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神様が釣れた日に(一)

 その日釣り上げた魚は、この上なく珍妙だった。


「お前、運が良いな。

 俺はこの池の神だ。俺を釣り上げた褒美に、どんな願いでもひとつだけ叶えてやるぞ」


 見たこともない色をしたその魚は、釣り上げた少女の人差し指くらいの大きさで。

 その、偉そうに細い体を反り返らせた水色の魚は、当たり前のように人間の言葉を操っていた。


「……」


 あまりの出来事に、少女は首をかしげてまじまじと、竿の先にぶら下がる偉そうなそれを見つめてみる。


「…………」


 もうしばらく、見つめてみる。


「………………」


 かしげた首をもう一度、今度は反対側に傾けて。


「……………………」


 目を見開いて、もう少し。


「──って、おい。お前、聞いてんのかよ?」


 しかし、どんなに見つめても。


「……魚?」


「おう、何だ?」


 きらめく鱗が、とても綺麗な色をしていても。


「魚」


「何だよ?」


 その大きさと釣り合わない尊大な態度で、人間の言葉を話していても。


「小魚」


 少女の目に映るそれは、小さな魚以外の何者でもなく。


「だから、何だって聞いてんだろうが」


 そろそろ痺れを切らしたらしく、竿の先で不機嫌に体を揺らし始めた水色の魚に、少女は無言で、不自然なまでに優しく微笑んでみせると。


「痛ッ!」


 次の言葉を発しようと開かれた魚の口から、無言のままに、やや不器用に釣り針を外し。


「お前、いきなり何すんだ!!」


 口の端に鋭い針を引っ掛けられて、堪らず上げた魚の怒声をものともせずに、少女は魚をつかんだ左手を頭上に大きく振りかぶりーー


「えい」


 ぽちゃん、と小さな音を響かせて。

 少女の、愛想も素っ気も、ましてや神に対する畏敬の念など微塵も感じられない行動に言葉を失った魚を、池の中に投げ戻した。


 そうして、いつか何かの本で読んだ『稚魚が釣れてしまったら、元居た場所に返して育つまで待つ』という釣り人の常識を守った少女は、


「大きく、なれよ」


 いくつかの小さなあぶくを残して沈んでいく魚を、祈りを込めて見送ると。


「魚。次は出来れば、可食部分の多いやつ」


 ゆっくりと大きく息を吐きながら、慣れた手つきで浮子(うき)を飛ばす。


「塩焼き」


 つぶやき、少し迷ってから。


(煮付けと唐揚げも、捨てがたいけど)


 と、心の中で付け足して。

 静かになった水面を見据えて、待つこと数分。


「お……っ、俺……を、釣り……上げ……た、褒美……っに、お前の願い……を……」


「……小魚……」


 水色の魚は律儀にも、もう一度、竿の先にぶら下がった。



+++++



 その日から。


「お前ってさぁ」


「うん?」


 のんびりと、ただ静かに釣り糸を垂れる少女と。

 日に一度、必ず朝一番にその針に掛かるようになった魚とが。


「本気で何も、願いがないわけ?」


 池の畔に、仲良く並んで。


「だから、あなたの名前を教えてって、何度もそう言ってるじゃない」


「だから、それは無理だっつってんだろ?

 俺の名前を呼んだら、問答無用で、そいつの願いが叶っちまうんだよ」


「それじゃあ、名前を呼んでも願いが叶わないようにしてください」


「お前は俺から、神格を奪う気ィなんか、コラ」


 飽きもせず、同じ会話を繰り返すようになっていた。


「小魚の名前が知りたいっていうのが、わたしの願いでも?

 それがわたし限定で、願いごとがそれひとつだけでも、どうしても駄目なの?」


「無理なもんは、無理なんだよ」


 気づけばお互い、何故か視線を合せられずに。

 ただ、水面に漂う浮子をながめて過ごす時間。


「どんな願いでも、叶えてくれるって言ったのに」


「無茶言ってんじゃねーよ」


 それでも、とても楽しそうに。

 そしてどこか、淋しげに。


「神様って、案外ちからの汎用性が低いのね」


「うるせーよ」


 池の畔には、岸に腰掛け釣り竿を掲げる小柄な少女と、水から頭だけを出した小さな小さな魚の姿。


 陽の光に輝く水面は、時折吹く風に、ただ静かに揺れるだけ──

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