第4章:プレッシャーだらけの街歩き
休日。
空は晴れ。
宿題なし。
グループ課題なし。
ディマスの怖い顔なし。
イスナの鋭い視線なし。
アレアの謎なし。
……ないはずなのに。
(なんで全部思い出してるんだ、俺)
「とにかく今日は平和だ!」
そう呟きながら、僕は街の中心部へ向かった。
目的は一つ。
本の山に囲まれて心を落ち着かせること――
正確に言えば、セール品を漁ること。
辿り着いたのは、街で有名な老舗書店グラメダラ。
ヘリコプターみたいなロゴなのに、なぜか青緑色。
中に入った瞬間、新しい紙の匂いが鼻をくすぐる。
――天国か。
通路を一つ、また一つと歩いていると、
一冊の本が目に入った。
『3ページで分かる世界の秘密』
……短すぎない?
でも効率良すぎない?
(もしかして、人生の答えがここに……)
そう思って手を伸ばした、その時。
背後から、低い声。
「その本で世界が分かると思う?
世界は、あなた自身すら説明できないのに」
反射的に振り向く。
そこにいたのは――ナヤラ。
整ったショートヘア、無表情。
でも口元に浮かぶ薄い皮肉な笑み。
……なぜか、
小学生が間違えて大学の講義に入った気分になる。
「ナ、ナヤラ?
いつから後ろに……」
「あなたが“賢そう”に本棚の前で立ち尽くしてた頃から。
どうせ買わないくせに」
……心に刺さる。
「ただ……見てただけで」
「うん。よく分かる。
だって、まだビニールすら剥がしてない」
図星だった。
言葉が出ない。
――なぜ休日が、全国模試みたいな緊張感に?
その時。
隣の通路から、もう一人現れた。
アレア。
長い髪を一つに結び、黒いマスク。
まるでアニメの急に出てくるフィラー回のキャラ。
「二人も来てたんだ」
短い一言。
「え、あ、うん……
世界についての本を……探してて……」
動揺がまだ抜けない。
アレアは同じ本棚を見つめながら言った。
「世界は、読むものじゃない。
黙って、見るもの」
……いつから書店が哲学討論会になった?
こうして、
なぜか僕たちは三人で歩くことになった。
気まずい?
もちろん。
でも、一人で歩いて
“未完のグループ課題のカルマ”に追われるよりはマシだ。
「まずは小説コーナーに行こう」
アレアが言う。
「私は心理学」
ナヤラが言う。
「俺は……
どっち行けば……」
迷っていると――
頭上を何かが飛んだ。
「うおい! どいて!
まだドローン安定してない!」
見上げると、ドローン。
そして操縦しているのは――リオ。
クラスメイトで、
常にケーブルとノートPCを持ち歩き、
時々プリンターにWi-Fiを生やす男。
技術オタク。
そして、今日の新たな騒音源。
「なんで書店でドローン飛ばしてんだよ、リオ!!」
「テストだよ!
360度カメラ!
割引価格見た人の顔を撮りたくて!」
――ガシャーン!!
ドローンは児童書コーナーの棚に激突。
恐竜の塗り絵とユニコーンのシールの間で沈黙。
「……あ……
それ、試作機……」
初めての子を失った父親みたいな顔。
……平和とは。
(今日は絶対、穏やかな日になるはずだった)
今の状況:
・クセ強めの二人の女子
・充電器から核兵器を作れそうな男子
詰んでいる。
読書用の椅子に座り、僕は頭を抱えた。
「今日、平和だったはずなのに……」
ナヤラが隣に座り、
分厚い本を開く。
『現代哲学と不安』
「すごくストレス溜まってる顔してる」
「実際、溜まってる」
「ドローンが壊れただけでしょ。
まだ、心が割引本みたいに踏みにじられたのは見てない」
……言い方。
でも彼女は小さく笑い、本を閉じた。
「大丈夫。
あなただけじゃない。
世界も、あなたがなぜそうなのか分かってない」
そこへ、
アレアがボディランゲージの本を持って現れる。
マスク越しの、深い視線。
「座り方で分かる。
あなたたち、互いの存在を拒絶してる」
……分析やめてほしい。
(休日なのに、
異世界ディベートクラブに捕まった気分だ)
「……コーヒー、行かない?」
僕は提案した。
「いい。議論に喉が渇いた」
ナヤラ。
「私は社会観察に」
アレア。
――拒否権はなかった。
書店の片隅のカフェ。
ラテを飲みながら、
僕は自分がポストモダン心理小説のモブになった気がしていた。
「どんなジャンルが好き?」
ナヤラが聞く。
「俺?
ラブコメ。
でも最近、人生そのものが素材みたい」
ナヤラは口角を上げる。
「私はミステリー。
でも最近、一番の謎は……身近にある」
「アレアとか?」
僕が言う。
「あなたもね」
即答。
……言葉が詰まる。
その瞬間。
「ドローン2号! 発進準備!」
またリオ。
「やめろ! ここはカフェだ!!」
――ブーン……ガン!!
遅かった。
ドローン、
吊り下げ照明に激突。
ライト、揺れる。
客全員、こちらを見る。
僕たちは三人、
なぜか笑顔でやり過ごす。
「……逃げた方がいい」
ナヤラが囁く。
「電球代、請求される前に」
「賛成」
外に出る。
夕方の空。
斜めに傾く太陽。
人通りは多い。
でも――
心は、なぜか重い。
「人生で一番、
プレッシャーだらけの休日だ……」
「でも、一番楽しい」
ナヤラが言った。
横顔を見る。
彼女は前を向いたまま。
……顔が熱くなる。
刺さる言い方なのに、
どこか温かい。
近い。
後ろから、アレア。
相変わらず本とマスク。
「今日の観察は十分。
結論が出た」
「なに?」
僕は聞く。
「あなたは、すごくストレスを感じやすい。
でも、すごく笑いやすい」
「変。でも、面白い」
……褒められたのか?
分からない。
ただ一つ分かるのは――
今日は変だった。
でもきっと、
これはもっと変な日々の始まりだ。
なぜか――
それを、少し楽しみにしている自分がいた。




