表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ただの村人と勇者

作者: 凍港くもり

 俺は、ただの村人だ。


 しかし、そんな俺にもひとつ自慢できることがある。


 それは幼なじみが勇者だって事だ。


 俺の村は勇者の故郷なんだ。

 あの魔王を倒した伝説の勇者の。


 勇者が魔王を倒してからというもの、

 勇者の成長の秘密を知りたかった奴らが、この村に押し掛けて来るようになった。


 村は一躍観光地になった。勇者が育った家はファンに解放されて村の展示物になった。

 勇者の両親には、ばかでかい豪邸が与えられた。

 それ以外にも勇者が育った学校とか、勇者が登った木とか、そういうどうでもいいものも、急に価値が出て、都会から来た奴らは歓声をあげて見て回った。


 みんな喜んだなぁ、

 こんな普通の村がさぁ、急に潤ってきちゃって。


 みんな商売意欲が芽生えちゃって、勇者ゆかりのペンダントです。勇者が味わった郷土料理です。って、普通のアイテムや飯を勇者御用達って言って売り出した。あらゆるものが飛ぶように売れたよ。


 とは言っても俺は、勇者と親しいわけではなかった。


 子供の頃は遊んだりはしたけど。まぁ狭い村だったしな、俺たちは同じ教室で机を並べ、勉強して飯を食い色々なことをしゃべった。はずなんだけど、あまり覚えてない。


 仕方無いだろう、今でこそ勇者って呼ばれてるけどな、


 あいつ普通の子供だったんだ。


 そして子供の頃の事なんて忘れちゃうんだよ。

 かっこいい木の棒を持って野山を駆け回ったり、川でバシャバシャ遊んだり。そういう断片的な記憶はあるんだけどさ。


 あいつと何をしゃべったとか、


 あいつとどこに行ったとか、


 そういうあいつとの記憶だけを、より抜きできればいいんだけどさ、そうはいかないだろう?記憶っていうのはさ、ままならないからね。細かい会話とか全く覚えてない。


 俺よりも、あいつと仲いい奴がいる。

 そいつに聞いたほうがいいんじゃないか?


 観光客に捕まった俺は決まってそう答えていた。


 ファーガスは勇者の親友だって言ってたし。


 ロビンは勇者のこと何でも知ってると豪語していた。


 そいつらをあたってくれよ。

 俺はそう言って、勇者ブームに沸く村を他人事みたいに眺めていた。






 ガキの頃から剣術道場に通い詰めたあいつ。

 いつしか人一倍、剣の腕が立つようになった。

 こんな小さな村で、腐らせるには惜しい才能だと言われるようになった。

 村を出て首都に行ったあいつは、王様に認められ、勇者の称号を授かった。


 あいつの活躍は、俺たちの村にも届いた。恐ろしいモンスターを退治したとか、悪役非道な貴族の企みに気が付き罪を告発したとか。未開のダンジョンを踏破したとか。 


 それはまるで夢物語。遠い昔の伝説を聞いている様だった。


 村の人間は、あいつの活躍に胸を踊らせて、いつもあいつの話をしていた。これは決して、身内びいきの俺たちだけの話ではなく。国中で、あいつを応援していた。国中があいつに夢中だった。あいつの活躍に、みんなが耳を傾けていた。


 さらに、モンスターにさらわれた、姫を救い出した。


 あの時の熱狂は、忘れられないね。

 それにいたく感動した王様は姫との結婚を許した。

 これは姫たっての願いだと言う。

 美しく愛くるしい姫は勇者に夢中だった。


 そしてついに勇者の伝説は、最終局面を迎える。


 魔王討伐だ。


 勇者が魔王城に向かった。その知らせは国中を駆け巡り、誰もが勇者の勝利を願った。


 そのニュースが流れてからかな?

