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03. 脱・お姫様宣言

 一.


 光子こうこは、いつもと違う寝心地で目が覚めた。何だか、妙に体中が痛い。

 頭がすっかり覚醒すると、自分の置かれた状況に驚愕した。

 ごわごわした感触……パジャマに着替えずに眠ったままの所為だ。染みのついた小汚い天井……ここは、由貴(よしたか)の住むアパート。

 で、自分が枕にしていたのは……由貴の腕。

 至近距離で彼の顔を見るのは小学生の時以来だった。仰向けで寝息を立てながら爆睡している義理叔父に、ぬいぐるみを抱く様に首に抱きついて寝ていた状況に気付くと、羞恥のあまり思わず「ひぇ」と声が漏れた。

「んぁ……?」と由貴が目を覚ます。恥ずかしさに耐えかねて、光子は飛び起きて寝床から離れようとした。

 その時、由貴の腕が伸びて来て、そのまま光子を抱きしめた。

「一緒に住む、って、そーいう事じゃん?」

 と意地悪く笑いながら、顔を近づけて来る由貴を、思わず光子は思い切り引っ叩いてしまった。いってぇ、と頬を撫でる由貴は、いつもの叔父に戻っていた。

「やっぱガキだなぁ。いい反応するわ」

 由貴は笑いながらそう言って起き上がると、Tシャツの裾から手を入れて、腹をぼりぼりと掻きながらシャワーに向かった。

 赤面したまま無言で正座し続ける光子に振り返ると、

「あんま親父さんに心配かけんなよ。世の中には、こーいう“叔父さん”みたいな悪い奴もいるんだから」

 と言って、扉を閉めた。

「……七つしか違わない癖に……叔父さん面しないでよ……」

 と呟く光子の声は、シャワーの水音で掻き消された。




 二.


「お前、今日は月曜日だぞ。ガッコはどうすんだ?」

 スーパーで買い物をしながら由貴が光子に聞いた。

「春休みだもん。当分は家出少女しとくんだ」

 と、並ぶ食材を珍しそうに覗き込みながら光子が答えた。それに、もし学校があってももう完全遅刻だよ、と笑って由貴に向き直ると、嬉しそうに腕を組んで来た。

「今日は由貴もお休みでしょ? どっか、遊びに行こうよっ」

 と誘うお嬢様に、由貴はおでこをデコピンして、仏頂面で説教した。

「お前な、親父さんに何て言って家を出て来たんだ? 今日中に自炊の基本を教えとくから、俺が仕事の日に餓えない程度の修行しとけ!」

 甘いな、と呆れる由貴と、冷たいな、と落ち込む光子は、すれ違った気持ちのまま、スーパーを出て帰路に向かった。

 由貴は、日頃の帰宅時間が深夜の零時を過ぎる事が多い。休日にまとめて掃除洗濯をするので、今日が丁度まとめて教えるのに都合のいい日だった。

 光子に自分なりの一日のルーティンを教えて行った。適当に、掃除。光子がそれをしている間に洗濯物を洗濯機に放り込む。

 初めて作る料理は、簡単にチャーハンから。

「オムライスの方がいい」

「デミソースじゃないの?」

 と文句ばかり言う光子に、少し苛付いて一喝する。

「じゃあ、てめぇで稼いで食材買って来いや」

 給料日前、自分の稼ぎ、お前のスキル考えたら、そんな手のかかるもの作れる訳ないでしょ、という由貴の言葉に、光子は何も言い返せなかった。我侭を自覚した途端、光子は恥ずかしいやら情けないやら、みるみる目に涙が溜まって来た。

「……ゴメンナサイ……」

 半べそになる光子に今度は由貴が動揺する。

 どうも、コイツの泣き顔は苦手だ、と由貴は疲労を感じる。出会った時からそうだった。泣き顔がこんなに似合わない子はいない、と思う位、笑顔が馴染んでいる砂糖菓子みたいな子だった。この顔を泣き顔にした奴は問答無用で親父から半殺しの目に遭う、と思って来た。

 泣かせちゃいけない

 由貴には、いつもそういった強迫観念が働いていた。それは今でも変わらない様だ。

「泣く事じゃないだろ、いちいち教える度に泣かれたら話が進まん」

 と、昔からそうして来た様に両手で目に溜まった涙を乱暴に拭き取ってやると、ほっとした様に光子の顔に笑顔が戻った。

「ん、ごめんなさい。ありがと」

 光子は、両の頬を自分の両手で「ぱんぱん!」と叩いて気合を入れると、

「よっし! 頑張るぞ! 先生! 宜しくお願いします!!」

 と元気よくフライパンを振りかざした。

 光子は、料理がことのほか気に入った様だった。

 “作る”事が好きらしい。初めてにしては、なかなか器用で上手な仕上がりのチャーハンが出来た。女の子らしいな、と由貴が感心したのは、ただ単純に盛り付けようとしたら「勿体無い!」と、茶碗やスプーンを使って、上手にデザインして盛り付けている事だった。

 光子は満面の笑みを浮かべて「私って、もしかして名人?!」とはしゃぎながら完食していた。

 光子には紅茶、自分は珈琲を淹れて、食後のお茶を飲んでいる時、光子は由貴に聞いてみた。

「由貴は、いろんな事ってどうやって覚えたの?」

 そうだな、と、ぽつりぽつりと自分の生い立ちを由貴は話した。

 冴子や由貴が、生きていく為には何でもして来た事、飯が食える事のありがたさを痛感する様々な出来事、大人の理不尽に振り回されて荒れた時期の事、光子の父親の存在に救われた事……。

 光子は、聞き終える頃には、涙を拭く事も忘れて、由貴の顔を見つめて真剣に聞き入っていた。

「そうだったんだ……。私、冴子さんが家に来た時って、まだ小学生だったから、あんまりよく知らなかったんだ、冴子さんや由貴の事って。そんな今までがあったなんて……」

 全く、家のお姫サマは泣き虫だな、と苦笑しながら、ティッシュを光子に放り投げた。光子は鼻を「ぶびーっ!」とかむと、ぽつりと呟いた。

「私、由貴がすぐ“お姫サマ”って呼ぶの、とっても嫌だったの。でも、そう呼ばれても仕方が無い位、私、とても人任せが当たり前の生活だったのね。甘えて、頼って、自分が何にも出来ない事も気がついてなくって、今もこうして由貴や冴子さんに迷惑掛けて……」

 一抹の寂しさを感じながらも、由貴は安堵も感じていた。元々は素直で優しい娘だ、これで父親の所に帰る気になってくれるだろう、と。

 じゃあ、そろそろ送ってやるよ、というと、光子から意外な答えが返って来た。

「私、もう暫くだけいさせてくれる? パパを見返すって意味じゃなくて、自分の為に、パパに認めてもらいたい……」

 甘える相手をパパから由貴に替えただけじゃあ、意味がないの、せめて由貴に認めて貰える程度には自分の事が出来る様になりたいの、といつになく真剣な眼差しで懇願する光子の態度に、頑として突っぱね自宅へ送り返すだけの気迫のない自分に自分で苛立つ由貴だった。


「だから何で俺は断れないんだよ……」

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