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第7話『俺は周りから言われている程優しい人間じゃないですよ』

youtubeで人工音声の読み上げを投稿しております。

https://youtu.be/4ymSqqckt5s


高校に入学してから一カ月。


今思い返しても激動の一月だった。


俺はようやく一人になれたと、逃げこんだ保健室で一人ホッと息を吐く。


「今日は随分と慌ただしいね」


「……っ」


「そんなに警戒しないでくれ。ボクだよ」


「あ、あぁ。翼先輩」


「いやいや、君も大変だね。光佑君」


「からかわないで下さい」


俺はベッドに入って休んでいた翼先輩のすぐ横に座り、笑いかける。


翼先輩はよっこいしょ。なんて声を出しながら上半身を起こして、長い髪を耳に掛けた。


そして息苦しいのだろうか。上着のボタンを一つ二つと外してゆく。


それが何だか見てはいけない物を見る様で、俺はすぐ背後のカーテンを閉じながら、目を逸らすのだった。


「君は酷く大胆な癖に、たまに妙に初心なのは何なんだい?」


「どっちも先輩のせいですよ」


「ボクのせいにされてもね。困ってしまうな。どうせその様子じゃあ他の子にだって奥手なんだろう?」


「他の子に積極的になる理由がありませんね。俺は先輩にしか興味無いですから」


「ふぅ。これは重症だね。例の雑誌も効果は無かったようだ」


「……あの雑誌。先輩が仕込んだ奴だったんですか!? あれのせいで家じゃ大事件でしたよ。妹たちが怒りだして、家族全員の前で説明する事になったんですよ?」


「それは悪い事をしたね。いや、今度からは鞄じゃなく君が一人で楽しめる様に手渡しするべきかな」


「要らないです。何度も言いますけど。俺が興味あるのは先輩だけですから」


「君も随分と強情だね。なんだ? じゃあ君はボクがあの雑誌みたいなポーズでもしたら嬉しいのかい? 信じられないな」


「先輩の体調が悪くないのなら、お願いしたいくらいですけど? 良いんですか? 遠慮しませんよ」


「いや。それは遠慮して欲しいのだけれどね」


「それは残念」


「それに、ボクとしてはこんな所に来ていないで、あの雑誌のアイドルみたいに可愛くて、胸の大きな女の子の所に行くべきだって思うけどね? こんな病弱で、貧相なボクの所じゃ無くてさ」


「どこに行こうと、誰と居ようと俺の勝手ですよ。今の俺は翼先輩と一緒に居たいからここに居ますし。翼先輩がここに居るなら、どこにも行く気はありません。まぁ、翼先輩が俺の顔を見たくない程嫌いだというのなら、出て行きますけれど」


