姫と女騎士と ーニュージェネレーションー
以前に書いた『姫と女騎士と』の続編になります。
先にそちらを読む事をお勧め致します。
誤字報告、ありがとうございます。
修正致しました。
この王国には伝説があった。
それは、ある姫の偉業を称えたものである。
伝説の姫はかつて帝国の侵攻にあった王国において、帝国の皇子によって囚われの身となった。
しかし姫は虜囚の辱めを受けながらもそれに屈する事はなく、決して気高さを失う事もなかった。
それどころか再び民衆の前に現れた姫の姿は何者にも侵しがたい力強さを有していたという。
その偉容に勇気付けられた国民は立ち上がり、帝国の支配を退けた。
それから百年。
王国は再び、帝国によって支配されようとしていた。
王国歴413年。
帝国の王国に対する宣戦布告は、姫の偉業を称える祝祭と時を同じくして行われた。
王国の民はかつての侵攻を姫の伝説と共に百年の時を経てもまだ覚えており、また姫へ対する畏敬の念から皆屈強な体をしていたという。
その屈強さが王国の保持する戦力の強大さに直結していた事は言うまでもなく、大陸の大鷲の異名を冠するまでの軍事力を有していた。
迎え撃つその最強の軍勢を前に、しかし帝国はただ正面から戦いを挑む事はしなかった。
奇襲作戦を行ったのである。
それは一度他国の領土を通り、秘密裏に迂回していた別働隊が王国の奥へと入り込むというものであり……。
その標的となったのは、王国の屋台骨とも言える食料の生産施設であった。
養鶏場、大豆畑、乳牛を主に扱う牧場などの主要施設は、その奇襲によって瞬く間に占領された。
上質なタンパク源の安定供給を絶たれた王国軍兵士達の士気は目に見えて低下。
その隙を衝いた帝国は一気に王国を占領下へと置いたのである。
王城の地下牢。
そこでは、両手を手枷で拘束された一人の女騎士がいた。
本来ならほどよく鍛えられた健康的な肉体を持つ彼女だったが、長い虜囚生活の中で筋肉は落ちてしまっていた。
ふと、彼女は地下牢に響く足音を聞きつけた。
彼女が顔を上げると、格子越しに立つ一人の男の姿がある。
「帝国の皇子……」
その人物を認めると、彼女は険しい表情でそう呟いた。
「姫の護衛を務める騎士が、何とも無様な事だな」
愉悦に輝く瞳で女騎士を見下し、皇子はそう言葉をやった。
「卑怯者め! 我らにとって神鳥に等しき鶏の聖地を奪うなんて!」
「その神鳥を日常的に消費するのはどうなんだ? 本当に敬ってる?」
王国の民にとって、肉も卵も上質なタンパク源となる鶏はまさに神に等しい存在なのである。
「くっ……殺せ……!」
「誤魔化すなよ……。まぁいい」
皇子は嘲笑し、女騎士は表情を歪めた。
「しかし無責任な事だな。姫を守れないばかりか、その行く末を知らぬまま死を請うとは」
彼女は姫の護衛である。
彼女には確かに責任があった。
しかし、彼女は皇子の言葉に不敵な笑みを返した。
「ふん。あの姫が帝国の軟弱な兵士になど屈するものか。姫は強い。正直に言えば、護衛の私ですら敵わないからな」
「お前、それ護衛として誇らしい事なの?」
「うるさい! 私の家系は代々の役職として姫の護衛を勤める事になっているんだ!」
そう、あの姫は強い。
女騎士は姫の屈強さに絶対の信頼を寄せていた。
伝説に語られる姫の直系に当たり、歴代の中でも最もその血を濃く継いでいると名高い姫である。
その姫の膂力を以ってすれば、女騎士を拘束する手枷など飴細工に等しい事だろう。
隙があれば、すぐに脱出するはずだ。
それどころか、すでに脱出しているかもしれない。
