4話 あやつり人形
「ピティ?体調はどう?」
声はお嬢様だった。
僕は、同じ使用人か執事長かが様子を見にきてくれたのかと思ったから驚いた。
「お、お嬢様!?何をしているんです、早く休まないと!」
僕は慌てて部屋のドアを開けた。
お嬢様は片手に火を灯した燭台を、もう片手で口元を隠しながら笑っていた。
「ふふ、もう元気そうね。」
正直にいうと完全回復でもない。
僕が困っているのをわかっているのか、無視しているのか、お嬢様は目の覚めるようなことを続けて言う。
「ねえ、少し探検しない?」
「何言ってるんですか、もう部屋にお戻りになっていただかないと!」
もし、お嬢様が部屋にいないなんてことがバレたら大問題だ。更に、僕といたなんてことが知れたら僕がどのくらい叱責されるか考えただけで恐ろしい。
それに、もし今何かあったら・・・。体力的に十分だった時にも大して動けなかったくせに、本調子でない今なんて、僕の力じゃ到底お守りすることができない。
「ね、大丈夫よ、あなたに聞いてほしい話があるの。」
お嬢様はそう言いながら僕の腕を引っ張って歩き始める。
腕を掴まれた驚きと、自分の考えがごちゃごちゃで、うまく「どうすればいいのか」の判断がつかない。
「話なんて、お嬢様のお部屋でも、僕のお部屋でも、明日でも、いつでもできるじゃないですか!」
みんなが寝静まっているこの時間は、あまり人がいない。
というより、お嬢様がそういう道順を避けているのか。
「お話って、雰囲気も大事でしょ?」
「雰囲気って・・・。」
貴族のお屋敷はかなり大きい。それに伴って夜は異様な雰囲気が既に充満している。
正直、暗がりのこの道は怖い。
昼間はなんとも思わない絵画1つでさえ、不気味に感じる。
一体、何をする気なんだろう。お嬢様は。
「ついたわ」
着いた先の扉は屋敷にある「聖堂」の前だった。
どうしてこんな時間に?
お嬢様はポケットから鍵を取り出し、扉を開けて中に入る。
祈りの対象である女神像は月明かりに照らされている。
その顔は笑っても怒ってもいない顔だった。
「ここまで来させてしまってごめんなさいね。」
お嬢さはそう言うと、僕の腕を話し、手に持っていた燭台を置いた。
「いえ、それよりもどうしてこんな場所に・・。」
お嬢様は一段高いところから、クルッとこちらを向いて言った。
「だって、懺悔するならここがピッタリでしょう?」
懺悔?なんのことだろう?夜に抜け出していることか?
「ねえ、貴方はここに来た日のことを覚えているからしら?」
お嬢様は僕に話しているようで、僕を見ていない気がする。
「もちろん、覚えていますよ。雨が降っていて身寄りがない僕をお嬢様が」
雨?雨なんて降っていたっけ?
