私の心の羅針盤
私の胸の心の羅針盤はいつも高橋君に向いている。
高橋君を思うとピピッて、心がときめくの。
高橋君がたとえ大都会東京の人混みの中に紛れていようと、探し出してみせるわ。
好きなの⋯⋯どうしようもないくらい、高橋君が好きなのよ!
「⋯⋯おい!」
高橋君とどうせならコンパスのように一つになって円を作りたい。ハートも描けるのかな。もしそうなれば私の恋の羅針盤が、振り切ってしまう。
高橋君が成層圏⋯⋯いえ、大気圏を突き抜けて、宇宙旅行に行っていたってわかるのよ。
「⋯⋯おいって!」
生物学上のお父さんがうるさいわね。私は高橋君に夢中なの。他人となったおじさんに興味はないの。
「碧衣、まだお父さんの事を許してくれないのか」
お父さんとお母さんは昨年末に別々の道を歩んだ。性格の不一致だって。お母さん怒っていたから違う理由ね。
お父さんだった人は、私と高橋君の邪魔をする置き物、スピーカー機能の壊れたアンプだってお母さん言ってた。そういえば迎えに来たこのジープも音がおかしい。
「久しぶりに会えたのに冷たくしないでくれよ」
言われてみたいよね、高橋君にこのセリフ。なんで他人となったおじさんが言うのよ。
「取り消して下さい」
「はぁ?」
「いま私に言ったセリフを取り消して下さいと言ったのです」
「何を馬鹿みたいな事を言っているんだ。せっかくこうして⋯⋯」
面会義務とは言っても⋯⋯高橋君以外の男に付き合わされるのは苦痛ね。元お父さんのジープから降りて、待望の高橋君のいる水族館へと向かう。
馬鹿みたいでも、夢見がちでも結構なの。私は高橋君が好きなだけなんだから。
元お父さんとの面会場所を元お父さんの働く水族館にしたのは、高橋君に会えるチャンスがあるから。
「だいたいあのおじさんは、高橋君じゃなくて、石田君に決まったぞ」
「関係ないの!あの子は私の高橋君になったの!」
デリカシーのない元お父さんが、いらない情報でマウントを取ろうとする。なんで石田よ。私の高橋君に変な愛称つけないでほしい。
「新種だから珍しい色だろう」
高橋君の横で、お父さんだったおじさんがうるさい。集中したいのに、一人で勝手に喋りかけてくるから放っておいた。
「────あぁ、高橋君。会いたかったよ〜〜」
つぶらでキュートな目をずっと眺めていたいのに⋯⋯今日は高橋君に会えた時間はわずか5分。二時間並んで、たったの5分。知り合いのおじさんとの面会時間目一杯使って合わせて10分の逢瀬。
でもいいの。ピピッてまた高橋君が呼んでくれるから。その時はまた、生物学上のお父さんとの面会を口実にして飛んで来るからね。
────ピピッピピピッ
「あっ、お母さんが呼んでるから帰らないと」
胸にぶら下げているコンパスはお母さんが持たせてくれた電子コンパスGPS機能付き。高橋君に会える時とお母さんが呼ぶ時で、鳴り方が違うから私にはすぐわかる。
「並ぶ間、碧衣と全然話してないじゃないか」
「私は高橋君に会いに来ただけだもん。それより高橋君が棲みやすいように、お世話してあげてよね」
私の大好きな高橋君の側に、いつも側にいられると思うと、お父さんが憎らしく思う。
お魚さんの事になると、凄くうるさくてクドクド長話をするお父さんは嫌いだ。でも高橋君やお魚さんたちの世話を、一所懸命面倒見るお父さんは嫌いじゃないよ。
でも⋯⋯もう少しお母さんや私にも構って欲しかったなと思う。高橋君やお魚のさんのように、餌をあげて欲しかったよ。
ちっぽけな私の復讐に付き合わせてごめんね高橋君。もう少し困らせてやりたいから、また会いに行くね。
お読みいただきありがとうございます。
「お父さん」のキーワードを使うと、親子関係の話になってしまいます。作中のジープもコンパスとかいう名前の車が発売されていた覚えがありますが、違っていたらごめんなさい。