長過ぎる旅の終わり
「もぉー!!はーやく起きなさいよ!!いつまで寝てんのよ!!」
大地を揺るがす怒号が鳴り響く。アイツが来た。
「今日は村長様に呼び出されてるんだから、さっさと準備なさいよ」
緋色の三つ編みのお下げを二つ揺らし、万年ショートパンツの少女が、うちのボロ扉を蹴破り、果敢に侵入して来た。
「リン、そのドア直すの誰だと思ってんだよ。俺だよ、俺。それに年頃の男の子だ、見ろ、朝から立派なおテント様だ。今からこのおテント様を鎮めるためにぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛…!!」
俺のおテント様を力いっぱい握る。握るというには生易しく、今にも引きちぎらんとする凄まじい怒りを感じた。
「……これでいいのかしら?」
リンはさらに手に力を込める。
「いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!ごめんなさい、本当にごめんなさい!!調子こきました、マジで離してえやぁぁぁぁぁ!!」
俺は全毛穴を開け涎を垂らしながら許しを求めた。
リンは少し赤くなった顔で俺を睨みつける。
リンの谷間がシャツからチラチラ見えるが、今回ばかりは興奮も何も無く、ただただ命乞いである。
「次やったら普通に殺すから」
ゴキブリを見るかのような目で見下ろされる。
「ひんっ」
敗北を味わった俺は、股間を押さえながらベッドから芋虫のように這い出る。
「準備出来たら集会所に来なさい、皆待ってるわ」
フンッと鼻を鳴らし、扉を乱暴に閉める。
「はぁ…やっと出て行ったか、あのゴリラ」
スコンッ。頬から一筋の血が流れる。恐る恐る音の方へ視線を映すと、果物ナイフが壁に深々と刺さっていた。
ドアの向こうには、瞳孔が開いたリンがこちらに向かって何か言っている。「ころすぞ」声は聞こえないが、確かに口はそう動いていた。
「アッ…」
ちょっと漏らした。
深々と土下座をし、リンが去った後、下着と部屋着を着替え、家を出ようとドアに手を掛けると、「おっ…おぇっ…おぉぉえっ!…っぺ…おぉぉぇっ!」
いつもの事だ。兄貴が二日酔いで吐いている。俺は冷ややかな気持ちでドアを開け、外に出た。
村で一番栄えている、憩いの場であり酒場でもある集会所に、村人全員が集まっていた。
「ウォッホン、皆、集まったようじゃな。集まってもらったのは他でもない、このケルト村から『成人礼の旅』に出るものが二人おる。二人にはラス・アスクに向い世の知識に触れ、世界を見、聞き、交わし、村の立派な先駆者となる事を願う。」
村人全員が知っていることだが、改めて村長は仰々しく伝える。
「……あのジジイ、いつもあんな話し方じゃねぇじゃん。この間、採れた野菜おすそ分けしに行った時、『お〜マジ?ありがとね〜、あ、ちょお前これ持ってけよ、チーちゃん(嫁)が作りすぎたデービーの香草焼き、ハイパー美味いから、マジでぶっちぎってっから』って、若いとかそう言う言葉で片付けられないほどのヤングだよ。」
俺の言葉に周りがジロリと睨むと同時に、後頭部に脳天を突き抜ける鈍痛が襲った。
「なんであんたは空気も読めないし、そういう事を言っちゃうのよ!村長だってこういう時は威厳ある年寄りをしたいのよ、分かりなさいよ!!」
集会所に響き渡るリンの声。反響して自分に返ってくる。
ハッとして村長に視線を戻す。
「なんか…そっちで盛り上がってるし…もうそっちでやって…ワシもういい…」
曲げた腰を伸ばし、後ろに組んだ手をポケットに入れ村長が呟いた。
「いや!違うんです!申し訳ありません!村長様!!……え!?何今の喋り方!ちょっとあんたも謝りなさい!!あんたは靴を舐めてこい!!!」
リンは俺の首根っこを掴み、お立ち台へぶん投げる。
ズシャ、と音が鳴り響き、俺は集まった村人達からは「罵声」を浴びせられる中、村長は激しく拗ねていた。
「もうさ…謝るとかじゃないんよ…もう無理じゃん。ワシが…俺が積み上げた威厳ある村長、今お前が全部潰したもん。この間のなんかアレじゃん、仲良くなったってか、割と友達みたいな気持ちが出来たから、一歩踏み込もうと思って俺わざとラフに喋ったんだけど?マジでそんな感じで来るなら、こんな関係築こうとしなかったし、マジでわかって欲しかった。いや、お前なら分かると思ったもん。ほんと全部崩れた」
九十七歳とは思えないほど泣きじゃくる村長に、俺は若干引きながらも、外野達の野次は増す一方で、こりゃいかんと思った俺は立ち上がり、村長の肩を掴んだ。