 国中が暗雲に覆われ、稲光りが空を貫いた。強風が吹き荒れると、真っ暗な空がごうごうと唸った。

 勇者の無事を、国中の人間が固唾を飲んで見守った。


 俺も待っていた。


 魔王討伐の報告を。


 勇者無事帰還の知らせを。






 あの時、俺はいつものように、家畜の世話をしようと牛舎に向かっていた。繊細な牛たちは、空模様の悪さにびくびくと震えていた。俺は牛たちをなだめようと、いつもより早く起きて、新鮮な牧草をくれてやろうと考えていた。


 吹き荒ぶ風に目を細めて、しなる木々に視線を向けたその先に、


 あいつがいた。


 勇者だ。


「は?」


 突然のことに、俺はマヌケな声をあげた。


 だって、あいつ、魔王城にいるはずなんだが。

 なんでこんなところに?


 そんなどうでもいいことを考えていた俺は、

 やっとあいつの異常に気づいた。


 あいつの歩き方がおかしい。

 片足を引きずって、やっとのことで歩いてるって感じだ。


「おい!」


 俺は慌ててあいつに駆け寄った。


「大丈夫か?」


 あいつの肩を抱いて、体重をこちらに預けさせる。そのままその場に倒れ込ませるように寝かせる。だって歩いているのも辛そうだったから。


「おい、どうした?痛いのか?おい?」


 あいつの肩を撫でて、顔を覗き込んだ。

 あいつは、安心したように息を吐いた。


「大丈夫」


 澄んだ声であいつは答えた。記憶の中にいるあいつは、ちっちゃい子供だったけど。目の前にいるのはがっしりとした体躯の美丈夫だった。

 すっかりかっこよくなっちゃって。


「大丈夫だから」


 自分に言い聞かせるように、あいつは言った。


「お前、魔王を倒しに行ったんじゃないのか」


 俺は疑問を口にした。


「そうだよ」


「魔王は倒した、僕が」


 事もなげに、あいつは言った。


「まじで言ってる?そんなん凄いじゃん!お前ひとりで?とんでもな!」


 俺は馬鹿みたいな感想しか言えない。早口でまくしたてた。

 それを聞いたあいつは笑ったように見えた。


「ジャックにそう言ってもらえると、俺も頑張った甲斐があったよ」


 俺、ジャックは勇者のその言葉に驚いた。


 だってそうだろう、勇者を褒める奴なんてたくさんいる。

 勇者がただの村人の俺に、褒められたって特別嬉しいはずないだろう。

 王様やお姫様に褒められて、褒められ慣れてる勇者が。

 これはサービスだ。

 俺を喜ばせようと勇者は、その博愛のサービス精神で、こんな事を言ってくれているんだ。勇者は、末端の村人にも優しい言葉をかけるんだなぁ。


「ジャック」


 勇者が俺の名前を呼ぶ。


「覚えてるか?ジャック、俺達、約束しただろう?」


 約束ってなんだろう?俺は覚えがなかったが、ひとまずここは話を合わせる。

 何度も頷いて肯定を示すと、勇者の続きの言葉を促す。


「一緒に店をやろうってさ」


 したっけそんな話?


 記憶の糸を手繰ってみる。子供の頃に、お店屋さんごっこが流行っていて、その流れで俺は家売り屋さんになるんだとか言った気はする。


「家売り屋さん」


「そうだ、それ!」


 口をついた俺の言葉に勇者は激しく反応した。

 したっけそんな約束?

 そもそもこの話したのは勇者とだっけ?


「あぁ、魔王は倒された、平和な世界で、俺たちの店を出そう」


 俺はそう言った。

 まぁ勇者はこんな約束、もっと大勢としてるんじゃないかな。

 大勢と夢の話をして、明るい妄想に浸らせてくれる。

 そんなサービスもやってるのか勇者。

 さすが何でもできるな。


「あぁ」


 勇者は笑った。すっかりたくましくなった勇者だが、笑った顔にはあの時の面影がある。

 だが面影のあの姿と、どこか異なる。何か違和感がある。


「勇者お前さ」


「怪我してないよな?つらそうに見えるんだけど」


 勇者は力なく笑った。笑い声が小さく響く。

 俺はあの時、すぐに助けを呼べばよかったのか。

 どうして俺は気がつかなかった?


