3 新任の教師が現れるとどうなりますか
「とりあえず出席を取るね。1番、浅野君……って顔色大丈夫?」
「大丈夫です。僕の事は気にしないで、早く次の人へ行ってください」
顔色が悪い事など寝不足であるが故にいつもの事で、教師陣には周知の事実だと思っていた。しかし、彼女の姿には見覚えがない。教師の見た目を覚えている訳ではないが、ぼんやりとした記憶の中に彼女の姿はなかった。
黒色の髪を後ろで1つに結び、爽やかな印象を与える。にも関わらず、太めの黒縁メガネが知的さを出している。出してはいるのだが、童顔な上に体型が幼いのでどう見てもスーツに着られている。
そんな彼女の事は自分が名乗る前に出席を取り始めたので、教師である事は予想がつくが、名前すらもまだわからない。
しかし、それを突っ込むのはボッチがやる事ではないので、それ以上口を開かなかった。
「むー。大丈夫じゃなさそう!後で保健室に絶対行ってね」
わざわざこちらの席まで寄ってきて目を合わそうとする彼女と目を合わさないように目を逸らす。それが気に障ったのか、否が応でも目を合わそうと前に立たれる。
これ以上、目を逸らし続けると余計に目立つ。それを見兼ねたのか、反対側である窓側から声が上がる。
「先生!僕達、まだ先生の名前を聞いてません」
「……あ。ごめん、張り切りすぎて忘れてた!」
近づけていた顔をようやく離し、教卓の方へバタバタと戻っていく。
「改めまして、私は松野 唯。気軽に唯先生って言ってくれたら嬉しいな。ごめんね、浅野君」
どの事に対して謝っているのかは皆目見当はつかないが、とりあえず「うす」とだけ反応しておく。折角、太陽が出してくれた助け船を無駄にする訳にはいかない。
「今年からここ、県立大山高等学校に配属されました。初めて担任を持つので至らない点もあると思います。ですが、私もみんなと一緒に成長していけたらと思っているので、よろしくお願いしますね」
「はーい、唯ちゃん先生!質問でーす」
「唯ちゃん先生……仲良さそうだからヨシ!私に答えられる事ならなんでも聞いて」
「先生には付き合ってる相手、結婚相手は居ますか!」
これまたど定番を。そんな事を聞いて、一体誰が得をするのかと思ってしまう。一般人目線で見ても、彼女の容姿は優れているとは思う。それでも、詮索するのは気分が良いものではないかと勝手に決めつけていたが、質問された側である唯は意気揚々としていた。
「えー、気になる?でも、ほら。私の薬指は空いてるの」
左手を見せつけながら、唯は楽しそうに自分の彼氏事情を話し始めた。これは長くなる。そう決めつけた千代は情報遮断モードに入る。出席を唯一取ってもらったのはある意味デカい。お陰で唯が一通り喋った後も、また当てられる羽目にはならないはずだ。クラスメイトに悪い意味で少し目をつけられたかもしれないが、そのくらいじゃ付き合いの悪さからくる悪評には変化は起きないだろう。それに何かあれば、また太陽がどうにかしてくれる。そう勝手に信頼して意識を手放す事にした。
そして次に意識を取り戻した時、目に映った光景は夕暮れの赤い日が差し込む生徒も教師も誰もいない幻想的な教室だった。
「しまった。意識をトリップしすぎた」
「あ、やっと目が覚めた」
目が覚めた方向には確かに誰もいなかった。だが、背後を取られているとは露も思わず、驚いた反動で椅子から情けなく転げ落ちる。
「あらら、大丈夫?」
「松野………唯先生……」