「村長、いや……ビックさん、俺はあんたのこととっくに友達……家族だと思ってた。だから、見栄やプライドは捨てて欲しかったんだ。こんな小さな村だろ、皆肩組んで家族として生きていこうぜ。俺は旅に出て、一回り大きくなって帰ってくるからよ。」
村長の震える肩を離し、村人達へ向き直る。
「皆、知ってると思うが、俺は幼馴染のリンと成人礼の旅に出る。俺たちを育ててくれた小さな村だ、必ず立派な大人として、英雄として帰ってくるよ。そして必ず……」
そうだ…俺は皆に伝えなければならない両親は俺が産まれてすぐに「こいつ俺より老けてそう」と一言を吐き捨てケルト村の入口にまだ赤ん坊の俺と幼い兄貴を捨てた、この村の皆が育ててくれたんだ。この村の皆が俺たちに全部教えてくれたんだ。風も水も木も心も全部全部教えてくれた。勇気、希望、光をこの村に俺は残したい。恩返しをしたい。
気付けば涙が溢れてしまっていた。まだ何も始まっていないのに、村への感謝が溢れてしまったのだ。こんな姿をリンに見られては恥ずかしくて旅など行けない。
リンへ視線をやると、やれやれと言わんばかりに微笑んで見守ってくれている。
拳を握りしめ、涙を拭った。
「帰ってきたら俺はケルト村に、ゼルガイア一のストリップ劇場を建てて見せる。だからみんな……しばらく……さよならだ……!」
固く握った拳を天高く突き上げる。それと同時に野次を飛ばしていた村人達からぽつりぽつりと拍手が生まれ、やがて男性達の怒号のような大きな歓声へと変わっていった。
女性達は無表情でじっとりとこちらを見ている。きっと涙を我慢しているのだろう。村長もまた、涙を流し俺の手を握る。
「ん?そういやリンが居ないなぁ、トイレか?」
次第に拍手と歓声は消え、集会所は静けさに覆われた。
「どうしたんだよ皆、もっと盛り上がれあ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」
突然体が宙に浮き、腰と抑えられた首に激痛が走る。
「タワーブリッジ」
リンは無表情で、歓声を上げた村の男達を一人一人順番に見ながら、俺の腰を折る。
「逃げろ……皆……に……げ……ろぉぉぉぉぉ……」
事切れた俺は、おじいちゃんの痰のようにその辺に捨てられた。
「ケルト村の皆、安心して。ユーヒはアタシがゼロから作り直してきます。そして私達が帰ってきた時は、沢山のお土産とお話、異文化の技術や知識で村を発展させて見せるわ!」
女性陣からの温かい拍手と、男達のリンへの手のひら返しの熱烈な拍手で会場は満たされた。
昼食を済ませ、痛む腰を擦りながら村から少し離れた協会に来ていた。
「そこに座んな。今から二人の職業を調べるよ。」
村長の奥さんチーランに促されるまま古びた椅子に座る。目の前には割れた鏡が置いてあった。
「ここはいつまで経ってもボロいのな、んで俺ら何すりゃいいんだよ、チーちゃん」
「引きずり回すぞ、ガキこら。そう呼んで良いのはダーリンだけだよ。顔面ボコボコにしてションベンかけんぞ」
眼帯の奥にえげつない殺意を宿すチーランに、俺は少し漏らした。リンもチーランから漏れる殺気の恐怖に震える手で俺の太ももを千切らんばかりの力で抓る。
「この猿が軽口が過ぎました。すみませんチーラン様、私達の職業診断をお願いします。」
古い椅子に腰を深く掛ける。
「そうさね。人には敬意を払って言葉を選ぶべきだ。ユーヒ、お前リンに常識とやらを教えてもらいな。リン、手を出しな」
表情を緩め、チーランは左手を差し出し、その上にリンの右手を重ねる。
「鏡を見てご覧。何が見える」
鏡には草原の葉が激しくなびき、時に猛々しく岩が砕ける、強く美しい映像が流れる。目を丸くし、鼓動が高鳴るリンは「綺麗……」と言葉を漏らす。
「……やっぱり思った通りだ。リン、お前はワタシと同じ武術家、いわゆるモンクだ」
「アタシが……チーラン様と同じモンク……!」
リンよ、意外だと感じているのはお前だけだ。物心ついた時からお前の身のこなしは見てきたが、モンク以外考えられん。俺をサンドバッグにしてレベルを稼いでいたとまで感じる。
どうやらこの職業診断は、鏡に職業にちなんだ映像が映し出されるらしい。
「さて、次は俺だぜ」
ここで一つの疑問が過ぎる。
「…なぁ……もし気に入らない職業が映し出されても、別の職業になる事は出来るのか?」
チーランは目線だけ俺に向け、脚を組み直す。