 勇者の豪奢な服は、よく見ると血で汚れていた。

 勇者の外套を翻すと、幾つもの傷跡が露出した。

 それはあまり直視したくない。大きな傷だった。


「おい」


 俺の表情は引きつった。


 親の反応に呼応するかのように、勇者は目を閉じた。


「しっかりしろお前、これからじゃないか」


 俺は叫んだ。


「今までいっぱい頑張った分、いっぱい、楽しいことしなきゃじゃないか」


「一緒に家売り屋さんするんだろうが!」


 国のため皆のため命がけで戦った勇者を俺は恫喝した。俺は何様のつもりだったんだろう。

 俺がバカでかい声を張り上げると、何事かとやってきた奴がいる。


 ファーガスだ。


 コイツは常日頃からを勇者の親友を自称している。


「勇者?」


「勇者だ!」


 ファーガスは、俺と勇者を交互に見る。驚いて目を剥いている。


「ファーガス、俺はみんなを呼んでくる。傷の手当てができるやつをだ。その間、勇者を頼んだ」


 ファーガスは勇者の親友だ。

 俺がそばにいるより、ファーガスがいたほうが嬉しいだろう。


「わかった!」


 ファーガスが興奮して答える。


「待て」


 俺を引き止める声が聞こえたが、俺は構わず走り出していた。

 俺を引き止めたのは、勇者だった。

 だが、俺は止まらなかった。

 この選択が正しいと、その時の俺は信じていた。


 俺は走って、村中の人間に声をかけて。

 傷の手当ての心得ができるやつを探して。

 勇者の両親の居場所を聞いて。

 走って走って走り回って、そうしているうちに、あいつは死んだ。


 勇者が死んだ。


 村の人間に看取られながら、あいつは死んだ。






 それからの騒動は、まぁ、先に語ったよな。


 そうなんだよ。勇者は死んだんだ。


 魔王を倒したあいつは、最後の力でこの村に帰ってきた。

 俺は細かい事は知らないけど、なんだかそういう魔法があるらしい。

 勇者は魔法も使えるんだってさ。

 詳しい事は知らないけど。


 勇者は、この村の友達や家族に最後に挨拶がしたかったんだろうな。


 そしてそれは叶ったのかな。


 それから毎日が忙しくて、大変だった。

 しかし、それは幸せな喧騒。


 勇者が魔王を打ち倒した。それは経済にも影響を与えていた。

 魔王の脅威によって止まっていた物流が動き出した。

 脅威がなくなったことで、地価が上がった土地がある。

 そして、その功績。

 他の国からも勇者を排出した我が国は賞賛された。

 俺も鼻が高かったね。


 命がけで戦ったのは、俺じゃないけど。





 忙しい毎日。それに、人々が慣れ始めた頃。


 勇者のお父さんが俺を訪ねてきた。


 俺は忙しかったし、勇者のお父さんも忙しかった。

 俺は村おこしの余波を食らっての忙しさだったけど、

 勇者のお父さんは当事者だった。

 あんなに素晴らしい人間をどうやって育てたのか、世界中がその教育論に注目していた。


 そんなに忙しい人が、わざわざ俺を訪ねてきて何の用だろう。

 疑問に思いつつも、俺は勇者のお父さん、おじさんを招き入れてお茶を出した。


 お茶を挟んで、俺たちはテーブルの向かいに座った。


「やー、忙しくなりましたね」


 俺はへらへら笑いながら言った。

 日中に腰を下ろすのは久しぶりだ。気持ちが安らぐ。来客用のお茶はうまい。それだけでも来てくれてありがたいと思った。


「息子さんの事は、非常に残念です」


「でも、その功績は偉大です」


 俺はおじさんを見た。疲れた顔をしている。そりゃそうか、大変だったんだろうな。


「いいよ、そんな気を使わなくて」


 おじさんは、微笑んだ。


「昔みたいに、おじさんて呼んで」


 その時、思い出した、俺は結構この人と会っている。それはなぜだろう?

