魔導補給廠の調整席
第1章|着任と違和感
王国内には、いくつもの魔導補給廠がある。各地の工廠へ魔導素子を安定して供給するための、裏方の組織だ。
魔導会議の査察が入り、いくつかの部署が整理された。カリスのいた小さな部署も、例外ではなかった。
数合わせのように空いた席に座らされたのが、この補給廠の調整席だった。
管理室には十人ほどの事務官が端末の前に座っていた。カリスは机に座っても、仕事の輪郭がつかめない。帳簿、交換予定、稼働持続率の報告。数字は整っているのに、どこか落ち着かない。
統括官リュバンは忙しそうだった。端末を叩き、魔導素子の稼働データを追い、短い指示を飛ばす。
不機嫌なのは分かるが、理由は分からない。
マルティナだけが、淡々と仕事を回していた。予定を少し動かし、配置を替え、誰にも説明しない。それで何も起きない。
カリスはミスをした。小さな確認漏れ。大事には至らなかったが、胸が冷える。
「次から気をつけます」
リュバンは一瞥すると何も言わなかった。それが、余計に怖かった。
魔導通信管が鳴る。交換頻度の相談だった。判断に迷う。
——まだ大丈夫。
——大丈夫なはず。
「もう大丈夫です」
そう言ってしまった瞬間、自分でも分かった。全然、大丈夫じゃない。
第2章|静かな爆弾
「来月はもう、私はここにいないから」
業務連絡のように、マルティナが言った。
カリスが聞き返そうとする前に、リュバンが口を挟む。
「マルティナちょっといいか、魔導流整合値だが、、、」
そう言って、マルティナを連れて行った。
言葉だけが、取り残される。魔導通信管が鳴る。反射的に応答するが、自分が何を言っているのか分からない。
数字を追う。確認する。書類を回す。
不安で、同じところを何度も見る。リュバンの苛立ちが、空気に混じる。
「カリス、大丈夫?」
マルティナが声をかけてきた。
「すみません」
反射的に、そう答えた。
「あなたは本来、できる人よ」
マルティナの静かだが、強い確信に満ちた声だった。
「もしできないなら、それはあなたの責任じゃない」
「あなたをここに座らせた人の責任」
「できない時はこう思いなさい」
カリスは、何も言えなかった。
その日の終わり、執務室の奥から声が聞こえた。
「……私は、二度とやらない」
誰に向けた言葉かは、分からない。
でも、その声ははっきりしていた。
数日後、マルティナはいなくなった。
第3章|不在と変化
引き継ぎは最低限だった。書類は整い、予定も数字も問題ない。
それでも、空白ははっきりしていた。カリスは同じ席に座り続けた。落ち着かないまま。ミスは続いた。判断が遅れ、確認に時間がかかる。
変わったのは、空気だった。
リュバンはカリスを急かさなくなった。判断を投げず、怒鳴らず、
「なぜそう思った」と聞くようになった。
カリスはまだ、迷う。まだ、失敗する。
けれど、
「放り出されている」という感覚だけは、確かに消えていた。
「どこで詰まった」
「理由は」
「……やれ」
短い言葉が、積み重なる。
ある日、魔導素子の交換順で迷った。帳簿上は問題ない。だが、現場の疲弊が見える。
「一日、前倒ししてもいいですか」
声が震えた。
リュバンは画面を見て、少し考えた。
「……やってみろ」
何も起きなかった。事故も、トラブルも。
その夜、カリスは気づく。
マルティナは、私を無理に押したんじゃない。
誰かが無理に押すやり方を、止めたんだ。
不安は残る。自信も十分じゃない。
それでも、席を立たなかった。
魔導補給廠の調整席で、今日もまた、何も起きなかった一日を積み重ねていく。




