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1話 大好きなお嬢様

朝、部屋の扉をノックする。

お返事がない。まだ起きておられないんだろう。

失礼は承知だが、お嬢様の部屋に入る。


「お嬢様!起きてください!朝ですよ。」


お嬢様のベッドの近くで大きめの声で呼びかけるも、不機嫌そうな声しか返ってこない。

僕はカーテンを勢いよく開け、陽の光を入れる。

それでも、まだお嬢様は起きようとしない。

僕はついでに窓も開けた。風がそよそよと吹き、心地がいい。


「まだ8時じゃない。早過ぎるわ。」


お嬢様はやっと起きられた。

腕を伸ばし、淑女らしからぬ大きな欠伸をしている。

年齢は18を超えるが、朝はいつも子供っぽくて可愛らしい。


「“まだ”じゃなくて、“もう”ですよ。お休みの日でも規則正しい生活をなさってください?」


お嬢様は小言が気に入らないようで、僕をじっと見る。

コバルトブルーの瞳は美しく、まるで深海に吸い込まれていくようだ。

その視線に耐えきれず、「メイド達を呼んで参ります。」と部屋から下がろうとした。


「ピティ」と名前を呼ばれ、ベッドに座っているお嬢様の近くで膝まつく。

「どうかなされましたか?」と聞くと、お嬢様は僕の頭を撫でた。


「あなたは朝早くから偉いわね。いつもありがとう。」


本来は、淑女に触れることは一介の使用人兼、護衛である僕には許されない。

でも、お嬢様が触れてくださるのは別だ。

僕は「子供扱いしないでくださいよ」と言い返すが、お嬢様は「だって子供じゃない」と鈴が転がるような声で笑う。


「もう!メイドを呼んできますから、そこの椅子に座っててくださいよ!」と僕は走りながら部屋を出た。

子供扱いされるのは、悔しいけど嬉しい。

でもこの国では20歳からが大人なのだから、お嬢様だって子供のはずなのに。


僕はカルミア家に使える使用人兼お嬢様の護衛だ。

自分の名前も、親も、友人も何もかも不明だった僕を不憫に思ったお嬢様が僕に名前と仕事を与えて下さった。


ここでの暮らしは十分すぎるほどだと思う。

カルミア家は高位の貴族らしく、使用人程度だったとしても食事も寝床も十分に用意されていた。

それに、なんと言ってもほとんどお嬢様の専属と言えるほど、僕はお嬢様のお世話をすることを任されていた。

それがとても嬉しくて、幸せだ。


お嬢様は朝の支度が済んだ後、ご家族と一緒に朝食を取られていた。

お嬢様の父であられる御当主様はご病気があってなかなか政務が務められないらしい。

それの補佐をいつもお嬢様がなさっていると聞いた。


お嬢様のお母様である奥様は、お嬢様に似て美しくどこか儚げだ。

お嬢様のことはもちろん、使用人にも何かと気にかけてくれる優しい方だと思う。


「いつもすまないな。お前にばかり仕事を任せてしまって。」

「お父様、私は家の仕事ができることを誇りに思っていますのよ。そんなことおっしゃらないで。」


この会話はお決まりのような流れでもあるが、やはり御当主様は娘に負担をかけていることを申し訳なく思っているようだ。

それはそうだろう。お嬢様の年で家の仕事を行う令嬢もいるが、あくまで屋敷の内装や、礼儀作法を学ぶ程度のことが多い。

それに比べてお嬢様は、もういつでも当主になれるほどの仕事をなさっている。

貴族の中では「女としてそれはどうなんだ、しゃしゃりすぎではないか」との声もあるようだが、僕にはそれが許せない。

お嬢様は常に努力をなさっているお方だから。


お嬢様は、午前中は執務室で仕事をなさっていた。

休日だというのに、昨日までに終わらせたかった用件が残っていたらしい。

そんなの週が始まってからでいいのに、と思う。


それでも、午後は庭園にあるテラスで読書をしていた。

薬学の本らしい。


半分程度読んだところで休憩を挟んでいた。

「そんな本を読むなんてお嬢様はすごいですね」と言ったところ、

「もしかしたらお父様の病気に何か効く薬があるんじゃないかって思って。」と

少し寂しげな顔をなさっていた。


お嬢様もわかっていると思う。

お医者様が言うには御当主様の病気は珍しいもので、薬らしい薬は開発されていない。


「それに、薬学の本て面白いのよ。この世界にはまだ知らないことがたくさんあるし、うちの領地でも手に入りそうなものがあったら流通させたいと思って。」


お嬢様の気持ちは素晴らしいと思うが、これでは休んでいるのか勉強しているのかわからない。


「お嬢様、先ほどメイドが紅茶を用意してくれたようなのでお淹れしますね。」


僕はポットを手に取ろうとした。


「ねえ、ピティ?たまには一緒にお茶をしましょうよ。」


お嬢様は「名案だ」、とでも言いたげに立ち上がり、僕を向の椅子に座らせようと背中を触って誘導する。


「そ、そんなことできませんよ。僕が準備しますから!」


一介の使用人がお嬢様とお茶をするなんて許されない。それどころかお嬢様は自分でお茶の用意をしようとしている。

自分が座っていて、高貴な人にそんなことをさせるなんて使用人失格もいいところだ。


「まあまあ。私だってお茶を淹れることぐらいできるのよ?」


いや、技術的にできるとか、できないとかではなくて・・・。

僕は椅子から立ち上がろうとするとお嬢様は、美しい目で僕をじっと見る。


「私もいつか誰かをお茶にお招きすることもあるかもしれないし。ね?」


ここまで言われてしまうと、僕がやる、とは言えない雰囲気になってしまった。

この屋敷の執事長も「お嬢様のお世話はもちろんだが、気分を害することをしないように。」と言われている。


そんなことを考えていると、僕の目の前に紅茶の入ったカップが出された。


「はい、飲んでみて?」

「し、失礼します・・・。」


僕はお茶を一口飲んだ。

やはり貴族が飲まれるお茶は僕たちが普段飲んでいるのとは違うようで、とてもおいしかった。少し苦くて、でも甘い。なんと言っても香りが全然違う。


「ふふ、どうかしら。美味しい?」

「はい。いつもは淹れるばかりなのでたまにはこう言うのも悪くないですね。」


つい、思っていたことをそのまま言ってしまった。

流石に生意気すぎだったと思い、お嬢様の方を慌てて見る。

しかし、お嬢様はそんなことを気にする様子もなく、笑顔で話を続けた。


「なら、明日のお仕事も頑張れそうね。」

「お仕事ですか?」

「そう、さっき急になんだけれど、神殿に行くことが決まったの。」


この国は太陽神ローダンを信仰している。

神殿には「貴族も平民と同じように神を信仰している」ことを表すために毎月一回程度、定期的に行くようにしているらしい。


「わかりました。頑張ります。」

「何事もないと思うけれど、もしもの時は頼りにしているわ。」


お嬢様は高位の貴族だ。何かの襲撃に遭うことだって十分に考えられる。

僕は、気を引き締めなければと思った。


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