2 睡眠を削るとどうなりますか
4月、それは新しい風が吹く季節。進学、進級、はたまた留年。それぞれに渦巻く環境がガラッと一変するのが普通。そんな中、変化を楽しめない、変化を望まない男が今、立っている場所。それはクラス替えがどうなったかを載せる紙を貼った掲示板の前である。
周囲の人間が思い思いに写真を撮る中、ぼーっと自分の名前がどこにあるのかを探す。用がなければこんな人が多い所には顔を出したくはなかったのだが、親しい友人が少ない身としては直接見に行く他ないので仕方なく顔を出した。
「浅野……浅野……あ、あった」
幸いにも自分の苗字はすぐに見つかる。伊達に10年以上、出席番号1をキープしてきただけはある。青木さんや赤城さんが現れなければ、自分の名前は1番上にくる。もし居たとしても多くて2、3人。そこまでカバーすればなんの問題もない。
クラスは6組中、2組。特にクラスに対してこれといった希望はなく、ただ自分がどのクラスか分かればそれでよかった。周りが友達同士で自分は何組だと言い合っているのが普通の反応だとは思いもするが、特にそういった交友関係もないほぼボッチなので、邪魔者は早々に振り分けられた教室へと避難する。
教室の中はまだ殆ど人がおらず、居た人達もグループで話している。そんな中、1人で席に着く異端児ではあるのだが、特に周りの目線など気にもせず、出席番号順で並べられた自分の席、1番右前の端へと着席する。
ヒソヒソとグループの声が小さくなり、こちらの噂をしているのだと察しがつく。しかし、それも束の間の話で、グループはこちらの事など興味を失ったようにまた普通の声のボリュームで話し始める。
内容も聞こえてはいるのだが、必要な情報ではないと判断した結果、特技の1つである意図的な情報の遮断をする。これをすれば何も感じなくて済む上に、気づけば時間が経っている。
だが、それも肩に手をかけ思い切り揺さぶられた事で、すぐに崩される羽目になった。
「おーい、千代!起きろ」
「ん、太陽、うるさい。痛い」
肩に跡がつくんじゃないかと疑うくらいには力を込めた上に揺らされれば、意図的に情報を閉ざしていたとしても現実へと引き戻される。
「また、死にそうな顔をしてるぞ!寝不足なのはわかるが起きろ!」
「寝不足だと思うなら寝かしてくれ。実際のところ、寝てた訳じゃないんだが」
「そうなのか」と腕を組んで訝しむイケメン。名を夜野 太陽と言い、茶髪と右耳につけたピアスがチャラい印象を与える。実際に様々な女生徒と仲良く話しているのを見る。噂では告白された回数は3桁に届くのではないかと、覚えたくもない情報を掴まされた。
そんな彼ではあるが、誰とも交流を計らなかったのを見て学級委員長の血が騒ぐとか言い、執拗に去年から話しかけられ続けているのである。人気者の彼を無下にし続けていると、要らぬ波風が今以上に立つ可能性を考慮して応じた結果、学校で唯一まともに会話する相手になってしまった。
「相変わらずの凄い隈だ。昨日も眠れなかったのか?」
「いや、昨日は3時間も寝たよ。こんだけ寝たのは久しぶりだ」
「えぇ……。今に始まった話じゃないが、本当に大丈夫か?病院とか……」
「大丈夫だ。俺は大丈夫だから。それより、ほら。太陽と話したそうな奴がこっちを見てる。話しに行った方が良い」
指を差す。人に向けて指を差すのは失礼だとは思ったが、名前も知らない男女がかたまったグループを示すにはそうするしかなかった。
差されたグループはこちらを、というより太陽を見ていたので目が合うとものすごい勢いで目を逸らされた。
「そ、そうか?じゃあ、行ってくるよ」
「はあ、なんで遠慮がちなんだ。俺の事なんて気にしないで、自由に絡みにいけばいいのに」
太陽は彼なりの優しさからなのか、定期的に話しかけてくる。素気無い態度を取り続けるにも関わらずだ。
「俺と話していてもつまらないだろうに。それどころか俺と絡んでいたら良い噂も立たないだろ」
他人を絶対的に拒絶している千代の評判は良くない。それは生徒だけに留まらず、先生方も含めてだ。そんな奴と話すのは良くないと言った事がある時あったのだが、何故か悲痛な顔をされたのでそれ以降触れていない。
そんな解答の見えない事を考えるのは無駄だと思い、思考をクリアにしようとしたところ、また目の前で雑念の原因がけたたましい音と共に現れた。
「みんな!おはよう!」