鳴鳥は不満そうに羽をぱたぱたさせると大人しくなってしまった。


「ふん、育てた奴にそっくりだな。まったく、こんなもののどこがいいんだ?」


 ラファエルは乱れた髪を撫でつけると肩に付いた羽根を払った。


「癒されない?」


「癒されるかっ、余計に疲れるっ!!」


 どうやらラファエルと虹鳴鳥の相性は悪いようだ。

 これは失敗か。


「ごめんね、ラファエル。ミラクル君、ラファエルに優しくしてあげてよ」


 ラファエルが疲れるならミラクル君には撤収してもらわなくちゃね……と考えながら、レイラは大人しくなった虹鳴鳥をラファエルの机に移した。


「で、ラファエル。今日はなんで朝から機嫌が悪かったの?」


 虹鳴鳥でラファエルに癒しを作戦が失敗に終わったので、レイラは単刀直入に聞いてみた。



 言えるわけないだろっ!



 ラファエルは心の中で叫んだが、むろん言葉に出すわけにはいかない。なんとか適当な理由をつけてごまかす。


「虫の居所が悪かっただけだ」


 適当すぎる子供じみた理由である。


「ラファエル…そんなに若い頃から眉間に皺を寄せていると、取れなくなっちゃうよ?」


 ついついラファエルの額に指を伸ばして皺をさするレイラにラファエルは心なしか顔を赤く染める。

 他の人にはこんなことさせる訳がないのだが、レイラにならされるがままになっているラファエルは借りてきた猫のように大人しい。


「ミラクル君~、失敗だね。ラファエルの眉間の皺を増やしちゃった」


 残念そうに呟くレイラにラファエルははっとした。



 なんだ、そういうことか。


 レイラは俺を心配してくれていたのか。



「心配をかけてすまない」 


「悩み事があるんなら、相談に乗りますよ?」


 レイラは優しく微笑んでいる。

 ラファエルがレイラを好きになった理由の一つがこれだ。

 本当に親身になって相手のことを考えてくれるから。それをうざったいと思う人もいるだろうが、ラファエルにはそれが嬉しかった。

 口先だけの言葉じゃないレイラの言葉はラファエルの心をほんわり暖かくしてくれるのだ。


「悩むのはお釈迦様だけなんだそうだ。俺たち人間は『悩む』んじゃなくて『迷う』というらしい」


「おっ、物知り博士!!お釈迦様って東洋の宗教だったよね。ふ~ん、確かにそうかもね…迷いかぁ~」


 そう言われてみれば、先ほど貰った手紙に対する返事……つまり付き合うか断るか、迷う。


「別に迷いはないんだけどねぇ。決まっちゃってるし」


「何が決まってるんだ?」


 思わず口に出してしまったらしい。

 怪訝そうな顔をするラファエルに今度はレイラが適当にごまかす。


「女の子の秘密のお話」


 にっこり笑って断言されると、ラファエルにはもう何もいえない。


「迷っていてどっちかにしないといけないなら、悔いのないほうを選ばないとね」


 机の上で毛づくろいをしていた虹鳴鳥を腕にとまらせると、レイラはピシっと敬礼をした。


「それでは、おやすみなさいであります!!」


 ラファエルもレイラに付き合って敬礼を返す。


「うむ、明日も早いぞ。迷わず就寝!!」


 どちらからともなく笑い崩れるラファエルとレイラ。

 声を出して笑うラファエルは珍しいのだが、レイラと2人きりの時はこうやって馬鹿げたことに付き合ってくれるし笑ってくれる。


「また明日ね。ミラクル君も挨拶は?」


「ラファエル、オマエハアホダ」


「鳥!!お前はもう少しまともな語彙を増やせ…レイラ、おやすみ」


 虹鳴鳥が自分の名前を覚えていることに少し驚いたがラファエルはいつものように憎まれ口をたたく。

 そんなラファエルにレイラはくすくすと笑いながらラファエルの部屋を後にした。

 レイラの背中を見送りながらラファエルはフッと真面目な顔になる。



 迷い…か。


 告白するか、このままでいるか。


 もし、断られたら?


 簡単なようで難しい。



 ラファエルとしては、もう少しこのままでいたいと願わずにはいられなかった。







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