第2話
「こんばんは、ゲクトです。今夜はバレンタインイヴだね。もう皆はチョコを買ったかな?」
静かな室内。
白い壁紙に囲まれた空間。
ベッドとガラステーブルとテレビと小さな家具が置かれたその部屋は、ワンルームマンションの一室だった。
キチンと片付けられた部屋は豪華でもなく、かといってみすぼらしいというわけでもなく、ごく普通の若い女性の部屋といった感じだった。
その部屋のガラステーブルの上には今白いラジカセが置かれていた。
そして、その傍にはワインレッドの包みがちょこんと寄り添っている。どうやらチョコレートの包みらしい。
そのラジオからはゲクトの低く落ち着いた声が聞こえていた。
「ずいぶん前から僕の新曲『冬のLove song』をかけてたけれど、いよいよ明日バレンタインデーに発売されます。ぜひ買ってください。それでね、僕から一つ提案があるんだ」
春子はガラステーブルに突っ伏してラジオを聞いていたのだが、ふと顔を上げた。
「これは僕のファンの女の子がメールで言ってたことなんだけど。バレンタインでチョコをもらった男の子たちにお願いしたいんだ。もし、もらった相手が本当に好きで、それで付き合ってもいいなって思ったら、ホワイトデーにこの『冬のLove song』を相手の女の子にプレゼントしてほしいんだ。これが僕の気持ちですってね。どう? 素敵だと思わない?」
「え……?」
春子は目を見張った。
そのメールの女の子って───もしかして自分?
「ま…まさか……ね?」
彼には多くのファンがいる。
だから、そんなメールをたくさんもらってても不思議じゃない。
それに、自分だけでなく、きっとみんな似たようなことを思うはず。
だから、自惚れちゃだめ。
ただの偶然だよ。落ち着け、春子。
それでも、春子の心臓は早鐘のように鳴り響き───ああ、もしかしたら、自分の書いたあのメールがゲクトの目に止まって、それでラジオで読んでくれたのだろうか───と。
(でも……)
不思議だね。
自惚れなんかじゃなく、なんだか、そのメールの女の子は自分のような気がする───と彼女は思った。
以前から思ってたことだった。
彼が新曲を出したりして、その歌を聴いていると、その歌詞の内容がまるで自分のことを歌っているような内容であることが多いなって。
それはもちろん、彼が自分に向けて言葉を紡いでくれてるってわけじゃないとは思うんだけど、でも、あまりにも心に響いて、それでいつも泣いてしまうんだ。
ファンクラブを通じてゲクトにメールを送ることができるんだけど、いつも何かあると、ただ聞いてほしくて彼にメールを送っていた。
その書いた内容はほとんどが愚痴みたいなものだったけど。
友達とケンカしたとか、好きな人に想いが通じなくて悲しいとか、それこそ、仲のよい友達にも話せないようなくだらないことばかりを。
きっと、彼はうんざりしてるかなーとか思ったり。
でも、たぶん、彼に届く前に検閲されてもみ消されてるんだろうなって、なんとなく思ってたから、だからただの愚痴のはけ口にしてただけって感じなんだけど。
(それが、もしかして届いてた……?)
春子は、嬉しいと思うと同時に、とても怖いと思った。今まで送りつけた愚痴メールが彼に本当に読まれていたとしたら───
「ゲクトさんに嫌われたかも……」
そうじゃなければいいなと、彼女はそう思いつつ、チョコの包みをぎゅっと胸に抱きしめた。
「それじゃあ最後に、明日発売になるその『冬のLove song』聴いてください……」
空の彼方雲の上に
君と僕の愛しい想いがあふれ
心の手で抱きながら僕を優しく包んでくれる…
彼の優しい歌声は、静かに春子の部屋に流れていった。
明日はいよいよバレンタイン───




