8 たまには遊びに行ってもいいですか
タバコの臭いが残る薄暗い部屋に若い男2人。何かが起こるはずもなく、2人で交互にただ歌い合うだけだ。それ以上でもそれ以外でもなく、たまに雑談を挟むのみ
最近の曲らしきアップテンポの曲ばかり歌う太陽に対して、千代が歌うのは昔のアニソンやJ-POPばかり。最近の曲に興味がない訳ではないが、新しいものを取り入れるのはハードルが高いというジジ臭い言い訳を盾に履修していない。
今もCMで良く聞く歌を高得点で歌いきった太陽が横に座って話しかけてくる。
「な?たまにはカラオケも良いだろ?」
「悪くはないが、女子はどうしたんだ?」
「断ったよ。ほら、これが証拠」
そう言って見せられたスマホの画面に映し出されていたのはトークアプリのグループ画面が映し出されている。そこには太陽の断り文に続き、6人くらいの反応が続いていた。
「一体、何人で行くつもりだったんだよ」
「ざっと10人くらいかな。気になるなら入るか」
「入るってそのグループだろ。入らないよ。めんどくさいし」
「クラスのグループでもか?」
「一緒だろ。……俺が去年も入ってないの太陽は知ってるだろ」
不服そうに文句を垂れる太陽には悪いが、交流を絞っているにも関わらず、わざわざ交流を増やす真似はしたくない。太陽もその事は知っているはず。けれども彼は諦めずにどうにかして友人を作らせようとしてくる。
「俺は友達なんて要らない。彼女なんてもってのほかだ。そんなものは将来的に枷となる。自ら枷をかける人間がこの地球のどこにいる?」
「極論だな。そばに誰かがいるというのは心が癒されるもんだぜ。って今は良いんだ、それは。俺が聞きたいのは予知の内容だよ」
「……それを聞くつもりなら余計に他人を呼ぼうとするな、バカ」
「他に人がいたら2次会に千代だけ誘うつもりだったから大丈夫だ」
何が大丈夫なのか甚だわからないが、突っ込むと話が進まなくなるので放置しておく。会話したがりの太陽に突っかかるのは愚策としか言いようがない。
「それでそれで?ゲンナリしてたくらいだから良いもんじゃなかったんだろうけど、どんな内容だったんだよ」
「それがわかってるなら、俺が話したくないってのもわかってるんだろ」
「さぁ、俺は気の利かない男だからな。他人の気持ちを察するなんて高等スキルは持ち合わせていないね」
「腹立つな、そのポーズ」
「ふっ。どうだ、話す気になったか」
「この流れのどこに話したくなる要素があったんだよ。でも、まぁ、どの道話すまで離さないんだろ?」
「当たり前だ。さぁ、話せ!」
相手が太陽だという事もあって、仕方がなく今朝見た夢の内容を話す。勿論、唯の名前も包み隠さず出して説明する。名前を隠した方が赤の他人の事だと思い、太陽が余計な事に巻き込まずに済む。しかし、そんな発想は千代にはなかった。知ろうとしたのは太陽の方で、知ってしまえば太陽の性格上協力せざるを得ない。
太陽は誰にでも優しく、他人の為に動くことができる。にわかに信じられる事じゃない夢という戯言を信じる。他人を不幸にしかしない異常者とは鼻から違う。そんな彼を利用するような形をとるのは悪いとは思うが、首を突っ込んできたのはあちら側からで、助けを必要としていたのは事実だ。ならばその好意を言いように使わせてもらっても悪くはあるまい。
これが所詮、言い訳に過ぎない事は重々承知ではあるが。
「それはマジか?」
「マジだ。証拠は出せないから、本当だと言い張るしかないけどな」
「わかった。信じる」
「助かる」
とは言ったものの、今からできる対策なんてものがそう簡単に思いつくはずもなく、諦めて数曲歌ったところでその日は解散となった。
「何か困ってたら、ちゃんと俺に報告するんだぞ。俺たちは友達なんだから」
「あぁ、頼りにしてる」
そうして太陽とカラオケの前で別れ、繁華街の光に照らされながら帰路につこうとしたその時、聞いたことある女性の声が背後からかけられた。その声は今、1番聞きたくない声だった。
「浅野君?」
煌めくネオンライトに映し出されたスーツ姿の女性。それは数時間振りに見た松野 唯その人の姿であった。