「そういう奴もいる。ただね、茨の道になるよ。適正から外れた職業を鍛えるには、適正より十倍以上の時間や経験を要する。リンが魔術を覚えようとしても、時間と労力をかけた挙句、大した術はものに出来ないってことだね。」
チーランはタバコをふかし始める。
「じゃあさ!チーランが出会った中で一番強ぇと思った職業は何だったんだ?」
大きく煙を吐くチーラン。
「たった三十年前の話さ。ガラク山に住まう支配のドラゴン、ゼノン・ボラスとその弟ザーギンの時代戦争を納めた冒険者が白と黒と言う職業だった。」
リンと顔を合わせ、はてなが浮かぶ。想像も付かない職業でピンと来ない。
「その人が二体のドラゴンを止めたのですよね?いったいどんな力があったのですか……?」
葉巻の火を消し、思い出すかのように話す。
「あのドラゴンを制し、封印したんだ。デタラメな力だよ。簡単に言うと、全ての職業の良い所取りだね。手をかざすだけで物を吹き飛ばすことも引き寄せることも出来る。聖歌を口ずさみながら踏み込んだ地面は抉れ、放つ斬撃に切れないものはなく、魔法は聖も邪も使えた。そして白と黒と言われる由来、力を反転させる能力」
想像以上の能力、と言うより反則の能力に圧倒されて出る言葉も無い二人に、チーランは続ける。
「反転とは、逆、逆さまって意味さ。自分が投げたナイフが自分に向かって飛んでくる。前に走っていたのに後ろに進む。右は左、左は右。数千年生きたドラゴン達の利き手や染み付いた物を逆にする。方法は知らないが、デタラメなやり方で二体とも封印しちまったのさ。ボラスはガラク山に、ザーギンは自分の体に閉じ込めた。」
唾を飲み、手汗まみれの拳に力を入れる。
「今……その冒険者は……?名前は!?」
首を横に振りながら溜め息をつく。
「さぁね……誰も名も姿も見たことが無いのさ……さて、無駄話はこの辺にして、さっさとお前の職業を調べるよ」
ドクン。大きく脈打つ体に熱が帯びる。額からは汗が吹き出し、震える手をチーランに預ける。
「ははっ……なんだ……これ……さっきの話聞いて急に体が……」
チーランが俺の手を握った途端、目を見開き、何かを確信した。
「……お前……いつからこの症状を……」
沸騰しそうな頭で、かろうじて答える。
「……つい……さっき……頭がぼーっとする……俺の職業は……?」
とても言い辛そうに口を開くチーラン。
「これは紛れもない……お前は風邪を引いたよ……変なタイミングで引きやがって、紛らわしい。今日は帰って寝な」
そういえば体の熱よりもさっきから寒気の方が強い。と言うか寒い、寒すぎる。
「お前これ四十度くらいあるよ。リン、送ってやりな」
俺の職業鑑定は先延ばしになった。
ぼんやりとした感覚の海を漂う、暗雲立ち込める学校の屋上、フェンス越しに映像が続く
黒髪が美しい眼鏡美女と俺が何やら揉めている。風が強く、雨が酷くコンクリートを叩き付ける中、俺は必死に訴え、叫んでいた。何を言っているのだろうか、雨と風で何も聞こえないが女の子はたじろんでいる様子だ。
女の子が力を込めていた手をゆっくり降ろすと、やがて雨は止み風が穏やかになり、歩き出し飛び込んだ俺の胸を涙で濡らしていた。
「……は……が、…………だ」
頭が割れそうだ、耳鳴りも酷く立っていられない。
霞掛かる視界、ほのかな湿った匂いとあの子の匂いが混ざり、胸が締め付けらる。
もう、行かなければ。
どうやら俺は2日間丸々眠っていたそうだ、その間リンが面倒を見ていてくれたらしい。
医者に見せても謎ばかりで、流行病なども特にない平和な村に突然の高熱に晒され、1日経っても目を覚まさないものだから、変な噂が立ち魔族の呪いだとか終末の病だとか好き勝手言われていたそうだ。
そんな中リンは健気にずっと傍で体を拭いてくれたりタオルを替えたりしてくれていたそうだ。
「うっぷ…リンちゃんにお礼ちゃんと言っとけよ…あ、ちょごめんトイレ」
酒臭い息を撒き散らしながらトイレに走る穀潰し。
まだ少し頭がぼーっとするが、もうこのまま寝て居られない、とにかくリンの元へ行こう。
それから職業診断だ。
そういやリンの家に行くのは10歳頃以来だな、リラおばさんにも長らく会えていない、昔はよくおやつを焼いてもらったな。
「リーン、白馬の王子様が迎えに来たぞー」
反応が無い、出掛けてるのか?最後に来た時は花壇や家の装飾も綺麗だったのだが、今はなんと言うか…空き家の様な佇まいだ。
「え…?引っ越した…?そんな事ある?おーい、入るぞ〜」
まぁ入っても問題集無いだろう。
ドアに手を掛けると鍵も掛かっていない、本当に引っ越したのか?
