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5 豕。豐ォの夢


「先生はどうして教師になったんですか」


 これは純粋な疑問だった。幾ら生徒の為と言えどそれも所詮他人の為に善意を尽くしている態度を示す彼女。仕事である以上、対価は貰っているはずだ。だが、支払われる対価に釣り合っているかと言われれば、新任の彼女が受け取っている額は大したことはないだろう。そんな事は有名な話で、彼女が教師になる道中で知っているはずだ。


 それでも彼女は教師になる道を選んだ。それも他人を気遣う事のできる教師になるには、なんらかの理由がなければ簡単には成れない存在である事は間違いない。彼女元来の性格だと言われれば、そうなのかと納得する他ないが。


 それでもそこまで他人に優しくなれる彼女には興味が湧いた。


「私が教師になった理由かー。私の話なんてよくある話だとは思うけど、それでも良い?」


 頷くと彼女はコツコツと前を歩きながら恥ずかしそうに思い出話を始めた。


「私はね、人が嫌いだったの。友達やクラスメイトだけじゃない。親や兄妹だって嫌いだった。虐められてるとか、家庭内暴力があったとかじゃないけどね」


「じゃあ、どうしてです?」


「私、他人の感情が形になって見えるの。喜び怒り悲しみ。こんな単純な感情から、口にしたくもない下世話な感情まで目に見える」


 立ち止まって振り返り、こちらの顔色を伺うように顔を見つめられる。最初はしたり顔で覗いていたが、疑問符を浮かべた顔に変わる。


「うーん。小さいけど見えたのは驚き少しと喜び……かな?驚きは他と同じ反応だけど、今の話のどこに喜ぶポイントがあったのかな」


「いえ、些末なことなので気にしないでください。ですが、本当に心を読めるなんて凄いですね。色々な事に使えそうだ」


「心を読むなんて言われると凄そうに聞こえるけれど、そんな素晴らしい力じゃないのよ。今でこそ、無闇に聞こえないよう制御できるようになったけど、昔はみんなの感情垂れ流し、知りたくもない感情が濁流のように流れ込んできていたの」


 身を持って味合わなければわからない苦痛。想像として語るのならば、聞きたくもない音楽を無理矢理聞かされ続ける感じだろうか。制御できないとなると、大音量だとしても音量を下げられない……と言ったところか。


 しかし、実際は言うが易しなんだろう。結局、悩みは本人にしかわからない。


「それから私は全員を拒絶するようになった。高校生のある時になったら、家にも帰らない、学校にも行かない。そんな生活を続けていたの。でも、それが無理筋な事は誰が聞いてもわかるでしょ」


「そうですね。幾ら高校生と言えど、親の支援なしで生きていくのは難しいでしょう」


「そう。昔の私にはそれがわかっていなかったんだけどね。結果、すぐにお金も無くなって、近くの公園で途方に暮れていたの。女子高生が公園に1人、何が起こるかはドス黒い感情が近づいてきていたから察しがついてた」


「逃げなかったんですか?気づいていたから逃げる事だって」


 彼女は目を瞑って首を振る。その後見せた彼女の目はここではないどこか遠くを見つめていた。


「言ったでしょ?私はみんなを拒絶していたの。自分を含めて。誰にもわかってもらえない力を、気持ち悪がられる力を持って生まれた私を消して欲しい。その時はそう思っていたの」


 彼女が当時、どれだけ苦しんだか。それは想像の範疇でしか物語れない。雑に共感はできても、彼女が本当に感じた気持ちはわからない。人一倍感情のわかる彼女の気持ちを誰もわかってやる事はできない。


「でも、最悪はいつまで経っても訪れなかった。それどころか安堵と怒りが混じった感情が一気に押し寄せてきていたの」


「つまり、第三者の誰かがその場にきて、悪漢を撃退してくれていたと」


「そう。目を開けた時にいたのはその時副担任だったお爺ちゃん先生だった。その後ろにはガタイのいいおじさんが逃げていくのも見えて、何があったんだと思ったよ」


「因みに、そのお爺ちゃん先生は体育を受け持ってたり?」


「それが古文よ?しかも、授業中はずっと優しい感情しか見せていなかった先生だったの。その時は本当に同一人物か疑ってしまったよ。そして何をやってるんだとたらふく叱られて、一緒に親へ謝りに行ってくれた。その姿はいつもの朗らかな先生じゃなかったんだ。それだけじゃない。後で聞いてみると、私が居なくなったって知らされてからからずっと探してくれてたんだって。私は知りたくなった。なんでそこまで私の為にしてくれるのかって。そしたら先生はたった一言こう言ったの」


「私はあなたの先生だから」って。


「それが先生が先生になった理由」


「そうだよ。そして浅野君を気にかける理由」


 ちょうど赤信号になったのを見て、唯は振り返る。


「だって私はあなたの先生だから」


 眩しい笑顔を浮かべた唯の後ろから光が差す。彼女が天使のようだったから見えた後光の幻視。そうだったらどれだけ良かっただろうか。


 後ろから差し込む光は人工の光。エンジン音と共に段々と強まる光に目を奪われ、遂には目を開けては居られなくなった。次の瞬間、轟音が辺り一体に鳴り響いた。

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