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2話 死と記憶

翌日。僕は護衛のメンバーとしてお嬢様が乗っている馬車の横を歩いていた。

いつも訓練しているから大丈夫だとは思うが、もしものことがないといいなとつい考えてしまう。


お嬢様が僕を引き取ったとき、「一介の使用人に剣なんて不必要ではないか」と執事長は僕に剣を習わせることを反対していた。

なぜ、反対するのか前はわからなかったが、今では執事長の言うことも理解できる。

どこの誰かもわからない、そもそも平民なんぞに剣なんか習わせて万が一のことがあったらどうするのかという話だ。

しかし、お嬢様は執事長がひっくり返ってしまうようなことを言い始めた。


「のちのちは専属のようにしたいのよ。ほら、うちのメイドとか執事とかって、貴族か商人の家の子が多いでしょ?だから利害によっては裏切ることも考えられると思うの。でも、こうやって平民の子ならそんな心配も少ないでしょ?」


執事長は頭を抱えていた。お嬢様の言いたいこともわかるが、それにしても危険ではないかと言いたげだった。でも、執事長は、お嬢様がそう言うなら何も言うまいとの態度で「承知いたしました」との一言だけだった。


それから騎士の訓練も勉強させてもらっている。

だから、今日もお嬢様をお近くで守れるわけだ。


今日はお嬢様にもらった剣を腰に下げている。

本格的な訓練が始まる頃、お嬢様が直々にくれたのだ。

なんでも、他の騎士とは少し違う剣らしい。

他と違うということは、この剣は特別ってことに違いない。

そこまでしていただいているんだ。何があってもお嬢様を絶対に守らなければ。


「そんなに緊張するな。大丈夫だ。この馬車を見て狙おうなんて奴はそういないさ。」


騎士隊隊長が僕に声をかけてくれた。

隊長は筋肉ムキムキで、隊の中で一番強い。頼り甲斐があってかっこいいと思う。

馬に乗り、槍を構える姿はまるで絵画のようだ。


「す、すみません。まだこういうのには慣れなくて。」


隊長が言うように、この馬車を見れば一眼で貴族が乗っていることも理解できるだろう。

色こそ派手ではないものの、細かな装飾が施されている。

騎士隊も今日は20名程度で馬車の周りを囲っている。


ただ、僕自体が外出されるお嬢様の護衛をするのはまだ3回もない。

それに、鬱蒼とした森の一本道を進んでいる途中だが、獣の鳴き声があちこちからしてきて不気味だ。

これが、いわゆる“雰囲気に飲み込まれている”状態なんだろうか。


「ま、何かあっても俺たちがいるし、お前も毎日訓練しているのだから心配するな・・」


隊長が僕に励ましを言い終わるか終わらないかの時だった。


「敵襲!!」


前方にいた騎士の叫びに、一気に緊張が走る。

目の前に黒いマントを着て、白い仮面を被った集団がどこからともなく現れる。

前だけでなく、木々の上から、下から、すぐ横から。

つまり僕たちは敵に囲まれてしまったのだ。


「剣を抜け!お嬢様をお守りするのだ!相手は殺しても構わん!」


“殺す”

その一言が僕の体を強ばらせる。

もちろん、襲われているのだからそうすることは当たり前だ。

でも、僕はまだ人を殺したことがない。


指示が終わると、剣同士がぶつかる音があっちこっちから聞こえる。


敵の一人と目が合う。

剣を抜くと同時に敵からの攻撃が始まる。


敵の攻撃は訓練で戦う騎士とは、まるで違う。

相手の急所を躊躇なく攻めてくる。

関節も。時には蹴りも飛んできた。


この人は強い。

未熟な自分では、手加減してどうにかできる相手ではない。

どうすればいいのか焦っていると、急に敵の動きが止まる。


「お前、―――か?」


よく聞き取れない。


「お前、――だろ?なんで“そっち側”にいるんだ!?」


なんのことかわからず、「そんなやつ知らない」と言い返した。

会話している場合ではないのはお互い様なのに、僕の剣は動きが鈍る。

疲れ・・・ではないと思う。


反対に僕の言葉が不満だったのか、敵の剣は先ほどよりも、もっと速く重い。


「お前、―――だろ!?なんで・・・裏切ったのか?お前自分が何をしているのかわかっているのか?」


この人は誰なんだ?

なんで会ったこともない人に「裏切り者」呼ばわりされないといけないんだろう。


「君こそ誰なんだ!?なぜこんなことをしている?」


相手の攻撃の隙を見計らい、首を狙う。

しかし、避けられてしまい、代わりに仮面が割れる。


仮面は上下真っ二つに割れた。

やはり見覚えのない顔。

そのはずなのに。

僕の頬を涙が伝う。

命の奪い合いをしているのに、どうして彼ともっといたいと思うんだろう。


悠長な考え事は、命取りだと言うのに。

敵の“憎しみを込めた一撃”と思えるほどの剣が飛んできた。

さっきからギリギリの戦いをしていた僕からすれば、「ああ、もう避けきれない」と思った。


―死ぬ。―


怖くて目を瞑る。

あんなに意気込んでいたくせに、どうして僕はこんなにも情けないんだ!


不思議と痛みはない。

死ぬってこんなにあっさりしているんだ、と思った瞬間、カランと何かが落ちる音がした。

そして、自分の頬にビチャッと生暖かい液体が飛んできた感触がする。


恐る恐る目を開けると、敵は隊長の槍に一突にされていた。


「―――。」


最後に何を言っていたのか。

彼はそのまま絶命した。

彼の口からは血がこぼれていた。


「こんな奴らに遅れを取るとは、お前もまだまだだな。」


隊長は苦笑した後、串刺しにした敵を槍から外すため、一振りする。

敵はすぐ近くにあった木にぶつかり、力無く倒れた。


周りを見渡すと、ほとんど戦いは終結し、敵は撤退していった。

騎士隊はみんな無事だが、敵は半数以上は死んでしまっているのではないだろうか。


隊長は馬車に乗っているお嬢様の無事を確認した後、「今日は引き返した方が良いかと」とお嬢様に提案していた。


お嬢様は襲われたというのに、毅然とした態度で「そうね。でもみんな無事でよかったわ。」と騎士に労いをかけていた。


死体をそのままにしておくわけにもいかず、騎士隊の半分は片付け、半分はお嬢様の護衛とで別れた。


僕は片付けの方だった。

戦力にならないのだから当然だが、やるせない気持ちが強かった。

あそこで隊長が来なかったら死んでいた。

今日はたまたま助かっただけだ。

これではお嬢様の専属で護衛になるなんて到底できそうにない。

自分の未熟さを痛感する事件だった。


それにしても、彼は誰だったのだろう。

彼の死体のそばに行く。

何度見ても見覚えのない顔だ。

目は空いたままだったので、自分の手で彼の目を閉じた。

もしかしたら、彼は僕と似た誰かと間違えたのかもしれない。

僕も、知っている誰かと重ねてしまっただけだろう。


きっとそうだ。

そうに違いないはずなんだ・・・。


敵の死体は、掘った穴に無造作に捨てられていった。


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