電気も付けず、ただ嫌な静けさだけが玄関を覆っている。
「…たなんか」
奥から声が聞こえる。
「なんだ居るなら開け…」
キッチンへの扉を開けると言葉を失った、いや、消されたに近い。
無抵抗なままリンがリラに首を絞められ顔を青くし、口の端からは唾液が零れ、目の焦点が合っていない。
「死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ」
口が縫い付けられたように開くことが出来ない、何も整理が付かないまま駆け出し、リラにタックルをした。
「ぐっ!誰だ!邪魔をするな!これ以上私の邪魔をするなぁ!!」
痩せこけ、白髪塗れで老婆の様な姿、この人があの優しかったリラおばさんなのか…見る影もなく、言葉を選ばす形容するとまさにゴブリンの様な姿になってる。
「おばさ…こんな…リンを借ります!すみません!!」
もう何も分からなかった、とにかくここに居ると不味い、リンを背負い恐怖とパニックでおぼつかない足取りで何度も転びそうになるが、リンを落とさまいと必死に走り続けた。
「チーラン!チーランさん!開けてくれ!」
協会のドアを強く叩くと出てきたチーランが鋭い眼光でこちらを睨むが、背中のリンを見て形相を変えた。
「一体何があった、早く中へお入り」
応対室にリンを寝かせると、温かいお茶を出してくれた。
「これ飲んで少し落ち着きな、リンはワタシが見ておくから、しかし…女の子の首にこんな物が付くほどね…」
くっきりの残った締め痕を優しく撫でる。
リンは時折咽び泣いては眠るを繰り返している、余程酷い夢を見ているのか、まだあの続きを見ているのか…
俺はチーランにゆっくりと、整理をしながら事の顛末を話た。
「俺は…さっき目が覚めて…リンにお礼を言いに家に行ったんだ…そしたらリラおばさんがキッチンでリンの首を絞めてたんだ…あんな人じゃなかったんだよ!昔はもっと…優しくて…」
恐怖と悲しみ、怒りに震える手を優しくチーランが包んでくれた。
今ほど彼女の手が優しく、心強いと感じた事は無いだろう。
「…現状はわかった。2人から話を聞聞きたい所だが…今リンとリラを刺激するのはあまり良くなさそうだからな…今日はリンをワタシが預かるよ。お前は今からどうする?」
「俺もリンの様子を見守るよ。今度は俺が傍に居てやんねぇとな。あ、それだったら職業診断もしてくれ。リンが回復したら村を出る。きっとその方が良さそうだしな」
目を丸くしたチーランがニヤリと口を歪ませる
「へぇ…お前は追い詰められると中々やるもんだね。それだけリンが大事かい」
途端に少し恥ずかしくなった俺は目を背けながら頭を搔く
「いや…まぁ…その…チャンスがあれば尻でも揉んどこうと思っただけだよ…」
「嘘が下手ながきんちょだよ、さ、手出しな。」
リンがうなされるのを尻目に職業診断が始まる。
頼む、リンが前線、俺は後方か騎士の様なタンクが望ましい。リンだって女の子だ、傷つけたりはさせたくない。
鏡が運命を刻むかのように光り輝き、映像を映し出す。
美しい農場、空、男は汗を拭い、昼飯の弁当を広げている。その後ろで、鶏がのんびりと餌をついばみ牛が鳴く中、男は立ち上がり鍬を握り土を耕し始め、美しい夕日と共に映像はブラックアウトした。
「…ん?あ、ん…?え……?」
眉毛が下がり切り、子犬のようになった俺の顔を真っ直ぐ見つめたチーランは重々しく口を開いた。
「お前…こりゃ村人だ。」
「あ、うんそう、俺ケルト村の村人よ?え?だから?えだから?何?」
「うんだからお前の職業は『村人』だ」
うせやん、ちょ待って待ってマジで言ってんのこのババア、この極限の状態で、オーディエンスが居ない中でこのユーモアは目に来るぜ、チーちゃん本当可愛いところあるぜ。よし、ラストチャンスをやろう、頼むよ。
