第1話
街には甘い空気が流れていた。
ショーウィンドウにはカラフルでキレイなラッピングを施されたチョコレートたちが並び、女の子たちは目をキラキラさせてそれを見つめている。
大好きな彼に何を贈ろう───
「ねえねえ、どれがいいと思う?」
「そんなこと自分で考えなさいよ」
「えーいいじゃん、一緒に考えてよ」
「知らないわよ、自分で選びなさいよ」
女の子たちのはしゃぐ声が飛び交う。
そんな光景を遠巻きに見ている男性たち。
眉をひそめて「まったく…菓子会社に踊らされて…」とブツブツ呟きながら立ち去る者がいるかと思えば、「あの子、かわいいなあ」と鼻の下を伸ばしている若い学生風の男もいる。
先ほどからしつこく品物を選べと言われている女が、そんな周囲の視線に気付いた。
キッと周りを睨み付けると、見ていた者たちは慌てて目をそむける。
(まったく…順ちゃんには困ったもんだわ……)
ため息をついて傍らの友人を見つめる彼女。
困ったと言いつつ、彼女の見つめる視線は温かかった。しょーがないなあといった表情である。
彼女は春子、藤堂春子という。
そして、ショーウィンドウのガラスにへばりついてチョコレートを物色している彼女の友達は、刈谷順子と言った。
「ねえ~春ちゃん、そんな冷たいこと言わないでさあ、智彦さんの好きそうなチョコ教えてよ。親友だったんでしょ?」
「……………」
ズキリと突き刺さる言葉。
スキダッタノニ───
イツカ夢叶ウトオモッテタノニ───
ふっと、春子の頭に響き渡る声。
それは自分自身の声に他ならない。
(あたしの夢。彼が叶えてくれると思ってたのに………)
それからしばらくして、春子と順子は住宅街を歩いていた。
順子は買ったばかりのチョコレートが入った手提げ袋をブラブラさせていた。
すると、彼女は意味深な表情で春子を見つめた。
「でもさ…春ちゃんってさ…」
「え?」
「あたしね、春ちゃんって智彦さんのこと好きなのかなあって思ってた」
「なっ……!」
「だって、みんなそう思ってたよ。悔しいけれど智彦さんもそう言ってたもん」
「え…?」
順子は春子の前に立ち、後ろ向きで歩きながら言葉を続けた。
「春ちゃんの考えてることがわからないって……自分を好きなのかなあってそう思ってたけれど、ほんとにそうかわからなくて、それでさ、分かりやすいあたしがそのうち可愛いなあって思い始めて……あちゃ…ノロケになっちゃったね、ごめん、春ちゃん」
「そんなこと…ないよ…」
春子は慌てて首を振った。
そうなの───?
彼があたしのことを───?
じゃあ、あたしのこの気持ち、伝えればよかったっていうの?
でも───
もう遅いよ。
ひどいよ、そんなこと知りたくなかったよ。
諦めようって思ったばかりだったのに───
空の彼方雲の上に
君と僕の愛しい想いがあふれ
心の手で抱きながら
僕を優しく包んでくれる
「智ちゃん、あたしね、この歌がすごく好きなんだ。この間初めてラジオで流れてね。まだ先のことなんだけどバレンタインに発売されるんだって」
「ふーん……これってゲクトの歌だろ? お前、あんなナルシーな男が好きなんだ?」
「あーゲクトさんの悪口言った~、智ちゃんでも許さないんだから~」
寒さに震え冷たさに取り込まれ
泣いてた僕にもいつか春が訪れる
「あのね、ゲクトさんはすっごく悲しい過去があるの。好きになった人が幽霊だったっていう……」
「あー、あの眉唾な話」
「ちょっとーまたそんなこと言うーもー怒るからね!」
君の手は温かく僕を包んでくれるいつまでも
愛してるいつまでも君に囁くよ忘れないで
「この『冬のLove song』は、その好きだった人が消えてしまった傷から立ち直ったときに作った歌だったんだって。ファンクラブの会報に書かれてあったゲクトさんの言葉で知ったことなんだけど」
「お前、ファンクラブにまで入ってんの? 信じられねー」
「もー、悪い?」
(彼とまだ自然に付き合っていた頃、そんなことを二人で話した…ついこの間のことだったのに…)
彼女は思い出す。
「僕は彼女を失った傷からもう二度と立ち直れないと思っていたよ。
けれど、僕は生きている。
彼女は死んでしまったけれど、僕は生きているんだ。
僕ができることといったら、死んでしまった彼女の分も幸せになること。
僕は僕にできることをするしかないんだって。
僕は独りじゃない。
僕を好きでいてくれて愛してくれて、そして応援してくれる君たちのためにも。
僕は幸せにならなくちゃならないんだなって、そう思ったんだよ。
それを教えてくれた人がいる。
その人のために、この曲を作ったんだよ。
今の僕にとって一番大切な人なんだ。
たとえ、これから何度も恋したとしても、僕はこの歌を作った時のことは忘れない。
たとえ、別れが来たとしても。
僕はいつまでも僕を愛してくれた人、僕が愛した人は変わらず僕の大切な人だ。
それは、君たちだってそうなんだよ。
忘れないで。
僕は僕を好きだと言ってくれる人は等しく大切な人なんだ。
みんなが僕にとって特別な存在なんだよ。」
ゲクトのファンクラブの会報に書かれてあった彼の言葉。
好きということを、愛するということをとても大切にする人。
そんなゲクトに魅力を感じた春子だった。
そして、いつしか自分にとっても「冬のLove song」は特別な歌となっていき、一つの夢が彼女の心で膨れていったのだった。
(いつか、この歌を大好きな人に贈られたい───)
それはもう、彼女にとってとても神聖な想いとなっていったのだった。