私が勇者を無力化した日(笑)
前作『わたしが女王様になった日(笑)』を読まないとわけがわからないと思います。
おじ様とは呼べない、おじさんとも違う、おっさんたちが、微妙に若返ったように思う。
それはわたしがここでの生活に慣れ始めて(三日くらい経ったかな)、魔王にクロという名前を付けた(髪の毛が黒いから)後、クロの成長の合間にふと視線を向けると危なかった毛根が復活してたりだとかベタついてた髪がサラサラし始めたりだとかお腹周りから贅肉が消えて細身になっていたりだとか肌から毛穴が少なくなったりだとか。
けど、日によって若返り具合はまちまちで、イケメンやったー!と喜んだ次の瞬間にはメタボおっさんに戻っていたりする。
まあ、とりあえずそれは置いておく。
おっさんの姿を知っているわたしは、今さらちょっと若返ったからって扱いを変えるつもりはないし。
大分見た目が変わってきたからって、また油断したらおっさんに戻るんだと思うと……万が一愛とか囁かれても笑ってしまう気がするし。
「ラウディ」
「はいぃ! 何でしょうかユイ様」
「勇者はいつ来るんですか?」
現在進行形でわたしの周りをうろちょろしているおっさん……ラウディを呼び止めて聞くと、ラウディは若干残念そうに口を開いた。
比較的どんどん若返ってるラウディ。おっさんと呼べなくなる日も近いかもしれない。
ちなみに魔王は魔王でとんでもない速さで成長してる、かと思えば縮んだりもする。
「恐らく後二、三……」
微かに笑みが浮かべられる口元──この前、あまりにもうろちょろしてくるのに苛立って足蹴にしたのが悪かったらしい。
何かを企んでいる顔だった。
「ユイ様! 勇者が乗り込んで来ただよ!」
「ま、魔王様とわ、私どもは避難してよよよろしいんでしょうかねぇ……?」
ラウディを睨み付ける。
何かお仕置き目当てでこういうことしてくるから嫌だ。
ウットリとしないでよ!ピンチなんじゃないわけ?
「二、三分だったわけですね」
「ユイ様どうぞ私を踏んでください」
「踏みません。あ、カルロさんとデイゼルさんはどうぞわたしを魔王様の身代わりにして男のくせにさっさと逃げて……構いませんよ?」
「「ウワァァアン」」
半泣きで走り去る二人。
言葉の端々に毒を含まなきゃやってられない。
あ、ちなみに訛り?が薄毛のカルロさんで、吃りが下腹が危ないデイゼルさんだ。
「ラウディはギリギリまで盾になってくれるんですよね?」
カルロさんとデイゼルさんも盾にしたいところだけど、そうすると万が一のときにクロが気を許せる人がいなくなるから、きちんと逃げてもらうことにする。
だけど、ラウディは別にもし消滅しても根性でどうにかなりそうな気がするから引き留めた。
別に恋とかじゃない。断じて恋じゃない。
「ひぃい! 私など何のお役にも立てませんよ」
「わたしの盾になれるんだから喜びなさい」
あ。
また、何かを間違えた。
「は、はいっ!」
頬を赤くするラウディ……うん、間違えた。
こうしてわたしは人間としての何かを失っていくんだろうなぁ。
魔王用の椅子に座ったまま感傷に浸っていると、不意に扉が乱暴に開かれた。
「無法千万な魔物の王! 覚悟しろ! 私の聖剣が貴様らを貫き無に還す!」
「ウザい」
扉を開いた風圧に靡くサラッサラの金髪。
正義に燃えるアイスブルーの瞳。
確かに美青年だったことは、認める。
ラウディ、はともかくカルロにデイゼル──おっさんに慣れた目の保養にはなる。彼が黙ってたらね。
イラッとしたわたしは、無意識に椅子の横にあるサイドテーブルの上にあったワイングラスを勇者に投げ付けていた。
届かないかな、と思ったそれは、勇者の頭に命中する。
「あぁッ!」
「あーっ何でですかユイ様私には一度もそんなこと……」
「ラウディ煩い」
羨ましそうに勇者を見つめるラウディ。
もう聖剣で斬られればいいと思う。
「な、なな何をするんだ貴様は」
「聖剣、落としてますよ。勇者のくせにビビってるんですね。そんな様子で魔王を倒すとか……ふっ」
美青年の慌てふためく様は面白い。
……なんてね。この場にそぐわない感情であることは承知している。
「ラウディ」
「はい! 勇者が聖剣を離すように仕向けるなんて、さすがは女王様です!」
床に落ちた聖剣は神々しい光を失った。
それを這いつくばって回収するラウディに軽蔑の眼差しを向ける……クネクネし始めただけだった。
「じょお……魔王じゃないのかっ!?」
「ラウディは黙っていてください。勇者、これで貴方はただのビビりな人間ですね」
ひとしきりクネクネしたラウディは気が済んだのかわたしのところに聖剣を持ってきた。
持ち上げると、意外と重い。
「ビビり……っ、光は失えどそれは聖剣。その刃先が少しでも触れれば私の勝ちだ!」
「──ああ、わたしは人間なので聖剣に触れても消えません、が、痛いのは嫌なので聖剣を取り上げさせていただきました」
悔しげに唇を噛み締める勇者。
けど、まだ機会を窺っているだろうか、微動だにしない。
「殺すなら殺せ! 魔王が人間だということには驚いたが、私とて勇者。いつでも死ぬ覚悟はしている」
「……馬鹿ですか」
命を粗末にしたがる勇者に、溜め息が漏れる。
「侮辱する気かっ」
アイスブルーの瞳が鋭く光る。
ただ、剣も持っていない勇者に恐怖は感じなかった。
「死ぬ覚悟があるなら、わたしを改心させてみるとかそういう覚悟をしたらどうです?」
ま、わたしは魔王じゃないんだけど。
「改、心……」
「ユイ様の一番の下僕の座は譲りませんよ!」
「ラウディ! 黙りなさい」
ちょいちょい邪魔されて、シリアスに浸れない。
普通に考えて魔王と勇者のやり取りに下僕、とかいう単語はおかしいでしょ!?
「い、一番は私だと言わせて見せる!」
「フッ、年老いていくだけの人間ごときがユイ様の一番になるだなんて片腹痛いんですよ!」
ラウディは言った。
うん、肝心なことを忘れてるよね。
わたしも人間だし。
シリアスな空気は微塵も残っていない。
勇者も勇者で最初の目的を忘れているように見える。
そんな中、更に雰囲気をぶち壊すような声がした。
「あぁあ! 駄目ですだよ魔王様ぁああそっちは」
「ゆい、ここー?」
勇者が開け放った扉から顔を覗かせたクロ。
……また成長してない?歩いてるよ?喋ってるよ?
「ま、魔王、だと!?」
「ギャアア! まだ勇者生きてるだよぉお!」
「カルロさん逃げるならクロを連れて行ってくださいっ!」
「ゆーいー?」
「魔王が赤子、だと……!?」
何というカオス。
──こうしてわたしは勇者の無力化に成功したのだった。
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