「…今、お前の職業は村人だって聞こえたぜ?」
「何度も言わせるな、お前は戦闘職では無く、世界で最も多い職業『村人』だ、悪いことは言わん、ダーリンに相談して成人の礼をリンだけにしてもらいな。死ぬよ。」
「嫌だ!!!俺そんなの嫌!!!あんな集会所で大風呂敷広げて恥ずかしいし!!!リンと旅に出てちょっとアダルトな展開や別の街で出会う美少女や美女に惚れられて困ったり困らなかったりすんだよ!!!俺は行く!!!行くよ!?止めないで!!!」
走り出そうとした時チーランに阻まれ壁際で首を抑え込まれる。
「…あんまり世界を甘く見るな。ワタシの様には…させたくない…」
チーランは成人の礼でビックと旅に出たが、旅の途中運悪く上級の魔族と遭遇し右目と右腕を失っている。
「お前は外に出ると様々なクリーチャー、或いは魔族に合うだろう。お前は耐えられるのか、自分の痛みに。自分の為に傷ついた仲間の痛みに。村人は畑や家畜と心を交わすことが出来る職業だ。戦闘向きでは無いだけの事だ、適材適所だよ。あんたは戦闘職の奴らが帰る場所を守るんだ、それも立派な事だよ、悲観的になるんじゃない。頭を冷やしな。」
返す言葉も無かった。チーランは正しい、俺が好奇心や探究心だけでリンを失ってしまうかもしれない。
初めてこんなにも自分に絶望したよ。
「……わかった…わかった…わかった………」
力無く項垂れた、腸が煮えくりかえる思いを堪えチーランの突きつけられた左手に左手を添えた。
ビシッ
鏡のヒビが酷くなり紅く光る。
「なんだ…ユーヒ、お前何を…!」
何をと言われても何もしていない、ただチーランの手を降ろそうとしただけなのだから。
血と泥に塗れた男が鍬の柄をミシミシと音を立て握り、支離滅裂に振り回している。運悪く鍬に当たってしまった鶏は2つに体が千切れ、飛び出した内蔵を掴み口へ運ぶ。俺とその男は目が合ってしまった。
瞬間、鏡から鍬が飛び出し俺の元へ音もなく飛んでくる。
チーランが反射で鍬を掴み俺の目の前で止まったが、チーランの手は摩擦で掌を火傷していた。
鏡の中の男は巨大な岩を持ち上げこちらに振りかぶる。
「こりゃ不味いね…勿体ないが仕方がない。」
チーランは裏拳で鏡を粉々に破壊した。
静まり返る応接室に安堵し、壁からずり落ちる俺に手を差し伸べるチーラン。
「……どうやら、お前のもう1つの力とやらが頭角を出したね。稀に2つの才を持つものがいるのだが、まさかお前がそうだとはね…今のは恐らくだが、狂戦士。バーサーカーというやつだね。発動条件は制御不能の怒りが引き金らしいが…伝承には他に悲しみや悦び等もあるらしい。また厄介な力に見初められたもんだよ。」
俺は顔を伏せたまま武者震いに身を包んだ。
「つまりよ…これで旅に出られるのか…?狂戦士…バーサーカー…?面白ぇ!俺にピッタリな力だなぁ!この力を飼い慣らしてサクッとウルザ溶岩を採取して帰ってくるよ。」
「…そんな真っ直ぐな目をされちゃ、ババアにゃ、止めれないね。まずはリンのケアだよ、あんたの成人の礼はもう始まってんだ。しっかりやんな。」
その晩、不器用ながらもリンの看病に励んだ。
まだうなされたり泣いたりはするが今朝に比べれば落ち着いたもんだ。
こうやって大人しく寝ていれば本当に可愛い女の子何だがな……。
……リンって…普通に可愛いよな…?
あっ、まずい、意識しだした。
俺はこれからこの可愛い少女と共に『2人っきり』で旅に出て幾度と無く共に夜を過ごす。
あー。あるよね。ちょっとくらい。というか、成人に最も近い行為、あるよね。
実際ほら、ビックとチーランもこのまま夫婦として連れ添ったわけじゃない?
まぁ俺が狂戦士の力を物にすれば武術家のリンの拳の一つや二つ避けられたりするじゃんか?