 あぁ、そうだった、勇者と遊んだときに、よく家に寄って、それで。


「おじさん」


「うん」


 昔みたいに呼びかけると、おじさんは、満足そうにうなずいた。


「あの子を看取ってくれて、ありがとう」


「あの子も、ジャック君に会えてよかったって言ってたよ」


「ジャック君があの子の危篤を伝えてくれたから、僕も、あの子の死に目に会えた」


 おじさんは変なことを言う。俺は首をひねった。


「そうかな?勇者を看取ったのはファーガスじゃないかな?

 勇者が会えて嬉しかったのもファーガスじゃないかな?」


 俺は疑問を口にした。


「ジャック君」


 おじさんは、悲しげにうつむいた。


「忘れちゃったのかい、ファーガスは、うちの子をいじめていたんだよ」


「え?」


「無理もないね、ジャック君は、友達がいっぱいいたから」


 おじさんは、カップを揺らしながら静かに続ける。


「でも、おじさんはよく知ってるよ、うちの子がずっと話していたから。いじめっ子からうちの子を守ってくれたのも、ジャック君だよ」


 おじさんがポツポツと昔のことを語る。


 俺と勇者が子供だった頃のこと。


 おじさんの言葉で、

 俺の、子供の頃の、

 忙しさにかまけて、忘れていた、

 あの時の記憶が、甦り始めた。


 勇者は優しい子供だった。

 教室の隅で絵を描いたり。

 静かに本を読んだりしていた。


 物思いにふけり、ひとりでいることが多かった。


 おもちゃの取り合いになったら、必ず相手に譲った。

 優しいからだ。


 それは一種の攻撃的な、相手を屈服させることで自分のプライドを満たすような、そういった感性の歪んだ人間。奴らの標的にされるような、存在だった。


 奴らとはファーガスとロビンだ。


 いつの頃からだろう、


 勇者はファーガスとロビンに目をつけられていた。


 意地悪く小突かれたり、足をかけられて、転ばされたりしていた。


 勇者は優しかった。

 優しかったから、悪意のある行動を知らなかった。

 だから、ファーガスとロビンが、悪意を持ってそれを行っていると思わなかった。

 本当に、うっかり。事故で、たまたま。

 ファーガスの足に引っかかって転んでしまったのだと。

 自分の不注意が原因なのだとそう考えていた。


 その優しさが、奴らをつけあがらせた。


 奴らの嫌がらせは加速した。もう、嫌がらせとは呼べないレベルに。

 それはもはや暴力だった。


 俺は馬鹿だから気づかなかった。

 小さな村だから、気づくことができたはずなのに。

 俺は木の上に板を運んで、家を作ろうと躍起になっていた。

 夢中になった俺は周りが見えなかった。


 だから、ファーガスが思いっきり勇者に拳を振り上げるのを、そしてそれを振り下ろすのを見た。その時初めて、この村の暴力の存在を知った。


「おい、何やってんだ!てめえ」


 俺は火がついたみたいに叫んだ。


「お前、殴ったよなぁ?」


 疑問形ではあるが、断定形である。俺はこの目で見たから。


「ファースが悪いよな」


 俺は決めつけた。


「謝れよ」


 俺は凄んだ。俺はこの時、誰よりもバカだったので、誰よりも村中を駆け回っていた。ばかでかい木に登ったり、くそでかい丸太を転がしたりしていた。そんな俺は、他の子供よりも強かった、そんな自負があった。俺は調子に乗っていた。