「君は、意地悪だね」


「前も言いましたが。俺は周りから言われている程優しい人間じゃないですよ。独占欲だって強いし。我儘で、自分勝手な人間なんです」


「困ったものだね。まったく。困ったものだ」


俺は呆れた様に溜息を吐く翼先輩と何でもない話をしながら、タイミングを見計らって本題の話をする事にした。


実際の所、保健室に来たのは翼先輩と会えるかもしれないという希望があったからだ。


あの話をする為に。どうしても会いたかった。


「そういえば。そろそろ夏の地区予選が始まるんですよ」


「そっか。もうそんな季節なんだね。で? どうだい」


「正直な所、勝つのは難しいですね。運よくいくつか勝てたとしても、やっぱり倉敷には、晄弘に勝つのは難しいでしょう」


「おや、珍しく弱気だね」


「弱気というか、どうしようもない事実って感じですね。俺じゃ晄弘の様な球は投げられないので」


「そうか。でも」


「はい。見に来られそうですか?」


「応援か。どうかな。夏は暑いからね」


「いや、ごめんなさい。無理を言いました」


「まだ答えを出してないのに、謝るのが早いね」


「……なら」


「うん。行けそうなら行くよ」


「っ! ありがとうございます!! 翼先輩が応援してくれたら絶対に勝ちますよ! 甲子園にだって行ってみせます!」


「ふふ。これは責任重大だね」


「あ。でも無理は絶対にしちゃ駄目ですよ? 居るという想像で何とか勝ちますから。テレビで見てください」


「あぁ、分かってるさ。テレビからかもしれないが、君の事を応援しているよ」


翼先輩は柔らかく笑い。俺の手を握って、気持ちを送ってくれるのだった。


勝ちたいという気持ちが湧き上がってくる。


そしてその気持ちのまま俺は日々の練習と試合に臨むのだった。




それから俺は翼先輩に話した通りに予選を勝ち進んでいった。


しかし、運悪くというべきか。


三回戦目の相手はあの倉敷であり、晄弘であった。


勝算は薄い。しかし、ここで容易く諦めるのも嫌だった。


だが。現実はそう上手くはいかないものである。


「さてこの状況。どうする? 立花光佑」


「ふむ。難しいですね」


「乱打戦だな。と言えば聞こえは良いが、向こうは全員で上手く点数を稼ぎ、こっちは立花が点数をとっているだけの状況だからなぁ」


「正直勝つのは無理だろうな」


「そうですねぇ」


俺は先輩の言葉に返事をしながら、スコアボードを見た。


そこには、3対5と書かれている。


逆転するには、二人が出塁して、俺がホームランを打てば、可能性はある。


まぁ、返しに来るであろう相手の攻撃を抑えきる必要があるのだが、それでもまだ、可能性は残るのだ。


「でもまぁ、諦めなければ可能性はありますよ」


「そうは言ってもなぁ」


「熊田。後輩に、一年にここまで言わせて恥ずかしくないのか」


「島本?」


「スコアボードを見ろ。二点差だ。絶望的な数字って訳じゃない。現にここまでに三点取ってるんだ」


「いや、その点数を取ったのは全部立花だろ」


「だとしてもだ。逆に考えれば二人出塁さえすれば逆転出来るって事だ。もしくは一人でも良い。それで延長戦だ」


「無茶苦茶言うなぁ」


「言うさ。言うに決まってる。だって、考えても見ろ。予選でも初戦敗退ばかりだった俺たちが三回戦の舞台にいるんだぞ。しかも相手は名門倉敷なのに、点差は二点だ。この試合を見ている人たちは最初にこの試合が決まった時、こう思っただろう。あぁ、これはコールド負けかと。しかし現実はどうだ。今どうなっている? 二点差だ。あり得ない事が起こっている。奇跡が起きている。なら、あと少しの奇跡くらい起こしてやりたいじゃないか」


「そう言うからにはお前も出塁する必要があるんだが?」


「あぁ、行ってくるさ。俺は塁で待ってるからな。後は頼んだぞ。まぁ後輩に任せきりというのも情けないが」


「先輩。俺は、先輩の事、情けないなんて全然思って無いですよ!!」


「そう言ってくれるとありがたいよ」


そう言いながら島本さんはバッターボックスに立ち、あの大野晄弘に食らい付いている。


負けじとバットを振るい、例えそれがファールになるとしても、諦めない。


勝つ為に。出塁する為に。勝つ可能性を繋げる為に。


彼はその執念を形に変え、一塁へボロボロになり、ユニホームを汚しながらたどり着いた。


そして一塁でガッツポーズをして、こちらのベンチを指さしている。


きっと、後に続けと言いたいのだろう。


俺は思わず滲みそうになる涙を拭いながら、先輩たちの雄姿を見守る。


それから続くバッターは打ちはしたものの、アウトとなってしまい、次も同じ。


そして俺の前のバッターも前の打者と同じ様に、打ち返し、地面を跳ねながら、地面を走っていく。


しかし、その球は二塁手の前に向かってしまい、このままではアウトとなってしまうと思われた。


だが、その球は何度も同じ場所を攻めたお陰か捕りきれず、グローブから外れ後ろに流れてゆく。


その瞬間、球場が湧いた。


歓声が響き渡り、俺たちも走る先輩をジッと見守る。


そして結果は……セーフ。


先輩たちは宣言通りに二人出塁したのだ。


あぁ、なんて、素晴らしい人たちなのだろう。


弱小などと誰が言ったのだ。こんなにも熱い人たちじゃないか。


「負けていられないな」


俺はバットを握りしめながら、バッターボックスへと向かう。


おそらくは今日最後の戦いの場へと。


戦う相手は勿論、晄弘。


バッターボックスへと立ち、バットを俺はゆっくりと構えた。


しかし。


「タイム!!」


審判の声が掛かり、俺はバットを下ろしながら、晄弘たちの作戦会議を遠くからゆっくりと見守った。


どうやら相手チームは何やら言い争いをしている様だった。


しかし、その言い争いは晄弘の敗北で終わったらしく、晄弘は帽子を脱ぐと空を仰いでいた。


それから少しして準備が出来たらしく、こちらを見た。


「悪いな。立花光佑」


そして、キャッチャーの人はそう言うと、立ち上がり、遠く離れた所に立った。


まぁ、そうなるか。


俺は諦めたような気持ちで、ため息を吐いた。


当然と言えば、当然だ。


むしろこうなるのが当たり前なのだ。


何せ向こうは勝負する理由が無い。


ただ、そうだな。


「少し残念だったな」


結局俺は一塁に出塁し、次のバッターはアウトとなり、俺たちの甲子園への挑戦は終わった。

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