と、思考を漏らしている最中、気づいた時には既に拳が俺の顔にめり込んでいた。
「…なに…?」
「あ、おふぁようございばす」
記憶は無いが「……リンって…普通に可愛いよな」辺りから声に出ていて、息が荒く、唇を食べようとしていたらしい。
「…ありがとうね……。でももう忘れて。」
「何があったんだよ。」
「忘れて。」
「…おばさんの老けよう…普通じゃねぇ、いつからだ…」
「忘れてって!!」
拳を握り床を睨むリンと嫌な沈黙の中、絞り出せる言葉も無かった。
そうだな、俺に何が出来るんだ。リンは忘れろと言ってる、じゃあ言われた通り忘れてやるのが男ってもんじゃないのか。リンは俺より身も心も強い、だからこれ以上声をかけても火に油だ、うん。もうよそう、明日から2人で旅に出るんだ、ワクワクでなんかエッチな旅が待ってる。明るくしよう。そうしよう。
「…俺さ、村人以外に狂戦士って戦闘職が開花したみたいでよ!もうそれはそれは強いのよ、この暴れん坊の力を制御すればオークだろうがギガントだろうがイチコロよ!お前も俺の強さにメロメロメロスよ!え、もしかしてもう既に惚れました?早いよ、それには、もうちょいいい所を見せてからじゃねぇとなぁ。まぁ今まで一緒に居て惚れないわけが無いか」
リンは俺の目を一度も見ることはなく歩き、ドアに手をかける。
「…そうね、でも明日アタシ一人で出るわ。掟では、一緒に行く必要も無いし、アタシはアタシ個人の目的があるから、あんたを巻き込む必要も無いから。それじゃあね」
乾いたドアが閉まる音と、残された振られた情けない男一匹。追いかけよう。何があったか、負けても力づくでも聞き出すべきだ。
いいえ、辛気臭いのは苦手だ、なんてったって俺の旅の目的は…なんだっけ…村に新しい文化や知識?先駆者?何のために?俺じゃなくても良いだろ別に。
「あーなんかすーっげぇテンション下がった、つまんね」
まぁそもそも兄妹みたいに育ったリンを今更女として見るのは無理があるよな、顔は整ってるけど性格が乱暴だもん。いつも俺を足蹴にしてよ、軟弱だの情けないだの男らしくないだの、いちいちうるさかったし、これでスッキリしばらく他の女の子と明日に向かって歩けるってもんよ。
……………。
ドアを蹴破り駆け出した時、何度もリンの安らかな寝顔と苦しそうな寝顔を思い出した。
「そんな顔すんなよ…!ざけんなよ目覚め悪りぃよ!」
教会を出て村に戻ると何やら大人達が騒いでいる。
「あっちだ!!手遅れになる前に崩せ!!」
「でも中にまだ…!」
「消化は無理だ!クソッ!なんであの子がこんなこと…!」
かなり気になるがそれどころじゃない。リンを早く迎えに行かなきゃならない。
騒ぎ走り回る大人達を掻き分けようやくリンの家の目の前に着いた。
「…どういうことだよ…」
黒煙と熱気が顔を覆う、禍々しい業火はリンの家を焼き尽くさんとばかりにバチバチと弟を鳴らしている。
「…リンはどこだ…!リン!!」
少し離れた小さな噴水に取り押さえられたリンが目に映る。虚ろの目の手には油とマッチが握られていた。
恐らく、そういう事なのだろう。
「リン!!!!」
「ユーヒ!今この子には近づくな!正当な事情を聞くまでは身柄を確保しなくちゃならねぇ!」
大人達に阻まれる中、リンの虚ろな目から一筋の涙が零れる。俺にはハッキリ見えた。助けて、と声にならない声で言っていた。
地面を抉り蹴り出す、俺を取り囲んでいた大人達が吹き飛んで行く、獣のような唸り声を上げ突進する。
リンを抱え上げ大人達の声も聞こえずただひた走る。
その背中を見守るビックとチーラン
「さぁ、始まったか。健闘を祈る。」
ビックの目には強い野心が宿り鈍く光っていた。
どのくらい走っただろうか、村は遥か遠くへ消え、日も暮れ初めていた。
目の前には来るものを拒む森が広がっている。
狂戦士の力の片鱗を見せた事にも気付かず、酷い疲労に見舞われる。
「……勢いで村出ちまった…ずっと走ったし、流石に疲れたな…リン、怪我は無いか?」
見た所外傷は無い、しかし
「…ろして…降ろして!!」
鋭い声に驚きリンを地面に優しく降ろすも
「まだ…アイツが生きてるかもしれない……お父さんに会いに行かなきゃ…」
村に戻ろうとするリンの手を引く
「離して、アンタには関係無いだろ!所詮他人だろ!!離せよ!!」
掴む手を何度も振りほどこうと殴り付け、最後には顔面に拳が入る。