「なぁ、謝れよ」


 俺は勢いに任せてたたみかけた。


「あ、あ、」


 だが、調子に乗ったやつは怖いのだ。ファーガスは馬鹿を恐れた。


「ご、ごめん」


 ファーガスは、目を泳がせながら、謝った。


「許す?」


 裁判官気取りの俺は勇者に訊ねた。


 優しい勇者は静かに頷いた。


「ようし!仲直りだな!俺に感謝しな!」


 自分が世界の中心だと思っていた俺は、勝手に、わだかまりの終わりを宣言した。


 それからどうしたっけ?作りかけのツリーハウスに、あいつらを招待して、このツリーハウスを空に飛ばすとか、やがては城にするとか、そんな話をしたような気もする。


 なんて痛々しいんだ、くそがきの俺。

 そりゃ忘れるな。

 こんなに恥ずかしい記憶。


 なんでこの話をおじさんも知っているんだ。

 恥ずかしいじゃんか?


「うちの子はいつも、この話をしていた」


「うちの子は本当に悩んでいたんだ。友達から暴力を振るわれていること、それを誰にも話せなかった」


「僕にも話してくれなかった、ジャック君に助けられていじめられなくなってから、やっと、話してくれたんだよ」


「僕が心配すると思ったみたいだね」


「だから、黙ってた」


「ひとりで、ずっと悩んでいたんだ」


 そのずっと、は、どれくらいの期間なんだろう?

 俺は知らなかった。馬鹿だったから。


「それからうちの子はジャック君とよく遊ぶようになったね」


「ジャック君の真似をして、野山を走り回っているうちに体力がついて」


「剣術道場に通うようになった」


 それは俺には疑問だった。勇者は優しくて、誰かが傷つくと悲しそうにしていたから。いきなり剣術を習い始めたから、驚いたっけ。

 そう言うと、おじさんは笑った。


「ジャック君が先に習い始めたんじゃないか、うちの子も誘ってさ」


 そうだっけ?あの頃は、なんだってできるような気がしてて、何にでも手を出したからなあ。

 そろそろお茶のおかわりを淹れようかな。そんなことを考えていた俺に、おじさんは言った。



「ジャック君みたいにかっこよくなりたいって、うちの子は、そう言ってた」




 おじさんは、急に、

 当たり前の事みたいに、そう言った。


「え?」


 俺は冷たい水をぶっかけられたみたいに、固まった。


 勇者が俺のことをかっこいいって?


 俺みたいになりたいって、そう言ったって?


 そんなはずは、


 だって俺は、ただの村人で

 あいつは、勇者で


 あいつにとって、俺は、

 ただの同郷の幼なじみだ。

 たくさんいる幼なじみの中のひとりに過ぎない。


 あいつには、ファーガスとロビンという親友が…、

 親友がいる、


 いや、…いない。


 ファーガスとロビンは勇者をいじめていた。

 あいつら勇者が活躍し始めてから、急に親友顔して…


「あの子は、優しい子だった」


「そして強い子だった」


 おじさんは、窓の外に目をやった。

 優しい新緑の匂いの風が吹いて、暖かい光に照らされている。

 勇者が命がけで守った、穏やかな日常だ。


「だけど、不器用だった」


「友達の作り方を知らなかった」


「だから、ジャック君が手をとって、友達だって言ってくれて嬉しかったって」


 何か記憶にあるようなないような。あの頃の俺は、友達の腕を無理矢理掴んで、振り回して、友達だよな!と叫ぶのが流行っていた。俺の中だけの流行で、面白くてげらげら笑っていた。今思い返すと、何が楽しいのかわからん。


 くそがきの俺の大暴れは、勇者には眩しく映ったらしい。


「一緒に空飛ぶ家売り屋さんをするんだって。約束したらしいじゃないか」


 …した?あぁ、そうつながるのか、つながってるか?その話?家売り屋さんってなんだ?俺はその時、ツリーハウスが世界で一番かっこいいって、そんな話ばっかりしてたような気もする。


