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最終話

 それから一ヶ月が過ぎようとしたホワイトデー前日の夜。

「こんばんは、ゲクトです。今夜はホワイトデーイヴだね。男の子たち、ちゃんと僕の『冬のLove song』は用意したかな」

 春子はガラステーブルにもたれながら大好きなゲクトの声を聞いていた。

「あれから楽人さん、どうしたかなあ。彼女さんとやっぱりうまくより戻したんだろうか……」

 結局あれから神山からは連絡がなかった。

 恐らく彼女とはうまくいったのだろう。

 せめてお礼の電話とかあるかと思って少し期待していたのだが、それもまったくなく、がっかりしていたのである。

「まったく……何期待してんだか……人のものだぞ、彼は。あーあーいいのよ、あたしにはゲクトさんがいるんだから~。もうゲクトさん一筋に生きるのよ~」

「今日は先月チョコをもらった男の子と電話を繋げてます。なんかね、どうしてもこのラジオを聞いているある女の子に聞いてもらいたいことがあるらしいんだ。もしもし……えーと、本名言っていいのかな?」

「はい、いいです。本名言わなくちゃ伝わらないから」

「じゃあ……えーと…」

「楽人です、ガクト」

「ああ、ガクト……なんだか僕の名前に似てるよね」

「ええ、そうですよね」

 聞いていた春子の目が大きく見開いた。

「それで、ガクトくん。何を誰に伝えたいのかな?」

「春ちゃん、聞いてるよな、絶対に聞いてるはずだ。ごめん、教えてもらったケータイの番号、俺間違えて削除しちゃって……君に連絡取れなかったんだ。バカだよな、俺って。住所とか聞いとけばよかったのに……あのさ、あれから俺確かめたんだ。そしたら、やっぱりあいつ好きな男ができたのは本当だって言ってた。でも、二股なんかかけられない、そんなことできないってそう言ってた。あいつ、なんか変わったよ。友達もみんな言ってた。けど、俺のこと、やっぱ男として見れないって……そう言われたよ……」

 ここでちょっと言葉に詰まったような感じだった。

「俺、ホントに好きだったんだ、あいつのこと……あいついないとダメなんだよな……って……そうなるはずだったんだけど……」

 しばらく沈黙。

 春子はいつのまにかラジオの前で手を組んでいた。

 何……この動悸は何?

 彼は何を言おうとしてるの?

 まさか…まさか……?

「でもね、はっきりあいつにそう言われて、それで、なんでか真っ先に春ちゃんの顔が浮かんだんだ。俺、俺さ、なんかあのバレンタインの日に春ちゃんに抱きつかれたあの夜から、春ちゃんが好きになったみたいだ。なあ、笑うかな? だってさ、俺ってこんなに自分が惚れっぽいなんて思ってもみなかったんだ。フラれたその日にもう次に好きな女できちゃうなんてさ。春ちゃんは笑うかもしれねーなーって、なんか思っちゃった。そんなに君のこと知ってるわけじゃないのにね。変だよね。でもさ、そう思ったんだ。ホントだぜ。あのさ、チョコさ、うまかったよ。大切に食べたよ。だから、今、これ聞いてたら、俺に電話くれよ。お願いだ。俺にあの曲『冬のLove song』プレゼントさせてくれよ。な、聞いてるか? 俺の声、届いてるか?」

「春ちゃん、聞いてる?」

 ゲクトが彼の後をついで言葉を続けた。

「春ちゃん、いつもメールありがとうね。君のメール毎回楽しみに読んでるよ。覚えてるかな。君が言ってたこと、ホワイトデーには僕の曲を好きな人からプレゼントされたいって。バレンタインイヴの放送の時に言った女の子は君のことだったんだよ。君にはお礼言わなくちゃね。君のおかげだよ。あの曲がヒットしたのは」