鼻血が流れ、腕は痣だらけになり、恐らく手の甲にはヒビが入った、痛ぇ。死ぬほど痛え。でもこいつはいつからか、一人でもっと痛い思いをしてたんだ。この手は千切れても離さない。
「俺バカだからさ、何もわかんねぇんだよ。お前より喧嘩弱くてさ、すげぇ情けない男なんだよ。10歳になった頃にお前が俺を家に呼ぶのを止めたよな、迎えに来させるんじゃなくて迎えに来るようになったんだよな。その時は朝弱い俺の為だなんて思ってたけど違ったんだよ、もうその頃からおばさんと何かあったんだろ。優しくて明るくて、料理も上手で太陽みたいな人で、お前も大好きだった母親だったじゃねぇか。今なら分かるんだよ、俺の大切な人が悲しい気持ちでいっぱいだって事が痛いほど分かるんだよ、バカはバカなりに喧嘩が弱いなら壁になるよ、お前が痛い分全部俺が受け止めてやるよ。だからもう、そんな顔をするな。俺がピエロにでも何にでもなって笑かしてやる、怖いってならこの手千切れても話さないようにする、俺だけは、ジジイになってもお前の中の変わらないユーヒで居続けるよ。約束しよう」
紅く焼けた景色に、疑う訳でも、信じる訳でもなく、ただガラスのように澄んだリンの目がこちらを見ている。
こんな時に俺は綺麗な目だと思ってしまった。
「…アタシのお母さん、8年前から宗教に入れ込んでいるの」
いつそれが破裂するか分からない緊張感が張り詰めたまま、静かにリンはポツリポツリと事の発端を話し始めた。
「お父さんが貿易の仕事でディシディアに向かって帰らなくなってから、お母さんはずっと寂しそうにしていて、どこか私にも冷たいような気がしてたの。そんな日が続く中、突然家に赤髪の男が尋ねてきた。」
微かな記憶で、昔村によそ者が来たと騒いでる村人らがいた。気にも止めなかった事だったが、それがリンの人生に関わる事だったと、気づけなかった自分を責める。
「そいつがダラス信仰のギムリ、お母さんと数時間ほど話して打ち解けてた、それからお母さんは少し元気になった。でもね。お父さんから送られてくる仕送りを全てそのダラス信仰に…ギムリに注ぎ込んでいたの。そのうち生活費にも手をつけるようになってアタシが止めたら…」
震えた手を首に当てる。
「喧嘩が強くても、まだ幼くて大人には勝てないし、お母さんを殴る事なんて出来ない、その時からかな、口論になる度に私の首を絞めるようになったのは…アタシその時怖くてさ、声も出なくて、力も入らなくてうごけなかった。今も首を誰かに触られると怖くて震えが止まらなくて、涙が勝手にでるの…今まではお母さんが正気になって手を緩めてくれたんだど、昨日はきっと本当に殺す気だった。だから…」
拭う事を忘れた涙を流したまま、ただ俺の目だけを見て訴えるリンはきっと立っているのが精一杯で、今にも崩れてしまいそうだった。
「だから家に火を付けたのか」
「…お別れを行ってそのまま村を出るつもりだった、けど…お母さんきっと、今アタシが殺さないともっと苦しい思いをして死んじゃう、それは…どうしてそこまでならなきゃいけないの…?どうしてアタシとお母さんこんな目に合わなきゃいけないの…?神様は、居ないの…?それともアタシにだけ神様は振り向いてくれないの…?ねぇ…教えてよ…ユーヒ…助けてよ………」
こんなになるまで1人で耐えて抱えて。みんなの前では気丈に振舞って心配かけないように一人で泣いていたんだ。
この世の不条理、理不尽、裏側、真意、全て知り全て憎みその中でたって歩いて生きていかなければならない。
俺はリンの首に触れた。
「ひっ……!」
青ざめた顔で引き攣り腰が抜けるリンの首を手で包み込む。
「怖いか」
「…こわい…こわい…やめて…」
「この手は、一度もリンを傷つけたことは無い、何かが特別出来る手じゃないが、この手は一生リンを傷付けない。守るなんて臭いことは言えないけど、一緒に歩くために繋ぐことが出来る、寒いなら温める事が出来る、フォークが持てないなら食わせることが出来る、お前を助ける事が出来る手だ。怖い事なんて一つも無い。これからは俺が身代わりになる。だからこれからは一人で泣くな、一緒に泣いて、その後笑おう、笑かすよ。」
手の甲に流れる涙を伝うように拭う。
「…なにカッコつけてんの、ばか」
ようやく微笑むリンと見つめ合い、甘く繊細な時が流れる。目を反らせば、離れてしまえば終わってしまう時間が鼓動を高鳴らせる。
