精霊
1.精霊
遥か昔、この世界は悪魔族に襲われました。
空は暗闇に包まれ、豊かだった大地は枯れ果てました。
悪魔族は、人々の皮膚を引き裂き、生き血を啜りました。
人々は、この世界を創造した女神様に祈りを捧げました。
人々は逃げ隠れ、疲弊しきったその時。
光の筋が空を走り、暗闇を晴らしました。
晴れた空には、白い翼を生やした女神様のお姿。
女神様が手から白い光を放った瞬間、悪魔族の体を砂に変え、消していきました。
力を使い果たした女神様は、無数の光となり、地上へ降り注ぎました。
その光は木へ、花へ、水へ…万物へ姿を変え
荒れ果てた大地を潤しました―。
「これが、この地に伝わる昔話です。」
スコーグ。
王都から数千km離れたこの小さな村で、学校を営む男が本を閉じた。
「ラーダ先生、このお話するの何回目?」
「もう飽きちゃった」
ラーダ先生と呼ばれた男の前に座っている児童たちがぐぐっと伸びをする。
「このお話は、女神様の偉業を記した大切なお話です。人々は皆、女神様への想いを忘れずに生きねばなりません。」
ラーダが児童一人ひとりの顔を確認するように微笑む。
「さて、昼食にしましょう。ミリア、ノルとトヴォを呼んできてください。あの二人はまた授業をさぼっているようです。」
「はあい。」
ラーダが今いる児童の中でもしっかり者であるミリアを名指しした。
ミリアはまたか、という顔をしながらも、笑顔でラーダに応える。
茶髪のおさげを揺らしながら学校の外に出ると風が吹きこんだ―。
太陽が空高く登った頃。
芝生の坂に寝転がり、空を仰ぐ。
風が頬を撫で、とても心地がいい。
「トヴォー!」
坂の下から彼を呼ぶ女児の声。
その声に反応するように、体を起こすトヴォ。
「ミリア。」
ミリアがトヴォに駆け寄り、そばにしゃがみ込んだ。
「トヴォ、先生が昼食だって!呼んでるよ!」
「わかった、すぐに行く。」
立ち上がり背伸びをしたトヴォに、ミリアが問いかけた。
「ノルは?一緒じゃないの?」
「ああ、ノルは俺に負けていじけてんぜ。」
「ああ、また負けたんだ。」
あはは、と失笑したミリアだったが、ノルの負けた姿を想像し、鼻でふふっと小さく笑った。
「先生にノルも呼んでくるように言われてるの。一緒に探してくれない?」
「いいぜ、大体どこにいるかは…検討がついてっけど。」
「…?」
木刀を右手に持ち、歩幅の小さいミリアに合わせながら、草木を分けて歩く。
「こっちだ。」
川に掛かった小さな石橋を渡り、森の更に奥へと進む。
「今日は、おっと…、何で勝負したの?」
小石に躓きながらトヴォに質問する。
「剣技だよ。今日で1307勝192敗だ。」
「覚えてるの!?凄い通り越して怖いよ。」
「ハハ、先生と同じこと言ってんぜ。」
「誰でもそう言うと思うけど。」
30分程山道を歩くと、小さな湖の前に出た二人。
昼間だというのに、夜のような暗闇。
木々に覆われている所為か、太陽の光が届いていないのだ。
「ノルは?どこ?」
「こっちだな。」
トヴォの後ろを歩くと湖の反対側に着いた。
「わあ、凄い」
古びた祠の前に座って祈りを捧げる白髪の少年。
二人の存在に気付いたのか、祠の影から顔を出した。
「二人も女神様にお祈りしに来たのか?」
「んなわけ。」
「先生が呼んでるよ。昼食だって。」
木刀を肩に担いだトヴォが湖に視線を移した。
暖かい季節だが、花が一つも咲いていない。
例年通りならば、グル草という黄色い花が湖を彩るはずだ。
太陽の光が届いていないから、といえばそうなのだが、グル草は日陰を好む薬草だ。
「きっと、女神様が怒ってるんだ。」
女神様が怒っている、という言葉を聞いてミリアが首を傾げた。
「村の皆も学校の皆も、女神様への感謝を忘れちゃってるだろ?だから、今年はグル草が咲かなかったんだ。」
立ち上がったノルが膝に付いた土埃を払った。
「ノルは女神様を信じてるんだね。」
「ああ、信じてるよ。」
「ノルは昔、精霊を見たことがあんだよ。」
その言葉で、ミリアの瞳が冬の夜空のように輝いた。