「それはどうかな?」
しかし皇子は不敵な笑みを浮かべて言う。
「何?」
「ついてくるがいい。そして見ろ! お前の姫が己の欲望に負け、這い蹲る姿を」
信頼はある。
しかし、女騎士は皇子の自信に満ちた言葉を受け、不安を消し去る事ができなかった。
皇子は、女騎士を伴って牢を出た。
案内されたのは別の牢である。
そして、そこで目の当たりにしたのは……。
「おおおおっ! やらせろぉ! さっさと負荷をよこせぇ!」
牢の格子を掴み、叫びを上げる姫の姿だった。
ふくらはぎから、首まで、丹念にして繊細に鍛え上げられたシンメトリーの筋肉は、国の至宝と呼ばれるまでに美しく……。
特にセパレーションがくっきり鮮やかに浮かぶ腹筋はブラックダイヤに例えられ、虜囚の身でありながらなお精彩を失ってはいなかった。
顔には幼さが残る小さな顔はアウトラインを際立たせ、当人が気にしている控えめなバスキュラリティと相まって可愛らしかった。
それがこの国の姫であった。
姫の握った鉄格子が軋みを上げ、徐々に広がっていく。
そんな姫を前に、兵士達が吹き矢で応戦していた。
「まずい! 衛兵、もっと鎮静剤を打ち込め!」
牢の様子に気付いた皇子は、焦った様子で指示を出す。
「ダメです! 間に合いません! 最初はすぐに効いたのですが、ここ最近は耐性がついてなかなか効かなくなっています!」
「くっ! 致し方ない!」
皇子は最近携帯するようになった卵を檻の中へ投げつけた。
卵が床に落ちて割れると、姫の気がそちらへとそれる。
「とろとろしてるぅ……タンパク質ぅ……」
焦点の定まらない目で姫は卵の方へ向かうと膝を折り、床に落ちたずるりとした液体をじゅるじゅると啜った。
啜り終わった後も、その黄ばみを余すところなく清めるように舌で丹念に舐め取っていった。
「ふふ、見ろ。姫のこの無様な様子を!」
「くっ……」
女騎士は表情を苦痛に歪ませる。
ことタンパク質における姫の執着、その狂態は女騎士にとって実に見慣れた光景であった。
それが他国の人間に周知されてしまった事に強い羞恥と無力感を覚えたからに他ならなかった。
「ふふ、どうだ? この欲望のために醜態を晒す姫の姿は」
女騎士は屈辱から顔を逸らす。
「もっと面白い物をみせてやろう。牢の鍵を開けろ」
「入るんですか、皇子!?」
皇子が命じると、衛兵が驚愕する。
「ふっ、今の姫は俺に抗えんさ。こいつの欲望を満たせるのは俺だけだからな」
そう言って、皇子は牢の中に入る。
すると、それに気付いた姫が皇子へと近づいた。
さながら主人を迎える犬の様に、その表情は歓喜を湛えていた。
「はぁ……はぁ……ご主人様、もっとあれをちょうだい! あんな少しじゃ足りないの!」
「ふふ、この可愛いかどうかよくわからんはしたないいやしんぼめ!」
言いながら、皇子は姫の頭を撫でる。
姫はそれを当然のように受け止め、抵抗するどころか嬉しそうに笑う。
その様子に、女騎士は目を背けた。
そんな女騎士の様子を尻目に、満足げな笑みを皇子は浮かべた。
皇子が目配せすると、兵士の一人が何かを両手に抱えて牢へ入ってくる。
「ここに一つ五十キロのウエイトを用意した」
「それ、ほしい! ちょーだい!」
「ああ、いいぞ。ふふふ」
皇子が答えると、姫は牢の奥にある謎の装置へ自ら喜んで座った。
「何だ、それは? 何をする気だ!」
女騎士は格子へ体をぶつけるようにしながら、皇子へ問う。
「これか? これは我が帝国の誇る技術の結晶。ラットプルマシンだ」
ハンドルを引き下げる事で負荷をかけ、背筋と諸々の筋肉を鍛えるトレーニングマシンである!
