やらかした男爵令嬢に振り回された婚約者は私です。
クラウディア・ラルク公爵令嬢が王立学園の卒業パーティで、エリオス王太子殿下に婚約破棄を突き付けられていた。
「クラウディア。そなたは私の可愛いアリィーネを虐めた。そんな非道な女は婚約破棄をしてやる」
「承知致しました」
その様子を一生徒に紛れて見ていたのは、カイル・ファウル男爵令息である。
ちょっと待った。アリィーネ・ラド男爵令嬢って自分の婚約者じゃなかったか?
アリィーネに声をかけても避けられていたから、婚約者の交流とやらもろくにしていないけど。
何でアリィーネがエリオス王太子にしがみついて震えているんだ?
震えるような女じゃないぞ。
アリィーネと婚約を結んだのは一年前、互いに17歳の時である。
ラド男爵家に両親と共に挨拶に行った時に、ラド男爵夫妻と共に現れたアリィーネ。
あからさまに、カイルを見て不機嫌になったのだ。
一言も話さず、ラド男爵に促されても黙ったままだった。
金の髪がふわふわの可愛らしい容姿のアリィーネ。
それに比べて自分は冴えない黒髪碧眼で、背も高くなく、人に紛れたら解らなくなる位の存在感の無さ。
次男なのでアリィーネの家に婿入りしなくてはならない。
だから挨拶も兼ねて来たのに。
肝心のアリィーネは一言も話さず、帰り際に、
「こんな冴えない男がお婿さん?嫌だわ。あああ、何もかも嫌。私は贅沢をしたい。貧乏は嫌なの」
そう言って、部屋に籠ってしまった。
この婚約は無しにしてもらえないだろうか。と言いたかった。
だが、ファウル男爵家は貧乏だ。商売がうまくいかず、貧乏男爵家だ。
ラド男爵と父ファウル男爵は仲が良く、何かと相談に乗ってくれていた。
そんな家だからこそ、利もない婚約を結び、次男のカイルを婿に迎えてくれると言ってくれたのだ。
貧乏男爵家次男の自分に次はない。
婿入りしないと平民になってしまう。
ぐっと耐えるしかないと思った。
婿に入る身としてラド男爵家に訪問しても、アリィーネは留守ばかりでちょっと落ち込んだ。
ラド男爵夫妻に会って世間話をしたり、男爵から仕事を教わったりして過ごした。
婚約者の交流なんて一切ない。
しかし、本人が留守でも色々とやることがある。
ラド男爵は、
「すまないね。娘は今は嫌がっているだけだ。そのうちに貴族の家の娘として納得する日が来る。それまで我慢してくれないか」
「承知しました。私は次男で、こちらの男爵家に婿に来なければ平民になってしまいます。よろしくお願いします」
ラド男爵は良い人だ。
カイルにとてもよくしてくれる。
しかし、いつ会いに行っても、アリィーネは留守で、訪問する予定をあらかじめ伝えてあるから、逃げるように出かけてしまうのだろう。
貴族なら誰しも行く王立学園。
そこでアリィーネを見かける事がある。
クラスが違うのだが、せっかく婚約者だ。
アリィーネに話しかけようとするのだが、
アリィーネは何故か、エリオス王太子殿下とその取り巻き達と共にいる姿を見かけるようになった。
さすがにエリオス王太子殿下と共にいるアリィーネに声をかけることは出来ない。
廊下を楽しそうに話をしながら歩いていくアリィーネとエリオス王太子殿下達。
遠くから自分はその姿を見つめるしかなかった。
アリィーネと交流しないと、
彼女に手紙を書く事にした。
アリィーネ嬢。婚約者になったカイル・ファウルです。
貴方の事が知りたい。
どうか、貴方の事を教えて下さいませんか?
手紙を書いてラド男爵家に行った時に、男爵に手渡した。
「アリィーネ嬢と私は交流したいのです。婚約者ですし、いずれは夫婦になるのですから」
ラド男爵は、
「もっともだ。私からこの手紙を渡し、注意しておこう」
「有難うございます」
手紙は渡ったのか、アリィーネの態度はまるで変わらなくて。
そういえば、もうすぐアリィーネの誕生日だな。
あのふわふわの金の髪に似合いそうな髪飾りを贈ろうか。
しかし、貧乏男爵家。髪飾りを買うのもあまり高い物を買えない。
母に頼んで、お金を貰い、髪飾りを買った。
小さな紫の星が二つついた銀色の髪飾り。
可愛らしいアリィーネに似合うだろう。
箱に入れて、ラド男爵家に行き、男爵にアリィーネに渡してくれと頼んだ。
ラド男爵は、
「すまないねぇ。誕生日プレゼント、渡しておこう」
「有難うございます」
しかし、プレゼントを渡しても礼を言ってくるでもなし。
王立学園で見かけた時に、密かにあの髪飾りをつけてくれたらいいなと思ったけれども、アリィーネは全くつけている様子も無く、
とある日、アリィーネがつけていたのは、豪華な桃色の宝石が沢山ついている、それはもう高そうな髪飾りだった。
自分のあげた髪飾りがまるで玩具に見えるほどに。
どうもエリオス王太子のプレゼントらしい。
エリオス王太子って婚約者がいなかったか?
