第3章 不条理のジレンマ
「明日は演劇の授業で講堂を使います。
だから、みんなで講堂の掃除を手伝ってくださいね!」
ハナ先生のその一言は、一見すると普通だった。
――だが、その破壊力は災害警報レベル。
クラスは一瞬で騒然。
値切ろうとする者、
そして残りは……戦場に送られる兵士のような目で前を見つめ、運命を受け入れていた。
うちの学校の講堂は、ただの講堂じゃない。
広さは飛行機の格納庫並み。
中身は?
ホコリ、クモの巣、そして謎。
「昔、セリフを忘れた劇団員の幽霊を見た」
「次元の狭間に消えたらしい」
そんな噂もある。
……たぶん、現実から目を逸らすための都市伝説だ。
要するに――明日の朝、掃除確定。
翌朝
サンディこと僕は、講堂の前で棒立ちになっていた。
右手にほうき。
左手には……ベルが鳴る前に消え去ったやる気。
「ここ、講堂? それとも砂漠?」
ホコリの雲を見ながら呟く。
クラスで最も異常な四人が、すでにスタンバイしていた。
リノ:エネルギー飲料を三袋キメたかのようなテンション
ゲンタ:常にスピーカー持参。不要でもワイヤレスマイク装備
アディット:即席カメラマン。すべてをドラマチックに撮る
ベベン:検閲ゼロの実況担当。口が止まらない
「兄弟! 歴史ある講堂を掃除するぞ!
古代の遺物が見つかるかもな!」
「応援用BGMいくぞ!
『忍者修行ソング&人生試験サウンドトラック』!」
ナルト×ダンドゥットの地獄ミックスが鳴り響く。
「YouTube用サムネ作った!
タイトルは――
『呪われた学校の講堂を掃除したら大変なことに!!』」
「キャッチコピー:実話!ヤラセなし!」
ベベンがテレビ司会者みたいに続ける。
……なんで僕の人生、いつもこうなるんだ。
その騒ぎの中、ディマスが腕を組んで立っていた。
表情は、給料未払いの鬼教授。
「イスナ、右側担当。
手を抜くな」
入ったばかりのイスナがビクッとする。
「まだ入ったばかりなんだけど……」
ディマスは振り返らず、奥へ歩いていく。
厳格。無愛想。
そして――なぜか、イスナにだけ異様に厳しい。
(なんであんなにキツいんだ?
私怨でもあるのか?)
ふと見ると、ナヤラが舞台脇でその様子を観察していた。
まるで名探偵。
目が合う。
言葉はない。
でも考えてることは同じ。
――ディマス、ツンデレじゃない?
口元が緩む。
ナヤラも、わずかに笑った。
会話はない。
でもこの日、僕らは同じレベルの“バカな考察”を共有した。
そこへ――
現れたのは、ナラ。
NASAの研究所から直送されたかのような、
ハイテク掃除セットを抱えて。
「効率的清掃のため、
特殊洗浄液、コードレスミニ掃除機、
そして紫外線ホコリ検知ライトを持参した」
淡々と。
リノが目を見開く。
「それ……自動モップ!?」
「こちらが作業チェックリスト。
清掃は三角スパイラル方式で行う」
「三角スパイラルって何だよ!!」
ゲンタが叫ぶ。
「風向きと角度を考慮した清掃戦略」
……普通に言うな。
五分後。
講堂の四分の一が、すでにピカピカ。
ディマス、絶句。
イスナ、モップを杖にして寄りかかる。
「……私たち、
掃除ドラマのエキストラだよね」
ベベンが言う。
「このペースなら、俺たち早期引退だな」
突然、ゲンタが舞台に上がった。
「ようこそ!
不条理清掃ドラマへ!
本日の演目――
『乾いたモップに宿る愛!!』」
モップを掲げる。
まるで泥から引き抜かれたエクスカリバー。
なぜか舞台照明が点灯。
モップを取り合って隣に立つ、ディマスとイスナ。
「俺の愛は……
消えないホコリのように強い!」
「でも私は……
安物のモップ……あなたに届かない……」
僕は小さく拍手した。
「神レベルの不条理演劇だ」
アディットはすでにカメラ構え。
「回してる!
ゲンタ、もっと絶望感出して!」
リノ:「俺、落ちる役やる!」
「マジで落ちるなよ――」
ドン!!
遅かった。
リノ、バケツ直撃。
ずぶ濡れ。
落選した昼ドラ俳優みたいだ。
その瞬間。
バンッ!!
扉が開く。
ハナ先生登場。
怒気が、怪しいお香のように漂う。
「これは何ですか!?
講堂がサーカスになっているんですけど!?
冗談の舞台だと思ってるんですか!」
「えーと……
はい」
ベベンが素直に答える。
「全員、罰です!!」
終末のラッパみたいな声。
「もう一度、徹底的に掃除!
そしてそこの五人のカーニバル人間!
舞台、機材、
そして――人生の礼儀を整えなさい!」
「人生の礼儀って何?」
リノが囁く。
「比喩表現だと思う」
僕が答える。
ディマスは相変わらず直立。
イスナは小さく笑っている。
そして僕とナヤラは――
目を合わせて、静かに笑った。
その日、僕たちは学んだ。
講堂は、不条理劇場になり得ること。
ディマスは、かなりツンデレの可能性が高いこと。
そして――
掃除は、
十分に狂っているか、
もっと狂った仲間がいれば、
テレビ番組になるということを。




