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しあわせのうた

掲載日:2026/05/06

「なんで私だけがこんな最低な」

 私は息を吐いた。

 ゴミまみれのアパート、机に突っ伏している。

 卓上には食べ捨てられたカップ麺。

『みんな』

 まただ。さいきん、幻聴が聴こえるようになった

「ダメなんだよな」

 ひとり、つぶやいた。


           ◇


「なんかさ」

 マックの店内。テーブル席。

 私はいった。

「なんかさ」

 もう一度。

「なんだよ」

 目の前にいた、友人の希土氷織(きどひおり)が苦笑混じりに。

「なんかこう、満た──」

 視界がぶれる。

「みた、ミタ、満たされないんだよね」

 そうだ。高校は中退した。だが、私、雨宮優里(あめみやゆうり)という女には学もない、頭も悪い。だが、世の中稼ぎ、食っていかねばならない。とは言ってもだ。売春などもってのほか。そもそも、自分の身体は貧相だし、タバコを吸っているせいで口臭もする。

 仕事は、誰にでも出来る配達業。とは言っても、その働きぶりはよろしくないらしい。私本人は俗に言う<クズ>みたいで、自分のことは<まだ手遅れじゃない>と思っているし。

 以前、ウーパーイーツでは配達中に腹が減り、つい<魔>がさして寿司をつまみ食いし客に怒られ、親方にクビにされ、アマゾソの配達では中の機っ、高い機械を壊してしまい、客に<また君か>と呆れられる始末だ。

 生意気なガキにはパンチ。生意気な女にもパンチ。

 強そうなやつには──土下座だぜベイベー。

 そんなふうにその場しのぎで好き勝手生きてきて、もう二十一だ。

 将来が不安になる。

「また洗濯して……」

 独りごちると、

「どうしたんだよ」

 希土が顔を上げる。

『なんでも』

 幻聴。

「小指、短いんだよね」

 銭の形をさせた手を見せる。希土は<はぁ?>と言った顔をしているが。

「毎日働いて」

 私は、希土を鋭く見た。こいつはまだ大学生。気楽なものだ。

「働いて」

 その目。

「働いて、働いて、じっと手を見る。働いて──」

 タバコを取り出そうとするが、既に切らしていた。憂さ晴らしするように、くしゃりと丸める。

「タバコ切らすしさ」

 コーヒーのカップを持つ。

「働いて──」

 飲む。私はげっ、と眉を顰め、

「ここのコーヒーまずいしさ」

 卓上にべっ、と吐き捨てた。周りの人の目。希土が苦虫を噛み潰したような表情をする。気にしない。

「いやでもさぁ」

 丁字路に自分がいる。幻覚か?

