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魔導補給廠の調整席

作者: 風早
掲載日:2025/12/23

第1章|着任と違和感


王国内には、いくつもの魔導補給廠がある。各地の工廠へ魔導素子を安定して供給するための、裏方の組織だ。


魔導会議の査察が入り、いくつかの部署が整理された。カリスのいた小さな部署も、例外ではなかった。

数合わせのように空いた席に座らされたのが、この補給廠の調整席だった。


管理室には十人ほどの事務官が端末の前に座っていた。カリスは机に座っても、仕事の輪郭がつかめない。帳簿、交換予定、稼働持続率の報告。数字は整っているのに、どこか落ち着かない。


統括官リュバンは忙しそうだった。端末を叩き、魔導素子の稼働データを追い、短い指示を飛ばす。


不機嫌なのは分かるが、理由は分からない。


マルティナだけが、淡々と仕事を回していた。予定を少し動かし、配置を替え、誰にも説明しない。それで何も起きない。


カリスはミスをした。小さな確認漏れ。大事には至らなかったが、胸が冷える。


「次から気をつけます」


リュバンは一瞥すると何も言わなかった。それが、余計に怖かった。


魔導通信管が鳴る。交換頻度の相談だった。判断に迷う。


——まだ大丈夫。


——大丈夫なはず。


「もう大丈夫です」


そう言ってしまった瞬間、自分でも分かった。全然、大丈夫じゃない。



第2章|静かな爆弾


「来月はもう、私はここにいないから」


業務連絡のように、マルティナが言った。


カリスが聞き返そうとする前に、リュバンが口を挟む。


「マルティナちょっといいか、魔導流整合値だが、、、」


そう言って、マルティナを連れて行った。


言葉だけが、取り残される。魔導通信管が鳴る。反射的に応答するが、自分が何を言っているのか分からない。


数字を追う。確認する。書類を回す。


不安で、同じところを何度も見る。リュバンの苛立ちが、空気に混じる。


「カリス、大丈夫?」


マルティナが声をかけてきた。


「すみません」


反射的に、そう答えた。


「あなたは本来、できる人よ」


マルティナの静かだが、強い確信に満ちた声だった。


「もしできないなら、それはあなたの責任じゃない」

「あなたをここに座らせた人の責任」

「できない時はこう思いなさい」


カリスは、何も言えなかった。


その日の終わり、執務室の奥から声が聞こえた。


「……私は、二度とやらない」


誰に向けた言葉かは、分からない。


でも、その声ははっきりしていた。


数日後、マルティナはいなくなった。



第3章|不在と変化


引き継ぎは最低限だった。書類は整い、予定も数字も問題ない。


それでも、空白ははっきりしていた。カリスは同じ席に座り続けた。落ち着かないまま。ミスは続いた。判断が遅れ、確認に時間がかかる。


変わったのは、空気だった。


リュバンはカリスを急かさなくなった。判断を投げず、怒鳴らず、


「なぜそう思った」と聞くようになった。


カリスはまだ、迷う。まだ、失敗する。


けれど、


「放り出されている」という感覚だけは、確かに消えていた。


「どこで詰まった」

「理由は」

「……やれ」


短い言葉が、積み重なる。


ある日、魔導素子の交換順で迷った。帳簿上は問題ない。だが、現場の疲弊が見える。


「一日、前倒ししてもいいですか」


声が震えた。


リュバンは画面を見て、少し考えた。


「……やってみろ」


何も起きなかった。事故も、トラブルも。


その夜、カリスは気づく。


マルティナは、私を無理に押したんじゃない。


誰かが無理に押すやり方を、止めたんだ。


不安は残る。自信も十分じゃない。


それでも、席を立たなかった。


魔導補給廠の調整席で、今日もまた、何も起きなかった一日を積み重ねていく。

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