「はああぁ……これが欲しかったのぉ❤」
姫は愛おしそうに太いハンドルを握る。
ウエイトが取り付けられると、姫はそのハンドルを思い切り引き下げた。
一度、一気に行き着く所まで引かれたそれが、また上がる。
すると、間髪いれず、再び一気に引き下げられる。
「覇ぁぁん! 墳ぬぅぅん! もっとぉ!」
何度も……。
何度も……。
休む事無く、上下に動き続けた。
その度に、姫は嬌声を上げた。
「ああ……良いのぉ! 背筋にビンビンきてるのぉ!」
荒い息遣いの中、蕩けきった姫の声が牢内に響く。
「こんなの知っちゃったら、もう今までの今までのじゃ我慢できない!」
「姫……っ。く……っ!」
女騎士は悔しげに呻き、目を背ける。
「我が国で開発されたトレーニング器具の数々だ。どうやら、姫はずいぶんとこれがお気に入りのようだ」
得意げに語る皇子を女騎士は睨み付けた。
「ふふ、卑しい女だ。高貴な身と言えども、肉欲には誰しも抗えないものだ」
「それは……」
女騎士は否定の言葉を口にできなかった。
今の姫を見ればそれが真実である事は明白であり、姫には元々そういう所があると女騎士も長い付き合いで知っていた。
目を背ける女騎士の前では、その執拗なまでの上下運動が延々と繰り返され続けた。
やがて、姫は力尽きて床に倒れこむ。
体力の限界まで背筋を追い込んだ姫の目からは焦点が失われ、その体からは湯気が濛々と立ち昇っていた。
「ふふ、トレーニング後のタンパク質補給のために用意していた物だが、無用になったな」
そう言って、皇子は手にしていた小瓶からヨーグルトを姫の顔へかけた。
姫のどこか誇らしげな顔がどろりとした白濁によって汚れる。
「どうだ、見たか。もはや、姫は我々のトレーニング器具なしでは生きていけない。奴隷も同然、私は姫の上に立つ存在なのだ」
「くっ……」
皇子の言葉に女騎士は反論できず、目を叛ける。
叛けた視線の先に、何本も紛った格子が見えた。
「ところで、その鉄格子は?」
「姫が脱出を図ってな。腕力でこじ開けようとした」
「何故、そのまま残っている?」
「トレーニング器具を与えればおとなしくなるからな。とりあえず要求を満たしてやれば逃げる事がないので今は直さずに放置している。直してもどうせひん曲げられるしな。器具に飽きたらさっきみたいに暴れるけど……。その時は新しい器具をやれば良い」
「要求を聞かざるを得ない立場ってむしろ下じゃないのか?」
「……何とでも言うがいい!」
皇子は派手にマントをはためかせながら言い放った。
「ところで、最近姫の要求がエスカレートしていて応えられなくなりそうなんだ。どうすればいいと思う?」
「もう逃がしちゃえば?」
帝国の奇襲作戦によってあまりにも速やかな敗北を喫した王国。
かつての侵攻において王国は、帝国への反抗を目論む勢力の存在によって窮地を脱した過去を持っている。
しかし、今回の侵攻においてそのような勢力は存在しなかった。
タンパク源を抑えられた王国の民達は、もはや帝国の言いなりにならざるを得なかったのである。
王国はこのまま帝国に併呑されるかと思われた。
その最中、転機となったのは当時の姫である。
虜囚の身となっていた彼女は、自力で王城から脱出したのである。
戦う意欲を欠いた民衆達を前に、姫は奮起を促したという。
そしてその言葉は、俯いていた民達の顔を上げさせた。
曰く、帝国には今までにないトレーニングを可能にする技術がある、と。
囚われる前以上に美しく仕上がった姫の体には、それが事実であると信じさせるだけの説得力があった。
民達は姫の言葉で一斉に奮起し、占領する帝国兵を王国より追い出す事に成功する。
そしてそれだけに留まらず、帝国へと攻め入った。
帝都へと猛然とした勢いで攻め上がってくる王国を止める力は帝国になく……。
帝国は地図からその名を消す事となった。
そして帝国の技術力を吸収した王国は、比肩するもののない大国となっていった。
この時、皆を導いた姫の姿は百年以上語り継がれ、今もその威容を象った像はかつての伝説の姫と並んで建っている。