確かクラウディア・ラルク公爵令嬢。
銀の髪のそれはもうプライドが高そうな令嬢だ。
いつも取り巻き達と共に中心になって廊下を歩いている姿を見かけた事がある。
いやこれって、ラルク公爵家を怒らせることにはならないか?
なんとかしなければと思っていたけれども時間が過ぎるだけでどうする事も出来ない。
そして、卒業する季節が来て、卒業パーティで事件が起きてしまったのだ。
エリオス王太子殿下がクラウディア・ラルク公爵令嬢に、
「クラウディア。そなたは私の可愛いアリィーネを虐めた。そんな非道な女は婚約破棄をしてやる」
「承知致しました」
平然と答えるクラウディア。
扇を手に微笑んで、
「わたくし、虐めた覚えは無くてよ。婚約破棄承りました。それでは失礼致しますわ。お父様に報告しないといけませんので」
銀のドレスを着たクラウディアは、完璧なカーテシーを決めて、堂々と会場を出て行った。
慌ててカイルはクラウディアの後を追いかけた。
「クラウディア様。申し訳ございません」
「貴方は誰?わたくし、貴方の事を知らないわ。それに、わたくしの名を呼ぶことを許してはおりません」
「失礼しました。私はカイル・ファウルと申します。アリィーネ・ラド男爵令嬢の婚約者です。私の婚約者が大変失礼な事を」
「そうね。大変失礼な事をしでかしてくれたわ。ラド男爵家、ただではおかない。わたくしに恥をかかせたのですもの。あの女も……」
「どうかどうかお許し下さい。ラド男爵夫妻はとても良い方々です。アリィーネには注意致しますので」
「わたくしに虐められたと言ったわ。虐められたと。わたくしに冤罪を被せたのよ。公爵家の娘のわたくしに」
「ラド男爵に知らせて、謝罪に伺わせます。ですから……どうかどうか」
「では謝罪にラルク公爵家にいらっしゃい。そこで話を聞きましょう」
「有難うございます」
急ぎ、ラド男爵家に行き、卒業パーティであった事件をラド男爵夫妻に報告した。
ラド男爵は、天を仰いで、
「ラド男爵家が終わった……ラルク公爵家に潰されるだろう。娘が冤罪を?あああ、どうしたらいい?どうしたら」
ラド男爵夫人は、
「だからあの子を引き取るのは嫌だったのよ。あの子は貴方が浮気をして作った子でしょう」
「ああ、それはそうだが。だって自分の血を分けた娘を放ってはおけないじゃないか」
「あの娘のせいで、ラド男爵家は終わろうとしているのよ」
アリィーネが帰って来たのか、部屋に飛び込んできて、
「お父様、お義母様。私、王太子妃になれるの。エリオス王太子殿下が私と婚約を結んでくれるって。嬉しい。喜んでよ。うんと贅沢が出来るのよ」
そして虫けらを見るような目でカイルを見て、
「カイル。来ていたんだ。貴方との婚約は無しだわ。だって私、王太子妃に、いずれは王妃様になれるのよ。貴方なんて用無しだわ。さっさと出て行って頂戴」
ラド男爵はアリィーネに、
「お前、何をやらかした?クラウディア様にどんな無礼を働いたんだ?」
「え?クラウディア様?ああ、あの人、私を虐めるってエリオス様に言ったの。そうしたらエリオス様が私の事を可哀想だって。婚約破棄をしてくれたのよ。そして私を新しい婚約者にだって。だって私は可愛らしいし、私みたいな可愛らしい女性が王国の王妃様になったら民は皆、幸せだと思うの。私は笑顔で幸せを振りまくのよ。お父様、お義母様。王妃様の実家として有名になれるわね。そうだ。王妃様の実家が男爵家じゃみっともないわ。エリオス様に頼んで、爵位を上げてもらわなくっちゃ」
カイルはなんてことを言っているんだ?この女はと思った。
ラルク公爵家が泥を塗られたまま、黙っているとは思えない。
どうしてそれが解らない?