「うちの子はね、ジャック君のことが大好きだった。いつも君の話をしていた。助けてくれて、夢を与えてくれる、かっこよくて、優しい」


「うちの子はジャック君のことを勇者って呼んでた」


「だから、自分が勇者の称号を手に入れたときに、ジャック君に近づけたって、喜んでたよ」


「うちの子が、友達だと言ってよく話してくれたのは、ジャック君の話だけ。ジャック君だけがうちの子の友達だったんだよ。うちの子は、ジャック君のことを親友だと」


 丸太でぶん殴られたような衝撃が、俺を襲った。


 あの勇者が


 あいつが


 特別な、あいつが


 世界にとって、特別なあいつが


 俺を


 メキメキと、剣の才能をあらわしたあいつは、モテだした。

 俺は、あいつの恋愛相談に、経験者のふりをしてのっていた。

 本当は恋人なんかいたことないくせに。

 だんだんそれが苦しくなって、俺は、あいつを遠ざけるようになっていた。


 俺が忙しいふりをしている間に

 あいつはたまたま村に来ていた有名な剣士と試合をすることになって。

 それに見事に勝利して、

 そのまま城に呼ばれて行った。


 有名になったあいつは俺なんか忘れてしまうと思っていた。

 あいつの評判が耳に届くたびに、俺は悔しかった。

 特別だと思っていた俺は平凡だった、平凡な村人だった。

 守らなきゃいけないと思っていたあいつは特別だった。あいつは勇者だった。


 だから俺は忘れることにした。

 記憶に蓋をして、虚しい自分自身を覆い隠そうとした。


 あいつと比べると虚しくなる。

 あいつに勝てるわけない。

 あいつは、特別。


 特別じゃない俺の自己防衛。





 もしかして、あいつは


「うちの子は、最後に、ジャック君に会いに来たんだよ」


 俺の推測をおじさんが後押しする。

 そうであって欲しい思いと、そうじゃなかったらいいって思いと心がふたつある。


「魔王を打ち倒して、一番褒めて欲しい人に、それを伝えたかったんだ」


「最後に夢の話をしてくれたんだってね」


「僕は、あの子の死に目に、間に合ったんだ」


「あの子の手をとって」


「あの子と話した」


「でも、あの子は」


「本当は、君にそばにいて欲しかったんだ」


「そのために、頑張ってきたんだから」


「君と夢の話がしたかったんだ、もっともっと。そのためにあの子は、頑張れたんだ」


 勇者はどうして?


 俺より強い人間

 都会にはそれがいっぱいいたはずだ。


 かわいい女の子だっていっぱいいたはずだ、

 婚約者の王女様は本当に可愛い。


 勇者はどうして?


 俺を忘れなかったんだろう。どうして俺は勇者の中で特別であり続けたんだろう?

 どうして俺は気がついてやれなかったんだろう。


 やっとのことで、魔王を倒して

 震える腕で差し伸べた、その手を、

 どうして

 俺は握り返さず


 俺はどうして?


 俺はどうして特別じゃないんだろう?


 俺も、あの時、勇者と一緒に剣を続けていれば

 そうすれば、勇者の助けになれたんだろうか?


 勇者は死ななくて済んだんだろうか?


 俺はどうして?


 特別になろうとしなかったんだろう


 あいつと肩を並べて、特別な何かに


 そんなことできるはずないって

 やる前から諦めて


 勇者は俺を認めてくれたのに


 ツリーハウスだって完成には至らなかった。

 思う様な形にならず、板を作るのに飽きてしまい、途中で投げ出した。

 静かに朽ちていく過去の夢の残滓を、見ないふりして過ごしていた。





「おじさん」


 俺の心を灼く感情。

 払拭する。


「俺は、もう一度、剣を習うよ」


 おじさんは、静かに微笑んだ。おじさんと勇者は親子だ。

 おじさんが笑うと、勇者の笑顔を思い出す。


「いいね」


「ジャック君なら、うちの子より強くなるよ」


 おじさんはあいつみたいに優しく応えてくれる。


 それがあいつへの償いになるのかわからないけど


 勇者が認めた俺を

 バカで勢いに任せて行動して、いつもゲラゲラ笑っていた俺を

 もう一度見せてやるよ。

 見てろよ勇者。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