いや、そもそも道端で拾ってもらったんだよな。
あれ、でもその前に僕は何をしていたんだっけ・・・。
「ふふ。雨が降っていたの?」
違う。あの日はもっと、酷くて、嫌な・・。
頭がグルグルする。
気持ち悪い。
答えられない僕をお嬢様は笑顔で見ていた。
でも、いつもの優しい笑みじゃない。
もっと、観察するような。
「ねえ、襲撃事件のこと、知りたくない?」
「それは・・・知りたいですけど・・。」
話の全貌が掴めないまま、話に飲み込まれていくのがわかる。
襲撃事件のことは知りたい。でも、貴族の揉め事を一介の使用人風情が聞いても
いいのだろうか。
「あの襲撃事件の犯人はね、ブラクン族っていう一族が首謀者だったの。」
「ブラクン族・・・?」
お嬢様は内緒話を恥ずかしげに語る少女のようにも見える。
「そう。鍛治職人の一族なの。その人たちが作る武具には特別な力が宿るの。」
「特別な力・・・。」
お嬢様の言葉を反芻する。
何かを自分の中に落とし込もうとしているのか、自分でもよくわからない。
「だから貴方に家の剣を渡すわけにはいかなかった。」
「え・・・?」
お嬢様が直接渡してくれた剣。
特別なことだと思っていた。
だって、騎士隊のみんなは家から支給されたものだったから。
「あの一族出身の貴方に、剣を渡してしまったら、貴方が能力に目覚めてしまう可能性があったの。だから、私が直接違う剣を渡したのよ。気に入ってくれていたみたいだけど。」
お嬢様は聖堂の女神像の方を見ていた。
「ねえ?―――?」
お嬢様から発せられた言葉をどうして“自分の名前”だと思ったのか。
「ごめんなさいね。貴方はよく働いてくれたと思うわ。」
その言葉が合図かと言わんばかりに、 家騎士隊が5人ほど聖堂に入ってきた。
隊長が、あの時救ってくれた隊長は、今は僕を押さえつけていた。
「隊長!?どういうことなんですか!離してください、離して!」
いつも優しくて頼り甲斐のある隊長は人形のように冷たい顔をしている。
僕が精一杯、声を荒げているというのに、隊長は眉1つ動かない。
でも、その顔を見て思い出す。
「あんた・・・、あの時の・・・。」
喉から搾り出した声は隊長に、いやこの男に聞こえたのだろうか。
焼ける家、血まみれの両親、同族の悲鳴。
あの日、全てがなくなった。
この女と、男のせいで。
「これはね、慈悲だと思ってほしいの。思い出すより先に、知らせた方がいいと思って。」
いつもは可愛らしいと思えるこの声は、今は苛立ってしょうがない。
襲撃事件の時に対峙した少年。
あの時は誰かわからなかったが、今ならわかる。
あれは、幼馴染だった子だ。
「あれで記憶が戻るのか確かめたかったけど、やっぱり、記憶の繋がりが強い人物と出会うと戻るきっかけになるのね。」
今度はお嬢様は研究者のように語り始める。
僕が実験用だったこと。
最初に記憶を無くされたこと。
記憶を作り替えられたこと。
どこまで薬が効いているか知りたかったこと。
だから、襲撃事件が起こったこと。
「貴方は勤勉だった。お世話に関して特に。感謝しているわ。」
僕が隊長を振り解けないことをわかっていてお嬢様は僕の目の前に屈む。
目線を合わせてきて、それが僕の怒りを更に増大させてくる。
「そして貴方はいいつけも守ったわ。」
僕は最低限のマナーと教養しか学ばなかった。
もちろん、いずれはそれ以上のことも学ぼうと思っていた。
でも、お嬢様が「変に知識をつけると狙われるかもしれないから」と学びを制限していた。
貴族の家は秘密が多いから。
「貴方は調べなかったのね。自分のことも。名前のことも。」
甘くて可愛らしい声。
この人に必要とされることが世界で一番満たされることだと思っていた。
でもそれも全て造られたことで。偽物で。
僕は憎しみを叫んでいた。
この人が、僕から全部奪ったのに。
記憶が徐々に戻ってくる。
焼けた家、死んでいる両親、血で汚れたお嬢様の姿。
頭が言っている。
「この人を せ」と。
「お前は都合よく生かされただけに過ぎない」と。
「ピティの意味はね」
今まで美しいと思っていた笑みは、汚らしくて吐き気がした。
「哀れな子、という意味よ。」
叫んだ。
汚らしく、涙も鼻水も垂らしながら。
憎くて、憎くてしょうがない。
なんでこんな人に従っていたんだろう。
僕は・・・、俺は今まで何をしていたんだ?
なぜ、こんな奴を大事に思っていたんだ?
薬のせい?だからなんだというんだ?
「地下のあの部屋に連れていって」
女は俺から目を離すと、騎士隊は俺を引きずって聖堂から出た。
ずっと叫んでいた。
家族を、友を、奪った全てを返せと。
でも、女には届かない。
それから俺は。
暗い暗い地下で、自分がバラバラになっていくのがわかった。
もう何もない。
欲しいものも、自分も、きおくも。