ラド男爵は、
「おめでとう。王立学園を卒業してお前は大人になったな。ああ、そうだ。皆で、ワインで乾杯しよう」
アリィーネは嬉しそうに、
「ワインで乾杯?いいわねぇ。今度、エリオス様を連れてくるわね。あ、カイル、貴方は早く消えて。帰って欲しいの。他人だから」
ラド男爵夫人が、アリィーネの背後に回って、背中にナイフを突き立てた。
アリィーネは振り向いて、
「痛いっーーー何をするのっ?」
そのまま床に倒れて、男爵夫人を見上げる。
ラド男爵夫人は、ラド男爵に向かって、
「毒入りワインを飲ませるつもりだったのでしょう。この女は私の手で。私の手で終わらせるわ」
「嫌よ。痛いっ。死にたくないっ」
カイルに向かって、手を伸ばすアリィーネ。
「助けて。カイルっーー。お願いだから」
カイルは首を振って、
「私は君にとって他人だから、君との婚約は無くなったから、口出しできない」
「そんなぁーーーっ。お父様ぁ。助けて。王妃様になれるのよ」
ラド男爵はため息をついて、
「愚かな娘だ。王妃様になれる訳なかろう。今頃はエリオス殿下は王太子を下ろされているだろうよ。ラルク公爵家を怒らせることは国王陛下も望まないはずだ」
しかしラド男爵はアリィーネに突き立てられたナイフを抜き、血を止めながら、
「医者を。傷は深くない。手当を」
ラド男爵夫人は、
「貴方、どうして?この娘の死体をラルク公爵家に差し出さないと謝罪にならないわ」
ラド男爵は悲しそうに、
「愚かな娘だが、それでも私の血を分けた娘だ。こうなるまで放っておいたのは私の責任だ。爵位を返上しよう。ラルク公爵家に謝罪をしよう。お前は実家に帰ってもいい」
ラド男爵夫人は、
「帰れるはずないじゃない。私は貴方に一生ついていくと誓ってここにいるのですから」
アリィーネは医者に見せて命はとりとめた。
ラド男爵と、ファウル男爵、そしてカイルの三人は、ラルク公爵家に行き、謝罪した。
ラド男爵は、
「爵位を返上し、平民になろうと思っております。娘は二度と目にふれぬように致しますのでどうかお許しを」
頭を下げた。
対応したラルク公爵夫妻と、クラウディア。
ラルク公爵は、
「爵位を返上せずとも良い。ラド男爵家とは良き交流をしたいと思っておりましてな。これからもよろしくお願い致しますぞ」
「有難うございます」
ラド男爵は頭を下げた。
父ファウル男爵も頭を下げる。
友であるラド男爵が心配で着いてきた父。
安堵していることであろう。
クラウディアがカイルに向かって、
「庭で貴方と二人きりで話したいわ」
カイルはどきりとした。
父が行って来いと言ってくれたので、二人で庭に出る。
「貴方、わたくしの護衛騎士にならない?」
「私は身体も小さいですし……」
「貴方の事を調べたのよ。剣技の授業では良い成績を収めているわ。」
「祖父に習っていたので」
「だったらわたくしの護衛騎士になって頂戴。婿入りがなくなったのなら、貴方、平民になるのでしょう」
いい話だと思った。
「承知致しました。どうかよろしくお願い致します」
クラウディアの護衛騎士の一人になった。
アリィーネは修道院へ送られた。
大人しく修道女として過ごしているとの事。
もう関係ない遠い昔の婚約者アリィーネ。
彼女が自分がやらかした事を反省して過ごしていると信じる事にした。
エリオス王太子は、ラルク公爵令嬢に冤罪を被せて婚約破棄をしたとして、王太子の位を下ろされた。
彼は金髪碧眼の美男だったので、屑の美男が大好きな変…辺境騎士団に攫われたらしい。
クラウディアの傍で護衛騎士の一人として仕えるカイル。
クラウディア様は美しい。
そして気高い。
彼女に仕える事に幸せを感じる。
近くで仕える程、クラウディアに惹かれていく。
特別な思いを胸の内に持っているけれども、それは決して叶わぬ恋。
彼女は公爵令嬢、自分は貧乏男爵家の次男。
身分が違い過ぎる。
それでも構わない。
こうして拾って貰えたのだから。
クラウディアが馬車から顔を出して、
「カイル。付き合って頂戴。ドレスを作りたいの」
「ドレスですか?」
「ええ、色を悩んでいるのよ。仕立てたいから一緒に見て欲しいわ」
こちらの想いを知ってか知らずか、クラウディアはカイルをからかってくる。
ドレスを一緒に見て欲しいだなんて、それは恋人に頼む事ではないのか。
夢ならこのままずっと……
覚めなければいい。
今日も、幸せを胸にクラウディアの馬車の横で馬を走らせ、仕立て屋に向かうカイルであった。