「春ちゃん、お願いだ。今すぐ電話くれよ」

「春ちゃん、電話しておやりよ」

 春子はラジオの前で泣いていた。

 ポロポロ泣いていた。

 なんて素敵なプレゼントだろう。

 いつのまにか彼のこと好きになっていた。

 この一ヶ月間、彼のことを思わない日はなかった。

 自分からは電話はかけられない。

 彼から電話がくるのをずっとずっと待っていた。

 来る日も来る日も鳴らないケータイを見つめて、ため息ばかりついていた。

 やっぱり彼は彼女とうまくいって、もうあたしのことなんか忘れてしまったんだって、そう思って。

 苦しかった。

 悲しかった。

 悔しかった。

 世界で一番不幸な女だって思ってた。

 いつもならゲクトの歌で心癒されてたのに、何度もリピートさせて聴いても癒されなくて。

 むしろ、ますます泣けてきてしまって───

「頼む、お願いだ、今すぐ電話を……」

「春ちゃん、彼が待ってるよ」

「それとも、俺なんか好きじゃないのか?」

「ガクト、それはないと思うよ……」

 春子はハッとした。

 そうだった。

 ゲクトにはメールを出していたんだ、楽人さんのことを。

 彼のことだから自分からは決して言わないとは思うのだけど。

 でも───でも───

 彼女はケータイを取り出した。

 そして、電話した。

 かけた先は、ラジオ局だった───


「まったく……楽人さんって、ほんっとおっちょこちょいなんだから……」

「う……それを言われると……」

 次の日ホワイトデー当日。

 春子と神山は二人で並んでベンチに座っていた。

 一ヶ月前に二人で座ったベンチである。

 時間は夕方。

 そろそろ夕闇が迫ろうとしていた時刻だった。

「ケータイでゲクトさんのラジオに電話してたら、あたしが電話したって繋がらないって、どーしてわかんないかなあ?」

「め、めんぼくない……」

「でもま……あたしも悪かったわ。あたしから電話すればよかったのにね……ごめんなさいね」

「そっ…そんなこと……」

 神山はブンブンと首を振った。

 春子はプッと吹き出した。

 それを見た神山も一緒に笑った。

「春ちゃん、じゃあこれ……」

「あ……」

 春子は差し出された平べったい包みを受け取った。

 取り出すと中身はCDだった。

 まだ手に入れてなかった「冬のLove song」だ。

「あの時の分じゃないよ。これはちゃんと昨日買ってきた分。あの時のは俺の想い出の品になってる。春ちゃんに初めて出逢った日の想い出のCDってことで」

「楽人さん………」

「さ、時間だよ。行こうか」

「うん」

 二人は立ち上がった。

 彼らはこれからゲクトのホワイトデーライヴに向かう。

 このチケットは特別にゲクトから二人へのプレゼントだった。

「僕の歌で出逢った二人。僕の歌を愛の使者として使ってくれたお礼。彼と彼女は僕が引き合わせたようなもの。これは僕からのお祝いだよ。愛を大切にしてくれた二人への心からのプレゼントだ」



空の彼方雲の上に

君と僕の愛しい想いがあふれ

心の手で抱きながら僕を優しく包んでくれる


寒さに震え冷たさに取り込まれ

泣いてた僕にもいつか春が訪れる


君の手は温かく僕を包んでくれるいつまでも

愛してるいつまでも君に囁くよ忘れないで


遙か彼方見つめながら

口付け合う僕らが生きている

君のために強くなれるそんな想いを風に乗せた


遠く見上げた空から舞い降りる雪に

二人の想いが重なるそっと見つめ合う


闇に沈もうとした僕を救ってくれた

君にこの言葉をそっと囁いた


君の手は温かく僕を包んでくれるいつまでも

愛してるいつまでも君に囁くよ忘れないで


君の手は温かく僕を包んでくれるいつまでも

愛してるいつまでも君に囁くよ忘れないで


いつまでも囁いて

いつまでも囁いて

君だけに囁いて

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