「はた、はた、はた……働いて──」

 また視界が歪む。

「働いて」

 今度は遊園地。希土と観覧車に乗っている。

「じっと手を見ると」

 私は、自分の手を見る。

「小指短いんだよね」

 銭の形にした。

『なんで』

 幻聴。

「彼氏もいないしさ」

「車もないだろ」

 希土に突っ込まれる。

「いや、でもさぁ……」

 言い訳を続けた。


 外。

 タバコの自販機。

 年齢確認をし、小銭を入れてボタンを押す。

「お、お、押せば、タバコ買えるし」

 ハイライトの箱が落ちてきた。


           ◇


 家の部屋。安物のテレビ。

「テレビ、毎日、まいにちやってるし」

 だが、希土は、

「つまんないよねー」

「え?」

「ドキュメンタリーも、深アニも」

「あぁ、ばかかよ」

 歪む。

『しあわせは』

 幻聴だ。うるさい。

「ほら」

 希土がぽん、と手を叩く。

「でも刈谷(かりや)だって、刈谷だって小指短いだろ」

「でも、ギター上手い」

「そうだったな」

 配達先で知り合った女のことだ。どういう巡り合わせか、希土の友人らしい。今じゃ、こいつも友人なのだが……。

 蛇口。手をかける。

「捻ればぁ、ひねればぁ」

 回す。

「世の中楽しいこと」

 希土が何か言っている。無視する。

「水、みず、ミズ出るし」

 蛇口からの水。流れる音。排水口に吸い込まれていく。空虚だ。

「楽しいこといっぱいあるぜー」

 希土の熱弁。聞こえない。

 希土は立ち上がり、窓を開ける。

「見ろよ青い空!」

「AVジョユーか?」

「違ぇよ」

 笑われた。


「キーボードってやつ?」

 私は、目の前のキーボードを叩く。音が出る。

「働いてはたらいて。ハタライテ──」

 いつまで続くのか、この苛立ちと不安。


           ◇


「最初はAだ」

 刈谷だ。アコースティックギターを持ち立つ。この女は私と違って、ミュージシャンになるという希望に満ち溢れている。

「しあわせのうたを」

 ジャン、と弦を弾く音。

「今」

 希土も続けた。

「そしてDだ」

 刈谷は弾いたまま、

「きみにうたってあげるよ」

「だろー? だろー?」

 希土が、ニヤケつつ。やめてくれ。

「で、しあわせに」

「~~~っ!」

 突如、脳裏に思い浮かぶ。

『しあ』

 俯く。

『わせの』

 ああ、そうか、やっとわかった。

『うたを』

 あの幻聴は。歪みは。

 コイツらが、私に──。

『きみにうたってあげるよ」

 リンクした。現実だ。泣くな。私は、もう大人なんだ。

 アコギの音色がアップテンポになる。

「しあわせのうたを ふたりのために」

「お年寄りには席をゆずろう!」

 希土の謎の合いの手。

「ぷっ」

 思わず笑いがこぼれた。

「しあわせのうたを 雨の日も 風の日も」

 ジャァン、とリズムの速度が上がる。ふたりの声が重なる。

「しあわせのうたを みんなのために」

 夜。こいつらが演奏している姿が見える。

「僕ら毎日働いてつら~い」

 なんか……。

「マックのコーヒーまずくてつら~い」

 なんか、わたし。

「彼氏に振られ雨に振られ……」

 刈谷の歌声に、

「つらァァァァァイッッッ!!!」

 私も叫んでいた。

 刈谷も希土も笑い、速度を上げる。

「とにかく何でもかんでも つら~い」

 花畑。

「だけど~~~~ォッ」

 サビだ。盛り上がる。

「泣いてばかりいたって しあわせはこないから 思い通りにいって──」


           ◇


 私は、道路のど真ん中を歩いていた。

「渋滞がどうしたっ!」

 車が渋滞し硬直状態が続いている、その真ん中をずかずか歩く。

 満員電車。朝早くから乗り、周りのスーツのリーマン達に叫ぶ。

「毎日通勤ご苦労さまでーすっ!」

 渋滞した道路。

「道路公団も確かに悪いがっ! みんな頑張れっ!」

 満員電車。

「ラッシュでも頑張れっ! 家族のために頑張れっ!」

 脳裏に、ギターのエッジの聴いた音。

『しあわせのうたを』

 なんか、

『きみにうたってあげるよ』

「上場企業に行きたいかーっ!」

 ものすごく。

『しあわせのうたを』

「出世して成り上がりたいかーっ!」

 そんな。

『雨の日も 風の日も』

 きもち。

『しあわせのうたを』

 空を見上げた。

『みんなのために』

 花畑。

『みんなのために』

 もう、ふたりの姿は見えない。

『みんなの』


 ブー、というノイズ。

 街中。交差点。

 人通りの多い街を、叫びながら歩く。

「みんな頑張れっー! つらくても頑張れーっ!」

 とにかく。

「ひとりでも頑張れーっ! 痛くても頑張れーっ!」

 あれだ。

「寒くても頑張れーっ! 悔しくても頑張れーっ!」

 みんな。

「歯を食いしばれーっ! 頑張れーっ! 頑張れェェェっ!」

 かんばれ。


           ◇


 気付けば、高いビルの屋上にいた。

 高所から街中の景色を一望できる。風が気持ちいい。

「あっ」

 気づく。振り向く。

 いた。ふたり。希土と、刈谷。

 息を吸う。

 ジャン、と弦の音。

『ために』

 幻聴じゃない。

 そのまま二度、三度。ピックが弦を弾く音。

 音の度に、脳内に色んな景色が見える。

「なんか」

 街中。日差し。遊園地。花畑。公園。吐いたまずいコーヒー。花畑。交差点。花畑。

「わたし」

 目の前のふたりが、焦った顔をしている。

 こっちに走ってくる。なんでだろう?

 強風が身体を切る。少し強いかな。

「しあわせだ」

 私は笑った。

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