やがてリンは目を閉じ、俺を待つ。
これが夢でも逆夢でも後悔しない。
手を背中に回し唇をゆっくりと近づける。
「はい、ちゅーう、ちゅーう、ちゅーう、ちゅーう」
手拍子とクソ見たいなはやし立てで現れた男に俺たちは即座に離れた。コイツだけは絶対に殺す。
茂みの奥から出てきたのは俺の血の繋がった兄貴だった、よし殺せる。
「…畑の肥料にしてやるよてめぇ!!」
せっかく大人の階段登れたのに、ラブラブハッピー最高ストーリーが今幕を開けようとしたのにコイツなんなの、子々孫々まで恨まないと気持ちが晴れない。
「まぁまぁ待て待て、なぜ俺がここに居るのか気にならないか?リンちゃん、あれだけの事をしてしまったんだ、村の人達に追われるのは当然だ。わかるね」
「てめぇリンを連れ戻しに来たってわけか」
「いや全然違う俺関係ない、酒飲みすぎて気持ち悪くて歩いてたらこの森で寝てたの。」
何言ってんのコイツ、あかん鼻を殴りたい。まず嗅覚を潰したい。
「…つまりジュンさんはたまたまここに居るって事…?」
「その通りだよ美少女戦士リンちゃん!しかし本当にお目目がくりくりだね。金たまくらいなら入りそうやね!」
しばいたろかコイツ。さっさと話を終わらせ兄貴と別れてラス・アスクに向かおう。
「…そうか…じゃあ俺たちはもうこのまま向かうとするわ、じゃあな兄貴、畑をよろしくな」
「まぁ待て愚息よ」
「息子に言う言葉なんだよそれは」
ヘラヘラした表情からは一変し、真剣な顔で俺を見つめる。
「大人になるって事は選択の連続だ、たとえその選択がどれを取っても自分や誰かを傷つける物だとしても、お前は選ばなければならないんだ。」
兄貴はそう言って小さな黒い箱を俺の手に握らせた
「これは…?」
兄貴は少し微笑んで答えた。
「俺のへその緒だ」
「きーーっしょい………」
「お前はこれから目眩がするほど沢山の事を経験するだろう」
いつも酔っ払って目の焦点が合わない兄貴だが、死んだような目の奥に何か力が宿っているかのようにその目から反らせなくなっていた。
「自分より強いもの、怖いもの、憎いもの、悲しいもの、世界の美し過ぎる事から汚すぎる所を見る羽目になるだろう。そしてその中で数え切れないほどの選択をしなくちゃいけなくなる、その上自分の選択に責任を持たなきゃならねぇ。トロッコ問題みたいな事なんてアホみたいにある。で、お前みたいなもんは絶対に迷いに迷ってどうして俺ばっかり〜とか言い出すだろう。だからこれだけは覚えておけ、初めてお前に兄貴として大切な助言をする。辛かったり苦しかったり、報われなかったりして何も出来なくなってしまった時、気が済むまで逃げろ。逃げて逃げて逃げて、いつか勝て。生きてりゃ一種勝ちだ。逃げることは負けることじゃねぇからな。」
いつも酒を飲んでは家で寝転がり、畑仕事や家事をいつも俺に押し付け、何もしてこなかった兄貴が初めて俺に兄貴として話をしてくれた。
「その箱は、お前が立ち止まった時に開けてみろ。大切にしろよ。」
そう言うと兄貴は前触れもなく吹き荒れた突風と共に消えた。
「…なんだよあいつ…カッコつけやがってよ…気持ち悪ぃな」
「素直んなんなさいよ、聞こえなくてもいいから御礼言いなさい、両親もいない中あんたを育てたには違いないんだから。変な人だけど、影で沢山尽くしてくれたのよ。」
さっきまでのダークリンはどこへやら…しかしリンの言う通りだ。俺は黙って村の方向へ頭を深々と下げた。
「さて、行こうかと言いたい所だが、もう暗くなっちまったな。出発は明日だ、そこの祠で朝まで休んでから出発しようか…今日は疲れたな…」
肩を落として祠に向かう、幼い頃はこの祠まで遊びに来てはおばさんやチーランに見つかって叱られたっけな。
あれ…俺のお母さんやお父さんって…いつからいないんだっけ、ずっといない気もするし、この間いなくなった気もする…いや、今考えるのは止めよう、今日は疲れた。
火を起こし、暖が取れホッとした時にはもうリンに寄りかかりながら眠っていた。
「…重たいわね…」
優しく膝に頭を乗せ、頭を一撫でする。
「…ありがとう…いつもアタシの光になってくれて…あんたのせいで少しこの旅が楽しみになっちゃったじゃない…バカ」
パチパチと音を鳴らし、暖かくも優しい灯りが揺らぐ祠でリンはゆっくりと目を閉じた。




